俺の憂鬱   作:やはり綾鷹

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息抜き


最初の話

俺の憂鬱

 

サンタクロースはいるのか、それともいないのか。この話題について、俺はこう答える。

 

サンタクロースというコカ・コーラ社の陰謀を感じる色合いをした聖夜に良い子の枕元にプレゼントを置いていくヒゲのじーさんの事を、俺は幼少期からすでに信じていなかった。

 

別に、目の前でつけ髭が取れてサンタクロースは父親と判明したわけでも、こそこそと母とサンタクロースっぽい服を着た父が俺にバレないようにクリスマスパーティの打ち合わせをしていたところ見てしまったわけでもない。そもそも、我が家の親はそんなことは絶対にしない。

単純な話で、幼少期に当時流行りの『たまごっち!』を望んだはずなのに、枕元に辞書と英単語長が置いてあった時点で、俺はすでにサンタクロースは存在せず、そしてその存在は父親か母親のどちらか、またはその両方なのだろうと気付いたのだ。いや、この時点ではまだサンタクロースの存在を心の奥底で信じていた。

 

きっとサンタさんは間違えたんだ!

来年いい子にしていれば、きっとたまごっちをくれるはず!

よーし! 来年はクラスで一番になるし、お父さんとお母さんの言うこともちゃんと聞くぞー!

だから、だから……来年こそは、お願いします。

私に、みんなと同じものをください。

 

そう思っていた。思い込むしかなかった。サンタクロースというありもしない虚像に、すがりつき、かじりつく勢いだった。

しかし、サンタはいつまでたっても、俺の望むものを与えることはなかった。

こうして、サンタを始めとしたあらゆる非科学的な存在に対し、俺は幼少期の時点で決別することに成功したのだった。

 

ただ、一つだけ。たった一つの非科学的な現象に対する想いだけは捨てきれずにいた。

 

中学二年生の時に偶然見かけた小説。名前は確か、異世界転生。

内容は、不慮の事故で死んだ主人公が原因もわからないまま生きた状態で灰色のコンクリートジャングルしかないこの世界から別の世界へと移動し、その世界で面白おかしく過ごすというものだ。

俺は、その現象に密かに憧れた。

厳しい家庭環境と、もはや畜生の域に達した親からの決別を願いつつも叶えられずにいた俺は、非科学的な、非現実的な、物理法則に雁字搦めにされたこの世界では到底不可能な現象に、焦がれるほどの夢を見たのだ。

広い広い草原で走り回ったり、躾により機械的になってしまった犬ではなくちゃんとした感情のある犬と触れ合ったり、近所の子供達と夕暮れ時まで遊んだりできる––––親と、笑いあうことのできる生活を望んだ。

 

結果として、そんな非現実的で非科学的なことは起こらなかった。

 

不慮の事故で死ぬこともなく、ただただ親の言いなりのまま、ボロボロの体と心を引き摺って生き続けている。

いつしか俺は、夢を信じなくなった。

サンタクロースも、異世界も。

いつのまにか、俺は願い始めた。

たまごっちでも異世界転生でもなく、純粋に、悪意と敵意と殺意と害意だけで願った。祈った。

 

––––こんなクソッタレな世界、滅びろ。

 

それからは、ずっとずっと人を呪い続けた。

幸せそうな顔をしているやつも、私の力で幸せになった両親も、私から出る蜜を吸い続けて肥え太る害虫供も。みんな死ね。ただただ死ね。

 

 

そして、飛び降りた。

 

 

高い

 

速い

 

痛い

 

悲しい

 

苦しい

 

悔しい

 

怖い

 

怖い

 

怖い

 

ちくしょう。

 

死ぬ間際まで、私は人を呪わずにはいられない。

 

 

◀︎.▶︎

 

 

––––なんだ。世界も少しは願いを叶える気があるんじゃないか。

 

中学三年生の秋。数少ない友人と塾から帰っている最中。俺は、ふいに前世を思い出した。こない幸せを夢見ながら、人を呪って死んでいった前世を。

そうか、そうか。願い続けたことに意味がないわけではなかったんだ。サンタクロースなのか神様なのか知らないが、死んでようやく願いを叶えてくれたのか。ありがとうございます。第二の人生は、人を愛して生きます。

 

「おい!? どうした!? どっか痛いのか!?」

 

ん? え? あ。どうやら、俺は気づかないうちに泣き崩れていたらしい。

なんでもない、なんでもないよ、キョン。ちょっと、思い出し笑いというか、思い出し泣きというか。

 

「心配するだろ……どこも悪くないならいいけど、とりあえず立てって。みんな驚いてるから」

 

そう言われて周りを見ると、いつのまにかいろんな人に囲まれていた。同じ講座を取ってるやつらに、見回りをしているおじさん。近所の人なんかも駆けつけてくれていた。

つーか待てや。何人か写真撮ってるよな? あとで殺すかんな。

 

「また怖い顔になってるよ、七峰さん」

「うるさい」

「ほら、またそんなこと言って。友達が欲しいんじゃないの? そんな怖い顔で周りを睨め付けてたら、友達になりたいなーって思ってた人も近寄ってこなくなっちゃうがしれないじゃない」

「へーへー、そりゃどうも。そんなヒョロイのはこっちから願い下げだわ」

「こら」

 

前世と違い、今世の俺には親友がいる。それも、2人もだ。

一人は、俺と俺に説教を始めた女を見て肩をすくめながらため息をついてる男。みんなも、俺も、こいつのことをキョンと呼んでいる。こいつはなんというか、なにを話してもいいやってふうに思える不思議なやつだ。

そしてもう一人が、このうるさい女、佐々木だ。美人で頭も良く、運動神経も抜群で家事全般もそつなくこなす秀才だ。本人は自身のことを平均以下の凡人と言っているが、それは凡人に失礼だし、平均の人々にも失礼である。俺に並ぶくらい変わったやつで、女には女口調で、男には男口調で話す変なやつだ。

 

親友になった経緯は、確かキョンが発端だった気がする。佐々木ともキョンとも塾でたまたま一緒になり、キョンが佐々木に話しかけ、そのキョンと佐々木で俺に話しかけてきて、そこから段階飛ばしで親友になった。

この二人のそばは、とても居心地がいい。

きっとその理由は、変わり者の俺を腫れ物のように扱うわけでもなく、かといって常人として扱うわけでもなく、あるがままに俺として受け入れてくれているからだろう。

 

「……いやー、俺、お前らに会えてよかったわ」

「頭でも打ったか?」

「これは重症だね。キョン。僕は病院と親御さんに連絡を入れるから、君は七峰さんの様子を見ておいてくれ」

「わかった」

 

わかったじゃねーよ。哀れみの目を向けながら背中をさするな。やめろ。

 

「んで? 思い出し泣きって、何を思い出して泣いたんだ? 感動する映画でも思い出したのか?」

「ん? ああ、あー……前世の記憶的な? 俺、実は異世界人なんだわ」

「行こうぜ、佐々木」

「ああ、そうしよう。やれやれ、心配して損したよ」

 

ちょ、まてよ。

……まあ、普通信じねーわな。でもいいよ。俺のことは、一生知らないでいてくれ。

俺の名前は七峰結城、前世は◼︎◼︎◼︎。中学三年生。身長、160ちょうど。体重、45キロちょうど。趣味は昼寝。特技はバク転で性別は女。そんなちょっと変わった中学生であって、決して前世の記憶を持っている、あの世界とは全然違うこっちの世界にやってきた異世界人なんかじゃねーんだ。

 

私はもう、人を呪っていた◼︎◼︎◼︎ではない。前世など知ったことではない。

 

「まてやぁ!俺を置いていくんじゃねー!」

「さあ、背後から追ってくるのは猛獣だぞ。全力で漕ぎ続けないと、襲われて食べられてしまうぞ、キョン」

「なんで坂道を駆け下るチャリに追いつけるんだよあいつは!!」

 

私は––––俺は、ここにいる。

 


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