峻厳であれ、勇猛であれ、数多の自我の嘶きと共に 作:前虎後狼
「~~~♪」
上機嫌な鼻歌が響く。小鳥のさえずりが共鳴する。
いくつもの音色が響き渡り朝の到来を祝っている。
新たな一日の始まりを告げる優しい音を目覚ましに、廃教会の面々はその重い瞼を開いていく。
「眠い······」
所々に癖毛が目立つボサボサの長髪を揺らしながら、のっそのっそとリビング(と定義している部屋)へ向かう。
重く閉じかけている瞼を擦りながら再び夢世界へ旅立ちそうな意識をなんとか引き止める。
「おはようアーシア······今日も元気だなぁ······」
「あ、おはようございます!セフィルさん!」
リビングに繋がる扉を開けば、そこには料理を配膳している少女の後ろ姿があり、朗らかな笑顔で挨拶を返してくれる。
気持ちのいい朝日に美味しい朝食、そして天使の、いや女神の微笑みが出迎えてくれる素晴らしい一日の始まり。
これが今の日常。何事もなくいつも通りの平穏を、肌身でしかと感じ取る。
「いただきます」
折角のご馳走を冷めない内に味わうべく、赤髪の男──セフェルはスプーンを片手にコーンスープへ手を伸ばす。
下の上で踊り喉を通り過ぎていくコーンの甘みが多分に染み出したスープの風味をじっくりと味わい、息をつく。
「美味しいなぁ······」
その一言に全てが集約されている。
穏やかな目覚めを迎え美味しい食事を味わい尽くして、知らないを知れる学舎があって、家へと帰ればただいまと返してくれる家族がいる。
人にとっては当たり前のそれが、セフェルにとってはとても感慨深く得難い奇跡なのだ。
それはこの廃教会に居る全ての者にも言えることだった。
まともな生まれをしていないセルゼン兄妹。
フリード・セルゼンとリント・セルゼン。
ある計画為に人為的に生み出された
お互いにまともな生活を送ることは能わず、フリードに至っては組織の暗部に浸かり過ぎたことで一時期狂乱していた程だ。
それでも今は、幾らかの平穏を享受できている。
セフェルの対面に座る少女、アーシア・アルジェントもそうだ。
かつては聖女と持ち上げられた彼女だが、とある一件で悪魔の傷を癒した事で魔女と謗られ元の居場所を追放された、あまりの理不尽さに涙を禁じ得ない背景を持つ少女。
周囲から放たれた非難の声は、きっと耐え難い苦痛を孕んでいたに違いない。
それだけの仕打ちを受けてなお、少女は朗らかに笑っている。
悲しみに暮れて下を向くことなく、明日を向いて歩いている。
「·····?どうかしましたか?」
手を止めてずっとこちらを見つめているのを不思議に思ったのか、アーシアが見つめ返してくる。
琥珀と翡翠の視線が交差した。
キョトンと可愛らしく小首を傾げる我が家のアイドルを目に収め、セフェルはフッと小さく笑った。
勝手にこっちであれこれ詮索して想像したところで、この子は気にしないのだろうな。そんな考えを拭い捨てて向かい側に座るアーシアの頭へと手を伸ばす。
「ひゃ、せ、セフェルさん?」
「悪いな、ちょっと寝ぼけてるだけだ。笑って許せ」
「わ、私はこのままでも······」
「そうか。なら、もう少しこのままで」
最早芸術の域である流れるようなブロンドヘアを乱してしまわないように、柔らかな髪の感触を手で楽しむ。
目元を細め擽ったそうに体をよじるアーシアだが、口元は僅かに曲線を描いていた。
よく出来た妹を褒める兄の図にも見えるが、人によってはそういう関係を想像してもおかしくないだろう。
撫でている当人は前者のような心境だろうが、撫でられている少女が望んでいるのは、果たしてどちらなのだろうか。
「悪いな、アーシア。本当ならお前も学校に行かせてやりたいんだが」
「私は大丈夫です、セフェルさん。私も日本の学校に行ってみたいとは思いますが······」
「言語の壁と、なにより学費がな······」
家は割と大所帯で家計は常に火の車。あの人達のお陰でセフェルの学費はなんとか確保出来てるが、そこからアーシアが学校に通えるほどの余裕が無い。というのが現状だ。
それに加えて、アーシアは日本語をまだ上手く話せない。確実に上手くなってはいるのだが、まだ簡単な言葉しか話せない有様だ。
無いとは思いたいが、言語の壁による周囲からの孤立だけはなんとしても避けさせたい。そんな親心もありアーシアの学校への編入は中々叶いそうにない。
「絶対に行かせてやるから、今は俺との勉強会で我慢してくれ」
その何時かが何時になるかは依然として不明瞭だが、セフェルにはそれしかかける言葉が見つからない。
彼女はもっと自由であるべきなのに、それを自分たちの都合で先延ばしにしてしまっている至らなさに、何もしてやれない自分に嫌気がさす。
「はい·····その時を待ってますから」
気丈に振る舞う彼女を見る度に、まるで心臓を締め付けられたような嫌な感覚にさらされる。
わがままを我慢している子供のような、作られた笑顔をさせている自分に嫌気がさす。
「···········曇らせるものか」
「セフェルさん?」
「いや、なんでもない」
この先、何が待っていようと絶対にこの子だけは守りきる。
自分のような紛い物にも、意味を与えてくれてた優しき少女を。
白紙の頁に過ぎなかった自分へ、色彩を教えてくれた慈悲深き聖女を。
打ち立てた今生の誓いを胸に、生ける聖女の剣は残ったスープを飲み干した。
「おはようセフェル。今日もすごい癖毛の数ね」
「やかましいわ。それとこれは気に入ってやってるんだよ」
生徒達の会話で溢れかえる教室の一角にて、赤髪の男女が親しそうに朝の雑談に興じていた。
片方はもう片方をからかい楽しんでいるように、もう片方も軽くあしらいつつもこの語らいを楽しんでいた。
鮮やかな真紅の髪に人間離れした美しき容貌を持つ学園の才女、リアス・グレモリー。
くすんだ赤髪に近寄り難い顔付きをした屈強な男、セフェル・T・アドムオウル。
この学園で知らぬ者は居ないほどの有名人にして、下級生達からも慕われる者達だ。
ちなみに、周囲は二人の微笑ましいやり取りを見て今日も平和だなーと暖かく見守っていた。
「あらあら、今日も二人は相変わらずですわね」
「ん、おはよう朱乃」
「はい。おはようございますわ」
「む、私には挨拶も必要ないとそう言いたいのかしらセフェル?」
「お前の第一声をよーく思い出してみろーい。明らかにツッコミ待ちだったろうが」
自分の席に着いてカバンから今日使う教材とノートを取り出して、恐らく今日の授業範囲だろう箇所の予習へと取り掛かる。
「今更だけど、よく毎日欠かさずに授業の予習をやれるわね。そんな見た目なのに」
「見た目は余計だ。それに予習復習は大事だぞ?事前に内容を把握して授業で改めて理解し、復習で補強し確実にする。習った箇所はすぐさま反芻。俺はお前らみたいに地頭が良いわけじゃないから、こうでもしねぇと追いつけねぇんだよ」
アーシアにも申し訳が立たないからな。と心の中で独りごちる。一人だけ学舎に通っているという罪悪感、また通わせてもらっている立場な自分には半端な結果は許されない。
そう感じているセフェルにとっては、学校とは交流の場であり、そして己を高め自己を律する精神を育む場だと思っている。
「私としては、セフェル君の向上心は私達も見習うべきものだと思っていますよ」
「あ、生徒会長だ。おはようございます会長殿」
「······今くらいは名前で呼んでください」
そんな彼だからこそ、周りには人が集まってくる。
その近寄り難い風貌に反して実直で誠実な性格が人々を引きつけるのだろう。そのおかげか、彼は多くの得難い友を得た。
どんな時でも苦楽を共にしてくれる、何物にも代えられない友人を。
(いいものだな·······)
そんな心地良さに浸りながら、セフェルはペンを滑らせた───
「セフェル先輩!また三バカです!」
そして、教室の戸が勢いよく開かれ、平穏を崩す使者がやって来た。
告げられるのはいつも通りの罪人達を示す渾名。
──同時に、教室から音が消え去った。
ペキリ、とシャーペンの芯が折れる音が静かな教室の中をはしる。
音の発生源のセフェルへとクラス中の視線が向けられると、そこには一人の鬼がいた。
ゆらりと静かに立ち上がる姿はさながら幽鬼のようで、そのゆったりとした挙動は不思議と恐怖を駆り立てさせる。
さっきまでの穏やかな空気はどこへ行ったのか、そこには一人の修羅しか残っていなかった。
「──何処だ?」
「ハ、ハイ!剣道場の方です!!」
「──請け負った」
冷たさしか感じられない声を吐いて、処刑者となったセフェルは廊下へあゆみ出す。
その背中には、髑髏の面が見えたという。
「──行ってくる」
「え、ええ。行ってらっしゃい·····」
そして、セフェルは赤き風となった。
「セフェル君も大変ですわね」
「セフェル、いつか本当に倒れるんじゃないかしら」
「縁起でもない事言わないで下さい······」
「でも、否定しきれないでしょう?」
その問いに、クラスメイト達は誰も答えなかったという。
「弾けろバカトリオォォォォォォォォォォ!!!!」
『ぎゃあああああああああああああああああああ!!!???』
直後、鬼の咆哮と3匹の変態の悲鳴が学園中を埋めつくした。
早くEGO出したいなー