峻厳であれ、勇猛であれ、数多の自我の嘶きと共に 作:前虎後狼
──暗澹とした暗闇の中に銀閃が瞬く。
風を切る音、鉄を打つ音、火薬が弾ける音、草花が揺れる音。
何も見えない暗闇の森を疾駆し、戦刃を打ち合う狩人の影。
また、暗闇に光が灯り、狩人の姿を映し出す。
脱食したような白の髪が夜の森を動き回り、煤けたような赤い髪が尾のように揺れ白を追う。
振るわれる光の剣と光弾を発射する奇怪な銃が、赤へ向けて放たれる。
白い狩人の牙は確かな敵意をもって、赤き連撃を捌ききる。
対する赤の狩人は、これまた奇怪な得物を握っていた。
中央に茨の冠を被った頭蓋骨が付けられた十字架、いくつもの赤い目が不気味に光っている黒のメイス。
武器としても風変わりな二つの得物を振り回し、赤は白を追い立てていく。
視界も足場も最悪な森を駆け回り、暗闇の中を幾多もの火花が咲き誇る。
光刃が閃き、常闇を切り裂く。琥珀の眼光が迸り、迫った光刃を打ち払う。
ガサガサと葉は揺れ枯れ枝はへし折れる。いくつもの赤い点が凝視している。
それらはこの闇夜の一幕にて繰り広げられる激戦の証。
その苛烈さ時と共に少しずつ増していく。
されど一進一退の攻防、とは言い難く。赤の繰り出す猛攻に白が押され、辛うじてその全てをいなせているのが現状だ。
それでもほんの僅かな隙に攻撃をねじ込めているのは流石と言う他ない。
とはいえ、このまま打ち合い続ければいつかは押し切られてしまう。
勝ちを狙うには一瞬の隙を着いた反転攻勢しかない。
覚悟を決めた白の狩人は大きく後ろへ跳び退り、光剣を持った右手を首に巻き付けるように引き絞る。
光刃は後ろに、そして銃口は前へと。
そして、白は締めへの布石を撃つ。
パンパンパン、連続して放たれた三発の光弾が赤へ向けて飛翔する。
二発は左右に逸れ、残る一発は心臓へのストライクコースを突き進む。
その三発の内二発は、咄嗟の行動ゆえに外してしまったと思われるかもしれない。が、そうではない。
弾道は射手の狙い通り、着弾地点へと飛んで行っている。
脇を通り抜けるように放った二発は、赤の退路を塞ぐための一手。
そして残る一発───それもまた布石だ。
害を為しうる凶弾が迫れば、打ち払うしかない。
その為には手の内の得物を振るわなければならない。
そうなれば、赤は一瞬とはいえ完全な無防備を晒すことになり、白の刃を突き立てる好機を得る。
事態は、白の予想の通りに動いた。
赤は光弾を迎え撃つべく、左に持ったメイスを上段から振り下ろした。
その動作を見届けて、白は全霊をこの一瞬に掛けるべく最高速で踏み出し赤へと迫る。
今の全力を、ありったけを突きつけて証明するために。
白は裂帛の雄叫びをあげて斬り掛かる。
状況からして、白の勝ちは決まったようなものと言えるだろう。
しけしそれは、通常通りならという前提があっての話だ。
ではこの赤はどうか?───異常である。
赤へと迫る最中、不意に白は違和感を覚えた。
一つは、銃弾を迎え撃つべく振り下ろした黒のメイスの、タイミングだ。
そもそも、高速で放たれた銃弾に合わせて武器を振るい撃ち落とすなんて芸当、普通は不可能である。
それでも白の狩人にはその有り得ざる行いのタイミングが凡そにだが分かる。その白の見立てでは、銃弾を打ち払うには些かタイミングが早すぎるのだ。
これでは銃弾を撃ち落せずに着弾を許してしまう。
では、赤はどうやってこれを防ぐつもりなのか?それを確実にするものが次の不安材料だ。
メイスが振り下ろされた一瞬、メイスの描いた軌道を追うようにして出現した、キラリと輝いた一本の線。
そう、糸だ。
光を反射して煌めいた、まるで蜘蛛の糸のように細長い──
そこまで思考して、白は頭上へ目を向けた。
赤の狙いは、すぐ上まで迫ってきていた。
木の枝だ。それも無数に枝分かれしたかなり大きめのものが、白の頭上へと下していた。
端から赤はこれを狙っていた。
敢えて策に嵌ったかのように見せかけて、白の虚を突き崩したのだ。
イチかバチかの大博打を盛大に外し、逆転の目は自分の首を絞めるに至った。
この時点で白は自分の敗北を悟る。相手の得物の特異性を知ってはいたが、それをどのように活用するのかを想像する努力を怠った事が、彼の敗因だ。
しかしどうせなら倒れるのなら、最後まで突っ切って前のめりに倒れてやる。最後の意地と言わんばかりに力を溜めるに溜めた右腕の照準を前方から上方へと変えて、迫っていた木の鏃を斬り払う。
真っ二つに裁断され、カラカラと地面に転がり散らばる木片達。
その結末を目届けることなく、左手にある銃を赤がいる方向へと向け、引き金を弾く。
あと数十秒後には地面を寝転がる未来が頭をよぎり、その結末にしか至れぬ自分に呆れてしまう。
かつては神童だなんだと持て囃されたくらいには、自分には天才のそれがあるのだと思っていた。
事実、他の追随を許さない技量と俊敏さは味方をして人外染みていると言われたほどだ。
そんな自分でも、未だに届かない高みがある。
同じ人間でありながら人間にあるまじき膂力を持ち、手にする異形の武器は天上に座す神すらきっと引き摺り落とせる。そんな反則まみれの存在が。
初めて戦った時はどうだっただろうか?少なくとも油断や慢心は無かったと思う。だがあの男は、そんな事もお構い無しに一瞬で距離を詰めて一撃を食らわせた。ちょうど今のように。
そして、かつてのデジャヴは再び現実となる。
足に感じた衝撃と、地から離れた浮遊感。眼下に伸ばされた足が下を通過していく。
あの一瞬で距離を詰められ、足払いをかけられた。分かりきっていた顛末へと至り、赤の化け物じみた力に悔しいと思いながらも笑ってしまう。
そしていつもの如くこう思うのだ。背中が遠い、と。
まもなくして、十字架の一撃が白の脳天へと振り下ろされた。
「ぐぉぉぉぉぉ······!」
陥没したんじゃないかと錯覚するほどの衝撃を貰い、白の狩人──フリード・セルゼンは衣服に土が着こうとも構わずに頭頂部を抑えて悶えていた。
仮にも鈍器のフルスイングを喰らったのだからそうなるのも仕方ないが、そもそも常人ならば今の一撃だけで天に召されてもおかしくな威力だ。
それでも当人にはその場でのたうち回る程度で済んでいるのだから彼の頑強さもなかなかのものである。
「········すまん、やりすぎた」
その横でバツが悪そうに頬をかいている赤の狩人──セフェルが視線を右往左往させていた。
「むり、ジョーク抜きで頭潰れたっ、流石の俺も素に戻らざるをえねえっ·····!」
「よっと、ちょっと待ってろ。確か良さそうな薬があったはず······えっとエンケファリンエンケファリン······」
「その明らかにやばげなヤツはノーセンキューDEATH!」
なにやら良からぬ予感がしたフリードは未だにぐわんぐわんと揺れる頭を抑えて、精一杯の拒否を送る。
一瞬セフェルの手元に緑色の液体が入った小瓶が見えた気がしたが、それを全力でスルーする事にした。
セフェルが渋々と小瓶を懐に直していると、バサバサと翼のはためく音が上から近付いてくる。
「まったく、熱くなりすぎだ。特にフリード、途中から攻撃を捌くことに集中し過ぎたな。周囲の状況に気を配るべきだった」
音のした方へと振り向けば、トレンチコートを着こなした渋いおじさんが立っていた。場所や現在時刻も相まってどう見ても不審者にしか見えないが、赤白の二人はまったく動じず寧ろ親しげに応対した。
「へいへーい」
「まったく······とはいえ、今回は以前よりも凌げた時間が増えているから、一概に悪いばかりではないのだがな」
コートの男性は手にしているストップウォッチの液晶部分をフリードの眼前へと持っていき、更新された新記録を読み取っていく。
「ほう、2分42秒か········惜しいな、あと少しで丁度いい時間だったのに」
「セフェルのダンナ、オレの事ラーメンタイマーかなにかにしようとすんの止めてくれねぇですかね」
「そんな事はないぞ?」
冗談だと笑う彼だが、絶対に面白半分に実行しようとしてただろう。
そんな事であの生きた心地のしない一瞬を何度も繰り返させてたまるものか。
「お前もだセフェル。あまりやり過ぎてはこの土地の管理者の不興を買うことになる。やりづらいかもしれんが程々にな」
「······はい、シークおじさん」
「よろしい」
そしてやり過ぎたセフェルにはお叱りが待っていた。
「では、今日はここまでとして教会へ戻るぞフリード、セフェル。遅れればレイナーレ様のカミナリが降り掛かるぞ?」
「あーそりゃ勘弁っすわ。姐さんが一度拗ねるとマジで長い事引っ張るからメンドくせェんだよ」
そも、この特訓自体他の同居者達には秘密で行われているのだ。
これがバレたらカミナリが落ちるだけでは済まないだろう。
もっとも、それを承知でこの三人は夜の特訓をやっているのだが。
「確かにそれは困るな。急ごう二人とも、レイナーレさん達が待ってる」
二人へそう言うが早いか、セフェルは近くの木の幹を蹴ってまた次の木の枝へと飛び上がる。
遅れてフリードも追従するようにセフェルと同じルートを駆けていく。
そしてコートの男───堕天使ドーナシークは背中からカラスのように真っ黒な翼を拡げて二人の後を追うように暗澹の空へ飛び立った。
翼が風を掴む音が数度、彼らの立っていた場所へ純黒の羽根が舞落ちた。
再び、夜の森には静寂が戻った。
書いてて思ったことがある。ロボトミーさが全然無い······!