TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐ 作:神乃東呉
―羽田空港搭乗ゲート前―
1日平均約7万人以上の日本の玄関口の一つとも言われる羽田国際空港、正式名称は『東京国際空港』であり国際線を始め多くの航空旅客機を利用して国内はもちろんのことあらゆる国から入国してくる外国人旅行者などが絶え間なく入国してくれば、出国しようとする者もいた。
「姫様、もう間もなく…搭乗時間となります」
「ええ、わかっていますわ…それにしても、盛大にフラれてしまいましたわね」
国際線アメリカ合衆国行きの便の搭乗時間を待ち続けていたエリアスはバトラカと共に搭乗ゲート前のベンチに座っていた。
「姫様が御望みとあれば…早急にあの愚物を抹殺させていただきます」
「おやめなさい、兄さまたちへの危害を加えると申すならあなたは戦士の顔に泥を自ら塗りますわよ…まったく、あなたのゴジラ嫌いは治りませんの?」
「姫様、こればかりはあなたでありましても御従いする事の出来ませぬ…世界から怪獣の王と呼ばれるあの怪獣には我がインファントの女王の御言葉に従わぬ手前、わたくしは敵と認識いたします」
「それがあの方の性質であると母君も理解していると言うのに…あなたときたら…」
エリアスは額に手を当ててバトラカのゴジラことユウゴに対する殺意とも認識できるほどの敵対感情に頭を悩ませていた。
「しかし、姫様も…そのような格好をされるのはいささか遺憾に思われますが…」
バトラカが危惧するエリアスの今現在の格好はワイシャツの上にブレザーとスカート、宛ら私立高校の学生服を思わせるがれっきとしたGIRLSの制服姿だった。
「宮下アキのGIRLS制服…この御姿であれば私がかのインファントの姫だとは誰にも思われませんでしょう?」
エリアスは自分の容姿と似ているアキと自身の身分の入れ替わりにて大いにバトラカたちを困らせた一件から巻き込んだアキへ自身の姫君衣装とアキのGIRLS制服を互いに交換して得たその制服を着こんで有頂天にも何度も身体を1周回して見せるが一番喜んでいたのはエリアス本人だった。
「この服、気に入りましたわ GIRLS…存外悪くないですわね」
「ご勘弁願います…またあのゴジラの妹と入れ替わられるとわたくしの立場がありません」
今度はバトラカが額に手を当ててうなだれる様に俯いた。
―ピンポ~ン!…ただいまよりペガサス航空542便の登場を開始いたします―
アナウンスを通してアメリカ合衆国行きの便の搭乗開始が告げられて続々と搭乗ゲートを潜る一団がやって来た。
「バトラカ…来ましたわね」
「はい…姫様、我々は本来であれば国連の専用機でインファントに戻る予定でしたが、それをキャンセルしてまで待ちました」
エリアスとバトラカは搭乗ゲートに向かう一団の最後に向かうある少女を待っていた。
「お待ちしていましたわ…クララ・ソーン、怪獣娘キングジョー」
「ワッ、ワッツ!?アギラチャン!?」
スーツケースを引いて搭乗便に向かおうとしていたキングジョーことクララが足を止めてアキに容姿が似通ったエリアスを見るなりアキと間違えるほどに彼女の目は丸くなっていた。
「残念ながらわたくしは宮下アキではありませんわ…はじめまして、インファント王国第一王女のエリアス・メイ・フツアです…こっちは側近のバトラカですわ」
「あっ、あなたガ!?」
自らの身分を明かしたエリアスの素性を聞いたクララは更に驚いたような表情を浮かべて困惑した。
彼女からしてみれば本来このような場に居るはずのない人物がいることに困惑するしかなかった。
「本営の庭元にお戻りになるところ申し訳ございませんが…貴方は本国へ御戻りになる必要は無くなりましてよ」
「ワッツ?それはどういう…」
「わたくしからあなた方の組織に対してこれから起こるこの国での危機に対抗するため、抗える者たちを分散させるようなことをしている場合では無いと訴えたまでです わたくしも母君から無理言ってこの国に留まることを願いましたわ」
本来帰国する手筈だったエリアスは母にしてインファントの女王から伝えられた“予言”に従って行動していたのであった。
そして、それは合衆国に向かおうとするキングジョーを引き止め、GIRLSの上層部を納得させた上で彼女が根回す目的の為にバトラカと共に日本で行動を起こしていた。
一方、税関検査場にて日本に入国する一列の中である男が検査に引っかかっていた。
「失礼ですが、もう一度お願いいたします」
その検査は日本に入国するにあたって防疫の観点からサーモグラフィーカメラを通して確認されていた体温変化に異常が検知されて検査官たちも困惑するほどの異常が映像に映っていた。
「なんだ、俺の身体に何か異常でも?」
「いえ…ただ……やけに体温が“低すぎる”ので少々お待ちください」
手荷物やパスポートになんら問題のなかったその男に起きている唯一の異常は…サーモグラフィーが男の全身が青く色が変化していることに今までにない異常事態に検査官たちは困惑していた。
通常、体温が高めで何らかの病原菌を宿す者は入国を拒否されて近くの国際病院で隔離されることが通例の防疫だったが…その男には体温と呼べるものが何一つ働いていないほどに体温が低かった。
「悪いが、コレは生まれつきの冷え性なんだよ」
「まさかそんな…ここまで体温低い冷え性など……失礼ですが再度パスポートを拝見させてください」
「あぁ?ほらよ…」
男は一度確認されたパスポートを検査官たちに手渡すと…
「失礼ですが、どちらから来られました?」
「…ロシア連邦ウラジオストク…」
男のパスポートには確かにロシア入管の入国と出国のスタンプが押されていた。日本に帰国前はロシアに居たことをこのパスポートにハッキリと記されている。
「度々失礼ですが…帰国理由は?」
男は目元にかけていたサングラスを外して鋭い眼光を検査官たちに向けた。
「……スポーツ観戦に……」
男のパスポートの次のページを捲ると『庵堂アラシ』の顔写真付きの身分証明書が記載されていた。
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調布市内 国道線沿い
「ふざけんなぁぁああ!!」
その怒号は行きかう人たちの足を止めて振り返らせるほどに多きな声だった。
「こっちのセリフだ! あんたの車が飛び出して来たのからだろうが!!」
男は腕を抑えながら怪我をしていることは伺えるが怪我をしながらも痛みなどそっちのけで事故を起こした相手に文句を吐いている…しかも、相手は怪獣娘だ。
男の口論相手は一見背の低い少女の様だが…額にゴーグルのような器官と赤い角、赤い斑点のような服装だが服ではない獣殻(シェル)、その体には『GIRLS SPORTS』のロゴが入ったシャツ着ている…
「そもそもなんで子供が運転なんかしてんだ!?」
「子供じゃないわよ!れっきとした成人!成人女性だ!!」
「ナックルトレーナー…落ち着いてください」
その後ろで口論相手の怪獣娘が着ているシャツと同じくロゴのジャージを着たスラッとした黒髪の女性が怪獣娘を宥めていた。
「こんなに怪我を負わせておいて謝罪もないのか…こっちは怪我もしてんのに…慰謝料高く付くぞ!」
「だ・か・ら!飛び出して来たのはそっちでしょ!!自分から飛び出してきておいて怪我したとか、慰謝料なんて払わないわよ!!」
「ふむふむ…確かにこれは酷いね」
道路脇で口論する怪獣娘と怪我した男の渦中にベコッと窪んだボンネットをジロジロ見る背広姿の男性がいた。
「おい、なんだアンタ!部外者がなんの様だよ!!」
「いや~これは確かに事故だけど…“故意”に起こした事故だね」
小柄な怪獣娘と怪我した男の間で起きた不慮の事故が故意に起こされた事故だと男性は語った。
「なんの根拠があんだよ!」
「根拠も何も…衝突事故にあっていながら立っていられないでしょ」
「それもそうでござるな!ほれッ!」
「ぐわっ!なにすんだ!!」
怪我した男の背後から別の背広姿の男性が怪我していると思われる手をとって腕を無理矢理伸ばさせた。
「前原氏、コヤツ怪我した手…握れているでござる」
「だろうな…おまえ、当たり屋だな…それもかなりの常習犯だ」
「あっ、当たり屋!?」
背広姿の男性2人の見解を耳にした怪獣娘は驚愕した。自分の運転で起きた過失ではなく、怪我している態を装う男の故意だった。
「ふざけんな!なんの証拠があるんだよ!!」
「証拠ねぇ…まず、あんたのスニーカー…綺麗だな」
「普通、人体が車に接触する時は最初に当たるは足でござろう…でもおぬしの靴底は擦れていない」
道路にも急ブレーキを掛けたタイヤ痕は残っているが当たり屋の男の靴が引きずられた跡は一切ない、そこから推察されるのは男が車と接触する瞬間に飛び上がって身体はボンネットに身を乗り出し…あとは衝突時のエネルギーに身を任せんばかりに車の上を転がってあたかも衝突事故に見せかけた完全なる当たり屋行為だった。
「もっと言えば転がる瞬間に車のボンネットから屋根にかけてあんたが極力ダメージを軽減させるために手のひらを広げて転がっている…フロントガラスに指紋がベッタリ付いているぞ」
背広姿の男性の一人はフロントガラスについた男の手形から察したのは柔道などでも使用される“受け身”と言う技術だった。受け身で衝突エネルギーが身体に受けるのを防ぐため威力を分散させていたのであった。
「だとしても…あんたらになんの関係があんだよ!引っ込んでろよ、部外者が!!」
「悪いが俺たちはこの見過ごすことのできない“事件”を預からせてもらおうよ…警視庁の前原だ」
「同じく後藤、でござるよ」
背広姿の前原たちは自身の警察手帳を出し見せて自分たちが警察官であることを明かした。
「けっ、警察!?」
「お巡りさんだったの!?」
2人の素性に男も怪獣娘たちも驚愕した。
「詐欺行為及び恐喝容疑で署まで同行願おうか?」
「はっ、放せ!!」
「はいはい、暴れない 所轄に引き渡してくるでございますよ!」
当たり屋の男は後藤に腕を回されて、後から応援に駆けつけてきた警察官たちに身柄を引き渡され警察車両で最寄りの警察署へと連行されていった。
「大変な目にあったようだね、君たち…」
「あっ、いえ…助けていただきありがとうございます」
小柄な怪獣娘は深々と前原に頭を下げると後ろで長身女性も彼女に続いて頭を下げた。
「申し訳ないんだけど、その車は今回の事件の証拠品なるし明らかに走行するには無理があるからレッカーを手配しよう」
「あっ、ありがとうございます…けどこちらも申し訳ないんですけど、私これからこの子の目的地まで送り届けなければならないんですが…」
小柄の怪獣娘は自身が引き連れる長身女性をどこかの目的地まで向かう予定であった。
「…君たちは…GIRLSの方かな?」
「えっ、あっ…はい…そうですが」
当たり屋の男を所轄に引き渡した後藤の耳がピクッと動いた。
「なんと!GIRLSの方々でござったか!?」
彼女たちがGIRLSの関係者であると知るや後藤は慌てた様子で停めていた自分たちの警察車両を開けた。
「あ~あ…まぁ、ここではなんだから君たちの目的地まで向かえるけど…乗っていくかい?」
聞くまでもなく前原の誘いに頷く怪獣娘たちはやたらと上機嫌になった後藤に警戒しながらも恐る恐る警察車両の後部座席に入った。
「いや~GIRLSの怪獣娘を乗せれる日が来るとは…吉兆でございますな、前原氏!」
「後藤君…一応、彼女たちは事件の被害者だからね…すまない、驚かせて申し訳ないが先ほども言った通り私たちは警視庁の刑事部の者だ」
「オッス!某、後藤ガイ巡査部長でござる!」
端的に自己紹介をする前原と妙に張り切って敬礼する後藤と言う変わったコンビの刑事に2人の怪獣娘は困惑した。
「あっ、申し遅れました…自分はGIRLSのスポーツトレーナー課に所属する怪獣娘のナックルです」
「私はブラックキングの怪獣娘で黒柳ナミといいます…スポーツ選手課に所属しています」
後に続いてナックルとナミも自身の素性を明かした。
「ナックル殿とブラックキング殿…いや~カッコイイな名前でござるな」
「それで?どちらまで…」
「あっ、はい…味元スタジアムGIRLSフィールドまで…」
ナックルたちの目的地を尋ね聞いた前原と後藤は二人してその目的地の名前を聞くと顔を見合わせて何か深い意味のある表情が見えた。
「ええっと…何か?」
「あっ、いえ…」
「それじゃぁ!出発するでござるよ!」
レッカー車がナックルの車をクレーンで釣り上げ、現場検証を続ける所轄の警察官たちが残る事故現場から車を走らせてナックルたちを目的地まで連れていくため警察車両が発進した。
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―味元スタジアム付近・GIRLSフィールド―
都内の大規模スポーツスタジアム施設の付近にはGIRLSが運営する怪獣娘たちが伸び伸びと運動ができる運動場が併設されていた。
「御願い!アギラ、一回だけあたしと一緒に走ってみてよ!?」
「ふぇっ、なんで?」
そんな運動場に今日はGIRLSのスポーツ課が大会イベントの為に練習の手伝いとしてGIRLSのジャージ姿でアキを始めとした東京支部の一部の怪獣娘たちが駆り出されていたが、早くもスポーツ課の怪獣娘に詰められていた。
「以前から気になっていたんだけど…アギラ、陸上に向いているよ!ほかにもかなりの身体能力が高い様子があるので十種競技とかどう!?」
「いや、だからボクは指導課だから…あくまでお手伝いに来ているだけだよ」
アキの目の前で眼を輝かせ尻尾を円描いて振り回す溌溂とした怪獣娘ガーディーだ。
噂程度も聞きしに勝る“ライバル増やし”と呼ばれるガーディーは身体能力の高い怪獣娘に挙って声をかけ陸上に誘おうとする。いわば切磋琢磨し競い合える相手が欲しい兼遊び相手が欲しいという『狛犬怪獣』の名に恥じぬ好奇心旺盛な性格は最早“執念”に近いものを感じてしまう。
「アギラは自分の身体能力の高さに気づいていないよ!実際、アギラがGIRLSに加入した時の能力測定では腕立てや幅跳びは点でダメだけど、垂直飛びに握力、何より…他の怪獣娘にも引けを取らない足の速さ!!」
「せやろせやろ!アギちゃんはカワイイだけやなく、すばしっこいところもまたカワエエよぉ~!」
「それ、褒めてるの?貶してるの?」
ガーディーの押し事に便乗してゴモラがアキに飛びついていつものように身体を弄って来た。
「そもそもゴモたん発信?…酷いヨ…」
あまり思い出したくない結果だったと自分で自負していたGIRLSの試験記録をガーディーに細かいところまで教えていたゴモラにアキはガッカリするしかなかった。
「でっ、でも…ボクは別にそこまで足に自身があるわけじゃ…第一ボクなんかよりも速い怪獣さんだっているし…」
「大丈夫!アギラにはアギラが気づいていない未知なる可能性が秘められているんだよ!あたしにはそれがわかる!だから1回だけ、1度だけ、先っちょだけ!!」
グイグイと迫りアキの腕を掴んで走ってみることを懇願するガーディーはいよいよアキを陸上と言う沼に引きずり込む佳境へとアキを押し込むかのようであった。
しかし…―ゴスッ!―
「あだっ!?」
「いい加減にしなさい!」
ガーディーの背後から渦巻き状のキャンディーで彼女の頭部を直撃させアキへの勧誘は静止された。
「あっ、ありがとうございます…ギランボさん」
「ごめんね、うちの駄犬が」
アキをガーディーから助けたのは季節外れのハロウィン仮装と見間違うようないで立ちの魔女…ではなく、れっきとした怪獣娘のギランボだった。
「この子、一度こういう状態になったら歯止めが利かないのよ…ほら、サボってないで練習、練習!」
「ちぇ~…また一緒に汗水流し合えるライバルができると思ったのに~」
「ははっ…期待に沿えなくてゴメン」
「いや、今日は一緒に走る予定だった子が遅れてくるから代わりに一緒に走ってほしかっただけだから…あたし、説明下手だからさぁ…拒否されると思ってつい…」
「なんだ…最初からそう言ってくれたら考えたのに…」
「じゃぁ一緒に走ってくれたら、陸上!やってみよう!」
「それとこれとは話が別だよ!」
懲りずにまだ勧誘を続けるガーディーにアキはため息交じりに呆れ返った。
「そういえば…もうすぐお昼を回る頃なのに…ナックルたち遅いわね」
ギランボが施設内の時計を確認すると予定時刻を過ぎても現れない仲間の心配が過った。
「何かあったんですか?」
「それが連絡もないし、運転中だからソウルライザーもマナーモードで繋がらないから状況を聞けないのよ」
不安がるギランボ達…その中でもガーディーは特に心配事が1つあった。
「そんな~!もうすぐジュンちゃんの選抜が始まるのに~!」
現在GIRLSが使用している施設の隣『味元スタジアム』では都の陸上選抜が行われていた。
「ジュンちゃんって?」
「この子が怪獣娘に目覚める前に陸上で競い合っていた子のことよ…怪獣娘として活動してからも交流があって今回その試合をこれから来る予定の子たちと見る予定だったのよ」
頬に触れて困った様子を浮かべるギランボにアキも一緒になって考えるが…特に考えようとしないタイプのゴモラと大会イベントのテーマソングをギターで奏でるノイズラーでプチライブが開かれていた。
「ちょっと、ゴモたん、ノイズラー!二人とも今日は手伝いに来たんだから遊ばないでよ」
「わ~ってるって、アギちゃんは固いなぁ~」
「そうだそうだ~!もっとロックに行こうよ!」
「って~、それも硬いやんけぇ!」―ビシッ!
なぜか珍しい組み合わせの二人による即興漫才が始まっているが…―グゥウウッ!
「あぁ~ッ…待ってたらさっきの練習の影響でお腹すいてきちゃったよぉ…」
「ええ~…もう?」
お腹を抱えて空腹を訴えるガーディーの様子にアキは陸上選手としての彼女の代謝に驚いた。
決してお昼と言うにはまだ早い時間帯のはずなのに現時点で空腹に至れる運動量ではないメニューしかこなしていなかった。
「もぉう、いくら何でも少し運動したからってお腹すかせると試合に影響出るわよ」
「大丈夫です、コーチ!あたし、いくら食べても太らない体質なのでぇ~」
「うちも!」「あたしもだぁぜ~♪」
怪獣娘に変身しているゴモラ、ノイズラー、ガーディーの3名が豪語するだけあって確かにシュッとした体形だ。それが何よりもアキに未だGIRLS指定のジャージ姿でいる理由なのは明白だった。
羨ましい…と言う感情だ。
「いいなぁ~」
そんな気持ちがボソッと外に零れた。
「まぁ、運動不足のお前じゃ無理ねぇがな」
そんな悩めるアキの気持ちを代弁するかのような死神の鎌のような『運動不足』という単語がアキの背中から胸にかけて貫いてきた。
「お兄ちゃん…」
声の主はなぜか重箱を両手に抱えてやって来たユウゴが日の光の下に大きな人影を作ってアキたちの前に現れたのであった。
「わぁ~い!ユウちゃんの特製弁当やぁ~!」
「アギラさんのお兄さん、すっげぇ~デカい弁当っすね!」
「どっかの馬鹿がまた人の店の厨房を勝手に食材持ち込んだばかりか、自分で作ると言い出してみたら…悲惨なありさまだったから仕方なく全部作った」
ほぼ運動会1回分並の食事量を重箱すべてに収めて作って来たユウゴに対してアキは恥ずかしさのあまりモジモジと原因が自分であるという自負心に指先ツンツン併せ合いながら全員とは真逆の方向にそっぽを向けて赤面した顔を見せまいと抵抗していた。
「んん~もぉ~そういうトコロもカワエエなぁ~!」
「わぁっ!仕方なかったんだよぉ…お兄ちゃんにどれだけお願いしても聞いてくれないから自分でやるしかなかったんだもん!」
「最終的にカボチャに包丁が刺さったままの厨房に何が仕方ないってんだ?…呆れて作らない気持ちさえ失せさせやがったから後始末がてら結局全部作ってやったわ」
呆れ返ったユウゴに赤面したまま頭を何度も下げるアキ、そのアキにずっと張り付きながら頭をワシワシと撫でまわすゴモラに黙々とユウゴが作った弁当を平らげるガーディーと弁当に対してインスピレーションが沸いたのか突然歌い出すノイズラーと場はカオスになりつつあった。
「あっ…あの~」
「?」
そんな中、ギランボがユウゴに近づいてそっと名刺大の紙を渡そうと近づいてきた。
「あぁ~!コーチがアギラのお兄さんに電話番号渡そうとしてるぅう!」
「職権乱用や!!」
「ええい、うるさい!体育大出のトレーナーの薄給と出会いの無さ舐めんじゃないわよ!こういう努力が同級生周りとの差を解消すんのよ!!脱・独身!!ビバ・ゴールイン!!」
名門体育大出身のギランボにとっては死活問題の独り身プライベートを脱却するための努力など他の怪獣娘たちからして見れば裏切り行為の何ものでもなかった。
「アギちゃんはウチにとって妹も同然!そんなアギちゃんのお兄ちゃんに手を出そうってんなら容赦はせぇへんでぇええ!!」
「イエェ~イ!独り身のバラ~ド!!♪♪」
「もがもごもごごっ!もぐもぐっ、もごがご!!」
GIRLS東京支部の怪獣娘、持ちギャグ太陽の塔をかますゴモラ、ギター片手に歌い出すノイズラー、弁当を食べながら何言っているかわからないガーディーの3人がアキとユウゴの周りを囲いギランボの前に立ちはだかった。
「おのれぇえ!!思わぬトコロに御邪魔虫どもめがぁあ!! 私のバージンロードを阻もうってんなら容赦はしないわよ!!」
向かってギランボもなぜか渦巻きキャンディーを構えて3人に威嚇する構えは大人げのない行き急ぎ女性の必死さが伝わる。
「あの~…何しているんですか?」
そんなカオスな状況に遅れてやって来たのは黒髪の長身女性だった。
「ガルルルルッ!あっ、ナミさん」
「キシャァラッ!あれ?ブラックキング、あなた一人だけって…ナックルはどうしたの?」
なぜか弁当とはしを両手に持って威嚇するガーディーと渦巻きキャンディーを両手に構えて臨戦態勢をとっていたギランボの普段見慣れない同じ課の怪獣娘たちの一面に困惑しながらも咳き込みながらもブラックキングは気持ちを整えた。
「ナックルトレーナーは後で合流するので先に私が皆さんの元に来た次第なんですが…」
ブラックキングが施設内の時計を見ると全員が彼女の視線に合わせて時計の時刻を確認すると…
「わぁあ!もうすぐ始まっちゃう!!」
慌ててガーディーは弁当を書き込み始め、ものの数秒で重箱ほどあった弁当を平らげた。
「アギラのお兄さん、ごちそうさまでした!!早く行こう!!」
ガーディーは全員の手を引っ張って味元スタジアムまで向かって行った。
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―味元スタジアム・観覧席―
スタジアム内はスポーツ観戦用に設計された万人規模を収容できるだけの席が設けられており、周囲を都内数校の陸上競合の高校から陸上部の部員や親御さん、関係者で溢れかえっていた。
「うひゃぁ~すごい熱量やぁ~」
「インターハイの選抜もかかった大事な試合だからね、いや~中学時代を思い出すなぁ~」
高校陸上の都が開催する選抜陸上は上位3校のみが出場できる大一番の舞台でもあった。
短距離走を始め、長距離や団体リレーなど様々な陸上競技で高校生たちが競い合っている姿は怪獣娘となって間もないアキたちの視点から見ても感慨深い気持ちにさせられる心の内の火を灯してくれるような熱気をヒシヒシと感じていた。
「陸上か…怪獣娘にならなかったら、ボクって何してたんだろうなぁ~」
そんな他校の陸上部員の女子高校生たちを観覧席で眺めるアキは頬杖をついて自分が怪獣娘でなかった場合の自分を想像していたが…
「お前、スポーツ競技者ってガラでもなかったろう…インドアな運動音痴のお前など何やったって変わらんだろう」
「むぅ…余計な一言を…わからないじゃん、やってみなきゃ」
ユウゴの辛辣な一言にムキになったアキは言い返しにもならない事を言ってみても所詮想像の域を出ない机上の空論であった。
「アギラさんのお兄さんって、何かスポーツとかやってたんですか?」
アキの隣に座るノイズラーから変身を解いてアキと同じGIRLS指定の運動着を着るミサオがユウゴに声をかけてきた。
「あぁん?…いや、特には…遺伝的理由でこんな身体つきになった」
「いっ…遺伝的理由?」
「ノイズラー…気にしないでいいよ。この人は特殊枠だから…突然変異の類だからね」
「とっ…突然変異ぃ?」
ますますユウゴの謎めいた事情にミサオは首が傾くが言わんとしていることにどこか納得の行くような説明が付いている気もしていた。
「じゃぁさぁ、じゃぁさぁ、普段何食べたらこ~んなに大きくなれるん?ねぇねぇ、おしえてぇな!」
「どーでもいいが…なんでオマエは俺の膝の上にシレッと乗ってんだ」
「ごっ、ゴモたん!」
いつの間にかミサオとナミの間に座っていたはずのミカヅキはユウゴの膝上に陣取ってユウゴの顔近しい距離まで詰め寄っていた。
「ええやん、ココ超眺めええし! 後ろにはちょうどええ枕もある! ゴモたん専用特等席ぃ~!」
ミカヅキはユウゴの膝上に腰掛けるだけに飽き足らず彼の厚い胸板を枕代わりにして大男を自分専用のリクライニングシートのように扱っていた。
「ゴモたん、恥ずかしいからやめてよぉ」
「エエやん、エエやん、減るもんやないし…なんかこういう映画のワンシーンみたいなの憧れとったもん!あんたトロロっていうのねぇ!」
「誰がトロロだ」
有名なアニメ映画の真似をするミカヅキだが、彼女もアキたちとそこまで歳変わらぬはずだが、同世代たちより子供体形である故に大男のユウゴと小柄なミカヅキでは一見だと大人と子供のようにしか見えない。ましてやモノマネの通り、巨大な怪物に対する幼気な少女の邂逅のようでもあった。
「あっ、そろそろジュンちゃんの番だ!」
ガーディーから変身を解いて他の怪獣娘たち同様にGIRLSのジャージ姿で人間体としての名は“柴崎ラン”、そんな彼女の視線の先には競技トラック内で軽い準備運動をしながら配置につく気合十分な競技選手たちの内の1人が応援する日吉ジュンだ。
私立の女子高校の特色で彩られた陸上部のユニフォームを着て学校の代表として今大会に臨む日吉ジュンは友人にしてかつてのライバルとして切磋琢磨してきたランの目線から見てもコンディションは万全の様子であった。
種目は短距離の百メートル走、時間にして僅か数秒で決着をつけ、世界記録となれば10秒台さえも切ることもある最速の陸上競技だ。
「あっ、始まる!がんばれ…ジュンちゃん!!」
神にすべてを委ねんばかりにランは手を重ねて祈るように天を仰ぐ…―パンッ!!―…
スタートの合図のスターターピストルから爆音と共に走り出した選手たちが一斉にゴールへ向かって突き進む…
「いけッ!ジュンちゃん!!」
好調なスピードで日吉ジュンは中間より上位に食い込んでいるがトップとの差はかなり開いていた。
日吉ジュンだけではない、他の選手たちもトップと明らかに差が離れきっている…トップ選手の圧勝だ。
そしてそのまま…トップ選手の1位を筆頭に日吉ジュンは2位…他続々とゴールに到着した。
「おしぃい~!!あとちょっとだったのにぃい~!!」
「にしても、あのトップの子…えらい速かったやん!?」
「ええ、速いです…とても速かったです……が…なんだか少し速すぎるような…」
全員が感心する中でナミだけが唯一トップ選手の異変に気付いていた。
「そこの黒髪の言うとおりだ…不自然に速すぎる」
ユウゴもトップ選手の異変に気付いていた。
「どういうことなの?お兄ちゃん…」
「あのトップの走り…あれは競技選手の走り方じゃねぇ」
2人が気づいた異変とは物理的に不可能なフォームでの完走にあった。
「百メートル走のタイムには10秒の壁と言う言葉が存在します…通常、百メートル走競技者は10秒の壁を超えるためにフォームを変えて、より流線の姿勢で空気抵抗をなるべく軽減したりして、ゴールまで最後のスパートをかけるにあたっては飛び込むような形でゴールして初めて10秒台越えに至る…日吉ジュンさんを始め他の選手もそうしてゴールしているようですが…あのトップの選手だけゴールまでずっとフォーム変わっていませんでした」
「それって…すごい事なんじゃ無いんですか、ナミさん?」
「私も疑いたくは無いですが…少し、あの選手の動きは他の選手と比べても異質……まるで高校陸上に世界陸上の選手が混じっているような異質な感じがします」
ユウゴとナミが懐疑的な視点で見る中でトップ選手を始め上位3名の選手たちは最速にて終了した試合を後にそれぞれの控室に戻っていった。
・
・
・
―選手・控え通路―
「今日からあなたが私のライバルよ!!」
「はぁ?」
突然ライバル宣言をされたトップ走破の選手を困惑させる日吉ジュンの行動に首が傾く…
「あなた、去年まで名前も知らなかったけど…ここへ来て一気に頭角を現したわね!それだけの実力ならインターハイでも一番のライバルになるわ!インターハイの舞台で頑張りましょう!」
そう言ってトップの選手をライバル視した日吉ジュンは彼女に握手を求めようと手を差し伸べたが…
「悪いけど…疲れているから…構わないで…」
段々と走りの影響で呼吸が乱れて来たのか胸を押さえながら壁伝いに身体を引き釣りながら日吉ジュンの元を去っていった。
「どうしたんだろう…なんか…苦しそうだったわねぇ」
選手の不穏な態度に困惑しながらも彼女を心配する日吉ジュンはそれ以上の事を会話することなくその場を去ろうとした。
―ドンッ!
「あたっ!」
「わっ!ごっ、ごめんよ…失礼…」
日吉ジュンが振り返って去ろうとした矢先にどこかの高校のコーチらしき男とぶつかった。
「すっ、すみません…周り見てなくて…あっ、何か落としましたよ」
日吉ジュンは男とぶつかった拍子に落とした物を拾い上げて男に返そうとした。
「あれ?その学校って…」
男の胸元の校章に見覚えがあった日吉ジュンは先ほどの競技のトップ選手と同じ学校の者であることに気が付いた。
「あっ、ああ、ありがとう…じゃぁ、失礼…」
男は慌てた様子で日吉ジュンから落とした物を受け取って足早に立ち去ろうとすると…
「城南大付属女子校の陸上部コーチだな!」
男が去ろうとした出口の先では2名のスーツを着た男性たちが行き先を塞いでいた。
「観念するでござる、警視庁の者なり!」
2人のスーツ姿の警察官は警察手帳を突きつけて正体を明かしたのは前原と後藤だった。
「えっ?警察!?…どっ、どういうこと!?」
「ちぃっ!」
困惑する日吉ジュンの背後先ほどまで表情和やかだった男は突然人が変わったかのように険しい表情に変わった。
・
・
・
一方、その頃…館内の女子更衣室では…
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
先ほど100メートル走で見事な記録を残した1位の選手が息を荒げていた。
その疲労は走り切ったことによる疲労…ではなく、日吉ジュンに突然声を掛けられたことに対する“後ろめたさ”から来ていた。
「ふっ…拭き取らなきゃ…」
女子選手はロッカーにしまっていたエナメルバッグからタオルを取り出して汗滲む身体を拭き取ろうとした…が、突然に全身を突き刺すような鋭い視線が走った。
後ろから見られていた。自分しかいない更衣室内で誰かがいる。誰なのか恐る恐る後ろを振り返る。
―ガチャン…―
更衣室のカギが閉められて扉には白い人影のシルエットが見えていた。
「初めまして、先ほどは…見事な走りだったね」
光届かぬ日影の中から額の赤い結晶の光と共に現れたナックルが女子選手の前に現れた。
「ひっ、だっ…誰ッ!?」
「見ての通り…GIRLSの怪獣娘よ」
女子選手は困惑した。なぜ、自分なんかにGIRLSの怪獣娘が訪ねて来たのか?怪獣娘でもない自分の前にどうして現れたのか?何もわからなかった。
「もう一度言うわ…先ほどは“見事な”走り…だったわね」
ナックルが二度も言ったその言葉に意味を理解したのか女子選手は無意識に開いているエナメルバッグの口を握っていた。
「あの走り…あれがあなたの実力なら競技指導者としては称賛すべきことだけど……アレ、あなたの実力じゃないわよね」
「なっ…何を根拠にそんなことを…」
女子選手はナックルに指摘されたことに反論しようにも…反論できない部分もあるため強く言い出せなかった。
「……そのエナメルバッグね…」
ナックルは女子選手が隠そうとする“秘密”を暴こうと近づいたが…女子選手はエナメルバッグをナックルに見せるどころか彼女の手に渡らないよう抵抗して自分の後ろに隠した。
「…自分から真実を明かしていたら、あなたは踏みとどまれた…でも、あなたはそれを拒否したのよ……こんなことはしたくなかったけど、ギランボ」
「はいよッ!この渦巻きにちゅうも~く!」
女子選手の目の前に渦を巻いたキャンディーが現れると渦巻きが更に渦を巻くように動く錯覚が女子選手の意識を遠のかせ、やがて倒れそうになったところをナックルは女子選手を押さえた。
「おっと!…ギランボ、そのバッグの中にあるはずよ」
「はいはい……あったわ、これね」
女子選手がナックルに集中している隙に彼女の背後から催眠能力で眠らせたギランボが女子選手のエナメルバッグを調べると…一見は何の変哲もないクリームの容器が出てきた。
「う~んッ、持った感じ軽い…中は、ほぼ空っぽになるほど使い切っている……おそらく全身に満遍なく塗りたくっているわね」
「おそらくその容器を調べればわかるでしょうけど…間違いなく、この子は“ドーピング”を使用してしまったのね」
ナックルが抱える女子選手は高校陸上界では無名の選手だった。昨年度まで最下位をのらりくらりと記録が伸び切らない高校であり、しかも今年になって結果を残せなかったら廃部も決まっていた。努力もした、研究もした、何もかもした、なのに結果に伸び悩んでいた矢先に手を出したのが“塗るドーピング”だった。
「あなたから事情を聞かされなかったら俄かに信じがたかったけど…今度は塗り薬でもドーピング行為が横行するとはネェ」
「ここに来る前、当たり屋にあったけど…その当たり屋もソレの常用者だった。 その塗り薬には神経の無痛作用、疲労遅延、筋力増強と言った効果が得られる反面に多幸感が心を支配する常用性が起きるのよ」
“塗るドーピング”の恐ろしさは一般では出せないちょっとした能力を増強させる効果が薬の度重なる依存性が昨年より指摘され『指定禁止外用薬』に定められ全面禁止となって間もない代物だった。
「その子、どうするの?」
「かわいそうだけど…知り合った刑事さんのツテで最寄りの警察署の少年課に引き渡すわ…そのあとに都の教育委員会に報告書を提出するわ」
ナックルは眠る女子選手を抱えて更衣室をギランボと共に“塗るドーピング”と言う動かぬ証拠を持って待ち合わせる警察たちの元へと向かった。
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その後、すべての試合が終わった後にランたちは駐車場に停められていたGIRLSの送迎バス前でギランボ達を待っていた。
「遅~い!!ギランボちゃんたち、遅いよ!!」
「確かに…さっきも試合を一緒に見ずどっかに行っちゃったよね」
スタジアム内の試合をギランボ抜きで見る事となったことに疑念を抱くアキは消えたギランボ、現れなかったナックルとトレーナー勢の怪獣娘2人が戻ってこないことに困惑していた。
その時だった…
「待てぇエエ!!」
怒鳴るような大きな声でバスより向かいの方向から響いたことにより待ち合わせていた怪獣娘たちが何事かと様子を見に行くと状況一変する出来事が起きていた。
「近寄るなぁあ!!このガキがどうなってもいいのか!!」
荒々しい声で剣幕を張る男が少女を人質にピストルを突きつけていた。
「じゅっ…ジュンちゃん!?」
人質の少女はよりにもよって日吉ジュンだった。友達が人質にされている状況に居ても立っても居られず駆けつけると犯人と日吉ジュンの周囲を警察官達が円を描くように囲っていた。
「君たち、来ちゃダメだ!!」
「友達なんです!放して!!」
警察官に行く手を阻まれたランは取り乱すが他の怪獣娘たちからも抑えられて下がらされた。
「にしても、あの犯人…アレってオモチャの拳銃?」
ミカヅキが気になる犯人が日吉ジュンに突きつける拳銃は一見はプラスチック製のオモチャの拳銃のような代物だったが…
「あれは3Dプリントガンだ…熱可塑性樹脂で製造された簡易手製拳銃の一種だ…無論、撃てる上に殺傷能力もある380ACP弾1発装填の単発式だ」
瞬時に犯人の持つ拳銃の危険性を見抜いたユウゴがプラスチックの拳銃が本物であると断言した。
「あっ、アレ…拳銃、何ですか!?」
「ロ・サ戦役時にはサラジア国内で大量製造されて女から子供まで護身用として携帯するほど蔓延していた代物だ…作りが簡易的な上に安価、現地では『兵士殺し(アーミーキラー)』として危険視されていたほどだ」
傭兵経験のあるユウゴから語られる危険性にアキたち怪獣娘たちを始め、警察官もなかなか手が出せない張り詰めた緊迫した状況に犯人から日吉ジュンを助け出す方法がなかった。
「下がれ!!ガキを撃つぞ!!下がりやがれ!!」
「ひぃいっ!あの落とし物…まさかコレの部品だったなんて…」
日吉ジュンが男とぶつかった際に足元に落ちた白い携帯ほどの大きさのプラスチックが自分の蟀谷に突きつけられている。ソレがまさか拳銃だとは思いもよらなかった。
「たっ…助けてぇええ!!誰かぁああ!!ラァアアン!!」
「黙れ!!ガキ、しゃべるな!!」
取り乱した日吉ジュンは周りの警察や顔見知ったランに助けを求めるが…
「ジュンちゃん!!こうなったら私たちで助けよう!!」
ランの言葉通り、日吉ジュンを助けるためにミカヅキ、ミサオ、ナミは頷いて皆がソウルライザーを掲げた。
ソウルライザーに向けて『ソウルライド!』の掛け声と共に怪獣娘へと変身を遂げた。
「きっ、君たち、怪獣娘なのか!?」
「そうです、後は私たちが何とかしますから…」
「猶更ダメだ!君たちは下がりなさい!!」
日吉ジュンを助けに行こうとする怪獣娘たちの前にスーツを着る警察官達の総指揮者である前原が立ちふさがった。
「何でですか!!私たちなら拳銃くらいヘッチャラですよ!!」
「君たちが平気でも、人質の子の身の危険を更に高めるようなことはさせられない!特異な能力があっても無理に関わろうとするな!下がれ!下がりなさい!!」
緊迫する現場に割り込もうとする怪獣娘たちを前原の指示の下で警察官達に追い払われたガーディーたちは日吉ジュンを助けに行くことが出来なかった。
「このままじゃ、ジュンちゃんを助けに行けないよ!どうしよう!」
「…?…アギちゃん、何しとんの?」
皆が一斉に変身をして姿を怪獣娘へと変身している中で1人だけアキは未だに変身しておらず、ずっと自分の身体に触れ回ってポケット、内ポケット、すべてのポケットを確認してもある物が無かった。
「あれっ?ない、無い、無んだよ…ソウルライザーが!!」
どこを探してもソウルライザーが見当たらずアワアワと慌てふためいていた。
「あれ?アギラさんのお兄さんも居ない?」
それと同時にユウゴもその場から居なくなっていた。
そんな時だった……―ズゥドォオオオン!!
犯人と日吉ジュンの背後に停められていた車に大きな落下音が響いて車の防犯アラート音が鳴り響いた。
「おっ、俺の車がぁああ!!」
ジリジリと背後の車で逃走を図ろうとしていた犯人だったが、逃走経路を見事なまでに叩き潰されて困惑と動揺に見舞われた。
そして、立ち込める粉塵の中から四足歩行から二足歩行へと立ち上がり犯人の頭上高く見下ろす怪獣が鋭い目を光らせていた。
「なっ、なっなっなぁっ!?なんだコイツゥウ!?」
その怪獣は背面に逆立って生え揃える硬質な棘が均等に並んでいた。その周囲からは冷気を感じる異様な寒さ、破壊された車のボンネットには白い結露が張っていた。
「まっ、前原氏!!怪獣でござる!『特生怪獣』でござるよ!!」
「特生怪獣!?…符号順だと第5号か!」
犯人を刺激しないように拳銃を抜かないようにしていた警察官達は突然現れた新たな特生怪獣もとい怪獣戦士(タイタヌス)を前にして即座に拳銃を棘の怪獣に向けた。
そして、犯人も…
「ちっ、近寄るな!!うっ、撃つぞ!!」
犯人は日吉ジュンに向けるよりも自分の身を守ろうと拳銃を棘の怪獣に向けるが…棘の怪獣は恐れるでもなく、寧ろ向けて来た拳銃を握り返して銃口を親指で抑えた。
「…撃てるもんなら、撃ってみろ…こうなったら暴発して拳銃自体が壊れるだけだ」
「ばっ、バケモノが喋りやがったぁああ!!うわぁあああああああああ!!」
取り乱した犯人は拳銃の引き金を引こうとした……が、引き金が動かない。
「うっ…撃てない!!」
「当然だ…プラスチック樹脂を凍らせて引き金を引けなくさせたんだよ、阿呆が」
棘の怪獣は握って凍らせた拳銃のプラスチック部分を握りつぶして粉砕すると部品や弾丸やらが飛び散った。
「動くな!!ガキがどうなってもいいのか!!」
拳銃と言う強い優位性を失っても懐に隠し持っていたバタフライナイフを日吉ジュンに向けたが…
―ブシャァアアアアアアア!!
突如、棘の怪獣の地面から水蒸気が発生して犯人の目を眩ませた。
その隙に日吉ジュンは犯人の手を振り払って逃げ出した。
「ジュンちゃん!!」
ガーディーは日吉ジュンの元へと駆け寄っていくと突然、棘の怪獣の背後で潰れた車が吹っ飛び上がったと同時に紫の閃光が残光を描いて日吉ジュンとガーディーの2人を捕らえ、2人の元に駆け寄ってくる警察官達の合間を抜き去っていき…怪獣娘たちの前に紫のミレニアム形態へと姿を変化させたゴジラが日吉ジュンとガーディーを抱えていた。
「ガーちゃんとその友達ちゃん!」
「ええっと…あっ、ありがとうございます…」
2人を高速で救出したゴジラ、その顛末は棘の怪獣が現れる前に犯人の車まで誰にも気づかれずに回り込んでいた。後の棘の怪獣と犯人のやり取りの合間に潰された車の下を潜って棘の怪獣の足元の氷結した地面に手からバーニングの熱エネルギーを与えて急激に蒸発した水蒸気で犯人の目くらましに成功したのであった。
「確保ぉおお!!」
犯人の男を警察が取り押さえる中から既にあの棘の怪獣の姿は居なくなっていた。
―ピリリリリッ!
更に、どこからか携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「あれ?誰の着信?」
「ウチやないでぇ?」
鳴り響く着信は突然切れて、ゴジラが耳元まで着信源の端末を持っていた。
「あぁ~!それボクのソウルライザー!!」
しかも、ゴジラが持つデバイス端末はアキのソウルライザーだった。
取り返そうとピョンピョン跳ねても2メートル越えの体格の上からでは届かぬどころか、頭を押さえつけられてもいた。
『ユウゴ!あの男は“使用者”だ!まだ近くに“ブローカー”が居るはずだ…今にも逃げ出そうとしている野郎がソイツだ』
ソウルライザーからの通信相手の言葉通り、駐車場からエンジン音を響かせてバイクで逃走したフルフェイスヘルメットが見えた。
「了解……ほらよ、もう落とすなよドジ」
「あたっ!わぁ、わわわっ!…ふぅ~!」
通話を切ってアキに投げ返すとアキの額に当たって今にも地面に落ちそうだったソウルライザーを何とかキャッチして落下を防いだ。
そして、その場から一気に加速するゴジラの音速を超えた超スピードが爆音のソニックブームを発生させるほどの速さで逃げて行ったバイクを追いかけて行った。
味元スタジアムの駐車場から逃走したバイクは時速80キロの出していた…が、それよりも速いスピードで近づく者がいた。
「よぉ、どこに行くんだ?」
フルフェイスヘルメットの男はどこからか声がする周囲を見渡せど誰もいなかった。
フルフェイスの男は再び前を向いた時だった…突然、バイクが消えて硬い地面の上に転がった。
「いってぇえ!あっ…あれ?バイクは!?」
「うわっ!?何者でござるか!?」
フルフェイスの男が立ち上がると自分の周囲には先ほどの駐車場に居た警察官達に囲まれていた…と言うよりフルフェイスの男そのものが元居た味元スタジアムの駐車場になぜか戻っていたのであった。
「後藤君!そいつもグルだ」
「なんと!神妙にお縄につかれよ!!午後15時13分、現行犯逮捕でござる!!」
刑事の後藤はフルフェイスの男を数人がかりの警察官達と共に取り押さえてパトカーまで連行されて行った。
「一体どういう状況なの?」
一通りの事件が終わる頃、アキたちの下にギランボとナックルが合流して状況を尋ねた。
「ええっと…その…なんか色々ありまして…」
「都の大会出場選手を彼女たちの活躍で助かりました」
状況を説明しようにも説明しきれないアキの後ろから季節外れのロングコートを羽織る大柄な男が代わりに説明した。
「だっ、誰ですかッ!?」
「あっ、アンちゃん!?」
「よう、ミカ坊…見ない間にぃ・・・縮んだか?」
ロングコートの下には高級仕立てのスーツ、分厚い手先、見る者は思う個の強さを印象付ける逞しい肉体、そんな強靭な図体を誇る大男をミカヅキは知っていた。
「ゴモたんの…知り合い?」
「せやで!『ナニワの暴竜』こと庵堂アラシ!ウチの…まぁ師匠みたいな人や」
「あぁ~!あたし、知ってます!!元総合空手日本代表で4年前のオリンピックの金メダリスト、『神竜会館』の庵堂アラシ選手じゃなっすか!?」
ミカヅキに続いてミサオも大男の素性を熟知していた。
空手経験者の中ではかなりの有名人であった。
「今は文部科学省の外局のスポーツ庁に所属する参事官だ…あっ、これ名刺です」
「あっ、これはどうもご丁寧に……GIRLSスポーツ課のナックルです」
「同じくスポーツ課のギランボです」
突如現れたミカヅキの知り合いにしてスポーツ庁の参事官を務めるアラシはナックルとギランボの大人同士の名刺交換を交わした。
「それで…例のモノは?」
「あっ、コレのことですか?」
ナックルは例のモノと聞かれビニール袋に入れられたクリームの空容器をアラシに手渡した。
「あの~それなんですか?」
「これは新種の軟膏型ドーピング剤…文科省を通じて各省庁でも警戒要件として扱われている代物だ…中には使用禁止条項に指定されている薬効成分が含まれているため昨年の法改正前の代物が高値で出回っている」
今回の事件の発端がこのなんの変哲もないクリーム剤が原因であることにアキたちはじめ怪獣娘たちは驚かされた。
「そんなモノを…なんでギラちゃんたちが?」
「…それを使用した選手がいたのよ…しかも、100メートル走で1位になった選手の子が…」
更に驚愕させられた。もっとも驚愕して膝から崩れ落ちたのは同じく100メートル走を走った1人の選手である日吉ジュンだった。
「そんな…あの人が…」
「ジュンちゃん…」
次第に涙が零れ、人質から解放された事にも相まって気持ちの整理がつかず泣き出した。
「辛いかもしれないが…使用者の選手と並びに出場校の出場停止処分が文科省より指示が下る…今回、このような事件に巻き込んでしまったことを国の代表者として深く詫びさせてもらう」
アラシは日吉ジュンを始め怪獣娘たちに頭を深々と下げた。
「お話のところ申し訳ありません、警視庁の前原です」
「同じく後藤でござる」
アラシの元に事件を担当した刑事の2人がやって来た。
「スポーツ庁参事官の庵堂です…こちらを…」
「了解しました。証拠品としてお預かりいたします」
「事情聴取のため最寄りの署までご同行を願いまする」
「わかりました…では皆さん、私はこれで…じゃぁまたな、ミカ坊…」
「うん、アンちゃんも気ぃ付けてな」
そう言って刑事たちと警察署まで同行していったアラシだったが…
「あっ、すみませんが…局に連絡を入れないといけないのでよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんが…」
アラシは軽い会釈をするとスマートフォンから通話履歴を辿ってある電話番号に連絡を入れた。
―ピリリリッ…
「?…誰からだろう」
ソウルライザーから知らない電話番号が掛って来たアキはその電話に出た。
「はい、国際怪獣救助指導組織 通称GIRLS アギラです」
アキはソウルライザーから掛けられた連絡である以上、事務的な通話マニュアルに従うようにいつも通りの電話の取り方で応対した。
『やぁ、先ほどはどうも…君がユウゴの妹さんだね』
「ええっと…どちら様で?」
『はははっ、さっき会ったばっかりだよ…改めて、庵堂アラシこと怪獣戦士(タイタヌス)のアンギラスだ。以後よろしく』
電話の主が先ほどのアラシであり、あの犯人から日吉ジュンを助けた怪獣戦士(タイタヌス)の正体であった。
アキは通話内容を聞かれないように口元を手で隠した。
「あっ、アラシさんだったんですね…さっきの怪獣さんは…」
『ああ、ユウゴのヤツ…このご時世に未だ携帯も持たないアイツがいきなりかけてきたと思ったら君の携帯だったんだね』
「ウチの兄が…ご迷惑をおかけしました」
『はははっ、しょっちゅうこんな感じだからもう慣れたよ…君も色々大変らしいね、何かあったらこの電話番号を使ってくれ…何かの役に立つだろう、私も君が困っていることがあったら、相談なり、緊急なり、いつでも相手になろう…ミカ坊のことも含め、今後ともよろしく』
「いえ、こちらこそ…では…」
アキは相手側の通話終了を確認すると即座に電話番号を『アンギラスさん』と登録した。
兄以外の初めての怪獣戦士(タイタヌス)との繋がれる唯一の相手として庵堂アラシことアンギラスと知り合えたことに喜びが笑みとして浮かんだ。
「なに、笑ってんだ…お前」
「わっ、急に現れないでよ」
アキの横から顔を出したユウゴにビックリしたアキは思わず声が漏れた。
「っていうか、ボクのソウルライザー勝手に使わないでよ!」
「そのおかげで事なきを得たろうが…」
「自分の携帯を使いなさい!」
「持ってねぇよ」
アラシの言う通り、今時通信機器の1つも持たないこの男にアキは頭を抱えて呆れ返るのであった。
アンバランス小話
『大惨事』
「なんだこれは!?」
BAR『1954』の厨房へ戻ってくるなり、そこは最早後の祭りと語るには悲惨な現場だった。
「なんだこの焦げた肉は!なんだこの真っ黒な液体は!?そんでこの包丁の刺さったままのカボチャはナニィ!!?」
事の原因を作り出した元凶は厨房の片隅の角で座り込んでいた。
「何やってんのオマエ?」
「ううっ…少しでも頑張ろうとしたんだよ…ボクだって…レシピだって調べて作ってたら、段々とこうなった」
何を作ろうとしていたのかもわからないほどに悲惨だった。
「んで?唯一出来たのが…よりによってゆで卵とベーコン捲き料理だけかよ」
なぜか数個だけ茹で剝かれたゆで卵とアスパラなどの野菜類をベーコンで巻いた簡易料理だけが唯一の成功例であった。
「うん、ゆで卵はボク…ベーコン捲きはぁ…」
【イッツ ミー】
「お前かい」
言わずもがなベーコンを愛し、ベーコンを尊む、ビーコンだった。
「んで、このへんなタール状の液体はなんだ?」
「それはその~……味噌汁を作ってたらミオさんが割り込んできて隠し味とか言いながら様々なアルコール飲料にストロング系飲料とエナジードリンクやらをめちゃくちゃにしたせいでそうなった」
もっと諸悪の根源は厨房の片隅で酒瓶抱えたままイビキをかきながら酔いつぶれていた。
―テケリ・リ~!!
しかもこの味噌汁だったものは妙な鳴き声まで発し始め、直ちにゴミ箱へ鍋ごと捨て、蓋をし、ガムテープ、縄、鎖、と三重の封印をかけて処理した。
「はぁ~…もういい、これ以上お前らにココを荒らされるより俺が作っておくからもう何もするな…」
結局、GIRLSのスポーツ課の怪獣娘たち用の弁当を1人で作り切るユウゴであった。