TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐   作:神乃東呉

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姉妹と教師

「私に『お兄さんをあなたにあげます』と言ってくれないかね!」

「………はいぃッ!?」

 それはあまりにも唐突な進言にアキは戸惑いと困惑と言う最も対応に困る感情が混ざった気持ちに陥らせた。

「…はっ!…そうじゃなかった、ごめんなさい…ついカイジューソウルの影響で変なことを口走っちゃった!」

 突然のことに困惑しているのは言い出した本人も同じ様子だった。

「あらら~、お姉ちゃん…今日はやけに積極的じゃな~い」

「おうおう、うちの弟分に手を付けようとはエエ度胸ですなぁ~エミリはん」

 突拍子もないことを口走ったレディースのスーツ姿の女性を左右からミオと共に大胆にも露出度の高い服装の女性が絡んでいた。

「うっ、うるさい!勧誘には慣れていないのよ!…大変申し訳ない…別にやましい意味はないのよ!」

「うっ、うん…大丈夫です、そこは理解していますから」

 必死に弁明しようとするスーツの女性と彼女の意図を理解するアキだったが…先ほどからトンデモ発言後からのミオと肩を組んで姉妹らしき人物がニヤニヤしながら煽り散らしていた。

「改めまして…NISHINAの代表を務めます、仁科エミリと申します…メフィラス星人の怪獣娘です」

「私は仁科カレン、お姉ちゃんと同じくメフィラス星人…なんだけど正確には二代目、異星人タイプには珍しい同じ名前だけど別個体扱いの怪獣娘よ」

 今日、アキとミオが訪れていたのは原宿のメインストーリーに店を構える『プティ・マガザン原宿店』…の店舗が見える雑居ビルの中にあるNISHINAの事務所だ。

 今年から都内に店を構え始めた北海道の人気ブランド『NISHINA』が都心に進出したことでニュースでも取りざたされるだけあって店舗側は長蛇の列を為すほどの大盛況ぶりだった。

「ええっと…それで、なんでボクのお兄ちゃんが必要なんですか?」

「それはですね…NISHINAは今度の新規事業に男性用スーツを製作いたしまして、広告塔のモデルとしてお兄さんをお借りしたいだけなのです」

 エミリはアキとミオに製作した男性用スーツの見本図と素材標本を見せ、改めてユウゴをNISHINAブランドのスーツモデルに起用できないか検討してほしいと提案してきた。

「へぇ~…スーツかぁ……お兄ちゃんって、見た目に拘らない人だからなぁ」

「確かに…あのゴツイ体格にスーツ姿が足されたら、いよいよお父さんに似ちゃうわね」

 ミオの認識の中でユウゴにスーツを着せた姿と記憶の中に存在するユウゴとアキの父親の印象が重なった。

「そういえばミオさんってボクのお父さんのことご存じだったんですよね…ボクはあんまり覚えていないけど、よくスーツを着ていた人なんですか?」

「うん、そうだよ スーツの上にロングコートと眼鏡をかけていたかなぁ…知的な感じの人って印象だったからお義父さんと同じ大学関係の人だと思うわ」

「あれ…ミオっちのお父さんって…」

「んんっ!…カレンッ」

 エミリはカレンの不用意な発言が出そうになったのを咳払いで誤魔化した。

 しかし、アキは一切気づかずにNISHINAブランドの男性用スーツの見本図をミオと一緒に眺めていた。

「う~んッ…普段から黒一色の人だから黒かなぁ?」

「なんか喪服みたいじゃない?…黒だけでも何色もあるからあの子に会う色って何かしらねぇ」

 ミオは手に顎を乗せ、アキは頭に人差し指を立てながらユウゴの全体像に会う黒色を連想して見るもパッと思い浮かぶ黒色が出てこなかった。素人連想故か黒を黒以外に浮かぶようなカラー名などありもせずかなり難航していた。

「あの~よろしければ“紳士服製造技能士”さんにお伺いして見てみましょうか?」

「「紳士服製造技能士?」」

 『紳士服製造技能士』とは国が定める技能検定制度の国家資格の一種で紳士服を始めとしたスーツの製造に関する学科と実技試験に合格した専門技能士のことである。

「デザイン自体はNISHINAが設計製作を担当しましたが、製造は原宿から少し歩いた所にある紳士服専門店のオーナーさんにご協力いただいたのでアドバイスを頂けるかもしれません」

「なるほど…それなら聞いてみる価値ありそうですね」

「よっしゃ~!そうと決まったら早速行ってみましょうか、アキちゃん」

 エミリの提案通りアキとミオは仁科姉妹の案内の元、原宿から少し歩いた先にある紳士服専門店へと向かうことが決まった。

―渋谷区内・紳士服専門店―

 

 原宿のメインストーリーより離れにある紳士服専門店では先客が紳士服製造技能士のオーナーにスーツを仕立ててもらっていた。

「いかがでしょうか?お客様」

「…うん、体形にちょうどピッタリ…いつも完璧な仕上がりだよ」

「お褒めに預かり…光栄にございます」

 オーナーは初老の男性で西洋様式の伝統的な仕立て職人の格好をしたオーナーは客に丁寧に頭を下げて礼を尽くした。

「これで心機一転、授業に専念できるよ…生徒に向き合う教師としては恰好こそ第一印象をすべて決めると言っても過言ではないからね…いつもありがとう」

 先客は男であり、仕立て上がったスーツのジャケットのボタンを閉め終えてからスタンドミラーで全身を確認した。

「いえ、おじい様から代から長年お仕立てさせていただいております…服職人冥利に尽きると言うものです」

 客の男はお会計を既に済ませてあるため、スーツを着たままそのまま店を後にしようとした。

「では、またスーツの新調の時に…お願いします」

「毎度、ありがとうございました」

 オーナーは深々とお辞儀をして客の男を見送るが…外へ出ようとした時に外からアキたちが訪れ、客の男と鉢合わせる形となった。

「…失礼…どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 客の男は親切にアキたちが入りやすい様に扉を開けたままにするためドアを手で押さえながら保持して彼女たち4人全員が入ったのを見計らってから扉を閉め、店を後にしていった。

「……おや、今の子たち…」

 その客の男はアキたちとすれ違いに感じた気配…特に店のガラス越しに見えるアキに客は着目していた。

「……なるほど、彼女が宮下アキくんか…」

 客の男はアキを認識するなり、微笑みを浮かべつつ片手にブリーフケースを持ちながら人ごみの中へと消えていった。

 

 一方、紳士服専門店へと足を運んだアキたちは…

「おや、これは仁科様…本日はどのようなご用件で?」

「すみません…実は今度の紳士服のモデル候補の御家族さんがモデル候補の方の“色”に悩まれていますのでご助言ご助力をお願いしたく…」

「ほへぇ~…スーツがいっぱい…」

 周りは普段GIRLSの制服か私服としても着ることの多い学校制服ぐらいしか着て来なかったアキの視点からはスーツだらけの専門店が別世界のように感じさせられた。

「なるほど…さようにございましたら、実際にご試着されてみてはいかがでしょうか? 当店は婦人用スーツも取り揃えて御仕立ていたします」

「ふえっ?ボクが…着るんですか?」

「そちらの御婦人様もよろしければ…」

「ありぃ、私まで…?」

 急遽アキとミオが着る用のスーツを仕立てる羽目になった。

 そこから流れるような計測が始まった。腕1本で長さ、周り、指先に手の大きさ、すべて細かく計測された。全身を測定するのに1人大体15分ほど、アキとミオの2人を全身測り終えるまで約30分ほどだった。

「お二方のサイズに御合わせできるのは…こちらになります」

 用意されたのは黒いスーツ…ではなく、以外にも青空色のスーツだった。

「えっ!?黒じゃないんですか…」

「いえ、これは撮影用のスーツにございます」

「撮影用?」

 ミオとアキは渡されたスーツを試着室で着替えると黒のスーツを着るものだと思い込んでいたためか不思議な気分に首が傾げてしまう。

「はぁ~い、二人ともなんかポーズとって~」

「ふえっ?…こっ、こうですか?」

「ふふん!どうよ…」

 カレンのスマートフォンで2人の写真はシャッター音と共にデータとして保存された。

「ふふふ~ここから…ほほほいのほいっと!」

 カレンがスマートフォン内のアプリを利用してみるとアキとミオの青いスーツがクロマキー合成の機能を利用してカラーリングを変えられる試着した姿に合わせて写真内で色を変えることが出来るのであった。

「ほへぇ~…いろんな色を選べるんだぁ~」

「便利ね、コレ」

「グリーンバックやブルーバックの原理を応用した最新のカラーコーディネートよ…ここから色を選べばその色に合わせて自由に変えながら選べるのよ」

 早速、アプリ内のカラーを黒に変換して…黒の中から同系色を充てながら模索し始めた。

「う~ん…どれがいいかなぁ~」

「私は普段の自分の色寄りがいいかなぁ~」

 思い思いに吟味しながら自分にあった色を探しているが…肝心なことを忘れている2人であった。

「んんっ、御二人とも真面目に選ばれているみたいですけど…モデルの方の色は?」

「「あっ…忘れてた」」

 エミリに言われて気が付いたが…すっかりユウゴの色がどれに合うのかを決める事を忘れて自分たちのスーツの色合わせをしていることに赤面した。

「…と言うか、まだお兄ちゃんに撮影の意思を聞いてもいないから何とも言えなかったよね」

「うんッ…浮かれていてすっかり忘れてた」

「じゃあ今度、私が聞きに行ってあげようか?」

「カレン…あんたは北海道に帰るんでしょ!大学もあるんだから遊んでないで単位とって真面目に卒業しなさい」

 大学生であるカレンはあくまで姉の店の手伝い兼東京に遊びの名目で来ているだけであった。

 聞きに行くなど傍から名目であるだけで実際はユウゴに会おうと言う下心などエミリにはバレバレであった。

「いいじゃん!ミオっちの情報ではかなりのイケメンと聞くんだもぉ~ん!会ってみたいじゃぁ~ん!」

「本音は?」

「彼氏候補!」

「何よソレ!?こ~の露出乳袋、ウチの弟分に姉妹揃って手を出そうだなんて…このベムラーの目が黒いうちは許さないわよ!」

 ミオはカレンの本性を知った途端、両手を天高く掲げ片足を上げた威嚇のポーズでカレンに牽制を張った。

「フンッ!卑怯もラッキョウもあるもんか!!怪獣娘の異性付き合いの無さはミオっちだって知ってるでしょうが!」

 カレンも負けじとカマキリのような構えで応戦する。

 両者一歩も引かぬ威嚇の構えはエミリとアキを呆れさせるほどだった。

―後日・GIRLS東京支部―

 

 学校帰りの昼過ぎ、この時間こそが平日のアキがGIRLSの怪獣娘として活動できる唯一の時間でもあった。

「お~い、アギちゃん!」

「お聞きしましたよ!今度、ユウゴさんがNISHINAの紳士服モデルに起用されるそうですね」

 噂好きのGIRLSの怪獣娘たちの耳には早く伝わって、普段の学校制服姿でGIRLS東京支部前まで訪れていたミクとレイカにその噂が事実かどうかを問いただされた。

「うん、そうだよ…お兄ちゃんに『スーツ着て、写真撮ってもらいなよ』って言ったら『ああ』だって…」

「返答がまさかのひらがなで最も初めの『あ』二文字だけッ!?」

「そんな返答を“肯定”と捉えてもよろしいんですかッ!?」

「お兄ちゃんにとってそれが『イエス』に等しい返答だから仕方ないよ…」

 たったの『あ』二文字を返答として示すユウゴに驚かされるが…一番の驚きはその意味を理解するアキの読解力もミクとレイカは驚かされた。

「いや~さすがアギちゃん…なんだかリアルな兄妹感を実感させられるなぁ~」

「そうかなぁ…兄妹の会話なんて大体こんな感じじゃないの?」

「いやいや、兄妹でそこまでコミュニケーションを取らずとも意思が伝わるわけじゃないからね!あたしだって姉弟が多くてもテレパシーレベルの会話なんて出来っこないもん!」

「そんなに…」

 意外にも兄弟姉妹の身内がいる仲間のミクからも全力で否定されるアキとユウゴの兄妹感が異常とさえ見られていることに違いの差を思い知らされた。

「兄弟姉妹のいらっしゃる御家庭ってちょっと憧れますよ…一人っ子の私には縁遠い話に思えて仕方ありません」

「ウインちゃん…兄弟姉妹の居る家庭が常に楽しいとは限らないよ」

「そうだよ、現にボクの家の場合だって…悲惨だよ」

 レイカは兄弟姉妹の居ないことを良いことに2人に『憧れる』など禁句の鍵で2人の開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった気がした。

「何をするにも『お姉ちゃんだから』『お姉ちゃんだから』『我慢しなさい』…」

「兄妹間の中で聳え立つ『年長者』の壁、絶対権力者の象徴、物理暴力の化身…」

「みっ、ミクさん…アギさん…?」

「「それでも本当に…うらやましいって思う?」」

「ヒィイイッ!?」

 二人の淀んだ雰囲気がレイカを絶叫させた。

「な~んちゃって…まぁ、よく言われるだけなんけどね。 実際は『仕方ないか』って割り切っているところもあるからさぁ」

「ボクもなんやかんやで今はお兄ちゃんに食事面の面倒は見てもらっている点は感謝しているよ」

「へっ…へぇー…そう…なんですかぁー…」

 そういうことにしておくことにしたレイカだが…先ほどのアレがどこまで真実なのか、あの迫力を出せるだけの苦労は兄弟姉妹のいる者にしかわからないのだろうと心に言い聞かせた。

 そんな会話をしている内に3人は東京支部内のエントランスの自動ドアが開いて中へと入った…矢先だった。

「アギちゃん、アギちゃん!!いったいぜんたいどういう事やねん!!」

 突然、いつも絡んでくるミカヅキが既にゴモラに変身してアキにとびかかって来た。

「わぁっ!?なに、なに、何なのさぁ、急に…」

「急にも、急須にもあらへんねん!とにかく来てぇな!」

 ゴモラはまだ東京支部にやって来たばかりで制服にも着替えていないアキの手を引っ張ってエントランス奥にあるエレベーターに無理やり乗せた。

 

 

―東京支部内・待合室―

 

 普段は来客などが来られた場合のみ担当の者が来るまでの待合場として使用されるガラス張りの向こう側に気品あふれるスーツ姿の男がいた。

「あっ…あの人…」

「やっぱアギちゃんの知り合いかぁ!ユウちゃんに、白い後見人さん、一体どんだけの異性と付き合いがあるねん!GIRLSでもそうそうにおらんで、そこまで付き合いのある異性関係ッ!?」

「ゴモたんさん…さすがにそこまでは……オーストラリア支部に向かわれてしまった博士さんもいらっしゃるのに」

「マコちゃん先生は別やん!あれは異性にノーカン!!」

 普段、同性以外の出入りが少ないGIRLSは文字通り『女の子の花園』としての面が強かったが…そんな中での突然の見知らぬ男の来訪は新たな嵐の予見と立たぬ噂などなかった。

「だからボクの知り合いじゃない…けど。あの人は昨日メフィラス姉妹さんに紹介された紳士服専門店を訪れていた人だよ!たまたま擦れ違っただけで何も関係ないよ…」

「本当にそうかいなぁ~…アギちゃん、意外なところで顔が利くからなぁ~」

「そうですよ!私に黙ってアイザワ先生と仲がよろしかったじゃないですか!ファンを差し置いてズルいですよ!!」

 普段は味方として居てくれるはずのレイカが今日に限ってゴモラ側に寝返った。

「だから二人とも落ち着いてって…違うからぁ!」

「そうは言ってもさぁアギちゃん…あの人、こっちに気づいて何か近づいてきたよ」

 ミクが指差す先に男がアキたちの騒ぎに気付いて待合室のドアを開けて近づいてきた。

「君は…この間の紳士服屋さんですれ違った子だね」

「あっ、やっぱり覚えていてくださってたんですね…改めまして国際怪獣救助指導組織、通称GIRLSへようこそ…怪獣娘のアギラこと宮下アキです」

「なるほど…そうでしたか、いや失礼…僕は土田コウタ…君たちのような高校生を指導する高校教師をしている者です」

「がっ…学校の先生でいらしたんですね」

 男の素性は教師のコウタと言う者だった。背丈は今まで日本人男性にしてはあまりにもかけ離れて大きすぎる人間しか見ていなかったが…コウタはその例に漏れて普通過ぎるほどに背格好はそこまで高くないがアキたちの頭半分以上は大きいせいぜい170センチ代の中肉中背と言った所だった。

「そないな学校の先生が…なんでGIRLSにおるん?」

「実は今日、ここの怪獣娘さんにお呼ばれして助力してほしいと頼まれたんだ」

 コウタがGIRLSを訪れたのはGIRLS東京支部に所属する怪獣娘からの要望で呼ばれていた。

「お待たせしました…土田先生」

 そこへ訪れたのは意外な人物であった。

「えっ!ベム!?」

「ごっ…ゴモ!?みなさんまで…」

 そこに現れたのはなんとGIRLS内で誰とでも仲良くできるゴモラと一番の仲良しで所属時期も同時期のベムスターであった。

「なんでベムが学校の先生なんか呼んどるん?」

「ええっと…正確には私の担任の先生じゃないの…元々、“ある人”の担任の先生だった方で…そして、今とっても深刻な事態に陥っているから助力をお願いするために御呼びした次第で…」

 かなり深刻そうな相談事の為にわざわざコウタを呼んだ張本人が一部始終を語った。

 

「「「「籠城ぅう!?」」」」

 

 全員が声をそろえてベムスターが抱える深刻な問題の答えは実にシンプルな『籠城』と言った単語で締めくくられていた。

「はい…実は私には姉がおりまして…その姉と昨日些細な喧嘩をしてしまいまして…私はそのままGIRLSに出向いている間に家の鍵を掛けられてしまって…」

「ってことはベム…昨日から家に帰れてないん!?」

「うん…ワケを話して何とか昨日はピグモンさんに支部内で寝泊まりをさせてもらったんだけど…自宅に連絡を入れても音信不通…と言うより連絡拒否、自宅内の出入り口から窓に至るまで完全に閉じこもっちゃいまして…」

「なんか引きこもりレベル100の抵抗…みたいだよね」

 ミクの言う通り…これはもはや家と言う殻に籠った『引きこもり』としか表現できない。

「ええっと…とりあえずお姉さんにはどんなことを仰ってしまったんですか?」

 一先ずアキは指導課の流れで対面形式の相談を持ち掛けた。

「実際の音声があるので…恥ずかしながらソレを聞いていただければ…」

 そう言ってベムスターが取り出したソウルライザーのデータ内から音声ファイルを開いて再生ボタンを押して皆に聞かせた。

『姉さん…もういい加減にしてください…一体、いつまで学校に行かれないつもりですか!?』

『なによ、急に…別にいいじゃない、あたしのペースに合わせてるんだから…』

『そう言ってもう1か月も大学を休学してるじゃないですか!…いい加減にしないと単位も落として留年しますよ!』

『留年…そうなったら……また1年は就職せずに済むじゃん!実質勝ち組じゃん!』

『屁理屈言わないでください!学費だってただじゃないってお父さんもお母さんも言ってたじゃないですか!本人たちが仕事で海外に居るのを良いことにサボろうとしないでください!!』

『あぁ~もう煩いうるさい!!妹の分際で私を追い詰めないでよぉお!!』

―タタタタッ…バタンッ!!ガチャッ!

『姉さん!…ちょっと姉さん!まだ話は終わってませんよ!!鍵を開けてください!!』―ドッドッドン!

 音声データはここで終了した。

「これ以降、姉さんが部屋から出てくることがなく…一応の食事は用意して家を出た矢先に…今に至ると言った感じです」

「おっ…おう…なんと言うか…」

「その……なんと申しますかぁ…」

「ベムの姉ちゃん…控えめに言っても引きこもりとしか言い換えられんわなぁ…」

 言葉を選んで何とか振り絞った回答はやはり『引きこもり』であった。

「姉さんは確かに今現状こそ引きこもりなんですが…元々、大学も両親からの就職押しを回避するために選んで進んだ節もありますが根は真面目な人なんです」

 これほどまで姉を擁護するベムスターだが…肝心の問題はどうやってこの姉を説得して家を解錠させるかが難問であった。

「そこで、姉さんが高校時代に担任の先生だった土田先生にも協力を取り付けた次第なんですが…先生、姉さんをどうしたらよいのでしょうか」

「う~ん…僕もお姉さんとは3年次の時だけ担任をさせていただいた次第ですので…お力になれますかはわかりませんが、一旦おうちの方へお伺いいたしましょう」

 こうしてベムスター宅へと向かう羽目になった。

―都内・ベムスター宅―

 

 ベムスターの実家はもともとコンビナート地帯だった地域を住宅街に変えて軒並みベッドタウンとして発展した地域だった。

 一軒一軒が所狭しと住宅地を敷き詰め隣接し合ったことにより住宅街を形成した街中であった。

「ここが…家です」

「へぇ~…ベムの家って初めて来たわぁ…」

 家の外観は左右近所の一軒家と差ほど変わらぬ同じタイプの一軒家であった。

「ドアは……案の定、鍵がかかっているよねぇ~」

 ミクが確認のためドアノブを引いてもやはり開いていない。

「ベム、おうちの鍵は?」

「あいにく私が家を後にした時点で鍵穴を変更したらしくて…」

 鍵まで変えて完璧なる籠城を決め込まれる徹底ぶりにどこにやる気を使っているのかわからぬ神経にゴモラは肩をすくめた。

「とりあえずインターホン押してみようか」

「そうだね…ベムスターさん、お願いできます?」

「はっ、はい!」

 ベムスターは玄関に取り付けられたインターホンを押して見た。案の定テンプレートな『ピンポ~ン♪』と言う音が流れたが…―ガチャッ…

『あっ、荷物は玄関前に置いといてくださ~い』

 意外とあっさりと出てきたが…宅配業者と間違えている様子だった。

「姉さん、私です!開けてください!」

『げっ!我が妹!!…今更何しにきた!!』

「お願い、姉さん!話を聞いて…」

 何とか通じた繋がりの糸を切らんとベムスターが説得に応じるが…

「こらぁ~!ベムを困らせるなぁ!!お姉ちゃんでしょうが!!」

『はぁっ?だれよアンタら…』

 弱腰のベムスターに代わってゴモラたちが説得に応じるが…

『誰よ、アンタたち…』

「GIRLSや!」

「はよ、開けんかいゴラッ!!」

 まるでビデオシネマの警察と任侠の一幕のような場面の中でゴモラが素性を明かし、ミクがドアをドンッ!と叩きつけた。

『余計に開けたくなくなるわぁ!!』

「ええんかい、そないなことして…こっちもこっちで強硬手段に出るでぇ!」

「開けるなら今の内やぞ!!」

『帰れぇええ!!帰りやがれぇええ!!』―ガチャッ…

 あっさりと繋がりは切れてしまいベムスターの姉の籠城は続く…

「かなり深刻な上に余計に外へ出ることも叶わなくなっちゃったじゃん!…これからどうするの、ゴモたん」

「安心せい…ウチに秘策があるねん」

 そう言ってゴモラは家の扉の前に立った。

 

 一方、ベムスターの自宅内では未だに籠城を決め込んでか食生活乱れた食い散らかしをテーブルの上に散乱させた薄暗いリビング内でテレビに向かい合いながらゲームをする姉の姿がいた。

「ふんだぁ…出て来いって言われて素直に出てくるもんか!このまま一生、出てやるもんか!親が帰ってきても出てやるもんか!ここはあたしの最後の砦でぇい…あっ、パラ落ち(パラシュート落ち)したぁ~!!もぉ~!!」

 テレビにゲーム機を繋いでサバイバル三人称視点ゲームに没頭するが…先ほどのこともあってか集中が出来ず凡ミスを起こしてゲームオーバーになった。

「おのれ~…妹が変な連中を連れて来たせいで集中できない……そういえば、やけに静かになった?」

 あれほど騒がしかった外が急に虫の音も聞こえなくなるほどに静まり返ったことに余計気になり、確認のため玄関のドアまで向かい、ドアに耳を当て、音を聞いてみたが…

―バゴキィン!!

「ギャァアアアアアア!!」

 耳を当てたドアから姉の目の前で茶色い獣殻(シェル)の拳がぶち込まれドアの壁面に穴が開けられた。

「べぇむぅねぇ~みぃつぅけぇたぁ~!」

 しかも、その穴からゴモラが顔を覗かせホラーチックな顔つきがベムスターの姉をロックオンしていた。

「ひぃいいいいいい!!」

 思わずベムスターの姉は玄関先の廊下を突っ切って走り逃げて行った。

「あっ、逃げた!…よいしょっと、開いたでぇ~」

 ゴモラは空けた穴から手を伸ばしてドアのカギを開けて家に入った。

「家のドアがぁあ!!」

「ごめんなさい、ベムスターさん!あとで修理しますので…」

 まさか家のドアに穴を空けられるとは思わなかったベムスターが嘆く中、一同はゾロゾロと家の奥へと足を進めていった。

「おっじゃましまぁ~す!!」

「おっ、お邪魔します…って、あれ?…誰も居ない」

 リビングまでやって来た一同は確実に部屋の中にいるはずのベムスターの姉を探すが…肝心の本人は見当たらない。

「ベムのお姉ちゃん、略してベムねえ!どこやぁ~!隠れてないで出てこぉ~い!」

 部屋の中を汲まなく探し回ってもテーブルには食事後などの生活の痕跡はあれど、リビング内にはソファーの上にぬいぐるみ、床下には怪獣のマットレス、その他なかなかのデザインの家具家電を揃えた空間だった。

「まだそう遠くに行ける猶予もない筈なんやけど…どこに消えたんや?」

 ゴモラは部屋の中を物色して見る中で大きな足がズタズタと踏みしめて歩き回っていたら…

「ぐえっ!?」

「んんっ?なんや…今の?」

 周囲を見わたしても先ほどの声を出せる者が検討つかず頭を人差し指で掻いた。

「どうしたの、ゴモたん?」

 ゴモラが何かに気づいたと思ったアキは彼女に近づく道筋で…

「ぐいぃいぃいぃい!!」

 悶えるような金切り声がどこかで発していると思い、周囲を見わたしても何も誰も居ない。

「なんなの、さっきからこの声…」

「どっから発しとるんや?」

 二人は段々と恐ろしくなってきて背中合わせで周囲を警戒するが…

「おっ、おっおっおっお前らいつまで人の上に乗っとんじゃい!!」

「うおっ!」「うわっ!?」

 突然、ゴモラとアキが揺れる床からバランスを崩してソファーに転がった。

「ゴモ!アギラ!そこよ!そこに姉さんがいるわ!」

 ベムスターが指さす方向は…怪獣のマットレスかと思われていた物体が実はベムスターの姉であった。

「ギャァアア!マットレスから人が出て来た!!」

「アホか!元から人だよ!!」

 思わず絶叫するミクに人であることを明かしたのが正真正銘のベムスターの姉…そして…

「ええっと…ご紹介しますと、姉のベムスター……正真正銘の宇宙“大”怪獣ベムスターの怪獣娘です」

「おっ、お姉さまも…怪獣娘さんだったんですか!?」

「そうだよ!…ウチの妹がベムスターって言われているけど…本来はあたしがベムスターなんだよ!」

 怪獣娘ベムスター…その見た目を一言で表すなら、頭に怪獣を被った自堕落な女子大生と言った印象であった。

「なんで?…ベムがベムスターじゃないん?」

「ゴモ…実は私の怪獣の正式名称は宇宙怪獣『改造ベムスター』だよ…元はヤプールっていう異次元人がベムスターを改造して生み出された再生怪獣、けれど厳密には別個体同士…ってことになっているの」

 意外にもベムスター姉妹の怪獣娘としての経緯は仁科姉妹同様に姉妹揃っての怪獣娘であり、初代と二代目のような姿形の違う怪獣同士を別個体として扱った場合と同じく通常のベムスターと改造されたベムスターと言う同じなようで別個体の怪獣同士の姉妹怪獣娘であった。

「お前ら揃いも揃って…人の家をズケズケと……って、なんで土センが居るの!?」

「やぁ、お久しぶりだね」

「ちょっと、姉さん!土田先生でしょ…土センなんて軽がるしく呼ばないの!失礼ですよ!」

 思わぬ形で元恩師との再会となってしまったが…自分の今の格好を自分自身が自らの目で確認するベムスター(姉)は胸部の範囲だけ布面積しかない服、足元はおろか太ももさえも隠しきれていないホットパンツ、所謂部屋着程度の動きやすい姿だが決して人前に出れるような恰好ではないと悟るなり徐々に顎から額まで真っ赤になり始めた。

「うわぁあああああああああ!!見るなぁああああああああ!!」

 突然、癇癪を起したとばかりにコウタを始めとする怪獣娘たちへぬいぐるみなどを投げつけた。

「わっ、ちょっ…姉さん!やめて下さい!!」

「うるさい!うるさい!!よくもあたしを辱めてくれたなぁアア!!妹の分際で…いつもそうだ!!あたしは怪獣を被っただけみたいな姿、アンタは怪獣娘としてしっかりとした造形、なんぜ姉妹でこれほどの差が生まれるんだぁアア!!不公平だ、不公平だぁアア!!姉より優れた妹などこの世に存在などするもんかぁああ!!」

 思い思いに今までの鬱憤をベムスターとその他の協力してくれた怪獣娘たちとコウタに対して物を使ってぶつけ尽くすと物が尽きるのはあっという間であった。

「うっ…うううっ、うわぁあああああああああ!!」

 ベムスター(姉)は走り去って二階の自室へと更に立て籠もった。

―ガチャン!ガチャン!ウィ~ン!ガチャガチャン!

 しかも部屋のドアから幾層もの施錠までかけて完璧に塞ぎ込んでしまった。

「ベムねえが二階に上がって行ったでぇ!?」

「ああなったら本格的に引き籠っちゃったね」

「なんてことだ…しかもよりによって二階は姉さんのテリトリー…地味に部屋を魔改造して厳重な電子ロックまでされているから本人が内側から開けないと出てこない仕組みになっているんです」

「なんでそこまでしてるのさぁ」

「姉さんはアレでも結構優勝な理工学部生なので大学から無駄に知識だけを抽出して引きこもりに特化したせいで自分から殻を強化するから非常に厄介なんです」

「なんでそこまで出来るのに真面目に学校へ行かないの!?」

 普段は自分でも真面目とは言い難いミクですらベムスター(姉)が引きこもるためにする行動力がもはや常軌を逸しているとさえ思えた。

「申し訳ない…僕が顔合わせるのは余計に悪かったようだね」

「いっ、いえ!そんなことございません!…寧ろ、お呼びしておいて姉が変わらず失礼を…本当に申し訳ございません!」

 ベムスターは姉に代わって皆に深々と頭を下げた。

「打つ手なしなんかなぁ……そないやったら万事休すやで」

「彼女の気持ちに変化がなければ出る事など叶わないのかもしれない…一応、こういったものも持参してきたんだが…」

 コウタはブリーフケースから“ある物”を取り出して皆に見せると…ゴモラは不気味な笑顔を見せた。

「ごっ、ゴモたんが…悪魔みたいな顔をしている」

 普段の彼女を知るアキたちですらゾッと背筋を凍らせるような笑顔に何か不穏な気配を感じた。

 

「あーあー、マイクテス、マイクテス!…聞こえるか、ベムねえ!」

 ゴモラはソウルライザーのマイク機能を使って声を拡大させ家中に響くような音声でベムスター(姉)に訴えかけた。

「何よッ!うるさいわねぇ…もう出てやるもんか!一生ここから出ないぞ!」

 ベムスター(姉)も部屋の壁越しに負けじと抵抗の意思を示して一歩も出ないことを誓った

「出たくないのは構わへん!…そんなに出たくないんならそのままでいなはれ! これからベムねえの先生からありがた~いお話があるでぇ!…では先生、お願いします」

 ゴモラはソウルライザーをコウタの口元にに近づけた。

「わかりました…ベムスターくん!聞こえるかい?…あえて君の本名は言わずに僕もベムスターと呼ばせてもらうよ!…君は本来、感性豊かな子だった!僕は今でもそう思っている!卒業の日に君が渡してくれた…この手紙を見てそれを実感した!」

 その手にはかわいらしい刺繡で彩られたメッセージレターだった。

「ファアッ!?卒業式の手紙…って…ちょっと待った!!」

 ベムスター(姉)はその手紙が意味することが何なのか即座に理解した。

「ええかぁ!はよぉ出て来んと、今から先生にはベムねえが渡したラブレターを読み上げてもらうでぇ!」

「やぁめぇろぉお!!ちょっ、それ、ラブレターとかじゃないから!!卒業の日の感謝の手紙的なヤツだから!!みんな誰しもが書いたヤツだから!!」

 ドア越しにドンドンッ!と音を立て抵抗するが全く抵抗にならない、止めたければドアを開けるしか手段は無かった。

「出て来へんなら読み上げてもらうでぇ! それじゃあ先生、お願いします」

「では、僭越ながら…んんっ!……拝啓、土田先生――」

「ふぁぁああああああ!!やめろぉおお!!読むなぁあ!!マジで読むなぁああ!!わかった!!今、開けるから!!開けるから読まないでぇええ!!」

 とうとう読み上げられ始めた途端、ベムスター(姉)は部屋を出ることを決意したが…

「あっ…あれ?…これ、どうやって開けるんだっけ!?ちょっと待って!マジで待って!!ちょっ、開かない!!自分で作ったロックが開かないよぉおお!!」

「そないな嘘で誤魔化されるかぁああ!! では先生、続きをどうぞ」

「――始めてお会いした日から私は先生のことが…――」

「ふぁぁああああああ!!やめろぉおおマジでやめろぉおおお!!」

 絶叫して読み上げるコウタの声をかき消そうとするがドンドンと読み進められていった。

―10分後―

「――以下、卒業しても先生のことを忘れません」

 手紙の末まで読み終えたコウタだったが…部屋からあれだけ大きな声で妨害しようとしていたベムスター(姉)の声が途端に聞こえなくなっていた。

「ベムねえ、出てくる気になったか!」

「ふざけんなぁあああ!!出ようとしたのに出れず、堂々と手紙を全部読みやがってぇえ!!あたしは社会的に殺されたも同然じゃないか!!」

「そんなことないよ、姉さん!とても素敵なお手紙じゃないですか!姉さんが人に素直な気持ちを手紙にした様子が重々伝わりましたよ!」

「いや手紙というか…」

「ほぼほぼ、ラブレター…」

「でしたね」

 手紙の内容をすべて聞いたアキたちからはラブレターとしか受け取れないような内容に苦笑いするしかなかった。

「死ねぇええ!!もうぜぇええったいに出てやるもんか!!部屋どころか、布団からも出てやらんぞ!!」

 とうとうベムスター(姉)は部屋から出ていくどころか掛け布団に包まってベッドから出てくることさえも拒否した。

「おしいッ!…あとちょっとなんやけどなぁ~」

「あのさぁ、ゴモたん…ベムスターさんのお姉さん、手紙の途中で出ようとしたけど、なんか部屋のカギが開かなかった様子だったよ…これって、施錠した本人が部屋から出て来れなかったんじゃないの?」

 アキは不思議と出ようとしていたベムスター(姉)の行動を理解した。単に出たくても出られない状況であることが余計に籠城を決め込むきっかけになっていたのである。

「それって…緊急事態やん!せやったら人命救助優先やな!…ほな、先生…ちょぉ~と失礼しますぅ」

 ゴモラはコウタの背中を押して部屋の前を自分一人にさせた

 

 一方、部屋の中では掛け布団に包まってベッドの上でシクシクと泣きじゃくるベムスター(姉)がいた。

「ううっ…もうこれじゃあ部屋から出るだけでなく、GIRLSにすら顔出せないじゃないの…死んだ!あたしの人生はここで死んだも同然だ!…ここがあたしの棺桶だ!」

 先生への手紙を堂々と人前で読まれた反動はかえって自分を卑下にして人生さえも諦め切っていた。

 そんな時だった…

「超ッ振動波ぁあああああああ!!」

―ズゥドォオオオン!!

「ギャァアアアアアアアアアア!!」

 ロックが掛った部屋のドアごとゴモラのツノから発せられる超振動の破壊光線で無理矢理こじ開けられた。

「いやぁ~久々に超振動波つこぉたわ~」

「まさかこんな形でゴモたんの『超振動波』を拝む結果になるとわねぇ~」

 続々と破壊したドアを踏み越えてベムスター(姉)の部屋に全員が入って来た。

「姉さん!もういい加減に出てきて…でないとゴモたちに家を壊されちゃうよ!」

 妹のベムスターは掛け布団に包まる姉を揺すって何とか説得を試みようとしたが…

「知るか!既にあたしの部屋にズケズケと入ってきた奴らの言う事なんぞ聞いてやるもんか!」

 布団はより固く捲れることさえも無いほどの饅頭状に丸まって開くこともできない…が、唯一の頭から生えた黄色いツノだけが掛け布団の隙間より露見していた。

「コラァアア!人と話す時は…面と向かって喋りなはれ!!」

 ソコへすかさずゴモラはベムスター(姉)の角を掴んで引っ張り始めた。

「ちょっ、やめぇっ、ツノはヤメロ!ツノを引っ張るなぁあ!!」

「今や、ベム!掛け布団の方を持って!!」

「うっ、うんッわかった…姉さん、ごめんなさい!」

「みんなも手伝だあてなぁ!」

 ベムスター(姉)の強情な抵抗から抜け出させるために強引にも力づくで彼女を引きずり出すことを決意したゴモラ率いるGIRLS勢は全員が頷いて理解し合った。

「「「ソウルライド!」」」

「アギラ!」「ミクラス!」「ウインダム!」

 残りの3人もそれぞれ怪獣娘へと変身してゴモラの後ろから彼女の腰、アギラの腰、ミクラスの腰へとそれぞれが手を回して連結した力を発揮した。

「おんどりゃぁああ!!」

「やぁめぇろぉおお!!マジで抜ける!怪獣と人間の狭間の頭皮がぁああ!!頭皮が抜けちゃうぅう!!お坊さんになっちゃぅうう!!」

 ベムスター(姉)は懸命にも抵抗するが…力の差は歴然、1対5の総力戦は人数最多のゴモラたちが有利である。

 ズルズルと布団から頭と胴体が出てくる。

「もう少しやぁ!踏んじ張れぇい!!」

「踏ん張るなぁあ!!やばい!抜けそう、抜けちゃいそう!!女にとって抜けちゃダメなモノが抜けちゃぅうう!!」

 最後の最後まで抵抗するベムスター(姉)…しかし、終わりは突然、やって来た。

―…スポォオン!

「ふぎゃァア!」「ぶえっ!?」「ぐびぃ!!」「ごぶぅ!!」

 先頭からゴモラが腰から崩れ、アギラはその衝撃を伝い、ミクラスを挟んで、ウインダムを最後に玉突きのように要撃が走った。

「うわぁああ!!抜けたぁあ!!とうとう抜けたぁあ!!あたじの髪の毛がぁアア!!」

「ねっ、姉さん!落ち着いて!落ち着いてください!」

「落ち着けるかぁあ!髪が抜けたんだぞ!あたしのチャームヘヤーがぁああ!!」

「だから落ち着いて!大丈夫です!髪は抜けてませんって!驚くほどに何ともなっていませんから!!」

 勢いよく抜けたモノが髪の毛だと勘違いしたベムスター(姉)は実際に頭皮を触りまわっても確かに抜けた髪は1本もなかった。

「いったたぁ~…何ぃ?今…スポン…って…」

 起き上がってゴモラが自らの手でベムスター(姉)より抜き取ったモノが何なのか…その答えは自らの右手に持っていた。

「ヘギャァアア!!ヘギャァアアアア!!」

「ギャァアアアアアア!!なにこれぇええ!?」

 ベムスター(姉)から抜き取ったのは…普段より彼女が怪獣娘としての特徴とされていた唯一無二の獣殻(シェル)…それが自ら意思を持って勝手に動いていたのであった。

「べっ、ベムスターさんのお姉さんのベムスターが…」

「勝手に動いているぅう!?」

「って言うか、着脱式だったんですか!?」

 あまりの衝撃に怪獣娘たちは困惑した。事実、ベムスター(姉)の一部であったベムスターの部分は今も部屋の上をグルグルと飛び回っていた。

「ねっ…姉さん、アレは一体どういう事なんですか!?」

「おっ、お前すっぽ抜ける上に喋って動けんのぉお!?」

 何がどういうことなのかわからないベムスター、肝心の持ち主たるベムスター(姉)も自分の怪獣である部分が生きているとは思っていなかった。

「ヘギャァアア!ヘギャァアア!!」

 ベムスター(姉)から分離したベムスター(殻)は部屋の上を飛び回り続けると…やがて下降してアギラに飛び掛かった。

「へっ?フギャァアアアアアア!!」

 飛び掛かって早々にお腹の口部分が開いて彼女の顔面に張り付いた。

「ギャァアアアアアア!アギちゃんがグロい食べられ方されてるぅう!!」

「あっ、アギさん!大丈夫ですか!?」

「うげぇえ!!変な汁が出て来たし、臭いよぉお!暗いよぉお!助けてよぉお!!」

 アギラは精いっぱいベムスター(殻)を引きはがそうとすると…ベムスター(殻)が飽きたのか、アギラから剥がれて次はミクラスに飛んで行った。

「うぎゃあああ!!今度はあたしの方にぃいい!!うげぇくっさぁああ!!くざぃいいい!!顔がなんか熱くなってきたぁあ!!うがぁああああ!!」

 ミクラスはアギラよりも簡単に引きはがしたが…今度はウインダムの方へと飛んで行った。

「うわぁああああ!!眼鏡がぁああ!!眼鏡に変な緑色の汁が付いてますぅうう!!しかも、中が凄くグロいですぅうう!!」

 眼鏡をかけている分、余計に鮮明な光景を目の当たりにしていた。

「うぉおお!!ダム子から離れろぉお!!」

 ゴモラはウインダムにへばりつくベムスター(殻)を剛腕で引きはがすと…ベムスター(殻)を右手で掴んだまま飛び上がり…

「うぉおおおおおお!!テールアタァアアクッゥウウウ!!」

 臀部より生えた自慢の尻尾で振りかぶりベムスター(殻)に殴打すると窓ガラスを突き破って外に飛ばしていった。

「うわぁああああ!!あたしの怪獣娘としてのアイデンティティがぁああああ!!」

 ベムスター(姉)は自身のベムスターとしての一部が窓より打ち飛ばされて消えたことに手を伸ばしても届くはずもなかった。

「ごっ、ゴモたん…あのベムスターさんのお姉さんのベムスターの部分って…外に逃がしてもよかったんだっけ?」

「……あっ、やっばぁあ…」

 慌てた拍子に打ち返してしまったが…アギラに言われて考えても逃がすとマズいことになると段々とゴモラは顔を青ざめ始めていた。

 

 

―ベムスター宅 玄関前―

 

『なぁ~~~にしているんですかぁああ!!』

 ソウルライザーからこれまでに無いほどの大声量で音割れするピグモンの怒号はゴモラたちを震え上がらせた。

「ごっ、ごめんちゃん…ピグちゃん!…それよか、この通り…」

「おりゃぁあ!!」

「いだっ!何すんのさぁ!!」

「ミクちゃんに骨を折るつもりで殴ってもらったけどベムねえは無傷な所を見ると…あのベムスターヘッドがベムねえから外れても外見上ベムねえは人間体でも怪獣娘のままみたいやねんけど…どゆこと?」

 ベムスター(姉)は『骨折るつもりだんたん!?』と驚きながらもソウルライザー内のピグモンは深く考えた末に結論を出してきた。

『結論から言って、ベムベムのお姉さんの怪獣さんは剝離型なのかもしれません…滅多に居ないケースですが、怪獣娘の一部として生まれたテルテルことツインテールのグドンと同じケースかもしれません』

「つまり、漫画で言う所の『能力の一人歩き』みたいなものなんでしょうか?」

 ウインダムは自身の漫画知識の中で理解できそうなイメージを例に挙げた。

『まさにそんな感じです!…とは言っても、怪獣娘の変身が解除されたわけではありません、ベムベムのお姉さんは怪獣さんを無意識に遠隔操作しているような状態、それも一歩間違えば形の変えた暴走状態になるかもしれません!直ちにベムスターを確保してベムベムのお姉さんの頭に戻さないと大惨事になるやもしれません!!』

 事態は深刻を有すると判断したGIRLSは今いるメンバーで無人遠隔操作状態のベムスター(殻)を確保することになった。

「けど、ゴモたんが吹っ飛ばしちゃったから…どこに行ったんだろう?」

「あっ、あのさぁ…一大事な時に申し訳ないんだけど、なんか急にお腹が…いっぱいと言うかドンドン膨れ張って来た!!」

 ベムスター(姉)はお腹を押さえて便秘気味のような感覚に襲われていた。

「それって…あのベムスターヘッドが食事をしているってこと!?」

『今しがた都内のSNSアカウントから上野公園付近で風船配りのイベント会場に黒い物体が飛来した目撃情報が入って来ています!』

「風船の空気の原料は…ヘリウムガス!」

 ベムスター(殻)の目的は食事、その詳細を詳しく調べるためにウインダムはソウルライザーの図鑑から宇宙大怪獣ベムスターの項目に辿り着いていた。

「載っています!図鑑にはベムスターが地球に飛来してきたのには豊富なガス燃料を求めて来たとありますよ!」

『ガスであれば何でも良いのかもしれません!手短に摂取できるヘリウムを求めて上野公園内に向かったかもしれません…至急、アギアギたちは先行して上野公園を捜索!ゴモゴモとベムベムはそのままご自宅で待機していてください!遅れはしますが双方に応援を向かわせます!』

 GIRLSの指令室からピグモンからの命令に合意の上に従い行動に移した。

「ボクたちは先に上野公園に向かおう!」

「アギちゃんたち!…御願いね」

「了解っす!」「わかりました!」

「行こう、上野公園に!」

 アギラたち3人は上野に早急に向かって行った。

「こんなことになるなんて…土田先生、お呼びしておいて申し訳…あれ?…先生?」

 ベムスターは姉を介抱しながら後ろを振り返ったが…そこに土田コウタはいなかった。

 その代わりに穴の空いたドアには『また会いましょう 土田』と置手紙が添えられていた。

―上野公園内―

 

 上野まではベムスター宅から少し走れば着く距離に上野公園へ3人は入った。

 園内は既に避難誘導で無人となり、混乱時に破壊された形跡が残る現場となった。

「アギちゃん、あれッ!」

 ミクラスが指差す先には弾けた風船の残骸、転がる穴の空いたヘリウムボンベ、ベムスター(殻)が襲った形跡が至る所に転がっていた。

「御二人とも…この網、使えるかもしれません」

 ウインダムは破壊された売店内から虫取り網を持ち出してアギラとミクラスに手渡した。

「それじゃあ、三手に分かれて捜索しよう!…ミクちゃんは上野動物園側を…ウインちゃんは美術館側を…ボクは博物館、手分けして回って探そう!」

「了解ッ!」「了解です!」

 三人はアギラの提案通り3ヵ所の上野公園の名所付近を重点的に回るためそれぞれ分かれて向かった。

―ヒョコッ!

 しかし、ベムスター(殻)の居場所は意外な所での灯台下暗しだった。

 実際はアギラたちが上野公園内に入った地点の銅像の陰に隠れていた。ベムスター(殻)には気配でアギラたちが自分を探しに来ていることなどお見通しであった。

「ヘキャァアア!ヘキャァアア!!」

 自由の身を謳歌するかのようにベムスター(殻)は銅像の上を旋回して遊び回った。

「…灯台下暗しとは正にこういう事なんだろうけど…一般的には灯台を連想するのは大抵が岬や港の灯台だが、実際は鎌倉時代より『燭台』で表現されることわざ何だけどね…まぁ、どちらで使おうが身近なところほど見落としがちと言う意味であれば良いだけさ」

 ベムスター(殻)はちりじりになって自分を探しに向かった怪獣娘たちでは見つける事の出来なかった自分を最初から気づいていた者に…敵性の脅威を感じた。

 野性的に判断した結果、気づかれた以上は始末することを選んだ…が、襲い掛かった矢先に自分の中で何か急ブレーキを掛ける本能のようなモノを感じ取った。

「良い子だ…僕の教え子の一部なだけあってとてもいい子だが…詰めが甘いようだね」

 ベムスター(殻)の目の前には人間の中では何ら脅威にすら感じていなかったこの男が突然、凶暴で危険極まりない大怪獣のような気配を感じ取った。

「君にもわかりやすい…自然界社会のシンプルなルールを授業しよう。 虎の尾を踏むときはそれ相応の同格な実力を兼ね備えてコレに挑め…だが、それは動物の中での話だ。 怪獣はそうも行かない」

 男はネクタイを外してキッチリとワイシャツのすべてのボタンから第一第二のボタンを外して首元を晒した。

「怪獣は強者蛮行、強いものほど身の程弁えぬ力に溺れやすい…今の君にピッタリの言葉じゃないかい?まぁ、たった今考えた造語四字熟語なんだけどね」

 ベラベラと長い話をする人間の男…しかし、脅威を排除しようとする本能に従ってベムスター(殻)は男に突っ込んだ。先手はベムスター(殻)のツノから発せられる光弾だ……が、どういうわけか真っ直ぐ跳ばしたはずの光弾は軌道を反れて地面へと落ちた。

「ヘギャァアア!?」

 何が起きたか分からぬままベムスター(殻)は自らの身体を男へと突っ込んで行った…が、これもまた得体の知れぬ力場に囚われ、ベムスター(殻)は地面に突如押し付けられるかのように落ちてめり込んだ。

「ヘギャァアアアアアッ!?」

「コラコラ…人を見た目で判断することなかれ、一見弱そうに見える人ほど怒らせると怖いってよくあるだろう…怪獣であれば猶更だ」

 男の姿は擬態だ。ネクタイを締めていたワイシャツも、仕立て上げられていたスーツも、すべて擬態だ。

 真の正体は犬歯類のような顔つきにアンテナのような大きな耳、ベムスター(殻)と同じく黄色いツノだがこちらは眩いほどに輝いているが、輝かせる光に照らされるその目は充血を超えて獰猛性さえも認識させられるほどの赤い目つきをしていた。

「僕はバラゴン…君と同じ怪獣だけど、人間の知恵を持つ矛盾したような存在さ」

 怪獣の身体に人間の恐ろしさを兼ね備えた存在を目の当たりにしたベムスター(殻)にもはや戦意はあるはずもなかった。相手は地面から自分を引き合わす未知なる力を秘めた最脅威だ。自分の居場所さえ分からなかったあの怪獣娘三人よりも危険な存在だと脅威判定が変わったのである。

「さてと…君にはもう敵意を感じなくなった……でも、君は違うだろう?」

―チャキッ…

 自らの身体を怪獣へと変異させたバラゴンの背後に銃火器を構えた青い鎧を着た警察官『アルトリウス』がバラゴンを至近距離まで捉えていた。

「おやおや、そのやけに物騒なモノ…僕に向けられているのかな?」

 バラゴンは自身の身よりもベムスター(殻)の身を案じて能力を解除して手で払うジェスチャーをしてベムスター(殻)を逃がそうとした。

 当然、その仕草に従ってベムスター(殻)は即座に飛び立った。逃げること一択に全力を費やしてまで飛んで逃げた。

 しかし、アルトリウスが向けた銃口をバラゴンにではなく…飛んで行ったベムスター(殻)に向けた。

 そして、発砲!!…したが、弾丸は放物線を描いて地面に落ちて来た。向ける相手を変えて今度はそのままもう片方の拳銃と共に二丁で発砲を繰り返すが全弾バラゴンに着弾することなくずっと地面に突き刺さるが如く落ちていた。

「なるほど…君が、ゴジラの言っていた警察の対怪獣兵器くんかい?…となれば、要るんだろう!?警察の皆さん!!」

 バラゴンは大きな声を挙げて周囲に警察が控えていることを見透かしていた。

「そこを動くな!!警視庁特異生物対策部です!通報を受けてあなたを確保します!!」

 公園内の茂みから沖田と坂本を始めとしたアヴァロン・ユニットと共に武装した機動隊とSATのチーム編成部隊がバラゴンを取り囲んでいた。

「なるほど、大佐さんの言う通り…僕たちを捜査対象とする警察組織が内在していたとは…」

「口を慎みなさい!…怪獣のくせにベラベラとお喋りね…まさかあなたを始めとした現状6号個体も同じく人間と言うワケ?…一体どうなっているの?」

「おっ、沖田さん…どうします?これって逮捕に該当するのでしょうか?」

 沖田と坂本の手に警察では見られない独特の形状をした拳銃を構えてバラゴンに向けているが…

「坂本さん!ユニット長の権限でスペシウム兵装の許可を下しているんですよ!…いざとなったら“スペシウム光線”出しちゃっていいってお墨付きです!」

「まじかぁ~!訓練は受けているけど、アレッ肩やるんだけどなぁ~」

 坂本と沖田は話し合った末に携行する特殊拳銃の認証を解除して弾丸を収める六連のシリンダーから何らかの青白い液が充填されてチャージが完了した。

―Anti-singular creature execution gun “Speral Canon”

Specium filling complete, aim locked on target―

 しかも、拳銃から英語の音声が流れ出し銃口部分からI字状の青白く光る更なる銃口が露出した。宛ら近未来的な電子制御の拳銃のようであった。

「おや、穏やかでは無いですね…けれど、この状況を追い詰めたと思われていらっしゃるようですから…逆転の発想をしましょう!…もう出てきていいですよ!!」

 バラゴンを囲む警察部隊の周囲に生い茂る木々より飛び出して現れたのはバラゴン以外の怪獣戦士(タイタヌス)たちだった。その面々は、ガメラ、コング、アンギラス、ラドン、バトラの5体だった。

「とっ、特生怪獣…第2、第3、第4、第5、第6…あぁ~もう、どんだけ居るのよッ!?」

「こっ、これは想定外すぎますよ!?どうしましょうか!?」

 想定外のあまり誰に拳銃を向けるべきか沖田と坂本は困惑していた。

 そして、警察部隊の目の前には見るからに凶暴で凶悪な面構えをした携行する銃火器など無意味にさえ感じさせられる戦力差に機動隊員もSAT隊員もフェイスガードやゴーグル内の皮下から汗が滝のように滴っていた。

―東京国立博物館―

 館内・日本館

 

 そんな緊迫する現場に先ほどまで居たことなど知る由もないアギラは公園内の博物館に訪れていた。

 館内は避難誘導で人気が無くなり無人となった博物館を1人で虫取り網を両手で握りしめながら1歩数センチ単位でゆっくりと進んでいた。

「ううっ…無人の博物館って…なんか怖いなぁ…」

 恐る恐る足を近づけたのは特別展示室『日本の出現怪獣展』なる場所へヒョコッと顔を覗かせると…無人のはずの博物館に人影がいた。

(ひぃっ!?だっ…誰かいる!?)

 思わず隠れたアギラは虫取り網を強く握りしめて…恐る恐る、展示室内を再度見るとやはり誰かいた。

「あっ…あの~…避難に逃げ遅れた方でしょうか……ここは危険ですので避難誘導に従ってください!」

 アギラは展示のレプリカの等身大怪獣標本を眺める何者かに声をかけるが…返答はない。

「…哀しいですねぇ、この生き物はこの地球上の生態系内で出現するはずの無かった生き物……生まれただけで滅せられなければならない存在とは実に哀しい」

 しかし、見学者は自分から喋り出した。面と向き合う怪獣を見つめて思う所があるのか、怪獣をただ『哀しい存在』だと言った。

「なっ…なんのことですか?それよりも早く逃げてください!館内に暴走中の怪獣娘…の一部?…みたいなのがいるかもしれないのでボクの誘導に従って…うっ!!」

 ワケが分からないことを喋る変な見学者であってもアギラは展示室から見学者を連れ出そうとしたが…その手に触れた瞬間、恐ろしいほどに冷たさを感じた。

「おや、あなたの手…なんだか妙な温かさを感じますねぇ……人はこういうのを『不愉快』と感じるのでしょうか?」

「あっ、あなたは…誰なんですか?」

「おや失礼しました…私は緒碓タケル、警視庁特異生物対策課の警視です」

「けっ…警察?」

 その見た目からは到底警察官とは思えなかったアギラだがその男からは何か恐ろしい気配を感じるほどにシャドウに対する喉の奥がざわつくような感覚ではなく、内なる神経を逆なでられ、見透かさる感覚に素肌部分の産毛が鳥肌を立てていた。

「…宮下アキ、カプセル怪獣アギラの怪獣娘、年齢は16歳、戸籍家族構成は祖父、父親、母親、兄、あなたの3世代家系、しかしながら父親は生まれつき行方不明、3年前に母親が病で他界、以後祖父の下で3年間共に同居したが今年に祖父も他界、以後後見人の保護下のもとで生活…今年の4月頃に怪獣娘として自覚後にGIRLSへ入所、1ヶ月と半月にて同組織の指導課に配属…お間違いありませんか?」

「なっ…なんでボクのことそんなに詳しく知っているんですか!?」

 アギラは突如、自分の経歴まで知っている緒碓に向けて虫取り網を構えた。

「ただの職務質問です…警察官らしいでしょ」

「警察官がそんな細かいボクの情報を把握しているなんて…プライバシーの侵害です!」

 アギラはプルプルと震える手であっても強く虫取り網を握りしめて緒碓に構えるが…得体の知れない緒碓に恐怖を抱いていた。

「その通りです…アキさん」

 ふと、背後から聞き覚えのある安心する声がアギラの耳を通ると彼女が振り返った後ろでは近い距離でアギラの傍に寄り添うダグナが居た。

「ダッ、ダグナさん!」

「遅れて申し訳ありません…エリアス王女の一件で処理に手間取ってしまいましたが、何とか間におおせたようですね」

 そっとアギラの肩に手を置いたダグナの手はアギラ以上に温かな安心感に包むようで自然と手の震えも恐怖心も薄れていた。

「ほう、あなたが宮下アキの後見人ですか…若干、私とキャラが被りますね」

「いいえ、まったく……お噂はかねがねお伺いしております、緒碓タケル警視」

 向かい合って一直線上の展示室、アギラの後ろに入口、緒碓の後ろに出口、そして周囲は博物館が誇る怪獣標本の展示品が立ち並ぶ場で出会ってはよろしくない者同士が睨み合う…必然的に危険と言えよう。

「一先ず…任意で署までご同行願えますか?」

「断ると言えば…その腰に装備された液化スペシウム充填式の拳銃を抜くおつもりでしょうか?…ならば、お断りします」

 一見は穏やかな物言いを双方語り、出方を伺う薄ら笑いの表情…直後、互いに拳銃を抜いて構える臨戦態勢の状態になった。

「ダッ、ダグナさん!?けっ、拳銃!?拳銃なんか持っていたんですか!?」

「はい、モーゼルC96…長らく私の愛用として使用してきた骨董品ですが整備は万全です」

「そうじゃなくて!!銃刀法違反!!銃刀法違反ですよ!!」

 どう考えても明らかにアギラ側が刑法違反をしているが…それを超えて相手側も通常拳銃とは思えない形状をした近未来染みた拳銃を向けていた。

「ご明察の通り…これは液化スペシウムをシリンダーに装填した特殊弾薬放出型の拳銃です。 早い話が“スペシウム光線”が撃てる武器ですよ」

 よりにもよってアギラですら聞いた事のある“異性からの助力者”“怪獣の天敵”“人類の救世主”たるあの『ウルトラマン』が用いていた必殺技“スペシウム光線”が撃てるというとんでもない武器を警察が持ち寄っていることに驚いていた。

「ひぃいい!なんでそんなものを…」

「アキさん、私の後ろに隠れていてください」

 アギラは撃たれる恐れを感じてダグナの後ろに回るが…それでも現状拮抗状態は変わらなかった。

「互いに銃火器を向け合う…一触即発とは正にこのことなのでしょうね」

「いいえ、それはまだこちらの手の内を明かさぬ内は拮抗するのもわけありません…そうですね、ユウゴ君」

「フンッ、互いに武器をちらつかせ…撃つ撃たぬの拮抗なぞ『核抑止』の体現だとでも。馬鹿馬鹿しい」

「おっ、お兄ちゃん…」

 更に後ろの入り口から入って来たのは肉体を硬質な黒曜の体表で覆いつくしたユウゴことゴジラの姿で緒碓の前に現れた。

「お~、君が怪獣王ゴジラの能力者…お初にこの目に掛れて光栄だ」

「こんにちは、干物化石野郎…そして、消え失せろ…俺の視界に1ミリでもそのニヤったれたツラを見せるなボンクラ!!」

「おやおや、仮にも国家権力の組織に属する私に対して侮辱的なまでの発言!!…聞き捨てなりませんねぇ…ならばこちらも相応をお答えせねばなりません」

 そういうと緒碓は構える拳銃とは逆の手で指先をスナップして音を響かせると…誰も居なかったはずの出口側に人影が立っていた。

 そして、その人影は手にペン型の何らかの装置を持ち出してボタンを押すと光輝く真っ赤な異空間を形成して姿を変えるとコートのみを残した顔にヒビ割れた傷のあるウルトラマンがその姿を現した。

「ご紹介しましょう…今は無き“光の戦士の生き残り”“最後の超常人種”“外宇宙からの助力者”…貴方がたもご存じの『ウルトラマン』…と、言われるのは彼は望まないのであえてご紹介する名は『アルトリウス』、光を失い巨大化することは叶いませんが十分に現世界に蔓延る怪獣モドキと張り合える力を持つ者です」

「ウソッ…あれって本当に…ウルトラマンなの!?」

 アギラも思わずその姿に疑いたくなってしまう変容ぶりに後ずさりして腰が抜け、尻もちをついて床に腰が落ちた。

 さらに紹介された真のアルトリウスは手からあの機械仕掛けの鎧の時の姿で所持していた両刃の剣をレプリカ標本と言えど展示品の怪獣に突き刺した。

「私は影より出でた者、父なるケンの威光の下、母なるマリーの慈悲の上、星の大地に仇を為す愚かしき獣たちを滅する刃にして砦、光を持って闇を祓いて、恐れを無くして勇敢なりて汝これを滅す、不条理に怒れ、不変に抗い、我は星の戦士、星の戦気は我にあり、星の使徒とは我がなりけり、我が名はアルトリウス…お前たちを狩り立て滅する者なり」

 アルトリウスは突き立てた怪獣のレプリカ像を歩きながら斬り落として胴体から横を真っ二つに歩き進んで緒碓まで辿り着くと計10体分のレプリカ像を斬って持ち構えた。

「眼前のまな板上の魚を前にして何が警察機構か、何をもって警備組織だ、宇宙警備隊として有無を言わさず抹殺してやる、大トカゲ!!」

「ほぉう…いつぞやの鉄仮面野郎が、どの面下げて来やがった?ぶち殺すぞ、銀メッキ…どうした?殺るのか?殺れんのか?仏頂面!!」

 同じくゴジラも相手の至近距離まで近づいてお互いに罵詈雑言を吐き捨てながら睨み合っていた。

「ちょっ!おっ、お兄ちゃんたち!!ここ、博物館!!博物館だからね!!貴重な展示品とかいろいろ重要文化財的なあれやこれやがあるんだからこんなところで争わないでよ!!」

 常時臨戦態勢の二対の間に静止を促すアギラだが…彼女にも襲い掛かる脅威が降りかかった。

「ぐがぁああああああああ!!」

「へっ?…ギャァアアアア!!」

 それは飛び掛かって大きな口に並ぶ鋭利な牙を持ってアギラに嚙みつこうと飛び出して着たスカルゴモラだった。

「誰ッ!?誰なの!?なんでボクに噛みつこうとしてるのさぁ!!?」

「がぁああああああ!!」

「いだだぁぁああッ!!嚙まないで!!食べないで!!ボクなんか食べてもおいしくないよ!!うわぁああ、トサカはやめてぇええ!!尻尾を齧らないでぇええ!!」

 齧る、齧る、とにかくアギラの部位と部位の至る所を齧り続けるスカルゴモラにとってはアギラなぞ噛むオモチャ同然であった。

「誰かぁああ!!たずけでぇええ!!」

「自分で何とかしろ!」

「申し訳ございません、アキさん…今、手が離せません」

 必死になって2人の内どちらかに助けてもらおうとするが拮抗状態のダグナもゴジラも助けに来てくれなかった。

「そんなぁあ!!うわぁああ、首はやめてぇええ!首だけは本当にやめてぇええ!!」

 アギラはうつ伏せに腕と足と尻尾までも押さえつけられ、全身の身動きが取れない中で獣殻(シェル)が最も薄い首筋を噛みもせず、焦らしながら嘗め回すスカルゴモラにいいように遊ばれていた。

「ひぎぃっ…やっ…やめて……食べないで……助けて…嫌だぁ…いやだぁぁ…うぎゅっ…ひぃっ…ひゃぁん!」

 ざらつく湿った舌、生暖かな息、今にも食い込んできそうな鋭い刃状の歯、これだけ噛みつくに絶好な場面でスカルゴモラは噛まずにアギラの恐怖心を楽しんで堪能しているような鋭い目つきの奥にある瞳の中に噛まれて生き血をすすられるかもしれない恐怖と嘗め回されている恥ずかしさに頬を赤くする恥辱と言う複雑な気持ちが入り乱れ苦悶の表情を浮かべるアギラを捉えていた。

 襲われるアギラと襲うスカルゴモラ、一触即発のダグナと緒碓、俄然殺り合う気のゴジラとアルトリウス、上野の博物館内のただの展示室内が異様なまでのカオスに満ちていた。

 そんな時だった…

「はぁ~い!特別展示『日本の出現怪獣と現代の怪獣社会の縮図展』はこちらになりま~す!!」

 なだれ込むように外国人観光客を引き連れてツアーガイドの如く旗を掲げて引率するミオことベムラーが双方を止めにやって来たのである。

「は~い、こちらは『防衛任務を奪い合う組織間の抗争』をテーマとした像でございま~す!!」

 銃を構え合うダグナと緒碓を像と評して紹介する双方の周囲を外国人観光客たちはフラッシュを焚いて各々が写真を撮りまわった。

「更にこちら、『光の戦士とバカデカトカゲ怪獣の一幕』にございま~す!!」

 ゴジラもアルトリウスも怪獣と巨人の戦いと言うテーマの展示と勘違いされたまま『AMAZING』だの『BEAUTIFUL』だのと鑑賞されていた。

「お次は本展示の目玉、『怪獣娘同士の日常』にございま~す!!」

 アギラの頬っぺたに噛みつきながら周囲に観覧されているこの状況に困惑するスカルゴモラは微動だにせず固まっていた。それはアギラも同じであった。

「さぁ~お次は『バラージの神秘展』にございま~す!お急ぎの方はエスカレーターをお使いくださ~い!」

―ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!―

 ベムラーはなだれ込む観光客たちをホイッスルで誘導しながら【ウェルカム】のプラカードを掲げるビーコンの先導と共に別の展示へと向かわせた。

 カオスを一変させる外国人観光客の雪崩一掃は状況を払拭させ『それどころではない』と言う状況にさせるものだった。

「…殺し合いの雰囲気では、ねぇな」

「あぁ、どうやらそうらしい…」

 先に警戒を解いたのはゴジラとアルトリウスであった。お互いに手を引いてゴジラは入口側へ、アルトリウスは出口側へ各々向かう。

「帰ってバーの清掃でもしている」

「ええっ、お好きなように…」

 そう言い残してゴジラは展示室を去った。

「緒碓…ここはいい博物館だ、地球の歴史を感じる」

「おや、気に入りましたか?」

「フンッ、皮肉だ…次は滅する…必ず滅してやる」

 アルトリウスは皮肉交じりにゴジラを葬り去ることのみを考えながら去って行った。

「あぁ~!待ってくれよ~アニキィイ!」

 先ほどまで野性的にアギラを襲っていたスカルゴモラは突如流暢に言葉を発してアルトリウス達の元へと駆け寄って3人は出口の方へと去って行った。

「……お怪我はございませんか?アキさん…」

「ううっ、怪我だらけですよぉおお!!うわぁああ、酷いよ二人とも!!ボクは噛まれて、嘗め回されて、穢されているってのに助けてくれないなんて酷すぎるよぉお!!」

 泣きじゃくるアギラに対して深々と頭を下げて『申し訳ありません』と言うダグナの下に外国人観光客を誘導して状況を打開したベムラーとビーコンが戻って来た。

「お待たせ~うまくやったわね!」

 ベムラーは親指を立ててサムズアップをするが…

「うわぁああ!!ミオざぁああん!!」

「ありゃりゃ?どうしたの急に…」

 最早何かに縋りたいと言う気持ちが強まってアギラはベムラーに飛びついて彼女に抱き着いて肩を涙で濡らした。

 一方、その頃…

「ようやく捕まえて網にかかったコイツに引っ張られてきたけど…」

「一体全体これはどういった状況なんでしょうかッ!?」

 ミクラスとウインダムは網に捕らえたベムスター(殻)に引っ張られて戻って来た入口付近の銅像前では6人の怪獣戦士(タイタヌス)たちと警察鎮圧部隊による一触即発の睨み合う現場を物陰に隠れながら見ていた。

「――…えっ!?あっ…はいっ…てっ、撤収ですか!?緒碓警視ッ!?」

 無線から緒碓に連絡を受けた沖田は彼からの撤収命令に困惑した。

「ええッ!?どうするんですか、沖田さん!!」

「どうするも何も、通報を受けて出動したのに…撤収って、ユニット長がなんて言うか…」

 困惑する現場の沖田と坂本はどうすればいいのか指示も一向に出ない部隊の警察官達にも動揺が走っていた。

 しかし、困惑する一同に更に困惑を招かねない人物がやって来た。

「やぁ~どうも皆さん!ご苦労さまですぅ~!」

 手をヒラヒラと振りながらキッチリとしたスーツで身を固め、クセの強いうねった海藻のような髪型の薄ら笑った表情を見せる役人のような出で立ちの男がやって来た。

「えっ?誰ッ?」

「いやぁ~申し訳ない、この場はわたくしにお任せいただけませんでしょうか…あっ!私はこういった者です」

 そう言って男の胸ポケットから1枚の名刺を差し出して年長者の坂本に手渡した。

「ええっと…ぼっ、防衛省!?」

「はい、防衛省情報調査部別室の北村シンイチと申します…あっ、『別班』じゃありませんよ『別室』です。よく間違われますが、前者は都市伝説です」

「はぁ…それで、なんで防衛省さんが急に出張ってこられたと?」

「無論、彼らの事…見なかったことにしていただけませんか?」

 手を合わせ願わくば怪獣戦士(タイタヌス)たちを見なかったことにしろと言う無茶な願いを申し出て来た。

「そんなの無理じゃないですか!現にこうして私たちの目の前に出現しているっていうのにッ!!」

「いや~そう申されましてもですねぇ…彼らも一応は人権も市民権も持ったれっきとした日本国民ですので…何ならこの内の3名は公務員ですし、その1名はあなた方と同じ警察官の方もいらっしゃいますよ?」

 北村は怪獣戦士(タイタヌス)たちの素性を知っている上で沖田たちが手を引かざるを得ない事情を語った。

「どういう事ですか!?彼らが…人間ッ!?」

「ええ…正直もうお気づきでしょう、やけに流暢に日本語も喋るし、二足でしっかりと立ち歩いている様子も見ている…どう考えても人間としか考えられないでしょう」

「いや、しかし…」

「おや、そうこうしていたら…彼ら、帰られたみたいですね」

 沖田たちが困惑する内に怪獣戦士(タイタヌス)たちが人目にさえ触れぬ速さでその場から立ち去っていた。

 そして、そこにはもうだれ一人の人間はおろか、怪獣なぞいなかったかのようなほどに奇麗に消えていた。

「おっ、沖田さん…どうしましょうか…」

「ええっと……てっ、撤収~!!」

 沖田による撤収の合図と共に警察の鎮圧部隊として編成されていた機動隊もSATも一糸乱れぬ連携で移送車両に乗り込ん行った。

「賢明なご判断で…では、私はコレにて…」

「待って!一つ聞きたいんだけど…ああ言った連中は、あとどれくらいこの国に居るわけ?」

 沖田は素朴な疑問を事情知る北村に尋ねた。

「さぁ……私の口からは、あなた方の身近にもいらっしゃるとしかお答えできかねます」

 うやむやにされた答えではあるがそれだけ聞けたのに満足した沖田は装着衣のアルトリウスに『配属そうそうに大変ですね』と語る坂本達と共に護送車へと乗り込んでいくのであった。

「ふぅむ…さて、そちらに御隠れになっている怪獣娘さん方もそろそろ出てきてもよろしいかと…」

 北村にはミクラスとウインダムが隠れていることなどお見通しであった。

「あっ、バレてた…」

「ええっと、どうしましょうか…ミクさん」

「まぁまぁ。そう警戒せず…自己紹介は省いて私はこういった物です」

 またも胸ポケットから名刺を差し出して2人に北村の素性を明かした。

「もう何がなんだか…あたし頭わるいからわかんないよぉ!」

「私も…正直、言葉が出て来ません」

「無理もありませんね…しかしながら彼らに比べてあなた方怪獣娘さんはこの世界では新参者なんです。人間界があれば怪獣界もある、そういうだけの単純な話です」

「ええっと、それはつまり…あの“特生怪獣”さんと呼ばれる方々が古くから私たち怪獣娘よりも以前から存在しているという事でしょうか?」

「はい、そういう事です…既にあなた方の組織も彼らについて情報を共有される日が来るかもしれませんので…まぁ、その時になったら受け入れてあげてください…それじゃあ、私は次の仕事が立て込んでいますのでコレにて…」

 そう言い残して北村はミクラスとウインダムの前から立ち去って停めていた路上の黒い車に乗り込んで去って行った。

―後日―

 

 ブディ・マガザン原宿店は定休日に貸し切りでメンズスーツのお披露目と写真撮影にためユウゴに完成したスーツを着せて見せた。

「あらら~…結構似合ってるじゃない、ユウゴ君」

「なかなか似合ってるっすよ、ユウゴさん!」

「私たちまでお呼びいただいてありがとうございます、アギさん」

「いいよ、別に…本当は少しでもお兄ちゃんに恥ずかしい思いをしてもらいたかったけど、無駄に様になっているのがちょっとムカつくかな」

「意外と不純な考えでしたッ!?」

 ミオとアキだけでなくミクとレイカも呼び、メンズスーツの撮影会は店舗の店員たちからも盛況なほどに好評を博していた。

「さらに、モデルの様々な体格にも考慮してこの方々にも試着していただきました!」

 エミリの紹介と共にユウゴのみならず、トオルとジャックにも2人に合う色のスーツを着せてモデルに登場させた。

「うぉ~、似合ってるっすよ!師匠!!」

「師匠?…ミクちゃん、いつからジャックさんに師事されていたの?」

「この間のパーティーの時にどうしたらそんなムッキムキになれるのか気になって…話している内にあたしもザンドリアスにとってのレッドキングさんみたいな師匠が欲しかったからその日の内に弟子入りしたんだぁ~!」

 ミクが筋肉の壁が如きジャックと同じ筋肉を搭載したイメージがアキの頭の中で過ったがフルフルと首を振ってミクの両肩に手を添えた。

「んんっ~なんか首回りがキツいなぁ」

「ネクタイ締め過ぎたんじゃないかい?どれ、貸して見せて」

 首回りが気になるユウゴにトオルは彼のネクタイを緩めて見たが…その光景を目の当たりにしたレイカは鼻血を出して倒れた。

「ウインちゃんッ!?どうしたの!?」

「…がっ、眼福ですぅッ」

 その顔はどこか安らいだ表情ながらも魂が天上へと向かって召されているかのようであった。

「それでは、撮影を開始しますのでこちらにお願いします」

 3人はエミリの指示の元に続々と撮影場所まで向かった。

「ねぇねぇ、お兄さんたち~撮影終わったらお姉さんと遊びにいかなぁ~い」

「こ~んの色欲魔!まだ懲りてないのかい!!あの子たち、まだ18よ!」

「それが何よ!年下趣味の何がいけないのよ!源氏物語なめんじゃないわよ…って18ぃい!?あの見た目で!?」

 ミオに引き止められながらも抵抗するカレンだったが、ユウゴの年齢を聞いてビックリした。更にジャックは『私は19だ』と答えたことに更に波紋を呼ぶこととなった。

「はぁ…みんな、楽しそうで何よりだなぁ…」

 そんな様子を見守るアキだったが…彼女の表情は少し穏やかでない心情を現していた。

―前日―

 GIRLS東京支部

 

「どっ、どういうことですか?ピグモンさん!…おにぃ…“特生怪獣”の正体が判明したって!?」

 それはアキが兄のことも含め、他の怪獣戦士(タイタヌス)たちの素性が暴かれないように隠していた彼らの素性が割れたと最初は思っていた。

「まだ一部しか確認が取れていませんが…先ほど米国GIRLSの方から支部長より連絡が回って“特生怪獣”さんたちの怪獣名が判明したのですが、現段階では共有はアギアギのみと私が判断しました」

 それは同じく指導課として、また後輩としても信頼を寄せるアキにのみトモミは明かすことを決意していた。

「そっ、それで…どんな名前でどんな怪獣何ですか?」

「お教えしますが…ここからは他の怪獣娘さんたちには内緒でお願いいたします」

「わっ、わかりました」

 深刻な表情に対して重大な責任感さえも感じるアキも今まで見たことのないトモミの表情から兄に関わる怪獣の正体が今まさに判明しようとしていた。

「それでは…こちらを……」

 そこに載っていたのは普段見ているわかりやすい怪獣大百科のような図鑑形式の怪獣記録ではなく、堅苦しいピンボケしたような写真しか載っていない怪獣詳細表だった。

 資料形式のプリントには『CODE NAME:King of Monsters』と表記されていた。

「キング…オブ……モンスターズ?」

「別名『怪獣の王たち』…本来であれば合衆国大統領、国連事務総長、以前GIRLSを訪れていただいた御姫様の国のインファント王国の女王陛下の三者の許可を経て公表されるトップシークレット…私たちの間でも“抹消された50年代”と都市伝説チックに読んでいる案件なのです」

 怪獣の王と呼称される伝説めいた存在の詳細が事細かく記載された内容にアキは目を凝らして、その内容に衝撃が走った。

 特に『ゴジラ』に関する記述には…1954年にて初出現、当時の東京都の人口の半数を直接と関節だけでも被害を受けた人数と被害規模、壮絶な記録が残されていた。




アンバランス小話
『ドラフト会議』

●第一回、選択希望おつまみ〇第一陣〇
地底怪獣:グドン『ボタンエビ』
電波怪獣:ビーコン『ショルダーベーコン』
宇宙大怪獣:ベムスター『メタンガス』
「う~んッ…ではグドンのを採用!」
「……何してるの、ミオさん」
「見ての通り、酒に合うおつまみドラフト会議!」
 今日この日、ミオ主催も元に集まったミニ怪獣たちによるドラフト会議がBAR『1954』で開かれていた。
「俺の店でやる事か…」
「よかったね~グドンちゃん」
 選ばれたことに喜ぶグドンとツインテール…
「ひゃははは~!メタンガスって何よミニベム!それでもあたしの分身かい!」
 残念がるベムスター(殻)と既に缶酎ハイを飲んで出来上がっていたベムスター(姉)…店内はドラフト会議とは名ばかりのただの飲み会であった。
―キシャァアララアルルアアア!!―
【イーツ トウ ザ ベーコン!!】
「すいませぇぇん!グドンちゃんがベーコンを持った変な生き物と喧嘩し始めちゃいました!!」
 加工肉か海鮮魚かで揉めるビーコンとグドンの乱闘…と、ドラフト会議として開かれていた場は一気にカオスへと落ち始めていた。
「よそでやれ」

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