前線フォワードメンバーは朝食を取るため、備え付けの食堂を訪れていた。
「……いつも思うけど、アンタ達ってよく食べるわよね」
「──ふぇ?」
テーブルに肘をつき、ティアナ・ランスターはそう口を突いた。目の前の山積みになっているパスタにではなく、その向こう側に座っている同じフォワードメンバーに向かってだ。
「これ美味しいよ?ティアも食べる?」
彼女の親友でもあり、同僚でもあるスバルはパスタを指差した。
「遠慮しておく……」
朝練前の束の間の休息とは言え、そんなに食べたりしたら体が重くなって鋭敏な動きなど出来なくなる。いや、元より食べられる筈もない。彼女は大食漢ではないのだから。かといって小食と言う訳でもないが、一般的な量であり、今目の前にある料理の山を消化する事など不可能だ。
ティアナは、チラリとエリオを見やる。まだ10歳だと言うのに、スバルに負けず劣らずの食欲にティアナは疑問を抱かずにはいられない。
そんな華奢な体のどこに、山積みにされた料理が入る胃袋があるのだろうか、と。
その疑問はスバルにも当てはまる事ではあるが、何年も彼女と一緒に過ごしているため、今では当たり前の光景になりつつあった。
「──ティアさん聞きました?今日、新しい隊員が二人来るって話らしいんですけど」
そう話題を切り出したのは、エリオの隣に座っていたキャロだ。
「新人?こんな時期に?」
言葉自体は“新しい隊員”であって“新人”ではないのだが、キャロがそれを言及する事は無かった。
機動六課設立から間もなく二ヶ月が過ぎようとしていた。ティアナ達、フォワードメンバー陣の連携もそろそろ様になり、一つの部隊として形になりつつあるが完璧にはほど遠く、見る人から見れば穴だらけのチーズのようなモノだ。
とは言え、それでも当初のチームワークを考えると、格段に良くなっている。
──そこに加わる新隊員の存在
部隊とは頭数を揃えばいいというモノでは無い。それは人材不足の機動六課とて同じ事だ。連携に関わってくるし、この時期に新隊員を迎えると言うのは異論を持って然るべきだろう。事実、彼女以外にも異論を抱いている者は少なくない。
「──何でも、お二人と同期だとか」
「アタシらと?ふーん……って、何でそんな事知ってんの?」
「いえ、フェイトさんがそう話していたので……」
リスのようにパスタを頬張り、エリオは徐に天井を見上げ、思い出すように──
「確か空戦魔導師で……ランクはAAA+とS-だったかな……?」
「AAA+とS-!?何それ、どこのエリートさん?」
スバルは悲鳴にも似た声をあげる。『一体、何事か?』と彼女達と同様に朝食を取っていた局員がチラチラとその様子を伺う。
スバルとティアナ、エリオの三人はBランクだ。AAA+とS-はかなり高いランクで、AAAは管理局全体で5%しか存在せず、Sランクに至っては3%と貴重だ。そこら辺の部隊なら不動のエースを張れる肩書きで、それに加え入局3年とくれば将来有望な人材だろう。
そんな二人がこの機動六課に配属されれば、戦力アップは間違いない。
だがティアナは、何か面白く無さそうにスープを一口啜った。
「アレ、どうしたのティア?」
「別に、何でも無いわよ……」
そう答えてティアナはふと疑問に思い、食事中の手を止めた。
AAA+とS-という桁外れの魔導師ランクを持ち、さらには自分達と同期となると、噂の一つぐらい耳にしていても何ら不思議ではない。
にも拘らず、そのような人物の噂を聞いた覚えがないとはどういう事か?
そう考えて、ティアナはとある二人の人物を思い浮かべた。
そう、いたのだ。
訓練校時代、頭一つ──いや、二つ三つぐらい抜き出ていた二人が。
──まさか、ね……
そう否定したティアナが再び朝食を再開しようとした時、機動六課の部隊長──八神はやてが食堂に訪れた。かと思うと、徐に口を開く。
「皆、食事しながらでええから、少し私の話を聞いてくれるか?」
はやてのその一言で、皆の視線が一斉に部隊長に集まる。部隊長──八神はやてを筆頭に、スターズ分隊隊長高町なのは、副隊長ヴィータ、ライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウン、副隊長シグナム、さらにはシャマルやザフィーラと言った機動六課の錚々たる顔ぶれが集まっているのだ、かなり大事な話なのだろう。
そう直感したのはスバル達だけでは無いようで、その場にいた全員の視線が部隊長である八神はやてに集まる。
はやては、食堂内を見回し全員揃っているのを確認し、再び口を開いた。
「──本日付けで、この機動六課に配属される事になった仲間を紹介します」
「なっ……!」
「……え!」
二人の少年がはやての横に並び立ち、少年達の顔を見てティアナとスバルの上げた驚愕の声は、ほぼ同時であった。
「タツヒ・クルーガーだ。階級は一等空佐。ここにいる皆より階級は上だが、堅苦しいのは嫌いでね。出来れば名前で呼んでくれ」
制服をだらしなく着込み、やる気の欠片もなさそうな自己紹介をしたのは、黒く長い髪を肩のところで束ね、幾多の戦場を駆け抜けてきた事を証明するかのように、彼の右目は縦真一文字に刃物で斬られたような傷痕があり、紅く鋭い眼光と相まってより際立っている。
「──ルドルフ・ヴェルゼルフ二等空佐です。皆さんの足を引っ張らないよう精一杯頑張りますので、御教授、御鞭撻の程よろしくお願い致します」
タツヒとは打って変わって丁寧な挨拶をしたのは、短い白銀の髪に海のように透き通った青い瞳、端正な顔立ちとその物腰の低さから女性受けしそうな印象を与える少年だった。
二人はこの場にる誰よりも階級こそ上ではあるが、その階級を笠に着るような事はせず、飽くまで対等に、共に戦う仲間として接するその態度に皆が共感を抱いていた。
──ただ一人を除いては。
自己紹介を終えた二人は、直ぐ様はやての計らいにより、これから共に戦う前線フォワードメンバーの元へと連行された。
前線フォワードメンバーの反応は様々で、緊張したような面持ちのキャロ、やっと男性メンバーが加わると安堵するエリオ、親しい知人が加わり犬のように尻尾をパタパタと振るスバル、二人が加わる事を快く思っていないティアナと実に様々だ。
「ライトニング分隊所属、エリオ・モンディアル三等陸士です!!」
「同じくキャロ・ル・ルシエ三等陸士です」
二人が近付くや否や、エリオとキャロは椅子からガタッと立ち上がり、敬礼をした。
「……ティアナ・ランスター二等陸士」
「スバル・ナカジマ二等陸士であります──って、知ってるよね」
ティアナはさも面倒くさそうに名乗ったのに対して、スバルは親しげに話し掛けた。
──どうしてスバルとティアナの反応は、こうも真逆なのだろう?
なのはが問い掛けようとして、継いだルドルフの言葉でその機会を逃した。
「本当に久しぶりですね、お二人共」
「でも、どうしてルドルフ達が
「──部隊長にスカウトされてな。それに、ここはバケモン染みた連中がうじゃうじゃいるって聞いて、面白そうだと思ったからな」
タツヒの『バケモン』発言で、なのはの眉間に皺が寄った。そして、ドス黒いオーラを纏い──
「──バケモンって、私のこと?」
そう問い掛けた。
“管理局の白い悪魔”と言えば、局員・犯罪者問わず有名な二つ名であり、目下彼女を悩ませる悩みの種だ。容赦のない訓練に加え、全力全開で犯罪者を叩きのめす彼女についた二つ名がそれだった。
とは言え、自業自得であるため仕方がないし、同情の余地はないと言えばそれまでだが。
「あっ、いや……」
慌てて否定し、なのはから視線を逸らすタツヒ。そんなタツヒに助け船を出した者がいた。機動六課部隊長──八神はやてである。
「ダメやで、なのはちゃん。あまりイジメちゃあ」
その口調は、まるで、子供をあやすかのようだ。『あぅ……』と情けない声を上げ、黙るなのは。その表情は、『私の方がイジメられてたのに』とでも言いたげだ。
「……スミマセン、クルーガー一等空佐」
母親に叱られ謝る子供のようだな、と思ったのはタツヒだけではないだろう。苦笑しつつ、タツヒは困惑したようにポリポリと頬を掻いた。
「いや、こちらもすまなかった。あまりにも高町一尉が可愛かったので、つい出来心で──」
「──ニャ、ニャッ!」
猫の鳴き声にも似た奇声を上げ、顔を真っ赤に染めた。
「あぁ、それと──」
タツヒは何かを思い出したかのように言葉を継ぎ、はやて達は首を傾げた。
「さっきの自己紹介でも言ったと思うが、名前で呼んでくれ。堅苦しい呼び方はあまり好きじゃ無いんだ」
「でも、上官にあたる訳ですし……」
そう控え目に答えたのはフェイトだ。タツヒは他のメンバーを見ると、一様に困惑したような表情を浮かべていた。
組織である以上、上下関係はハッキリさせておく必要がある。ハッキリさせなければ、いざという時、組織として機能しない。
その事を理解した上でのフェイト達の判断なのだろう。
「機動六課の部隊長は八神だろう?指揮系統の混乱を防ぐって意味も含めて、そうした方がいい。歳も近いし、面倒な敬語も抜きって事で!」
そう言って、一度大きく手を叩いた。どうやらこの話はこれでおしまい、異議や反論は一切受け付けない、という意思表示らしい。
「強引やな。けど──」
未だどう対応していいのか解らず、はやてはタツヒからルドルフへと視線を移した。
親友たるルドルフならどう対応していいのか、的確なアドバイスをくれそうな気がしたからだ。
「──本人がそう言ってるのですから、それで構わないと思いますよ。あ、勿論、ボクの事も名前で呼んでください。タツヒと同じで、ボクも堅苦しいのはどうも苦手で……」
「まぁ、お二人がそこまで言うんなら……皆もそれでええか?」
「そうだな……そちらがそれでいいのなら、そうさせてもらう」
「あたしも構わないぜ。敬語だと、肩が凝っちまう」
シグナムとヴィータを筆頭に、なのはやフェイトなどその場にいた全員が賛同の意を示した。
「──じゃあ……タツヒ君、一つ訊きたい事があるんだけど」
「何だ、フェイト執務官?」
「──ちょい待ち!」
フェイトが尋ね、応じたタツヒだが、それに対して予想外の人物からのアクションが返ってきた。
声の主を辿ると、人差し指を立てて、メトロノームのように左右に振っているはやてがいた。『ちっちっちっ』という擬音さえ聞こえてきそうである。
「タツヒ君、それはアカンやろ?」
と、一言だけ告げた。
頭の中で『何がアカンのだ?』とはやての言葉を反芻し、自問自答を試みるものの明確な答えは返ってこなかった。
タツヒはルドルフを見やる。
彼の意図に気付いたルドルフも、タツヒ同様に解らないという顔で、首を横に振った。
「──もしかして、本当に解らない?」
そう尋ねたのはフェイトだ。
その言葉には、子供を諭すような響きがあった。それに対し、素直に首を縦に振るタツヒ。
そんな彼に次に言葉を掛けたのは、なのはだ。心なしか、不安げな表情である。
「さっきも言ってたけど、歳もそんなに離れてないし、敬語も使わなくていいって事は、私達、二人の事を“友達”だって考えていいんだよね?」
「……まぁ、な」
タツヒは言葉短く同意する。その後に続く言葉を持ち合わせてはいたが、飲み込む事にした。それを口にするのは無粋な気がしたからだ。
『──だったら』
それぞれ先程の表情から一転。
フェイトは一輪の花のような。
なのはは向日葵のような笑みを浮かべ、それぞれが同様の言葉を紡いだ。
『──名前で呼んで』
『──名前で呼んで』
そう言われた。
──その言葉は、何だか深くて
──その言葉は、何だか響いて
──その言葉は、何だか暖かくて
──心が痛んだ
昔、何かの本で読んだ事がある。『名前を呼び合う事が出来るかどうか、それである程度、友愛の度を測る事が出来る』と。
故に、タツヒはなるべく早く周囲と溶け込むために、フランクな態度で接し、己の名前を呼ばせてきた。
そう、飽くまでなるべく早く溶け込むためだ。
いつ、どんな奴からどんな情報が入ってくるか。
いつ、どんな奴からどんなメリットが転がり込んで来るか。
そんな、実に打算的かつ利己的な考えの下、周囲と仲良くやってきた。
──友達
──ともだち
──トモダチ
タツヒは“友達”という関係を、情報を得るための一種のツールとしてしかみていなかった。
──だからこそ、彼女達の言葉が重い
裏に打算も利害も何も無い、純粋な好意の現れ。
それはタツヒが捉えていた“トモダチ”という定義を、悉く打ち砕いた。
本人だけでなく周りの連中も、言葉を発した二人を見て何だか笑顔を浮かべていた。
──その笑顔に、またも心が痛む
『──名前で呼んで』
何故だか、決して忘れ得ぬその言葉が、もう一度リフレインした──