TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐   作:神乃東呉

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パーティー会議

―アメリカ合衆国・ワシントンD.C.―

 

 合衆国東部に位置する連邦直轄の区域に指定されているワシントンとは正式な地名ではなく、正式名称は『コロンビア特別区』として合衆国連邦政府が所在する政治的中心地、特に連邦議会、連邦最高裁判所、そして大統領官邸ことホワイトハウスが在中する首都である。

 そして現在、そのホワイトハウス内ではある閣議が開かれていた。

 通称『オーバルオフィス』と呼ばれる西棟に位置する区画内の閣議室では各主要の議会議員を両脇に座させて中央に一人の初老の黒人男性は国家元首にして合衆国の代表的政治の統率者、すなわち“大統領”が座していた…のと同時に、向かい合って縦長の席に座するのは軍関係者でもなければ合衆国側に関わる人物でもないヴィンテージスーツに身を包んだ大統領と同世代くらいの日本人男性だった。

「ブルックス大統領…もう間もなく“彼女”が到着する頃かと…」

 初老の日本人男性は合衆国国家元首ブルックス大統領に少しの待ち時間を要求すると…閣議室の外から駆け足で床に足音響かせる人物がいた。

「おっ…お待たせしました!はぁっ…はぁっ…遅れて申し訳ありません、国際怪獣救助指導組織代表の者です」

 慌ただしい様子で合衆国内の上院議員などが連なる閣議席に入ってきたのは抱える資料荷物を持参して黒いレディースのスーツ調の格好に目の中は黄色に輝かしい瞳、そして頭部には吸盤状の器官が生えた人物だった。

「ミス・ゼットン…どうぞお席へ」

 初老の日本人男性が自分と同じ側の席に座るよう勧めるとミス・ゼットンと呼ばれる“星人”女性は『失礼します』と言って男性の隣の席に座った。

「特務機関『MONARCH』、国際怪獣救助指導組織『GIRLS』…同組織の顔役たる二人が一同に会するとは珍しいこともあるようだね」

「お言葉ですがブルックス大統領…あなたも元はMONARCH研究者、いうなれば私の直属の先輩にあたる方…スカルアイランドへの渡航調査記録は何度も読ませてもらいました」

「70年代の私たちの冒険劇…今も思い出す度に胸が躍るよ」

 ブルックス大統領は自身が目元にかける眼鏡のブリッジを押し上げると光で反射していた目の中の瞳がクッキリとして現れた。

「大統領、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」

 大統領と初老男性の他愛のない会話が続きそうになる中で白人の上院議員が間に入って閣議の開始を伝えた。

「おや、すまないねフレッド…それでは今回の『J-1973』の移送中に起きた事件をすべて聞かせてもらおう…ミスターセリザワ」

 ブルックス大統領は先日の移送艦船『マイケルシールズ号』に起きた顛末を初老男性『セリザワ』に尋ねた。

「その件につきましては…現場指揮を行った彼に説明をお願いしています」

 芹沢がミス・ゼットンとは逆の方に手で指し示すと…閣議室に後から入ったミス・ゼットンを始め、大統領と上院議員たちでさえも気付かなかった人物がそこにはいた…否、突然に現れたと表現するのが正しかった。

「ご紹介に預かりました…MONARCH分析官の逸保志ダグナと申します」

 ホワイトハウス内の閣議室にダグナがその姿を見せるなり自己紹介を始めた。

「君が例の『サルベージャー・ジーク』の孫娘の後見人かね、国防長官の一件では大変申し訳ないことをしてしまった…現在、“元”国防長官はカナダの実家で酪農をしているよ」

「ご心配には及びません、あの場には“怪獣王”と私もアキさんに同行していましたので“何も問題なく”、その日の元国防長官もたまたま退職日が早まられたと私は認識しております」

「話が早くて結構…だが、おかげで私は“ゴジラ”に酷く嫌われてしまったようだ…大統領の私に『滅ぼす』とまで脅される始末だよ、大国に堂々と脅迫できるのは彼くらいなものだ」

 ブルックス大統領は深いため息を吐き出して自身の政府関係者が起こした不始末に呆れ返っていた。

「では早速…お手元の資料を参照にご説明したします」

 ダグナが進行を進める上で用意された全員分の資料には小笠原諸島洋上で起きた『マイケルシールズ号』での詳細が記載されていた。

「こちらは船内へ潜入したゴジラからの報告ではマイケルシールズ号にはアメリカ海兵隊による厳重な警備を敷かれていたようでしたが…兵士の多くはMIAとなったのち、船内は“兵士一人分に匹敵する海水”が乗船リスト内の人数と一致、また人質の中には怪獣娘キングジョーのクララ・ソーンに擬態していた敵も潜伏しておりこれをゴジラが看破のちに撃破、本物のクララ・ソーンは“J-1973”と同じ動力室内にて監禁されていました」

 ダグナからの証言された内容に議員たちに衝撃が走り、ざわつき始めた。

「なんと…あのキングジョーが…」「相手は何者なんだ?」

「彼女は無事なのか?」「怪獣娘が勝てない敵だと…」

 怪獣の能力を宿した怪獣娘の実力を広く認知している議員たちにとって怪獣娘に危害が加わることは自分たちの身にも危険が及ぶ可能性、または自国の国民にも脅威が迫ることにも繋がるため動揺が広がりつつあった。

「ふむ…とうとう、“彼ら”の容認を検討せねばならない日が来てしまったか」

 ブルックス大統領は思い口を開いて全議会内関係者に通達することを決定した。

「大統領、彼らというのは…つまり怪獣戦士(タイタヌス)たちを公表されるおつもりですか?それはいささか早すぎると思われます」

 芹沢はゴジラを始めとした怪獣戦士(タイタヌス)の存在を世間に認知させる方針を大統領自らが決する意向に“早すぎる”と意を唱えた。

「ミスターセリザワ、報告書によればマイケルシールズ号の動力室内には明らかに“ジェットジャガー”を破壊する目的で仕掛けられた爆弾を設置していた形跡があったとのことだ…しかも我が合衆国の海軍が使用する爆発物であると言うことは軍部内部でも怪獣娘たちに更なる助力を阻止しようとする派閥まで生まれつつある始末だ…ミス・ゼットン、あなたにも大変申し訳ないが怪獣娘をこれ以上の危害が加わる前に私たちは先手を打たなければならない」

 重い口を開こうにも出てくる言葉を抑えるように両手で拝むようにして重ね握る手で口元に充てテーブルに両肘立てるブルックス大統領は表情を隠した。

「僭越ながら大統領、発言をいたします」

「なんだね、フレッド…」

 議員の中では中堅に位置する年齢ながら特別な枠にいる上院議員の一人、若干40代の紳士な議員という印象の強いフレッド・グリーンリーヴが挙手の後に発言した。

「現在、我が国を始め各国内外でもようやく怪獣娘“だけ”でも信頼を勝ち取りつつある昨今の情勢の中で“怪獣戦士(タイタヌス)”の案件はシビアな問題かと…」

「というと…?」

「まずは世論です…怪獣娘は我々と同じ人間の姿に近しいからこそ共感性が生まれはしました…が、怪獣戦士(タイタヌス)だけは違います…違い“すぎる”のです。特に先ほどから大統領方が申されている“ゴジラ”は先のロ・サ戦役を始め、重大事案にもかかわる“G案件”です」

 アメリカ合衆国大統領府内でもユウゴのゴジラを始めとした怪獣戦士(タイタヌス)の情報もごく一部ながら認知はされているが“G案件”として重大事項扱いだった。

 しかし、そこにミス・ゼットンは挙手をした。

「グリーンリーヴ上院議員…しかしながらGIRLSは彼に所属の怪獣娘を救われたのも事実です。本来であれば公式の場を用いて彼に礼を言うべきは私であるはずですが…そのようにトップシークレットとして扱われることも問題を先送りにしてしまうだけです」

「ミス・ゼットン…すまない、確かに君の言うとおりだがこと怪獣戦士(タイタヌス)の存在は極秘として扱われていた…世間一般では怪獣娘だけが認知されて数年、それ以前から日常に怪獣の姿を隠して生活する者たちがいる事実を突きつけるような行為は悪戯に世論を刺激しかねる」

 合衆国政府も両手を組んで上向いたり下向いたりと悩む姿を見る限り扱いに困っているようすだった。無理もない、怪獣娘のように“発見された”と報じて早数年内で『実は男性にも怪獣の力を宿す者がいました』と言えば済む話ではなかった。

 なにより彼らが一般社会で通常の人間と何ら変わらぬ生活をしながら存在していることが重大であった。

 そこへ更にダグナが挙手をした。

「では大統領、こういうのはどうでしょうか…あくまで怪獣娘を始め、一般人にも悟られない範囲で彼らに行動してもらうというのは…」

「それは正体を隠しながらいざという時のみ、行動してもらうということかね…まるで彼らにコミックのヒーローのようなことをさせるつもりかね」

「させる…のではなく、してもらう…現にゴジラを始め、タイタヌス・ガメラ、タイタヌス・コングも極秘裏にGIRLSを危機から救っております」

「私も、その報告は東京支部の部下から通じて報告を受けておりますが…警視庁を始め、防衛省はその存在を既に危険監視事項に抵触して『特異生体不明怪獣』と勝手に呼称していると聞いております」

「怪獣戦士(タイタヌス)を敵に順当する存在だと日本政府は言っているのか?…馬鹿馬鹿しい、彼らを知りもしない連中が勝手なことを…大統領、私の故郷もあなた方合衆国も早い段階で彼らを公式に認知しなければ暴動が起きます!それも人間と怪獣の対立という前時代に逆戻りする最悪の結果になるかと…」

 セリザワは前のめりになるほど身体を立ち上がらせ大統領に苦言した。しかし、当の大統領は慎重であった。

「わかっているともセリザワ…だが、国防総省を始め我が軍内部でも『怪獣』に関する見解に異を唱える者も多い…前時代から『怪獣とは敵』と認識する者は変わらず考えを変えようとしない頑固者ばかり…怪獣娘を認知するようになっても怪獣は変わらず“悪者”であってほしい連中は多いのだろう」

「大統領、もうしや『怪獣脅威論』を掲げる連中ですか?」

「ああ、そうだよフレッド…怪獣娘を“悪しき魔女”と認識するような連中が口を開くとしたら怪獣戦士(タイタヌス)は“悪魔”だと訴えるだろうね」

 ブルックス大統領はさらに大きなため息を吐き出して合衆国内でも抱える“怪獣脅威論問題”への対応が彼らの中で最重大だった。

 『怪獣脅威論』とは前時代から続く怪獣に対して敵対及び脅威をとなるという内容の文字通りな論理である。

 さらに『荒野の狼』というエコテロリスト内にもそう言った風潮があれど利用できる可能性のある力にさえ悪用に手を伸ばす連中もいるためアメリカを始め世界各国の国連加盟国も問題視していた。

 一見は怪獣を脅威と認識しておいて、明らかに自分たちに都合の良い解釈で捻じ曲げ、利用できる力は何であれ利用する、“脅威”であるからこそ徹底的に分析して利用できないと分かれば危害を加える“矛盾性”が倫理の破綻した『怪獣脅威論』という論理が生まれた背景があった。

「ますます馬鹿馬鹿しい…そんな愚かな人間が考える思想よりも間近に迫る脅威を感じられない連中も我々が守らねばならないとは…ダグナ、あなたにはより一層の苦労を掛けてしまいMONARCHとして申し訳がたたない」

 セリザワはダグナに対して深々と頭を下げようとするも…ダグナは手のひらを見せ断った。

「かまいません…私はもとよりこの世界には誰よりも重いれが深いだけです。 どんな相手だろうと柱に括り付けてでも御守りいたしましょう」

「あっああ…それは心強いな…」

 セリザワは目元にかけた老眼鏡をかけ直してダグナの発言に少し驚かされた。

「それでは…最後にお手元の資料末部へ移ります…我々、MONARCHを始め怪獣戦士(タイタヌス)は予てより戦う相手が今回その姿を見せたことでようやく相対する存在の認識が確立されたことをここに宣言いたします」

 全員が最後のページにめくりあげると…そこに書かれた内容に驚愕した。

「『他生命干渉体:MONS(モンス)』?…これはシャドウとはどういう存在なのかね?」

「シャドウはこの世界の脅威の副産物であるなら、モンスは他世界からの侵入者、すなわち“異世界”からの進行勢力と申しましょう…そして、それをこの世界に干渉させる存在こそ…“神”です」

 ダグナの思い切った発言に議員たちにも動揺がさらに広がった…なぜならこのアメリカ合衆国にとって“神”という存在の認識は別にあるからであった。

「ふざけている!このわけのわからん新たな敵を送り込んでいる存在が“神”だと!?イエスが私たちに牙をむいたとでも?」

 一神教の多い合衆国内では神は偏に一存在しかなく、誰もが連想する神様と呼ばれる存在こそ救いを与え、人々を苦しみから導いてくれると信じてやまなかった。

「そうお考えになるかと思われましたが…残念ながらあなた方が信仰される神とは別の存在です…私の知る“神”とは“点”なのです」

 ダグナは議員たちが連想する神とは別にして自身が認知する“神”とは何かを語った。

「あなた方は水に意思は無いと思われるでしょうが…明確にはあるのです、現にあなた方の体組織の7割は水であるようにそれらを管理する存在が今回我々の前に現れた神『クトゥルフ』は水と生命を管理するシステムのような存在です」

「システム…プログラムのようなものなのか?」

「厳密にいえば人工的なものではなく…ごく自然的に生まれた宇宙と同時に生まれたプログラムです。言うなれば宇宙自然のプログラムと言えばご理解いただけますか?」

 ブルックス大統領たちは納得がいくようでいかない様子だったが…

「どちらにせよ…我々に敵対意思のある明確な敵と認識してかまわないかね?」

「それでもかまいません」

「怪獣の次は“神”か…私たちはこれから先どんな存在と相対することになるんだ?」

 ブルックス大統領は両手を組んで椅子の背もたれにもたれかかった。

「大統領、今はとにかくこのモンスと呼ばれる新たな敵に対しての対策案を検討しましょう…報告書を読む限り、この生命体は怪獣娘を標的に既に5件の遭遇に合っています…幸い、ゴジラを始めとした怪獣戦士(タイタヌス)が迅速に対応して事なきを得ているようですが、GIRLSを始めとした怪獣娘個人にはなんら対策が昂じられていない現状を打開しなければ…」

「既に日本のシャドウ対策は警視庁を始め、警察組織が動いているためGIRLS東京支部はシャドウ対策に手を引く方針です」

 ミス・ゼットンはGIRLSの東京支部の方針も報告しつつモンス対策への許容部分を見出すことにした。

「シャドウに変わる新たな脅威『モンス』…得体のしれない“神”とやら…そんなわけが分からない敵と戦いながらも守る人間は守られる存在を脅威視する……怪獣の力を人間が持ってしまったが故の結末はどうなってしまうんだ?」

 ブルックス大統領はもはやため息を吐き出すことが辛い現実を息吐くたびに忘れられる気がしていた。

「大統領、たとえどんな結末になろうと我々MONARCHは怪獣と人間が共存することが正しい道であると判断します」

「我々GIRLSも、未熟ながら精神が発達しきれていない少女に宿る怪獣の魂を尊重して彼女たちの献身や健全と育成を重視します…戦うだけが怪獣娘を救う道ではないと私は個人的に考えます」

 セリザワとミス・ゼットンはまっすぐな目で変わらぬ組織方針を固めてブルックス大統領に提言した。

「セリザワ…ミス・ゼットン…ありがとう、君たちのおかげで怪獣はこの世界であり続けることが出来ることを深く感謝しよう」

 抱える問題は山積みでも1つ1つを解決しようと奔走する者たちがブルックス大統領1人ではないことを確信する彼の表情は安らかにも何度も吐き出すため息も自然に収まっていた。

 そんな中、ダグナは胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認していた。

「おや…どうやらそろそろお時間のようです…私はこれで失礼したします」

「もう行くのか…」

「ええ、そろそろアトランタで予約していた七面鳥を受け取りにいかねばなりません…パーティーはまだ始まったばかりですので…では!」

 そういうと光も、消える前兆もなく、ダグナは閣議内全員の前から姿を消した。その消え方は最早いつの間にか居なくなったと認識するほどの速さだった。

「七面鳥?」

「パーティー?」

 なんのことなのかさっぱりわからないセリザワとミス・ゼットンは首をかしげる。

―都内・BAR『1954』―

 

「それじゃぁアギちゃん!開始の音頭をお願いちゃ~ん!」

「ふえぇ~なんでボクが…」

 またしてもミカヅキからの無茶ぶりに乗せられて片手にグラスを持たされて皆の前に押し出された。

「ええっと…今日はお日柄もよく~って言えばいいのかなぁ…でもこうしてみんなと集まって楽しいことが出来てボクはうれしいです。今日は思う存分、楽しみましょう…ええっと、乾杯」

―かんぱ~い!!―

 アキの掛け声とともに全員がグラスを掲げて乾杯を告げるとBAR1954GIRLS東京支部貸し切りのパーティーが開始した。

「かんぱ~い…じゃねぇだろうが!」

―ゴスンッ!

「ぐえっ!?」

 そんな楽しみ始めたアキの頭に料理の乗った皿を持つユウゴの手が彼女の頭部に直撃した。

「何するのさぁ…」

「こっちが何してんだって言いてぇわ…テメェら俺がいない間にどんだけ食い物をこの店に搬入しやがった!厨房が馬鹿みたいに食材だらけだわ!」

 ユウゴが居ない間にアキたちが事前に持ち込んだ食材は厨房を埋め尽くす大量の食材、業務用冷蔵庫にすべて埋め尽くされた食材、段ボールで何箱分も入った食材とすべて調理しないと数日のうちに腐る量が運び込まれていた。

「飲食店なんだからこれくらい買い込んでもいいじゃん」

「限度ってもんがあるわ!この場にメシ作れるヤツは誰だ!?俺だけだろうが!!」

「なんやかんや言って、ユウちゃん結構作ってくれとるやん」

 文句がすらすらと出てくるユウゴだが、パーティーの前菜としてそれなりの量の料理を既に作って運んできたが…それでもまだ10分の1以下の食材しか使い切れていなかった。

「ボクたち怪獣娘は育ち盛りなんだよ!これくらいじゃ足りなくなると思ったもん…」

「だったらオメェも手伝え!全部の食材使い切るまで、オメェのメシは無しだ!」

 そう言ってユウゴはアキの頭を掴み引きずって厨房へ引き戻した。

「うわぁ~!ボクもパーティー楽しみたいのにぃい!!」

「アギちゃ~ん、カムバック!」

「私たちもできる限りお手伝いしますからぁ~!」

 強制的にアキを厨房まで引きずって手伝わせパーティーに楽しむ側から雑用側へと戻されたアキを惜しんでミクとレイカは手を伸ばしたが彼女には届くはずもなかった。

「アギちゃんの尊い犠牲は無駄にせぇへんで!」

「勝手に抹消するなよ」

 遠い視線に敬礼するミカヅキと呆れ返ったベニオは深いため息を吐き出した。

 それ以外はアキを差し置いてパーティーに没頭して楽しんでいた。

 総勢約20名前後の怪獣娘たちが日頃の労をねぎらいながらも楽しく飲み食いしながら談笑が和気藹々に広まっていた。

 そんな様子を厨房の入り口から覗くアキは恨めしい気持ちだった。

「ううっ…みんな楽しそうなのに…いいなぁ~」

「お前の捲いた種だろ…ほらよ、さっさと持ってけ!」

 そう言いながらもユウゴは山のようにある食材をさばき続けて大皿で盛りつけた料理が完成してアキの目の前に出された。

「うぅ…おいしそうなのにボクは一口も食べれないのかぁ…」

「お困りのようね、アキちゃん」

 料理を運ぼうと大皿に触れていた時、耳元からミオの声が囁いた。

「みっ、ミオさん!」

「アキちゃん、みんなとパーティー楽しみたい気持ちは痛いほどわかるわ…料理運びは私も手伝ってあげるからみんなと宴を楽しみんしゃい」

「いいんですか!?」

「でも…その代わりに条件があるわよ~…ビーコン!」

【イエス マム】

 ミオの合図でアキの背後からビーコンがアキを羽交い締めにしてアキをガッチリとホールドする。

「なっ、何するのさ」

「うふふっ~、ちみにはすこ~しだけおめかししてもらおうじゃないか…ユウゴ君、こっち見ないでよ」

「馬鹿やってないで早く料理運べ」

 厨房の隅へビーコンに引きずられていくアキはミオのいかがわしい手つきが瞬時に身包み剥ぎとって別の身包みがアキに無理やり着せ替えられた。

 

 そんな厨房内でのことなどつゆ知らずな怪獣娘たちの元にアキが料理を運んできた。

「おっ…おまたせ…」

「おそ~い!もうおなかペコペコだよ~、一体なにを…して…」

 育ち盛りのミクは料理が来ることに待ち遠しく思っていた気持ちがアキを見るなり一瞬で吹っ切れる姿を目の当たりにした。

「あっ…あんまり見ないでよ」

 全員がアキに視線が移り変わる…その姿は発色の良い橙色布地に丈の長い足元隠れるロングスカートの上から白衣のエプロン、その恰好はまさに西欧文化圏のメイド姿だった。

 そして…全員が和気藹々と語らっていた場は沈黙、無意識に全員が片手にソウルライザーを持ち出した。

「うわぁああ!撮らないでぇええ!!」

「ちょっ、アギちゃん!隠さないでよ!」

「とても似合っていますよ、アギさん!」

「なにその恰好!?アギちゃんがいつもの三割増しでかわええやん!」

「メイド服、いいなぁ…オレには…似合わねぇよなぁ」

「あっ、アギラさん!こっちにも1枚、1枚お願いします」

 十人十色の様々な感想を言われるままにアキのメイド服写真会と化していた。

「なんでこんな服装をミオさんが持っているんですか!?」

「いえ~い!どうよ、私チョイスのアキちゃんメイドコスバージョン」

 そんな写真会の渦中に諸悪の根源たるミオがアキの両肩を掴んで皆に見せびらかした。

「ベムラー姉ちゃん、ええ趣味しとるやん!ウチは気に入ったでぇ!」

「ううっ、ボクに人権が無さすぎるよぉ?」

 盛大に恥をかかされたアキは逃げられない現実に全員のソウルライザーのフラッシュがまぶしく光る。

「もぉ~!アギアギが可愛いのは認めますがちゅうもぉ~く!! 今日はパーティーでもありますが、一応緊急会議の場ですからね!」

「ふえ?そうだっけ?」

「忘れたんですかゴモゴモ!本来この場にいる予定だったエレエレとガッツはさいたま市内で“特生怪獣第4号”に襲われて市内の病院に入院中、アメリカから戻ってきたキンキンも病院で療養中!ふざけている場合でない状況なのですよぉお!!」

 各々が開かれているパーティーの目的を忘れ、アキのメイド服写真撮影会と化したその場をトモミは収めた。

「そういえば…オーストラリア支部から派遣されていた人たちもアデリーナに連れて帰らされていたわね」

 事態を重く見たGIRLS上層部は東京支部に集中していた他支部の怪獣娘を本来の支部へと強制送還する方針でペギラことアデリーナ・海堂がコダラーとシラリーを引き連れてオーストラリア支部に帰って行ったのをおさげに編み込まれた髪型に眼鏡をかけた“ブリッツブロッツ”の怪獣娘の國枝アサミは思い返していた。

 

―数時間前・成田空港―

 

「やだやだぁ!せっかく日本へ入国したのにほぼ半日しか滞在してないじゃん!」

「やだぁ~!苦労してここまで来たのにぃ~!アデリー、私たちも日本観光したぁい~!!」

「グダグダ言っていないで帰るのですよ」

 みっともなく空港内で駄々を捏ねるコダラーとシラリーだったが…有無を言わさずペギラに首根っこ掴まれて引きずられながら搭乗ゲートを潜って滑走路に待つGIRLS専用高速ジェット機が離陸体制で彼女たちを待ち構えていた。

 

「そんなこんなで、私たち東京支部も今後一層警戒を強化しつつも怪獣娘としての活動をすると言うのが、現在ワシントンの議会に参加中の支部長からの通達です!要警戒と言えど活動内容は変わらず、行動も極力1人で行動しないように!」

 GIRLSとしてできる範囲の注意喚起を促すトモミはアメリカにいる支部長の代理として彼女の言葉を代弁した。

「それよりピグモン、エレたちを埼玉で襲った特生怪獣第4号はその後どうなったんだ」

「詳しいことはご本人に直接リモートで説明してもらいます」

 トモミは自前のタブレットをバーカウンターに立てかけて全員がタブレットのインカメラに映るような画角に調整するとリモート会議アプリを起動してランの回線と通話すると…さいたま市内の病院で療養する病院服姿のランが映し出された。

「えっ、エレキングさん!お体の方は大丈夫なんですか!?」

 ランと誰よりも親しいレイカは心配そうな表情を画面の向こう側のランに向けるが…

『問題ないわ…ピグモンが大げさに騒ぐから検査入院になってしまっただけよ』

『わたしも無事よぉ~』

 ランが映る画面の後ろでミコと思しき手がヒラヒラと振っていた。

『……それで、なんで会議の場にアギラはメイド服を着ているの?ふざけているの?』

『えっ!?なに、アギがメイド服!?どういう状況なのそっち!?』

 ランの言葉に驚いたミコは無理矢理画面に顔を出して画面内のアキの様子を確認してきた。

「好きで着ているんじゃないよ!」

『なにその楽しげな状況!!私ら抜きでみんなしていいなぁ~!!ズルいズルい~!!』

 画面越しでパーティーに参加できない病室内のミコは音声でもわかるほどに駄々を捏ねていた。

「おい、アキ!いつになったら料理運ぶんだ…早くしろ!」

 そんな会議中の場にユウゴが作り終えた料理を両手に抱えて運んできたが…

『えっ、ちょっとその声、噂のアギのお兄さん!?どこ!?どこに居るの!?あぁあああ!!』

 ユウゴがタブレットの横を通り過ぎようとした時、ミコが大きな声を出したことでスピーカーの振動が災いしタブレットがパタンッと画面をバーカウンターに伏せ倒れた。

『あぁ~!!これじゃぁ見えないよぉお!!もうやだぁあ、私もそっちにいくぅうう!!』

『ちょっ、印南さん!検査が終わるまで安静にしていてください!!』

 画面の向こう側にいるミコは今すぐにもユウゴのバーへ向かおうとして看護婦に引き止められているのが音声だけでもわかる状況だった。

「あとで手伝うよ…今、GIRLSの会議中だからお兄ちゃんが出てくると話しこじれるから待っていてよ」

「うるせぇ、はよ料理運べ」

「アギアギ、ここは私たちだけでいいのでお手伝いに回ってあげてください」

 仕方なく会議にアキの不参加を渋々ながらトモミは許可してアキは渋々ながらユウゴと共に厨房へ回った。

 トモミも倒れたタブレットを立て掛け直してランの顔が映る画面が怪獣娘全員側に向いた。

「んんっ、それではエレエレ…続きをお願いします」

『ええ、“特生怪獣第4号”の正体はキングジョーやウインダムのようなロボット型の怪獣だったわ』

「わっ、私やキングジョーさんと同じタイプの怪獣さんですか!?」

 ランから告げられた特生怪獣第4号の詳細がランのカメラワイプを小さくして画面には彼女手書きのイラストを踏まえて説明が続けられた。

『ただキングジョーやウインダムのように有機体の上に無機質な機械状の獣殻(シェル)があるというわけじゃなく…全身そのものが機械のような姿が印象的だったわ』

『んんっ!…それだけじゃなく、この怪獣の傍らに未登録の怪獣娘も同行していることもわかったわ』

 病室に戻されたミコは渋々ながら会議に参加して自分もランと同じく見たことを伝えた。

「この4号ってやつに未登録の怪獣娘が付き添ってんのか?」

『ええ、どうやらそうみたい…怪獣名はメカゴモラ、GIRLSの記録には無いけどUGM反応が検知されたことから怪獣娘として断定できるわ』

 画面には特生怪獣第4号“機龍”のイラストと共にメカゴモラのイラストも提示された。

「めっ、メカゴモラ!?またウチのパチモンみたいなのが出てきたやん!?」

 先日の怪獣娘型のシャドウに引き続いて機械型のゴモラと類似の怪獣娘に本家のゴモラことミカヅキが驚愕する。

『頻りにこのメカゴモラは『キリュウ』と呼ぶ存在を探していたようだったけど、十中八九この第4号がその『キリュウ』と言う怪獣である可能性が高いわ。 現に彼女はそのキリュウと一緒に飛び去って逃げていった』

「未確認の怪獣娘さんが特生怪獣第4号と行動を共にしている…何らかの共生関係があるのでしょうか?」

 トモミを始め、他の怪獣娘たちは首を傾げて悩む中…

「あの~つまり…その4号さんとメカゴモラ“さん”?…は、親子のような関係なんでしょうか?」

 レイカはランに具体例を提示して尋ねた。

「確かに…言われてみれば“機械型”同士で名前を呼び合うほどの親しい間…親子っていう線はあながち間違いじゃねぇかもな」

 そう言ってベニオもサチコの方をチラ見しながらレイカの質疑に納得する。

「ふえっ?なんであたしを見るんですか、ししょー!?」

「いや、何となく…」

 サチコは自身がザンドリアスであると同時に彼女自身が知らぬ彼女の母親もまたマザーザンドリアスの怪獣娘である親子で怪獣娘であるケースも一応あった。

『現段階でこの4号“キリュウ”と“メカゴモラ”、双方の関係性は不明だけど…親兄弟あるいはそれに近しい間柄と見ているわ』

『エレの説が正しいなら特生怪獣は私たちと同じ怪獣の力を宿した人間の可能性がより高まるし、怪獣娘の中にもこの特生怪獣との関係性がある怪獣娘がいる可能性も捨てきれないわ』

 ミコの意見が出てきたタブレットの横を通って料理を運ぶアキはビクッと身体が反応した。

『例えば親を始め、兄弟姉妹などの血縁関係にある可能性、友人知人、私たちの知らない身近なところにも特生怪獣という存在は意外と身近にいる可能性があるわ』

 ランの仮設がぞろぞろと出てくる中でアキは顔にダラダラと冷や汗が零れ続けた。

「そうですか…わかりました。 次に、この特生怪獣さんにも“暴走”の傾向があることも御教え願えますかエレエレ」

 トモミが次に質問した内容は特生怪獣に起きた“暴走”についてアキも聞き耳が立った。

『特生怪獣第4号は私たちに襲い掛かるほどの暴走状態の傾向が見られたわ…しかし、これはその前に私たちが未登録の怪獣娘『メカゴモラ』を少し強引にGIRLSへ連れて行こうとした時に通常の怪獣娘の暴走と同じく目を赤く染めた状態の第4号が現れた…そこから察するに特生怪獣にも私たちと同じ暴走状態に陥る危険性が見られるわ…でもその後、メカゴモラが4号に飛びついた瞬間に4号の暴走が止まって正気を戻した感じだったわ…私たちのように心に大きな傷を受けた時や負の感情が増大したことに原因とするような暴走ではなく、同族の危機的状況に対する防衛行動と私は考えるわ』

 ランの推察は精神発達の未熟な怪獣娘の精神の暴走とする見解ではなく、メカゴモラに危害が加わったことに対する怒りや敵意に近しい暴走だと考えついていた。

「とはいえ、やはり特生怪獣さんにも暴走する兆候があると言うことですね…少し恐ろしくもあり、シャドウや暴走した怪獣娘さんよりも厄介な相手となる場合も想定しないといけませんね…現在『J-1973』という国連から譲渡された警護無人機の調整もまだかかるみたいですので各々が気を付ける事ばかりですね」

 トモミは次々と降りかかる難題に頬に手を当てて考えた。

 そんな特生怪獣こと怪獣戦士(タイタヌス)の正体に近づきつつあるGIRLS達の傍らで気づかれないように恐る恐るアキは厨房へ戻っていく。

「ねぇ、お兄ちゃん…どうするのさ、だんだんとみんなお兄ちゃんの正体に近づきつつあるよ」

「あぁ?知るかよ…さっさと運べ」

 必死になってユウゴの正体を隠すアキに対してユウゴは料理を作り続ける事しか集中していなかった。

「ここからが忙しくなるぞ、応援呼んだから」

「応援?」

 ユウゴが誰かを読んだことに首を傾げていると他の客が来るはずのないこの店の扉がガチャッと開いた。

「あれ?もう始まってた…?」

「むっ…狭い」

 店に入ってきたのはガメラの怪獣戦士(タイタヌス)こと相沢トオルとその後ろに大きなツレが入ってきた。

「あっ、アイザワ先生!?」

「…と、なんかデカい人が入ってきた!?」

 トオルの付き添いで入ってきたのは入口よりも頭1つ大きな大男が身体だけで出口も塞ぎ、天井にあと少しで頭が届きそうな背丈の欧米系の顔つきの男性だった。

「あっ、お待ちしておりました。マーロウCEO」

「ピグモンさんの御知り合いっすか!?」

 怪獣娘が見上げる大男が実はトモミの知り合いであることに驚いた。

「私も何も、GIRLSの皆さんにとって重要な方ですよ…こちらはGIRLSのシステムソフトウェアや皆さんが使用しているソウルライザーのデバイス製造提供を担う『ACI社』の代表取締役のジャック・マーロウさんですよ」

 その大男ジャックはGIRLSの怪獣娘が使用するスマートフォン型ソウルライザーのデバイスとしての本体製造部門を担うメーカー会社の社長であることに驚愕した。

「思い出した!一昨年に家族経営陣の不正事業で大打撃を受けた『エイペックス・サイバネティクス』の社長に就任して社名と事業内容まで変更して業績安定させた社長さんで超有名な人じゃないですか!?」

 ジャックの経営手腕を知っているアサミは手をポンッと叩いて彼の正体に思い出すと全員がテレビで聞いたような内容にあぁ~と頷いて納得した。

「マーロウCEOには“J-1973”のシステムハードとソフトウェアの調整に今回ご協力していただきありがとうございます」

 トモミはジャックの協力を仰げたことに本人に直接頭を下げ、礼を伝える中…全員が一番気になるのはとてもパソコンなどの電子機器を操作するにはあまりにも不自由そうな大きな図体に見合う太い指先がどうやってキーボード作業など細かい作業ができるのか首が傾いて仕方なかった。

 しかしそんな巨漢ジャックは手持ちの手提げかと思っていたが、それは通常のパソコンよりも頑丈で丈夫なスペックを誇る所謂タフネスノートパソコンだった。

 カバンやアタッシュケースかと間違えてしまいそうなノートパソコンのズッシリとした質感がバーカウンターに置かれ開かれると電源が付いてキーボードをカタカタと太い指とは思えない速さのタイピングで入力が始まった。

「ミス・トモミ…“J-1973”のハードとソフトのアップデート調整は現在、我が社の東京支社が調整中ですが…GIRLSが使用するデバイスのアップデート機能には以下の通りでよろしいでしょうか?」

 指先が太いジャックでも軽々と扱える代物でソウルライザーの拡張アップデートの内容をトモミのソウルライザーに送信した。

「はい、問題ないかと…あとはソウルライザーの可変機能は当方の開発部に一任いたしますので―…」

「もはや何を言っているのかわからん」

 GIRLSでも付き合いの長いベニオはトモミと大柄なジャックのビジネス会話の内容についていけなかった。

 そんな思わぬ来客に固まってたじろぐが怪獣娘たちだが…

「おう、トオル…こっち来て手伝え」

「はいはい」

 トオルは自前のジャンパーを脱いでいつものパーカー姿になると厨房にかけられている予備のエプロンを付けた。

「アイザワ先生が料理されるんですか!?」

 憧れの相手を厨房から覗くレイカは恐る恐る尋ねた。

「うん、実家は港町の定食屋だったからね…中華なら作れるよ」

「馬鹿みたいに量の多いやつを頼む…ここの食材、ほとんど使い切っても構わん」

「うわぁ~すごい量だなこりゃぁ」

 トオルは連絡を受けて聞いていた量に驚きながらも腕を捲って料理を作り始めた。

 方やユウゴと一緒に料理を作るトオルと方やトモミと一緒にGIRLSのデバイスやシステム面の取引で会話するジャックと『BAR1954』は異様な光景になっていた。

「はい、お待たせ…油淋鶏と即席餃子餡の包み焼き」

 トオルが作り終えたのはこれまた量の多く、みんなで食べるには最適な中華料理を中心としたメニューばかりであった。

「うわぁ~、アイザワ先生は漫画だけじゃなくお料理も完璧ですね…しかもおいしいです」

 普段はトオルの漫画の絵を知るレイカは彼の知らない意外な一面に驚かされていたが…

『ちょっ、湖上さん!検査が終わるまで安静にしていてくださいと言ったでしょう!!』

「あっ、エレちゃんたちの病院と繋ぎっぱなしだったの忘れとった…」

 未だにトモミのタブレットでランたちの居る病院とつながっていて店の様子が見られていたためランがミコと同じく今すぐにも病室を抜け出してこっちに向かおうとして病院内の看護婦に止められていた。

『ネェ、アギ!やっぱ私たちもそっちに行くから場所教えてよ!私たちもパーティーしたいぃぃぃ!!』

「ガッツ……安静にしていて」

『あっ、ちょ、まっ…』―ピッ!

 さすがに病院からこの楽し気な雰囲気のある光景がミコやランには目の毒だと判断してアキはタブレットのリモートアプリを強制終了して閉じた。

「いや~ガッちゃんたちには申し訳ないねぇ~」

「あとでガッツたち用にお弁当くらいお兄ちゃんたちに作ってもらおう」

「それもそうやね…だってどれもおいしすぎるもん」

「ええ…おいしい」

「ゼッちゃんもそう思うでしょ……えっ、ゼッちゃん!?」

「ぜっ、ゼットンさん!?」

 ミカヅキとアキが思わず二度見して振り返った横で今日はこの場に来られなかったはずのもう一人の怪獣娘ゼットンがいることに全員が驚いた。

「お前、今頃は米国GIRLSにいるはずだったろ…どうやってここまで?」

 ベニオは本来ゼットンがいるはずのアメリカから日本までどうやって帰ってきたのか考えても一瞬で帰って来れる距離ではないことに首を傾げる。

「…白い人に…連れてってもらった」

「ただいま戻りました」

 そんなミステリアスなゼットンの後ろではこれもまたいつの間にか帰ってきていたダグナが手に紙袋いっぱいに抱えていた。

「ダグナさんも!?…その荷物、どうしたんですか?」

「ちょっとワシントン経由からアトランタまで七面鳥を買いにきたついでに彼女とお会いしまして…ついて来られるワケがあるようだったので一緒に来てもらいました」

「何があったん?」

「お姉ちゃんと…喧嘩…した」

 ベニオがなぜゼットンがここに来たワケを聞いて東京支部古参勢が全員あぁ~と頷くほどの理由だったようだ。

「ゼットンさん、お姉さんがいらしてたんですか?」

「まぁね、ゼッちゃんのお姉ちゃんは東京支部の支部長やからさ」

 知られざるゼットンの家族構成にも同じ年上の血縁者がいることを知ったアキは共感が再び湧いた。

「ゼットンさんのお姉さん…どんな人なんですか?」

「…ダメ人間…」

「だっ…ダメ…人間?」

 仮にもGIRLS東京支部の支部長と言う肩書きに位置する女性を『ダメ』呼ばわりする相手にますますアキは疑問符が浮かぶ。

「もぉ~ゼッちゃんは相変わらずお姉ちゃんと反りが合わないよねぇ~」

「そうですよ、支部長は結構しっかりとした人じゃないですか…お姉さんを悪くいうならピグモン的にはメッですよ」

「ゼットンさんのお姉さん…どんな人かわからないけど、きっと素敵な人だと思います、ボクの方なんかと比べたら…」

「ええ~なになに~今、ベムラーお姉さんのこと話してた?」

「居候は黙っていてください」

 せっかく共感の持てる話題が浮上してきたところに水を差すかの如く顔を真っ赤にして片手に缶ビールを持つミオがアキの肩に回して絡んできた。

 そんなミオを振りほどきながらもアキは憧れのゼットンに近づこうと話を弾ませようと試みた。

「とりあえずゼットンさん、何か頼みます?…あっ、これメニュー表です」

「なんでこの店にメニュー表なんてもんがあるんだよ」

 料理を運びに来たユウゴが知らぬ間に勝手に自分の店のメニューを製作されていたことにツッコんだ。

「…アギラ…どうして、メイド服…着ているの?」

「へっ?…あっ、そうだった!…いやこれはその…」

 ゼットンに言われて気が付いた自分の格好を憧れの人の前で見せていることを思い出したアキは赤面し、慌ててユウゴの後ろに隠れた。

「アギラ……とても似合っているわ」

「ううっ…ほっ、本当ですか?」

 恐る恐るアキはユウゴの大きな体格の後ろでゼットンの顔を覗くがやはり憧れていているからこそ今の自分の姿とゼットンを比べてしまうと恥ずかしくなってきた。

「もぉおお!!再度ちゅうもぉ~く!!…皆さん、勝手に和気藹々と騒がしいのは別に悪くはありませんが…大事なことを忘れていませんか?」

「大事なこと?」

 トモミは全員に忘れていると言う何かを思い出させようと促した。

「既に特生怪獣第4号さんには『キリュウさん』と言う名前が判明しましたが…ここに来て最も重要なのは……第1号さんの名前を何にするかです!」

 そう言ってトモミはどこからか持ってきたホワイトボードにトモミの可愛らしい絵の特生怪獣第1号推定図が描かれた面にバンッと手が触れた。

 なお、その第1号たる怪獣戦士(タイタヌス)ゴジラである当のユウゴは目を大きくして驚愕した。

「4号さんに名前があることが判明したのに、1号さんから始まって他の怪獣さんに号数で呼ぶのも味気ないのでこの際1号さんだけでもお名前を付けてあげましょう」

 『既に名前があるわ』と言いたそうな顔をするユウゴの気持ちなどつゆ知らずな怪獣娘たちが次々に名前案が出てきた。

「はいはぁ~い!ゴモラザウルスなんてどうや!?」

「それはゴモゴモの怪獣さんの学名でしょう…まぁ一応候補に入れておきます」

 そう言ってホワイトボードに名前を書き始めたトモミの後姿を見たユウゴは『書くのかよ』と言いたげな顔をした。

「さすがにゴモラの近縁種には見えねぇだろ…どっちかっーとオレのようなつえー怪獣な気がするから、モンスターキングなんてどうだ?」

 『どんなネーミングだ!』と言いたげなユウゴの表情がベニオに向いた。

「はいは~い!ミクラスペシャル!」

「いえいえ、スワキソニウスも捨てがたいです!」

「やだ~ザンドリザウルスの方がいいですぅ~!」

「お前自分ばっかりかよ、ここはひとつロックロードで!」

「マガサウルスなんてどうっすか!?」

 各々が勝手にゴジラの名前を自分好みで提案し合いもはや原型をとどめることのないふざけた名前がホワイトボードを埋め尽くしていた。

「ひゃはははははっ!みんないい名前を考えてるけど、お姉さんも思いついたよ!…ズバリ、トカゲ怪人トカゲ男!なぁ~んてどうよ、ユウゴ君!」

 『お前は俺の正体を知っとるだろうが』と額に血管を浮かばせるユウゴはめちゃくちゃな名前を提案した酔っぱらったミオを睨んだ。

「プックククッ…」「フフッ…」

 その様子を同じ怪獣戦士(タイタヌス)仲間のトオルたちも後ろを向いて明らかに笑っていた。

「うぅ~ん、皆さんそれぞれ考えつくから決めかねますね」

 悩むトモミの姿を見て、果たしてこの話題のどこに決める要素があるのか理解できない当の第1号本人であるユウゴが納得いかなかった矢先に…

「ガマちゃん」

「えっ?」

 突然、ゼットンが命名の提案を出してきたことにアキは驚いたが…

「ガマちゃんって確かゼッちゃんが好きなキャラクターの名前やん」

「安直すぎねぇか?」

 既に既存の名前で提案したが、明らかに却下する流れだったが…

「ボッ、ボクはいいと思います!!」

 アキが率先してゼットンの命名案に賛同した。

「そのままの名前じゃなくても、できればゼットンさんの名前の案を由来にしてください!!いいですよね!いいよね!いいって言ってよ、お兄ちゃん!!」

「なんで俺に判断を仰ぐんだよ」

 憧れのゼットンに恥をかかせまいとアキはいつも以上に三白眼が吊り上がって鋭い目つきでユウゴを睨んだ。

「そうですか、ゼットンとアギアギの推す名前を使い…案の中で一番多い名前を採用すると…では、特生怪獣第1号さんは『ガマチャンザウルス』でどうでしょうか?」

 どこかおかしな方向に着地したユウゴことゴジラの名前にとんでもなくおかしな名が付与された。

「ボクは賛成です!」

「あひゃひゃひゃひゃ!すっ…すっごくいい名前なんじゃない!」

 もはや嫌がらせのごとくめちゃくちゃになった名前をアキやミオを始め他の怪獣娘たちは異論無しとなってその名前が決定となった。

 

 そしてその後、その名前をアメリカにいるGIRLS東京支部の支部長へ命名提案を報告書として送ったが…

『真面目に考えなさいよ』

 返答はあっさり却下となってゴジラのGIRLS内での呼称名『ガマチャンザウルス』は没になったとか…




アンバランス小話
『深夜の怪獣娘たち』

 さらにその後、時刻は深夜を迎え…パーティーがお開きになったBAR『1954』にはそれまでの賑やかさは無くなって大人たちの利用時間となっていた。
「やぁあああってられるかぁあああ!!」
 ジョッキを片手になみなみに注がれていたビールを飲みほして愚痴を吐き出したのは百地メルことメトロン星人の怪獣娘であった。
「あらら、どうしたのよメトロン…ずいぶん荒れちゃって」
 その傍らで彼女の愚痴を同じバーカウンターで相席する天城ミオことベムラーが聞いていた。
 深夜のBAR『1954』…それは真夜中に吐き出しきれない大人の怪獣娘たちが怪獣の姿を曝け出しながら愚痴を吐く時間であった。
「どいつもこいつも…カウンセリングをなめてんのかって私は言いたいわよ!!」
 メトロンはジョッキを振り回しながら自身が担当する医務室での出来事に不平不満を募らせていた。
「ベムラー…怪獣娘ってのは医学的言えば概ね第二次性徴期に現れる傾向がある、すなわち女の子たちにとって“思春期”にあたる時期なのよ! 食べ過ぎて変身時の体系が気になるとか、自分の変身時に足元のフリルが恥ずかしいとか、そういう些細なことが気になる年頃の子が多いわけよ」
「ほうほう、それで?」
 ベムラーはピスタチオを剝きながら相槌を打つが…
「中でも極めつけが…中高生の子たちの大半が揃いも揃って“ボン・キュ・ボン”な体形になりたいとか私に相談に来るのよ!」
「ひゃはははっ!なにそれ!?」
「GIRLSの怪獣娘は何かとテレビの露出が多いけど、多く起用されるのはそういう体形が好まれる怪獣娘ばかりだからみ~んな見栄を張りたがるわけよ!」
 メトロンの言う通り、GIRLSの怪獣娘はキングジョーやゼットンなどスタイルの良い怪獣娘が基本的に画面映えすると言う理由でメディアに起用されがちだが…逆を言えばそんなスタイルの良い怪獣娘たちと並べられたり、比べられたりすることに変に意識してしまうが故の悩みであった。
「若いうちにそんな悩ましい体に何でなりたがるのかねぇ~、私には理解できないわよ!おかわり!」
「まぁまぁ…それも思春期故じゃない?…そこんところ、そんなスタイルの良い妹と喧嘩したお姉さんに話を聞いてみましょうよ…ねぇ、マスター」
「私はマスターではなく、オーナーですが…」
 バーカウンターに向かってメトロンのおかわりのビールを提供するダグナは…カウンターから離れて裏口のドアノブを捻って開けた。
「あだっ!?」
 裏口からドアに寄りかかっていたのか、床に転がって出てきたのは怪獣娘ゼットンを妹に持つ姉のゼットン星人の怪獣娘だった。
「それで、ゼットンおねえちゃま…今日は何で妹ちゃんと喧嘩したの?」
「実は…その…GIRLSで移送予定だった品の件で議会招集が掛けられていたのに妹が起こしてくれなくて寝坊して、朝ごはんも妹が作ってくれた朝ごはんじゃなくホテルのルームサービスのジャンクフードで済ましてたのがバレた」
「ハンッ!あんたもあんたでしょうもないわね!それでも東京支部の支部長なの!?」
「その支部長がなんで海外勤務なのよ!私だってみんなと一緒に東京支部の支部長らしくしていたのに米国GIRLSは殆ど私に丸投げで大統領を始め各上院議員たちと挨拶回り、謝罪回り、もうウンザリなのはこっちだよ!」
 ゼットン(姉)はバーカウンターに泣きつくように現地での現状を嘆いていた。
「こっちのことは殆どピグモンに任せっきりだし、妹は冷たいし、みんなに殆ど会えないからドンドン新しい怪獣娘がGIRLSに入ってきても誰も私のことなんか知らないし…支部長なのに、支部長の顔も知られていないのよ!」
「まぁ、ぶっちゃけ古参以外ほとんどあんたと顔合わせてないから無理もないでしょ」
 メトロンは辛辣にもゼットン(姉)の抱える問題に呆れ返った。
「ううっ、聞けばここはその新しく入った怪獣娘のご親族が経営している店じゃないか…みんなして楽しくパーティーなんかしちゃってさぁ…妹がやけに楽しそうだったしさぁ…あ~あっ私には何かを楽しむ余裕さえもないわけなのぉおお!!」
「ってか、あんたパーティー中ずっと裏口にいたワケ?」
「ダグナ殿が妹をここに連れてくるまで楽しそうな雰囲気から出るに出れず、ずっと裏口でスタンバっていた」
 アキたちがパーティーをしている間にもゼットン(姉)はみんなに見えない位置の裏口でしゃがみ込んで終わるまでいたのであった。
「お辛い中で怪獣娘のために奔走されるからこそあなた方の努力が今日までアキさんたちが日々を過ごせるのもあなた方の御かげです…お待たせしました、ロースト・ターキーです」
 ダグナは料理のできるユウゴが居ない代わりに自身の料理を三人に振舞った。
「ううっ…今日初めてのまともな食事だぁあ」
「あんた、どんだけ自炊を妹任せにしてるのよ…自立しろ、自立!」
「あんたが言うな、居候探偵」
「居候じゃありません~、もはや家族も同然ですぅ~! ビーコン!白ワイン追加!!」
【イエス マム】
 ビーコンは器用に白ワインをワイングラスに注ぎいれてベムラーに提供した。
「私は赤ワインを所望する!もう今日は朝までとことん飲み明かそうではないか!」
「かしこまりました」
 そう言ってゼットン(姉)もベムラーに続いて酒を片手に3人は赤ワイン、白ワイン、ジョッキビールを同時に飲み干した。
「「「ぷはぁ=!!あぁ~あ…幸せになりたぁ~い…」」」
 そして、三人は同じ願望を吐き捨て愚痴るのであった。
 ここは深夜のBAR『1954』、少女を超えて成人を迎えた大人の怪獣娘たちが今日も真夜中に心の闇を解消しにまたやってくるであろう。

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