ピーンポーン。
………………
ピンポーン
…………
ピンポンピンポーン
「…………で・な・い。アイツ、また居留守使ってんな。」
携帯電話を取り出した俺は、迷うことなく双葉杏の名をタップする。
プルル、プルル、プルル……
『留守番電話サービスです。ピーという発信音_____』
通話を切り、電話ポケットにしまう。ああ、分かったよ杏。お前、俺にケンカ売ってんだな?いいだろう、大人を怒らせたら怖いってこと教えてやるよ。
「……本当は使いたくなかったが、仕方がない。それに許可はしっかりと取ったからな。」
懐から取り出したものをドアノブに向ける。そして、それで鍵を開けた俺は宅内に入る。
玄関を抜け、電気が付きっぱなしなっている部屋をいくつか過ぎ、ひとつだけ電気が消えている部屋を見つける。
「________」
息を思いっきり吸って、そして止める。さあ、お仕置きの時間だ。
「起きろ!!このあほんだら!!」
「わあああぁ!?ちょ、ちょっとプロデューサー!?驚かさないでよ!」
俺の怒号に飛び起きたソイツの首根っこを掴む。もう逃さねぇからな。
「驚いたのはこっちだよ!!お前今何時か知ってっか!?10時だよ10時!んで番組収録は何時からか覚えてるよな……!?」
ゴゴゴゴゴゴ ジャンプかなんかなら間違いなく俺の体からは、そんな文字が出てることだろう。ん?このままスタンドでも出してやろうか?今の俺なら出来そうだ。
「……えーと、杏の記憶が正しければ〜、確か10時半だったような……。」
此方には向かずに泳ぐ目。寝癖もあるし、服装はいつもの阿保みたいなシャツ。どう見ても今から仕事に向かう奴の格好ではない。
「その通り!よく覚えてたな、後は時間通りに起きてりゃ文句なしだったよ!!さてはお前、昨日も遅くまでネトゲしてやがったな!ああ言い訳はいらねぇ、その証拠につきっぱなしのパソコンがそこにあるからな!」
散らかりに散らかった部屋に佇むPC。夜通し付いていだろうそれは、画面に未だにインしたままのキャラクターを写していた。
「……あ、あはは。その、さ?イベント限定アイテムの期間が深夜までで_____」
「言い訳はいらん!!時間も無い、今から現場に直行だ!文句は聞かんぞ!!」
脇に小さな体を抱え、玄関を飛び出す。階段を駆け下け降りていると、後ろから扉の閉まる音が聞こえた。
「確かおまえん家オートロックだったよな!?」
「そ、そうだけど。って待ってよプロデューサー!杏まだパジャマなんだけど!?」
「知らん!仕事着は車の中にあるし今日は『とときら学園』の収録だ、挨拶回りも必要無い!よって問題なしだ!!」
車の後部座席にソイツを放り込み、運転席に乗る。そして鍵を指し回してエンジン音を響かせる。
「_____今日は飛ばすぞ。」
「ちょ、ちょっと待って!?シートベルトがまだ____」
俺のメルセデスが法定速度を無視して動き出した。
♢
「「あんきらンキング〜!!」」
双葉杏と諸星きらりのランキング形式のコーナー、あんきらンキング。仲良しな凸凹コンビ(物理的に)がテーマにそって順位を紹介していくコーナーだ。
「……なんとかなった、というよりなんとかしたって感じだな。」
収録の様子をを遠目に壁に思わず寄りかかる。仕事に支障が起きなかったことに安堵を覚えながら、缶コーヒーを片手に己の担当アイドルに意識を傾ける。
『____?___、_____!!」
『_____!!_____!!」
コーナーは問題無く進んでいく。二人は笑顔で楽しそうに話していた。時折、営業スマイルじみた笑顔を見せたウチのアイドルだが、それすらも様になっているのがなんとも言えない。いや、むしろそのスマイルがファンを惹きつける一端なのかもしれない。
「仕事はしっかり出来るんだから、私生活ももうちょいどうにかできると思うんだがなぁ……」
しかし、そこはマイペースを極めたアイドルこと双葉杏。私生活は欲望に正直に過ごしている。お陰で俺の勤務外労働が増えているわけなんだが、まぁそれもこの仕事の出来なら多少は仕方のないことか。
「______さて、ご褒美の飴でも買ってくるかね。」
担当アイドルの様子から問題なしと安心した俺は、近場のコンビニへ向かうことにした。サボることばかり考えてる奴が働いてるんだ。これくらいは俺のポケットマネーから出してやろうじゃないか。
♢
「んで、どうだった?今日の杏は。」
仕事を終えた杏はだらけにだらけた格好で楽屋に転がっている。こちらを横目に、ナマケモノの如く力の抜けた饅頭のような顔をしていた。それは、思わず頬をつつきたくなる魔力を放っていた。
「周りのフォローも出来て、笑顔も絶やさず話せてた。ノリも良かったし、あんきらンキングは文句なし。その他諸々も特に問題無し、つまりオールオッケーだ!仕事に関しては百点満点、よくやってくれた。」
「ま、杏がやる気出したんだから当たり前だよね〜」
「ーーーーと言いたいところだが、朝の寝坊で台無しで台無しだから50点だ。」
「えぇ〜、そりゃないよプロデューサー。杏はこんなにも身を粉にして頑張ったっていうのに。むしろ休日をあげるくらいされてもバチは当たらないよ?」
口を尖らせてそんなことをほざく娘っ子。ほうほう、此奴はそんなにも俺を修羅にさせたいのか。此方もそこまで言うなら吝かじゃない。
ゴキ、ゴキ。
「ほぉ〜、そうかそうか、そこまで言うなら俺の全身全霊を持ってお前を褒めてやろうじゃないか。」
後ろから鬼が浮かぶのを感じる。文字通り、コイツにはお灸を据えなきゃならんらしい。
「ちょ、ちょっと待ってよプロデューサー!?なんか後ろから鬼が見えるんだけど!?手がゴキゴキなってるんだけど!?それ絶対褒める為の動作じゃ無いよね……って、くすぐったーーーーーー」
一応アイドルであるコイツの為に、この後のことを明言するのは止めておこう。一言で言うならば、『ぶち撫で転がした』という感じだろうか。このときばかりは、年相応の笑顔が見れた気がする。
♢
帰りの車の中。俺と其奴が乗る車内には静寂が訪れていた。今日の仕事もつつがなく終えた訳だが、何故かお互いに口を開けないでいたのだ。
……………
…………
………
……
「…なぁ、杏。」
「ん?」
少し、重苦しい声色をしていた俺に対し、杏はいつも通りの力の抜けた声を返してくれた。
「……アイドルは楽しいか?」
「どうしたの〜、藪から棒に。杏いつも言ってるけど、夢の印税生活のためにアイドルしてるんだよ?」
「それは知ってる。けど、そのためとはいえ仕事は大変だろ?疲れで体調を崩したりはしてないよな?」
「……う〜ん。確かに杏は働くのは嫌だし疲れるも嫌だよ?けど、そんな心配されるほどじゃないよ?」
うぅむ、イマイチ伝えたいことが上手く届かない。気恥ずかしくてストレートに言えない自分がもどかしい。
「……あーはいはい、そういうことね。プロデューサー、流石に回りくど過ぎだよ。」
そして杏はめんどくさいなぁと呟き、ひと呼吸置いた後、口を開いた。
「……別に私は今すぐにでもアイドルを辞めたい訳じゃないよ。夢の印税生活はまだ遠いし、ほんの少しだけだけどやってもいいかな〜って仕事もある。だからーーーーーー」
後部座席にいる杏が、少し前かがみになるのがバックミラーから見えた。そして顔を俺の耳元に近づけて、
「ーーーー安心してよ、プロデューサー。」
杏は大丈夫だよ。そう続けたソイツの声は正に妖精だった。心が落ち着き、強張っていた肩から力が抜ける。確かに、俺は安心した。
「そう……か。なら良かった、ああ本当に。」
実は少しだけ不安だった。俺はコイツに無理矢理働かせているのではないか。俺はコイツを傷つけているのではないのか、と。
「全くもう、杏はプロデューサーがいないと朝に起きられないよ?ご飯も用意するの面倒だし、家から出るのも無理。」
ポスンと深く座り直したソイツは、指を折りながら出来ないことを挙げていった。いやいや、流石に家からは自分で出てくれ。
そして杏はだからさ、と一度言葉を区切ってそう言った。
「明日も杏を起こしてよ、プロデューサー。」
コイツは……本当に、本当に大した奴だよ。
俺が杏を傷つけていないかと心配していたことも。俺を安心させる方法も。俺を元気づける方法も。コイツは全部わかってたんだ。
一見、面倒臭がって何もしていないように見える杏。だがしかし、コイツはしっかり人を見ている。だから、杏が深刻な問題を起こすことはほとんどない。ある種打算的だが、これは杏の長所だ。
だから、俺はコイツのプロデューサーをしたいと思ってしまうのかもしれない。面倒臭がりで少し大人びているコイツを、俺はいつか本気でアイドル業で笑顔にしたいと思っている。既にその笑顔で多くの人を魅了する杏が、もし本気の満面の笑みを見せたら。きっと誰にも負けないアイドルがそこにはいるはずだ。
「玄関までは迎えに来てやる。」
「えぇ〜、プロデューサーのケチ〜。」
だから、それまでは俺も遠慮無しだ。いつか、コイツをトップアイドルにしてやる。きっと、杏ならなれると俺信じている。
「あ、そうだ。ほら、今日頑張ったご褒美だ。前にお前が気になってた新発売のやつだろ?これ。」
「お、気が効くじゃんプロデューサ〜。あーん。もごもご……うん、甘くて美味しい。」
「そりゃ良かった。んじゃあ明日も頑張るしかないな。飴食べちゃったからな。」
「な!?そ、そりゃないよ〜。杏、明日は家でだらけるって決めてるんだからー!」
「いや明日の予定は一月も前から決まってるからな。お前には知らせてなかったけど、どうせだらけてるってのは分かってるし。」
さて、と。明日も頑張りますかね。
「そんな〜。もう、励まして損したよ!嫌だ!杏は働かないぞ!」
「週休8日を希望する〜!!」
杏の察する力はとんでもないと思います。きらりの話し方の理由を見抜いた時は、「コイツすげぇな」と素で口にしてしまったことを今も覚えてます。