TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐   作:神乃東呉

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カンファレンス

 『カンファレンス』…それは会議または協議会を意味する。学術的な会合を始め、専門的な研究会や検討会など大規模に行う場合はコレに該当する。

「それではこれより国際怪獣医療協議会のカンファレンスを始めさせていただきます」

 そして、今日ここに集められた5名が会議室程度の広さしかない部屋の中で各自が持ち寄った資料を基に“医学的”な研究と考察を目的とした意見交換が始まった。

「なお、今回はオンラインで各怪獣支援組織団体がリモートで参加しております」

 5名の周囲には無数のカメラ敷材が常時起動した状態でレンズ越しから会合参加者たちがクラウド回線を通じて彼らの意見交換をリモートで視聴していると言う状況、その規模こそ百から千以上の世界中の怪獣支援組織関係者や医療従事関係者も実質参加しているに等しい。

「では、まず…わたしから報告させていただきます」

―百地メル(メトロン星人)・常駐カウンセラー―

 先陣きってカンファレンスの一番槍を買って出たのはGIRLS東京支部内にてカウンセラー及び医務室担当を受け持つメトロン星人の怪獣娘こと百地メルであった。

CASE1:『口内炎』

 

「はいッそれじゃぁ、口を開けて…」

 メルが行っているのは口腔内の診察である。本来は内科医などが“舌圧子”と呼ばれる棒状のもので口腔から咽頭に至る所謂“口の中”の状態を見るためにするれっきとした医療行為である。

 GIRLS東京支部内で勤務するメルの専門は『心理療法』であるが、時として怪獣娘にも人間として当然な病気怪我などを起きる場合もあるため『内科専門医』の資格も有するメルが診察の後に患者の状態によっては最寄りの病院などで診察結果を引き継がせることも彼女の重要な職務である。

「うん…確かに口の中に出来ちゃっているわね、“口内炎” 大きいのが1,2、3、結構あるわね」

 メルが診察表に描かれた口腔内図に患者の口の中で腫れ上がった箇所をボールペンで塗りつぶした。

「やっぱりそうですか…ここ最近どうしても出来やすくて…」

 メルの診察を受けているのはGIRLS東京支部所属の怪獣娘ベムスターである。正確には『改造ベムスター』の怪獣娘である。

「とりあえず近くの薬局に処方箋を出してもらえるようにしてあげるわ」

 今回、ベムスターの症状は比較的に軽度であったが近場の薬局でも処方できる口内炎に効く薬などを用意してもらう事で解決であるが…

「それじゃぁ、ここからはカウンセリングを行わせてもらうわよ」

 ベムスターの口内炎の処置と薬の処方は飽くまでも一時的な対症療法でしかない。完全に治しきるには正常な状態を維持する必要があるためメルは診察後になぜそのような症状に見舞われてしまったのかの原因究明のためのカウンセリングを行うようにしていた。

「はい…その実は……ここ最近、私の姉が大学を夜間編入し始めまして 元々が夜型の姉なので今までよりも大学への出席率自体格段に良くはなったんですが、引きこもり期に始め出したオンラインゲームも大学が休みの時はずっと徹夜でゲームをしているせいで私が…」

「寝不足になって体調とホルモンバランスが乱れたのねぇ…あなたが寝不足を繰り返していれば当然口内炎も悪化するわ」

「はい…面目もありません 上の口だけでなく、下の口まで口内炎を引き起こしたら困りますし…」

 ベムスターが懸念しているのは彼女の腹部にある第二の口に相当する怪獣娘としての固有の器官が存在する。

「えっ?…ソコも口なの?」

「はい…一応は上の口で食べれない場合にのみ使用することが多いです」

「へっ、へぇ~…そっ、それじゃあ一応ソコの口も診ておきましょうか」

 あまり乗り気にはなれないが怪獣娘の中には身体構造が特殊に変化するタイプの少女もいるためベムスターのようにお腹にある口も診察の対象となる。

「そっ、それじゃあ…口、開けて」

―ガパァァァッ…

「おげっ!?…ぐっ、グロい」

 たとえどんな患者でも受け入れ、向き合い、診察する、東京支部常駐医務員たるメルのポリシーであった。

 

CASE2『思春期』

 

 メルの職務は診察やカウンセリングだけに留まらない。

 その日、医務室に訪れた怪獣娘がとある悩みを抱えて彼女の元にやってきた。

「あっ、あの…センセー…ちょっと相談事が…」

「はいはい、どうしたの?」

 訪れたのは『だだっこ怪獣ザンドリアス』の怪獣娘こと道理サチコ、最近GIRLS内に所属したばかりながらもバンド活動もこなす中学生である。

「とりあえず座って…それで、今日はどうしたの?」

「あのー…センセーは口が堅いと思うから打ち明けるんだけどさぁ……その~…あの~…」

 煮え切らない態度と優柔不断な物言い、メルが察するところを見れば所謂『そういう悩み』、特に怪獣娘の多くは第二次性徴に至る思春期に訪れる事が大半を占める。

「誰にも言わないから…言ってみて」

 そう言った少女の悩み事にも真摯に向き合うのも彼女の仕事であり、使命であった。ザンドリアスのような悩みに内向的な子の心を開くこともカウンセラーとして求められるスキルとも言える。

「ううっ…むっ…むね」

「むね?」

「胸を…大きくしたいですッ!」

 内容によってはメルさえもポカンとさせるようなことも多々あった。

「えっ…ええっと…なんで急に胸に拘りだしたのかなぁ?」

「だってGIRLSの怪獣娘ってみんなスタイルが良い人ばかりじゃないですか!…それに最近になってアギラさんの近況の変化でアギラさんのお兄さんとかの出入りが増えたから…その…比べられるんじゃないかって…」

 彼女の悩みの渦中は最近アギラこと宮下アキの周囲に居る男性、特に彼女の兄のユウゴに対しての意識から来る悩みだった。

「あぁ~、あの男前君かぁ…別にそういうの気にするようなタイプの男性でもないんじゃない?」

「それでも目線が気になるんですぅ!…あのアギラさんより鋭い目つきがこう心臓をバクバクさせるって言うかドキドキさせるって言うか…とにかく見られるとつい意識しちゃうです!」

 それはもはや意識的な緊張と言うよりライオンに遭遇した小動物の感覚のような気もするがそれでも言葉を選んで解決を導く。

「…そっ、それがなぜ胸を大きくすることにつながるの?」

「その~…私って生まれた時に未熟児だったってママから聞いていたので多分成長が遅い方だと思うんです…正直、アギラさんのお兄さんを意識するというのはある意味羨ましいなぁ~って思う時があるんです」

「あら?怖がっていると思ったけど、どうして?」

「前にアギラさんからお兄さんの事を尋ねた時にお兄さんも元々はそんなに背が高くない方だったらしいので…何度アギラさんに聞いても『突然変異』としか教えてくれないし…あたし、胸を大きくしたいって言うのは最低限の願望なんですけど根本は…こう…なんて言うか…そのぉぉ~」

「身体的に成長したい?」

「そう、それです!」

 おそらくサチコが悩んでいる『成長』については個人差あれど学校の保健体育でも習う範囲の事を語れば所謂『成長期を超えた男性は身体が大きくなり、女性は身体が丸くなる』と言った身体的特徴に関する悩みを抱き始めるのもサチコぐらいの年の子が現れても不自然では無かった。

 しかしながら現在の学校教育間で履修される保健体育は現状で言えるのは比較的に“遅れている”と言える。

 特に遅れているといえるのは『身体の成長のための知識』であった。

「ちょっと話は変わるけどさぁ…ザンドリアスは睡眠時間どのくらい?」

「ふえっ?…睡眠時間ッ?…そんなこと気にしたことは無いけどママの方が先に寝てることの方が多いかも」

「それよ!あなたが著しく成長を止めているのは短期な睡眠時間!」

 ベムスターの時と同じくこの手の悩み事や怪獣娘に起こり得る疾病は“睡眠問題”が大きな割合を占める。

「ザンドリアス…君、学校やGIRLSの講義中とかでも居眠りしちゃうタイプでしょ」

「ギクッ!?…なっ、なんでそれを…」

「目元…それ、隈でしょう 最近のあなたってバンド活動という極端に体力を削る“運動”が増えて昼夜逆転しているわね」

 近年の小中高生に起こり得る“短期睡眠”には2つあると言われている。1つは私生活での乱れ、主に受験勉強や試験勉強などの一夜漬けなどにも起こり得るその時期限定あるいはゲームや個人趣味の長期没頭で深夜を超えるケース、もう1つはサチコのように昼を問わずに眠ってしまうと夜に寝るとは違って覚醒のリズムが極端に短期であるため授業に遅れないために休み時間の間に眠ったりなどのきわめて短い睡眠を繰り返すと夜になって深い睡眠が取れなくなるケースが増加していた。

「頑張っているのはわかるけど、昼夜逆転は『概日リズム睡眠障害』などを引き起こして成長に必要なホルモンの分泌低下する恐れもあるからそれこそあなたが望んでいる成長どころか胸も大きくなれないわよ」

「ひぇええ~…なんかよくわからないけど病名がなんか怖いッ!?」

 メルがサチコにあえて『病名』を交えて注意を促すのは彼女に危機感を促す為である。

 医療知識の無い一般的な患者に『病気になる』と心理的な注意を促すことは意外にも効果があることが立証されている。その中でもよくある病気になったら数年しか生きられないという文言はこれと同じ効果があり医師が積極的に寿命提示をするのは飽くまでも指標に過ぎない。実際その病気に大して寿命が決まるという事はあまり当てはまらないどころか医師はコレをあえて低めに設定するケースがほとんどである。

「まずは眠くなった際に身体を起こすためのストレッチ法から初めてみて…いろいろ教えてあがるから」

「はっ、はい…やってみますッ!」

 こうした場合に患者は危機感を抱いて生活習慣の改善や予防に走る傾向にあるためメルも同じようにGIRLS内の怪獣娘にも悩みを抱える内に起こりうる不調の軽減のために彼女たちが抱える悩みと直結する身体に捉えられる範囲の不調のサインを見極めて適切なアドバイスを送る。

 

CASE3『身内問題』

 

 他にも彼女に悩みを打ち明けに来る怪獣娘は何もGIRLS内からとは限らない。

―ガラガラァ~ッ…

「ヤッホー!メトロン、暇?」

「暇じゃないし、仕事中だし…アンタ、ここ結構高い階なんだけど」

 高層階に位置する医務室の窓から乗り込んできたのは天城ミオこと宇宙怪獣ベムラーの怪獣娘がコンビニのビニール袋持参で無理矢理入って来た。

「まぁまぁ、そう硬い事言わないで…これでも相談事をしに来たんだから」

「やって来て早々に勝手に戸棚を開け…待てコラッ、なんで私の職場に見知らぬ酒瓶が入ってんのよッ!?」

 なぜかベムラーはコンビニで買ってきた酒類をメルの医務室内にある戸棚を自分専用の酒倉化させていた。

「そんな事よりさぁ、ちょっち相談事を聞いてくれタランス!」

「聞く前に戸棚の件を説明しろ」

 一番気になる事が聞きたいメルだったが有無を言わさずにベムラーの口から相談事が先に語られ始めた。

「実は……ユウゴくん あの子、一緒に寝てくれないのよぉ~ッ!」

「ここから1キロ先に大きめの病院があるわよ」

 真面目な顔つきでユウゴの睡眠について語り始めたベムラーにメルは『とうとうイカレたか』と判断した。

「ちょっと~なに勘違いしてんのよぉ~ッ!まぁでも、こ~んな近くに超絶美人でスタイルもよくて品行方正なお姉さん属性の幼馴染が居るって言うのに欲情の一つもしないって普通じゃないわよねぇ~♡」

「心療内科は院内の2階よ」

 やたらと自己陶酔率の高いベムラーにメルはより一層病院への受診を勧めたくなっていた。

「真面目に聞いてよぉ~!深刻な悩みなんだからッ!」

「現時点で話の内容がアホ過ぎるのよ…戸棚の酒を持って帰れ」

「お・ね・が・いぃ~!もうメトロンしか相談に乗ってくれる人が居ないのぉ~!これあげるからぁ~!!」

 そう言ってベムラーがコンビニの袋から取り出したのはおつまみアソートだった。

「モグモグッ…ほれで、なんでその子の睡眠事情をわざわざ追及しに来たわけ?」

「別にユウゴ君がどこで寝ようと問題にしないつもりだったんだけど、最近になってあの子と過ごす時間が増えて発覚したのよ」

 『初っ端から聞かされる相談事とは思えない事を持ち込んで来てよく言うな、コイツは…』とメルは思ったが黙って続きを聞いた。

「あの子はさぁ…料理も出来て、生活力もあって、経済的には私よりも潤っているの」

「アンタの探偵収入よりGIRLSの給与の方が高いわ」

「けど海外生活が長かったせいで私生活面に異常性が最近垣間見えたわ」

「ほほぅ…それで?」

「あの子…寝る時ちゃんとベッドで寝てくれないのよ!」

 ベムラーが悩む問題はユウゴの私生活問題であった。

「あの子、なぜかベッドよりクローゼットで寝ている事が多いの…」

「衣類かッ」

「それを注意したら今度はベッドの下で寝ているし…」

「忍者かッ」

「挙句の果てにはベッドの上の天井に張り付いて寝ているし…」

「ヤモリかッ」

 聞けば聞くほどにユウゴの通常でない私生活面での異常性に心配を訴えるベムラーだが…

「まぁ、日本と比べて海外って気が抜けない生活だったんじゃない? 単にそのクセが抜けないだけでしょ」

「だとしてもクセが強すぎるわよ!逆にどんな生活したら天井に張り付きながら寝むれる生活なんて送れるのよッ!?」

「私が知るかッ」

 なぜこの怪獣娘は碌に面識のないと言っていいほどの男性の問題を自分なんかに聞いているのか甚だ疑問しか浮かばないメルだった。

「――と言う事で、多くの問題に上がった通り『睡眠の質』の低下が顕著に表れている事がわかりました…あと、人の職場を勝手に私設化されていることも発覚しました」

 メルの発表に対して後に続けて発表を控える4名に若干の困惑を抱かせるような内容であった。

「あっ、ありがとうございました…ではお次は…」

「あっ、では私が…」

―一角超獣バキシム・獣医師―

 メルに続いて自ら挙手をして発表に名乗りを上げたのは異次元という特異な環境で誕生した怪獣ではなく超獣と呼ばれる種類の怪獣娘バキシム。一見は怪獣娘の姿に白衣を重ね着したような姿の彼女ではあるがれっきとした獣医の国家資格を保有する獣医師であった。

CASE4『予防接種』

 

 GIRLS内でも滅多に居ない獣医師の国家資格を有する唯一の怪獣娘バキシム…最近、GIRLS内でカイジューソウルから分裂した所謂『剥離型怪獣』という未だ未知数の小型の怪獣が怪獣娘から生まれているため新たに設けられた医療部獣医科を務める。

 そして、その日はそんな怪獣娘の『獣殻(シェル)』から生まれた小型の怪獣たちの予防接種が行われていた。

―キシャァアララアルルアア!!

「コラッ!グドンちゃん、暴れないでぇえ!!」

 最初から前途多難で中々に予防用のワクチンを打つための注射を目にするなり怯えだして暴れる怪獣に直面した。

「そっ、それじゃあそのまま抑えていてくださいねぇ…ワクチン打っていき…きっぎっぎぎぎぎぐぐぐぇぇえええッ!?」

 ワクチンを打ち込もうとした瞬間にバキシムの首回りに強い圧迫が加わり始め意識が飛びそうになった。

「わぁああッ!グドンちゃん、先生の首を絞めちゃダメェエエッ!!」

―キシャァアララアルルアア!!

 その後、他の職員総掛りで押さえつけて何とかワクチン接種を小型の怪獣に済ませることが出来た。

―ヘギャァアアッ!ヘキャァアアッ!

「ギャァアアアアアア!!前が見えない!!前髪がなんか溶ける気がするぅうう!!」

 次にワクチンを打つ小型の怪獣はワクチンを打つ注射針を見るなり突如としてバキシムの顔面に張り付いて抵抗していた。

「コラッ!頭ベムスターッ!!先生の顔に張り付かないでください!!姉さんも止めてぇえッ!!」

「オゲェエエッ!芋虫みたいな味がずるぅうう!!」

 なぜだか今顔面に張り付いている小型の怪獣と宿主は味覚が共有しているのか宿主側にバキシムの味がハッキリと口の中に現れているようだ。

 そしてこれもまた他の職員総掛りで押さえつけて何とかワクチン接種を小型の怪獣に済ませることが出来た。

「……ええっと…小型の……怪獣?」

 バキシムは困惑していた。なぜなら目の前に鎮座する“小型”の怪獣は今までワクチン接種を受けに来た怪獣たちより1回りも2回りも大きく、目に相当する赤い2つの瞳がバキシムを捉えていた。

「怪獣…みたいなペットです」

 付き添いのGIRLS所属の怪獣娘が強気にこの生物を“ペット”であると主張するが…

「いやでも…こんな堂々と椅子に座れるペットなんて居るわけ…」

「ペットですッ」

「いやでも…」

「ペットですッ!…ペットなんですッ!」

 かなり強引にペットだと言いくるめられている気がしなくもないが…仕方なくバキシムは今までの小型の怪獣たちに打った予防接種のワクチン入りの注射を持ち構えた時だった。

 患者のペットと思しき生物の赤い瞳がワクチン入りの注射を目にした…

「はい、それじゃあ…ワクチン、撃っていきま―ブベラァアア!!」

 突如、バキシムの頬から下顎に掛けて強い衝撃を受けた…いや、与えられたと言う方が正しかった。

 薄れゆく意識の中でゆっくりと床に伏せていく自分と消える目の中の最後の記憶が宿す風景は何やら暴れる怪獣と抑える怪獣娘…そして、なんか燻製臭い。

「――グナさんッ…――コンが逃げ――た!!」

 視界が瞼を閉じてしまい暗転する意識の外側で誰かが叫ぶ声だけがバキシムの最後の記憶だった。

 そこから先は目が覚めるとあの生物が暴れて行ったのか滅茶苦茶に崩壊した『GIRLS東京支部医療部獣医科ワクチン接種会場』の残骸が散らばっていた。

 幸い病院近くの運動場を間借りした設営テント内であったため周辺に被害は広がっていなかったが、会場は後の祭りが如しであった。

 後になってバキシムが意識を取り戻した時点で会場の片づけが進みつつあり、自分が燻製臭い何かで殴打したあの生物がどうなったかと言えば今までの小型の怪獣たちのように他の職員総掛りでは対処できずあの生物を管理する“飼い主”達によって無事にワクチン接種を済まされた事を知った。

「ええ~、以上のように接種時に暴れ出す子が多く見受けられワクチン接種には針先の小さく痛みも少ない中空型の注射針が望ましいと結論が出ました…」

 発表を終えたバキシムはどこかやつれたような顔つきで今にも息を吹きかければ消えてしまいそうな蠟燭の火のように事切れる寸前であった。

「えっ、ええっと…予防接種の件は了解しました……それでは、次の方は…―」

『では、私が…』

 次に名乗りを上げたのはこの場で唯一の人…でもなく、生命体でもない。

―JET1973 TYPE3“ジェットジャガー―

 GIRLS東京支部内に配備されたジェットジャガーには世界で初めて『救急救命士』の資格を有し、緊急時の救命活動と救命医療が行えるアンドロイドであるため今回のカンファレンスへ参加していた。

CASE5『救命活動』

 

 GIRLS東京支部に所属する怪獣娘には特異な移動手段を有する怪獣娘もいる。その最たる存在こそ“超獣”だ。

「誰かぁああ~!!助けてェエエッ!!」

 支部全域に響くような声を上げる怪獣娘がいた。

「ええっと…コレは一体どういう状況なのでしょうか?」

 救援の声がする現場の通路にピグモンことトモミが状況を把握しようにも理解に苦しむ光景に困惑の色を隠しきれなかった。

「だれかぁ~! ベロ姉ちゃんを助けてェエエッ!!」

 先ほどの声はショートヘアーの少女だがその全身は刺々しいメカニカルな姿をした怪獣娘“異次元超人エースキラー”であった。

「んんっ~!!んんっ~~!!」

 そして、なぜか壁にめり込まれた臀部と脚だけ存在するエースキラーの仲間と思われる怪獣娘がいた。

「ええっと、この壁の向こう側にいらっしゃるのはベロクロンさんですか?」

「うんッ!うんッ!…僕たちが最近できたばかりのパン屋さんでメロンパンを買いに異次元空間を行き来していたら、ベロ姉ちゃんだけが空間のポイントを見誤って…」

 エースキラーの手には“ベーカリーゴルゴダ”から購入した紙袋を見る限り確かに昼食購入の為に外に出ていたのは確かだが、問題の移動方法は彼女たち異次元世界が出自の所謂“超獣”と呼ばれる怪獣は当時の防衛隊の記録にも殆ど解析解明はおろか異次元に関する研究もあまり進んでいないため未知の領域を彼女たちだけが行き来できる不思議な能力を有していた。

 しかし今回のようにその能力に依存しきっていた故に起こってしまった通称“壁ハマり”事故は正に異例中の異例であった。

「仕方ありません…こうなったら専門家を派遣しましょう」

 そう言ってトモミはソウルライザーを手に取って誰かに連絡を受信すると…数秒後にはカシャンと機械的な足音を鳴らして現れたのはジェットジャガーであった。

『お呼びでしょうか、岡田支部長代理』

「もぉ~、いい加減ピグモンって呼んでください…それはそうと救急の要請をいたします」

『救急要請を受諾、直ちにモードRを遂行いたします…対象の要救助者を確認、壁面より脱出不可能と判断、直ちに救出作業に移ります』

 日本の大手アンドロイド製造会社が災害救助及び多目的支援戦術機として開発されたジェットジャガーは消防活動用のTYPE1から始まり医療行為が可能なTYPE2を経てそのすべてのノウハウと派遣された国家で発行される国家資格をAIが学習し、AIが国家試験を経て国から認可を得たことによりジェットジャガーという機体での救命活動が可能とする“人工の救急救命士”なのである。

「お待たせしました、それではこれよりグラインダーによる壁面の四方向切断を開始します」

 ジェットジャガーが手にする大型の円状の刃が付いた電動工具グラインダーによるベロクロンという怪獣娘の周りから四角形にグラインダーを入れるためスイッチが入り『ギュィイイイイインッ!』という鈍い音が通路に響き渡った。

「ギャァアアアアアアッ!!なんか壁から出てきたぁアア!!火花が出てるんですけどぉおお!!」

 当然、壁の向こう側に居るベロクロン本人の視点からは突如高速回転する刃が火花を散らして現れたようにしか見えなかった。

 更にビックリして足がバタバタと暴れていた。

『危険ですので足を延ばし、身体と腕も真っ直ぐに伸ばしてください…人体を切断する恐れがあります』

「ギャァアアアアアアたすけてぇええええええええッ!!」

 

―数分後―

 

「…たっ、助かり…ました…」

 壁から何とか助け出されたベロクロンであったが青ざめた表情で腰回りに未だ残る壁面の残骸の上に手を置いていた。

「アハハハハッ、ベロ姉ちゃんが壁の腹巻してるみたいぃ~!」

 エースキラーに笑われながら彼女に写真まで取られまくる始末であった。

「笑い事じゃないし、撮るなぁアア!!」

「コレに懲りたら異次元でのショートカット移動は控えてください、御二人とも…」

 呆れ返ったトモミに超獣の怪獣娘二人は『はぁ~い』と答えた。

「ジェットジャガーさんもありがとうございました」

『いえ、命令に従いプロトコルを実行したに過ぎません』

 トモミからの礼を受けても一切何も変わらぬジェットジャガーだったが…

 トモミのソウルライザーから着信が入り、画面にビデオ通話を切り換えるとザンドリアスとノイズラーが映った。

『ピグモンさ~んッ、たすけてくださぁああいッ!!』

『ウチのドラムのメカギラスが四次元移動に失敗して壁にゲームのバグみたいなハマり方して動けなくなっちゃいました!!』

 トモミの画面内で慌てた二人が壁に埋まるメカギラスを映して事の重大さを必死に伝えようとしていた。

「わかりました、今そちらにジェットジャガーさんを向かわせますので待っていてください……というワケで、またお願いします」

『了解しました』

 そう言ってジェットジャガーは次なる救命処置が必要な者が待つ場所へ電動工具を抱えて向かって行った。

 

CASE6『隠し部屋』

 

 GIRLS東京支部は元々本部運営としての名残で支部施設としては破格の規模を有する内部構造をしていた。

 当然、その分だけ部屋も多く存在しており所属の怪獣娘たちにも全容を把握しきれていなかった。

「……ついに…開ける時が来たのです」

 固唾を飲みこんで冷や汗が滴るトモミは並々ならぬ覚悟を持って訪れていたのは『B-06』という部屋であった。

 元々、GIRLS発足して間の無い頃に取り付けられているためドアノブを捻って開閉するアナログな手法で開け閉めをする扉の部屋だ。

「さて…エレエレ、この部屋…一体なにがあるのですか?」

「ぐっ…なっ、何も…ないわよ」

 GIRLS調査部所属の怪獣娘エレキングがこの『B-06』の秘密を握る重要な人物であった。

 しかし、今回の彼女はレッドキング、ゴモラを始めとした武闘派で知られる大怪獣ファイターたちに捕らえられていた。

「エレ…あきらめて白状した方がいいぞ」

「せやで、今日のピグちゃんは本気や」

 血気盛んな大怪獣ファイターである二人をしてもトモミの鬼気迫る気迫がいつものようなのほほんとした気の抜けた彼女ではなくれっきとした責任者としての威厳すら感じ取れている。

「何度も言うように…まったく何もないわよ」

「果たしてそうでしょうか……度々あなたがここへ訪れる様子を何度も目撃されている怪獣娘さんがいらっしゃる以上、あなたはここに関わっています」

 するとトモミは懐からピンク色のスマホカバー付きソウルライザーと白黒の斑スマホケースのソウルライザーを取り出した。

「ここに私とあなたのソウルライザーがあります…私のは責任者権限で支部内のどこにでも入れる様になっているはずが…」

 そう言ってトモミは自分のソウルライザーを『B-06』のコードリーダーに翳すもビィー!とブザー音が鳴って入室拒否をされた。

「そして、こちらは…」

 もう片方の白黒の斑のソウルライザーを翳しても同じくブザー音が鳴って入室拒否をされた。

「最後のあなたのソウルライザーでも私のソウルライザーでも開かない…正に開かずの間の扉…そんな部屋にあなたがどうやってこの部屋に出入りできるのか、その真相がようやくわかりましたよ…アギアギ、ミクミク」

「はっ、はい!」「は~い!」

 トモミが呼びつけたのはアキとミク、その2人が両脇からガッシリと腕をからめ組んで逃がさないと言わんばかりに連れて来たのは…

「わぁ~ッ、待ってください二人ともぉおお!!」

 アキとミクにとっても最も仲の良い友人の1人にして同時期にGIRLS東京支部に所属した間柄のレイカであった。

「おかしいと思ったのです…どうして度々入室されている姿が目撃されているにも関わらず、入れない筈のソウルライザーでエレエレが入れるのか…答えは“順番”だったのですね…ウインウイン、ソウルライザーを出してください」

 そう言ってにこやかな表情を浮かべてレイカにソウルライザーを出すように最速してきたトモミだったが…レイカはコレを拒否して首をブンブンッと横に振った。

「アギアギッ」

「はっ、はいッ!…ゴメン、ウインちゃん」

 アキは南無三と心の中で何度もレイカに謝罪をするような気持ちで彼女の懐辺りを探った。

「ひゃぁああッ!アギさん…そんな…私たちの友情は偽りだったんですかッ!?」

 絶望にかられる中…とうとうレイカのソウルライザーが見つかりアキは見つけたソウルライザーをトモミに手渡した。

「では…失礼して」

 初めにレイカのソウルライザーを…ブザー音はならずにカードリーダーの施錠ランプは赤から青に変わった。

 次にエレキングのソウルライザーを翳すと…ランプが青から緑に変化してカチャンッと開錠した音が鳴った。

「では…開けます」

 恐る恐る扉のドアノブに手を触れて大分手入れのされていないせいで重々しく建付けの悪い扉をゆっくりと開けると…―ドサッ!

「ひゃっ!?…なっ、なんでしょうコレ?」

 開けた瞬間に落ちて来た物にトモミは手を取って見ると…

「…『富士の玉突き』?…なんでしょうか…」

 一見はただの本で絵柄もエレキングやレイカが好きそうな表紙の本という印象であったが…このような部屋に隠すことはただの本ではなかった。

「ひゃぁあああああッ!!ピッ…ピピピッピグモンさん!絶対、中を見ないでくださいねッ!ホント、ピグモンさんには刺激的なアレが強すぎるヤツですから!!」

 なぜか必死に中身を見ないでくれと訴えるレイカが気になって見るな見るなと言われると余計に見てしまいたくなるのが人のさが…トモミは何の抵抗もなく見開いて見てみると…

「ぎぃあああああああああッ!!」

 思わず本を投げつけ部屋の奥に飛んでいく薄い本は何かにぶつかってドサドサッと大きな音を奥から響かせて何かが崩壊したようだった。

 そして、パチンッと照明の電源を付けると…部屋には前面に敷き詰められた本棚にすべて収められた本から本の数々、先ほどの絶叫させるほどの内容の本があるならここにある本は殆どそういう類の本ばかりであった。

「うっわぁ~なんやこれ…」

「エレ…お前、こんなに溜め込んでたのかよ…」

「フンッ、アンタ達に理解してもらおうとは思っていないわよ」

 1冊1冊手に取って確認してもやはりそういう表現の本、中には倫理的にアウトな代物も多数見受けられた。

「ううっ…もう死んだ方がいいです…いっそ殺してください!恥をかき続けながらよりも本に囲まれて死にます!」

「そんなことで死なれても困ります…GIRLSとしては許容範囲内での私物の持ち込みを許可しても溜め込むことは良しとしません…よってここにあるすべての私物は……ぐぅっ、辛いですが…しょっ、処分させていただきますッ!!ジェットジャガーさんッ!!」

 部屋の外からガシンッガシンッと重々しい足取りの足音と共に背中に背負ったタンクパックとそこから通じてトリガー付きの放射装置、宛ら火炎放射器を持参してきたジェットジャガーのようであった。

「まっ、まってくださいピグモンさん!一体何をする気ですかッ!?」

「エレエレ、ウインウイン…私も本当はこんなことしたくないのですが…東京支部の秩序を守るため、再発防止のため、ピグモンは心を鬼にします!」

『溶解性用紙分解剤、発射いたします』

 ジェットジャガーはトリガーを押し込み、今まで溜め込んでいた薄い本たちを中央にまとめてジェットジャガーが放射する薬剤によってすべての本が用紙も印刷インクも紙であればすべてがドロドロに溶けだして消失していった。

「ギャァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そのあまりにもショッキングな光景、返せばいいという問題であればここまでにはならない…しかし、ここにあるだけの分は許容できる範疇を超える量だ。

 当然、このまま返すのが筋だろう…しかしながらエレキングもレイカにもこれだけの量を保管できる場所が無いからわざわざ支部内のこの一室に保管していたのである。

 すなわち、家には置いておけなければ、保管する場もない、元々一時的に置いておくつもりだったのだろうが何日も貯めに貯めたことが災いしてこのような事態になったのだ。場所を変えてもおそらく同じように支部内のどこかに隠す恐れがある。

 時代錯誤な弾圧的だが、後々に処分せざるを得なかったであろう…

「ううっ、酷いです…あんまりです…」

「ごめんね、ウインちゃん…」「よしよし…」

 泣き崩れるレイカを慰めるアキとミクの横でトモミとエレキングの話はまだ終わらなかった。

「さてエレエレ…“ここ”以外にまだありますね」

 ドキッ!と図星を突かれたかのように身体が身震いするエレキングの様子を見るなりトモミは確信に至った。

「あなたの事です…アレだけウインウインが嘆いているのにあなただけがまだそこまで驚いている様子がない…おそらく、ここの処分に出る私の手段を想定してまだ別の隠し場所があるという“保険”があるという事ですね」

「ぐっ…そっ、そんなことは…ないわ…」

「ならば探しつくすまでです!…大掃除は、まだまだ終わりませんッ!!」

 そう言ってトモミと共に両脇から引きずられながら連行されていくエレキングと共にまだまだ薬剤がたっぷり残るジェットジャガーも彼女たちに付き従ってエレキングの隠し場所の捜索に向かうのであった。

『――以上の通り…ここ最近で東京支部内部で発生した能力による偶発的な事故を始め、不用意な物品の検出率が急増したため所属者の手荷物及び持ち込みに関する規約の厳罰化に伴い所属者の注意喚起と及び精神的ケアの不足について東京支部代表代理から声が上がっております』

 ジェットジャガーの発表を終えた頃…なぜかバキシムもメルも頭を抱えて机に項垂れていた。

「ウチの超獣連中がすみません…」

「ウチのバカたちがすみません…」

 そしてなぜかボソボソと謝罪の言葉を口にしていた。

「ええっと…では次の方にお願いしましょう」

「はっ、はい…私です…」

―北斗ナナミ・看護師長―

 中々カオスな発表の後に語るには気が重い唯一の女性看護師“北斗ナナミ”…彼女はGIRLS東京支部近辺にある『国際救助指導組織付属病院』に勤務する看護師の一人の中でもそのすべての看護師たちを統括する若くして看護師長を務める女性だった。

CASE7『院内騒卵』

 

 GIRLS東京支部から徒歩数分圏内に位置する新設の総合病院『国際怪獣救助指導組織付属病院』はその名の通り出資運営自体はGIRLSであるため多くはGIRLSの怪獣娘たちが怪我や病気などを患った場合に限り患者として入院する事の方が多い。

「印南さんッ!また病院を抜け出そうとしないでください!」

 呆れ返りながらも入院患者へ真摯に向き合い対話をする北斗看護師長が相手する入院患者こそGIRLS東京支部所属の怪獣娘にして現在検査入院中の印南ミコまたの名をガッツ星人…の怪獣娘である。

「だって~暇なんだもぉおお~ん!絶対安静って私そんな悪くないもん!!」

「悪い可能性があるから入院が長引いているんです!絶対、安静!いいですね!」

 北斗看護師長が口酸っぱく再三にわたって注意を受けているにも関わらず“安静”という言葉が頭の辞書にないのかとさえ思えるほどにジッとしていられないミコに頭を悩まされていた。

 それも印南ミコの現在の容態は確かに一見すると健康体な溌溂とした物言いに悪性を微塵も感じさせない様子だが、数値の数字は騙せなかった。

「印南さん…あなた、その歳で血糖値が異様に高い値を占めているんですよ 一体どんな生活を繰り返したらこんな数値になるんですか!?」

 北斗看護師長が手元に持つバインダーに留められていたミコの診断表…医者が見たら即答するのは『入院です』の一言だった。おそらくどんな医者も同じように答えるレベルで異常数値であった。

「いや~最近仕事量が多かったせいでやけ食いが多かったからかなぁ~…えへへっ、でも私って食べても太らない体質だから☆」

 上半身から両腕にかけて力と身体が良好だとするアピールを取るが…北斗看護師長が深いため息を吐くほどに独自解釈過ぎて嘆いた。

「印南さん、食べても太らない体質の人は確かに居ます…けどそういう人ほど健康など気にせず大食いに走れば体形に異常が現れずとも数値としての結果に出てくるんです!その数値に沿って医師が判断した結果が異常と判断されて現時点の検査入院なんですからねッ!自覚してください!」

 看護師とは時に東京支部内のまとめ役でもあるピグモンことトモミ以上に怖い存在であった。

「とにかく、絶対に安静です!」

 再度口酸っぱくを超えて苦く言いくるめられたミコはこれ以上抵抗するならば全身に拘束具を付けられなかねない気がした為に渋々『は~い』と不服ながらもベッドの上で寝ころんだ。

 その後、北斗看護師長がミコの病室から退出してまもなくに再度ミコの病室のドアがスライドして開いてミコの病室に入室してくる者たちがいた。

「あんた病院の先生たちに迷惑かけてどうすんのよ」

「まっ、マコッ!?」

 それは同じ顔立ちながらも髪色だけ唯一の違いを持つ双子の妹のマコであった。

「ボクも居るよ…ガッツ」

 そんな呆れ返ったマコの後ろからヒョコッと顔を出したのはアキだった。

「アギ~ィッ久しぶりぃ~!!」

「ガッツも…変わりなくて何よりだよ……ボクのおじいちゃん、丁度ガッツみたく入院中に亡くなったから…」

「ちょっ!?いきなり怖い事言わないでよッ!?縁起悪いって!!」

「ゴメンゴメン…あまりにもガッツが病院に迷惑をかけているようなら怖がらせてって黒ガッツに言われてたから…」

「マコッ!?…ぐえっ!?」

「アンタには丁度いいお灸よッ!」

 マコは入院患者であるミコに向かって手荷物として持ってきたカバンを彼女の腹部に落ちる様に置いた。

「もっと優しく渡してよッ!!」

「アンタに優しさなんて不要よ…しばらくの着替えと歯ブラシにタオルよ、お金は今月から無し」

「はぁ~!?なんでェッ!?」

「アンタが度々検査の時に売店の飲食で買い食いする度に私が怒られてんのよ!! ここの看護師さんに金銭の受け渡しも飲食の見舞いも禁止されてんのよッ!!」

「ゴメンねガッツ…前々からお兄ちゃんの手料理くらいガッツにもお裾分けしたかったんだけど、そういう事情だから…」

「ええ~ェェッ、そんなぁ~ッ!!まだ碌に顔も合わせた事の無いアギのお兄さんの料理もダメぇえ!?」

 以前より口約束ながらもユウゴの手料理を詰めたお弁当を持ってくるという約束をかわしていたが、ミコの検査が長引いているため飲食物の持ち込みの規制によりその約束は未だ果たされていなかった。

「ア~アッ…もうつまんな~い!面白いことも、楽しいことも、何もすることがなさすぎるぅ~!!」

「アンタがおとなしく検査を受けていればこんな入院だって長引くこともなかったんでしょ!」

 ふて寝をするミコに対してマコは額に血管を浮き出させるほどにイラつきを抱かせる態度にむしゃくしゃさせられていた。

「そもそも!…私が検査入院なんてさせられる原因を作ったのはコイツよッ!」

 そう言ってミコが引き出しを開けると中から膨大な量の手紙が収められていた。

「何これ…アンタなんかにファンレター?」

「そんな生易しい物じゃないわよ!」

 よく見れば送り主は同じ昆虫のシルエットをしたシンボルマークで封書された手紙であった。

「何々?『ガッツお姉さま お加減はどうでしょうか』…何よ、いたって普通の手紙じゃない」

「最後まで読んでよ!」

「どれどれ?…『早くお姉さまに私の卵を植え付けたいです』…えっ、卵?」

 その手紙の内容の奇抜な表現にアキの背筋はゾッと走る何かを感じさせられた。

「『お姉さま…ハァハァ…もう我慢できません』…『お姉さま…お姉さまとならカワイイ幼虫ちゃんがあなたのお腹の中でスクスクと育ってくれる気がします』……何コレ、キモッ」

 その手紙は次第に量を増すごとに怪奇的な内容になっていくさまが見て取れた。

「そんな手紙受け続けてたらストレス過多にだってなるわよ!」

 ガッツが入院を長引かせる原因がこの猟奇的な手紙の数々の送り主にあるとガッツは語る。

「一体誰がこんな手紙を?」

 いたずらにしても度が過ぎるとアキは思った…その時だった…―ビタンッ!

「んっ?ひぎゃぁああああああッ!?」

 突然、外から窓ガラスに張り付いてこちらを覗いてくる怪獣娘がいた…否、現れたと言ってもいい。

「だっ、ダイオリウスッ…なんでココにぃ!?」

 その怪獣娘が誰なのかミコには即座に理解できるほどに顔見知りのようだった。

 そして、とうとう窓からダイオリウスと呼ばれる怪獣娘が勝手に開けて入って来た。

「ウッフフッ…ようやく見つけましたよぉ~ガッツお姉さまぁ~…さぁ、産卵のお時間でーす」

 現れて突然に『産卵』などと口にする彼女にマコもアキもその後ろでブルブルと震え隠れるミコも理解に苦しませた。

「ええっと…だっダイオリウス…さん…だよね」

「はい、宇宙大昆虫のダイオリウスとは私の事です!GIRLSではお姉さまと同じく調査部に所属しております!」

 一応同じGIRLS仲間の怪獣娘である様子だが、震えるガッツからして明らかに仲間意識的な印象は皆無であった。

「ええっと…さっきも言ってた、産卵って?」

「よくぞ聞いてくれました!…私、ダイオリウスは愛する方には愛の形として卵を産み付ける習性がカイジューソウルに刻まれているせいで年中発情期なのです!」

 堂々と自信満々に豪語する内容にしては悍ましい習性を持つ怪獣娘であった。

「なんでよりによって私なのよぉおお!マコでもいいじゃない!」

「私を売るな!」

 自らの危機に対して血を分けた双子の妹を生贄として差し出そうとするミコだったが…

「黒いお姉さまではダメなのです!…ガッツお姉さまは黒いお姉さまと比べて約○○キログラムも多く、更に臀部の円形率も○○センチ大きく、全体的な比率から見てもガッツお姉さまとは比べるまでもありません!」

「言葉の意味は分からないけど、とにかくアンタがキモいって事が分かった!!」

「シンプルにアンタが私より太ってるってことよ」

「それはそれで余計に失礼ッ!!」

 納得の行かない理由で好まれているミコはますますダイオリウスを警戒した。

「さぁ、お姉さま…その素敵な安産型の大きなお尻にプスッと刺させてください!」

「いや…イヤ……来ないでぇええええええええ!!」

 思わず恐れをなしたミコは慌てて病室を飛び出して行き、逃げだした。

「まってくださ~い、お姉さまぁ~!」

 その後を追って羽をバタつかせながらダイオリウスが追跡する。

「大変だ、ガッツが…ガッツのお尻が危機的状況だよ!」

「別にどうってことないんじゃない?馬鹿馬鹿しいけど」

「こっちはこっちで薄情ッ!?」

 心配なアキと特に心配する気もないマコの手を引いてミコたちの後を追った。

―院内・CT検査室―

 

「それでは、検査の結果は後日郵送させていただきますのでお大事になさってください…お会計は待合所でお呼びしますのでおかけになってお待ちください」

「んっ…」

 CT検査を終えたユウゴが看護婦の案内された待合所まで向かっていた。

 そんな彼の元に…

「ひぃゃぁああああ!!誰か助けてぇエエ!!」

「あぁん?」

 逃げまどっていたミコと偶然にも初合わせていた。

「待ってくださぁ~い、ガッツお姉さまぁ~!」

 その後ろをダイオリウスが追いかけてきていたが…

「あっ、すみません…ちょっと隠れさせてください!」

「あぁ?」

 手ごろな壁として最適なユウゴを見つけたミコは彼の後ろに隠れてダイオリウスから逃れようとした。

 しかし、巨体に隠れようもダイオリウスの眼からは逃れられない。

「ちっちっちぃ~…お姉さまぁ~年貢の納め時でございますよ」

「アンタに納める年貢もお尻もないわよ!この人の逞しい身体に免じて見逃してよ!!」

 ミコとダイオリウス、ユウゴを間に挟んで一進一退の攻防を繰り広げるが…

「おいッ」

「へっ?…ぐえええええっ!?」

 頭上からダイオリウスの首根っこを摑まえてユウゴは自分の周りを這い回る2人にイラついたのか、その最も根本たる原因を作っていると本能的に察知したダイオリウスを捕まえた。

「なっ、何をするですか!放してください!放してくだされ!この筋肉モリモリマッチョマンのおばけ!!」

「ここは病院だ…やかましい」

「ひぃっ!?」

 首根っこを掴まれた上に睨みつけられただけで天敵に遭遇したかのような感覚にダイオリウスは委縮していた。

「だっ、誰だか存じないですけど…ありがとうございます!…ふっ、ふはははっ!これこそ、いかなる相手にも負けたことのないガッツ星人の実力よ!」

 そう言ってユウゴに助けられたことに得意げになったミコは涙目ながらも胸を張って勝利を確信していた。

「だからって…お姉さまのお尻を諦めるわけにはいきません!!この筋肉の大巨人を倒し、無事お姉さまに卵を植え付けてあげますからね!」

「ひぃっ、結構です!」

 無駄に執念深いダイオリウスにミコは気圧され気味だが…ユウゴに捕まった虫も同然な状態になんの説得力もない状況だった。

「というワケで…さっさと下すのです、この筋肉ダルマ!」

 ダイオリウスは羽をブゥ~ンッとバタつかせて威嚇をするも万力と言っていいほどの抑えられて逃げる隙の無い腕力になす術がなかった。

「ブンブンうるせぇんだよ…おとなしくしろ」

 するとユウゴは手の空いている反対側の手で中指を親指で抑えた状態の手をダイオリウスに近づけた。

「ふぇ?…ごぶぅぢゅッ!?」―ガクッ…

 その抑え込まれた中指にみなぎる力が一気に解放されてダイオリウスの顎を打ち抜いた強烈なスナッピング、生来はオデコに当てる“デコピン”で知られる子供染みた攻撃はユウゴが繰り出すならばピッチングマシーンのピッチングパーツをモロに顎から喰らうのと同様の威力を誇った。

 それを受けたダイオリウスは先ほどまで奇人めいた言動でミコに迫っていた勢いが糸の切れた人形の様に動かなくなった。

「ガッツゥ~大丈夫ぅ!?」

 ソコへ丁度ミコを助けにやって来たアキたちも合流した。

「あっ、アギ…もう大丈夫…なんだかよくわからないけどこの人に助けてもらった」

「「えっ!?」」

 ミコが助けてくれた人物がユウゴであったことといい、その彼の手の内でグッタリとした状態で事切れていたダイオリウス、一体全体どういった状況なのか2人には理解が更に追い付かなかった。

「えっ、ええっと…ガッツに紹介すると…そこの筋肉の壁みたいな人は…ボクのお兄ちゃん…です」

 この状況下に紹介するのもやぶさかな気が引けるアキは渋々ながらミコにこの場を借りてユウゴを紹介する羽目になった。

「へっ?……ええええええええええッ!?」

「なんだ、お前の知り合いだったのか…あっ、どうもアキがお世話になっています 兄のユウゴです」

 ここぞとばかりに怪獣娘1人を首根っこ掴みながらユウゴは丁寧にミコへ挨拶を交わして来た。

「……………」

「んっ?…ちょっと、アンタ…挨拶されたんだから返事くらい返しなさいよ」

 何やら無言になるほどに停止した状態のミコを見かねたマコは肘をトントンと付きながら挨拶を返せと意識の無いダイオリウスをアキに託しているユウゴをミコはジッと見つめているが…

「ほら、コイツ…お前らの仲間だろ」

「いやそうだけど…持ち方……大丈夫かな、この人?」

 意識の無いダイオリウスを逆に心配が強まるアキだったが…その時だった。

「んッ?」

「がっ…ガッツ!?」

 突如、ユウゴのTシャツをめくり上げて鍛え抜かれた腹筋を露にさせるとすかさずさらけ出た腹部をソウルライザー片手にパシャリッとシャッター音を鳴らして写真を撮るなり颯爽と去って行った。

「ワア~ァアアッ!!ちょっ、ガッツ!!何してるのさぁ!!」

「いいじゃんアギィイイ!減るもんじゃないんだし!」

 突然に肉親の腹筋を写真の収められたことに気づいて追いかけるアキに彼女から逃げるミコ、その様相は先ほどのダイオリウスから逃げまどう時と奇しくも同じ構図となった。

「アンタんとこの組織には頭のおかしい連中しかいないのか?」

「既にやめたから私は無関係」

 1日に二度も変人に出くわして困惑の色を隠せないユウゴと関わりたくないマコ、顎を打ち抜かれて意識の無いダイオリウスだけがその場に残ったのであった。

 その後、院内を走り回っていたところを北斗看護師長に見られたアキとミコはこっぴどく叱られた上にトモミの召喚という痛い結果を招いたのは言うまでもない買った。

 

CASE8『疑問のCT』

 

―CT検査室―

 

「先生、次の患者さんの問診です……先生?」

 数分前までユウゴの検査を担当していた男性医師に声を掛けた北斗看護師長だったが、声を掛けても先ほどからずっとモニターを男性医師は凝視していた。

 ここではユウゴが検査の為に訪れたCTと呼ばれる最新鋭のコンピューター断層撮影機材を用いた検査で得た情報が院内のパソコンに結果となってデータが医師の元に届いていたが…

「…なっ、ンだぁ…コレ?」

 CT検査を用いて様々な病や病巣を発見する診療放射線技師の資格を有する勤続10年以上の男性医師が目を丸くして疑う光景を目の当たりにしていた。

「…?…先生、どうされました…」

「あっ、いや…先ほどの患者さんのCTのデータが解析終えてデータの処理も終わったんだが…」

 画像処理を終えてコンピューターグラフィックを用いた患者の内部を直接見ることなく立体的にかつ鮮明に撮影できるのが現代のCT検査だが…今回撮れたCT画像には驚くべき物が移りこんでいた。

「先ほどの患者さんの背骨…コレは背ビレか?」

 それはあまりにも現実離れした背骨の形状は多少の丸みはあれど隆起した突起が何本もある様は宛ら背ビレを連想させるような形状をしていた。

「あと仙骨から連なる尾骨が股関節に掛けて異様に発達しているし…足の爪…まるで獣みたいだなぁ…」

 通常では退化して人間へと進化する過程で不要となったはずの尾骨が抜きん出て長く伸びている上に足の先から伸びる詰めが鋭くも尖った形状をしていた。

 それは宛ら大型の肉食動物を擬人化したかのような姿形をしていたと認識せざるを得なかった。

「もっと極めつけは…こっちの脳画像…特に前頭葉に掛けて…なんか…人の顔?…いやなんか、怪獣の顔みたいなんだよなぁ」

 脳の形状の親和性に関して人間性が決まると言えるのかは定かでは無い…科学的根拠も勿論ない。

 だが、今回撮影された画像から推察できることはただ一つ…この脳の持ち主は相当に『怪獣みたい』な人物としか形容のできない人体構造をしているとしか結論づけられなかった。

 脳のシワの形状が2つの眼の様に見え、また更に目のようなシワの下には生え備わった牙のような形状のシワが何本も連なって、そのシワたちは前頭葉にかけて抜きみ出ている…すなわち前に、前に、出ようとしているような印象さえ抱かせる鮮明な形状だったが…

「疲れているのかなぁ…脳の見過ぎで『パレイドリア現象』を起こしているのかも」

 医者は目頭を押さえつけて確かめても変わらず顔と錯覚してしまうほどに目と牙のような模様のシワを顔の様に見えてしまう『パレイドリア現象』と認識してあまり気にしなかった。

 事実、この脳の容態は…至って“健康”なのであった。

「そう言えばこの患者さん…なんで検査受けに来たんだっけ?」

 問診のための記入欄には以下の通りに検査理由が書かれていたのは…

「ええっと…変な光線を浴びて身体が縮んだので念のため…だそうです」

「……どういう事?」

 問診を請け負った医師からしても首を傾げるような内容ではあった。

「看護師長! 通路で入院中のGIRLSの怪獣娘さんが…」

「またッ!?」

 北斗看護師長は度々患者として入院するミコが引き起こす問題にとうとう堪忍袋の緒が切れたかのように顔がいつも以上に引き攣って問題を起こしている元凶たる者を咎めに向かった。

「――以上の通り、GIRLSから入院される患者さんから度々問題行動が目立つため、当院内でGIRLS東京支部より入院される患者さんには厳重注意をさせていただきます」

「「大変申し訳ございませんでしたぁぁああああ!!」」

 明かにGIRLSが引き起こした問題に怒気を露にしている北斗看護師長に対してGIRLS東京支部を代表してメルとバキシムが机に額が付くまで頭を下げた。

「ンンッ…話が反れましたが…最後は私のようだね」

―川埜ノボル・内科外来医師―

 最後の発表として総まとめに取り掛かるのは北斗看護師長と同じ『国際怪獣救助指導組織付属病院』に所属する内科外来を担当する医師だ。

 常駐カウンセラー、獣医師、救急救命士、看護師長と様々な分野においてそれぞれが医療に従事するエキスパートである4名の医療従事者に続いて正真正銘の医師免許を有する専門医である川埜がどのような発表をするのかに一同の意識が川埜に向いた。

CASE9『診断拒否』

 

 その日、内科外来担当医の川埜医師が身に着ける度入りの眼鏡が瞳すら移さぬ反射する光が状況の深刻さを物語っていた。

「お母さん…いえ、奥さん…僕は真剣に言っているんです」

「はっ、はい…ですけど…」

 そんな彼の横でどこか戸惑って右腕を摩るように気を紛らわせるのは一見は若々しく20代とさえ見間違えてもおかしくない紫のつや髪を肩まで垂らす美人な成人女性だ。

「道理さん…私は医者である上で一人の人間として、一人の親として、一人の男として、あなたに決断をさせなければなりません」

「ううっ…けど、私には…ザンちゃんが…」

 川埜医師が身体を女性の方に向けて相対し面と向かって決めることを決めさせようとしている女性こそGIRLS東京支部に所属する中学生の怪獣娘を娘に持つザンドリアスこと道理サチコの母“道理ミチコ”であった。

「奥さん…いえ、ここはあえてミチコさんと言わせてください…サチコちゃんが御生まれになってこれまであなた御一人で育てになられてこられたのは一人の人間として尊敬に値します……ですがあなたにはこと決断に至るまでの御気持ちに欠ける」

 川埜医師はソッとミチコの手を優しく包み込むようにして彼女に決断をする決意を与えた。

「どうか、同じ親の一人の言葉として聞いてください…ザンちゃん…サチコちゃんに『歯科健診』を受けさせてあげてくださいッ!」

「いやぁああああああああああああ!!」

 川埜からサチコの歯科健診を勧める誘いにミチコは全力で拒否をするとばかりに顔を覆い隠して絶叫した。

「どうしてですか、道理さんッ!?」

「出来ないんです!!先生、あの子には歯医者さんに行かせることすら私には出来ないんです!!」

「一体…何があなたをそこまでさせるんですか…もうあなたのお子さんのみなんですよ、GIRLS東京支部の健康診断項目で唯一サチコちゃんだけが『歯科健診』を受けられていないのは…」

 GIRLS東京支部では国際怪獣救助指導組織付属病院でGIRLSに所属する怪獣娘を始め、所属する怪獣娘たちの健康及び私生活環境に関わる親兄弟と言った保険適用範囲内の扶養家族にも無料で健康診断、予防接種、歯科健診と3項に分けられた生活習慣を見直す機会が設けられていたが…

 肝心の最後の歯科健診は自宅近辺や最寄りの歯科医院で診断を受けたうえで診断書を医院内で作成してもらい病院に提出することによって完了する簡単な事にも関わらずミチコは先ほどからコレを頑なに拒否していた。

「先生、あの子…ザンちゃんは極度なまでの歯医者さん嫌いなんです…超、どころか極度ですよ、極度にッ!」

「はぁ…まぁ、薄々は感づいていましたがそれほどまでにですか?」

 にわかには信じられないがミチコの態度が物語るように彼女が必死になって歯科健診を拒否するのには深いわけがあるようであった。

「昔、あの子がまだ小さかった頃に歯医者さんへ連れて行った事があるんです…私も歯医者さんについて行くってちゃんと教えておけばと後になって後悔したんですが…いざ歯医者さんに入るなりあの子が突然この世の声とは思えないような声を上げ始めて…なんと言いますか、生まれて来た事を絶望したような声で私もどうしたらよいのか分からずに当時は断念せざるを得ませんでした」

 どうしたらそこまで歯医者嫌いになるのか理解に苦しむが川埜医師は続けて尋ねた。

「まぁ、お連れするのは難しいという事は理解できますが…誰か一緒について行ってあげられる方はいらっしゃらないんですか?」

「一応、最近になってザンちゃんの名前を付けてくれた親戚のような子がいるんですけど…彼、もう成人してお仕事で忙しそうなのであまり会えないんです」

「左様ですか……では、GIRLSの指導課の方にご相談してサチコちゃんと一緒に歯科医院へ同行してくれる方が居ないか相談してみましょう。 お友達となら一緒に行けるかもしれませんし…」

「ぜっ、是非ッ…お願いします!」

 ミチコは深々と頭を下げて川埜に提案の礼を尽くした…が…

「あっ、それとミチコさん…あなたの健康診断にE判定が出ていますので再検査をお願いします」

「ひぃッ!?」

 問題解決の矢先に別の問題が浮上したのであった。

 

CASE10『受動喫煙』

 

 川埜医師が担当する内科外来とは一般的な風邪といったありふれた症状から糖尿病や高血圧などの生活習慣病に関わる診療が必要な内科全般が該当する。

「んんっ~~…」

「……あっ、あの~…」

 そして、ここ20年間で減少傾向とはいえ未だに生活習慣に悪影響を及ぼし医者を困らせる行為がある。

「率直に言って…千鳥さん……タバコ、断ちましょう」

「ぐっ…」

 それは『喫煙』、中でも喫煙を行う事で周囲にも悪影響を及ぼす『受動喫煙』が問題視される。

「千鳥さん…タバコを控える傾向になって来たのは良い事ですが、喫煙所近くに寄って副流煙を吸っても禁煙にはなりませんよ」

 喫煙にはタバコの吸う事によって成分効果を得る“主流煙”と火の付いたタバコの先端から発せられる“副流煙”があるのだが、特に後者の副流煙には主流煙よりも多く有害物質を含んでいるという研究結果もあるため、非喫煙者にも悪影響を与えるだけでなく現時点で禁煙中の元喫煙者にも再喫煙の誘発にも繋がるため各自治体では近年喫煙に関する条例が厳しくなっている傾向にあった。

「いや…その…二十歳から続けて来たことを急に止めるとなると…こちらも…その…」

 喫煙者にとってあまりにも酷なことは『直ちに止めろ』と言われる強制的な禁煙だが…

「何も私は無理強いしてまで禁煙を推奨するわけではありません…昨今は加熱式タバコもありますので副流煙に害を含まないノンニコチン・ノンタール製品も増えているのでそちらから初めて見ましょう」

「いや…しかし…」

「今後もご家族と顔合わせられる機会も増えてくるならなおさらです」

「ぐぅっ…」

 川埜は千鳥の事情を鑑みた上で最終目標の『禁煙』に至れるまでのアドバイスを送ることも彼の職務である。

「まぁ、それはそれとしてあなたの健康診断はE判定ですので再検査をお願いします」

「なぬッ!?」

 しかし、時には冷徹にして淡白なまでに“医師”を徹底する場合も必要だ。

 

CASE11『患者蘇生』

 

 医療は人間の生命に関わる重要な技術ではあるが…決して万能というワケではない。

 どれだけ医療が発達しても寿命の先延ばしに過ぎず、寿命としての必然的に定められた死からは逃れられない。

「先生、ワシはもう十分に生きた…十分すぎる時間を頂きました…」

 この日、川埜医師が担当する一人の高齢患者が家族に見送られながら旅立とうとしていた。

「おじいちゃん、今までありがとう…」

「お父さん、向こうで会いたい方に会えるといいですね」

「おじいちゃん…おじいちゃんッ!」

 高齢の患者はそっと目が閉じていき意識がやがて遠のき正式に患者の天寿を全うする……かに思われた。

「……午後6時37分…ご臨終で―」

「ありぃ?…なんか、大丈夫じゃった」

「「「おじいちゃんッ!?」」」

 高齢の患者は突如自身の身体が今までの衰弱がウソのように軽やかで軽快な動きが出来るようになっていた。

「な~んか向こうで先月先立った友人が『まだ来てはいけない』って言っとった気がする」

 高齢の患者さんには何を見て来たのかは不明だが…この不可解な現象は続いて他の患者にも表れていた。

「せっ、センセーッ!日本ではまだ症例の少ない難病を患っていた患者さんが突然症状の回復がッ!?」

「こっちは寝たきりの患者さんが急に陸上選手並みの速さで走り回れています!!」

 次々と重い症状や完治不可能と診断されていた患者が同時刻同時に治るという摩訶不思議な事態に陥っていた。

「いっ…一体、何が起きているんだ!?」

 勤続20年間を医療に従事してきた川埜ノボル医師の眼から見ても異様にして異常な光景であった。

 しかし、その同時刻にある人物が病院内の通路を歩いて来た。

「失礼、ソチラを通らせていただきます」

「えっ、あっ…どう……ぞッ!?」

 声を掛けられ振り返った川埜医師は目を疑う事が目に入って困惑させられた。

 外見は若々しい壮健な出で立ちの成人男性。院内の女性看護師ならその人物を目にするなり色を覚えてしまいそうな容姿整った顔つきは“二枚目美男な色男”であるが…そんな眉目秀麗な成人男性が本人と同じくらいのサイズの小型の怪獣を引きずりながら川埜医師たちの横を通り過ぎて行った。

「なっ…何なんだ…アレ?」

 医療従事歴は医大を含めれば20年以上、既婚者で二児の父親でもある川埜医師をしても理解が及ばない世界を目の当たりにした今日この瞬間であった。

「あっ、ダグナさん!ビーコン見つけてくれました?」

「病院内の薬品倉庫に隠れていました」

 ワケのわからない怪獣を引きずる成人男性に話しかける少女は数日前に院内の看護師長に入院患者ともども怒られていたGIRLS東京支部所属の怪獣娘であることが後になって看護師長から聞かされた。

「以上で私の方からの発表を終了と共に本日のカンファレンスの終了とさせていただきますが…最後に私と看護師長からGIRLSさんにお伝えしたいことは……」

「病院内では“お静かに”お願い致します」

「「代表してすんませんでしたぁああああ!!」」

『支部代表代理に本会議の録音記録を送信させていただきました』

 すべての発表を終えた医療従事者たちによる報告会は終わったが総じて今回の会合はGIRLS側から中でも東京支部に所属する怪獣娘たちが引き起こす騒ぎ事の報告会でもあった。

 後日、東京支部内ではピグモンことトモミによる怪獣娘大反省会(強制)が行われたことはまた別の話であった。




アンバランス小話
『寡黙な君に』

 ザンドリアスとノイズラー発案の元に結成されたGIRLS東京支部に所属する中学生の怪獣娘を中心としたバンドグループには2人の他に硫酸怪獣ホーの怪獣娘“葦原ルイ”、元々ピアノが得意だった彼女はバンド内ではキーボードを担当する。
 そして、もう一人…バンド内ではドラムを担当する四次元ロボ獣メカギラスの怪獣娘がいるが…
「―――――――――」
「…ねぇ、メカギラス……アンタって本当に喋れないの?」
 一向にメカギラスから喋ろうとしないことにザンドリアスは気になっていたことを本人に直接尋ねた。
「どうしたんだよ、急に…」
 さすがにザンドリアスがメカギラスに向けるしかめっ面な視線にメカギラスが困っているようだったので2人の間に入ったノイズラーは近すぎる距離に両手を入れて離した。
「だってバンドってチームワークじゃん! どうやって意思疎通を取るのよ!」
「別にメカギラスはよくやってる方だろう?…ドラムも楽譜とかで指示したら叩けるんだし…」
「わっ、ワタシも…メカギラスさんと…喋らないで済むならその方が楽です…」
 自分から棚に上げた話題を2対1で抑えられている事に納得の行かないザンドリアスは強硬手段に出た。
「だったら猶更喋れるようにした方が気持ちだって伝わるじゃん!あたしはメカギラスに喋ってほしいの!」
「なんでおまえそこまでメカギラスに喋らせたがるんだよ?」
「だってメカギラスの声、聴いた事ないもん」
「「あぁ~…」」
 文句の付け所の無い理由にノイズラーとホーはファミリーレストランのテーブル席で納得してしまった。
 行きつけのファミレスでたまたまバンドメンバーが集まって他愛のない会話をする中、ただ黙々とフライドポテトを摘まみ続けるメカギラスの声がどんな声をしているのか3人とも気にならない事もなかった。
「―ということで、メカギラスの寡黙を治すためにそれぞれで案があるなら出し合おう!」
 かくして“メカギラスに喋らせよう作戦”が決行された。

“ノイズラー案”
「そんでさぁ~ウチがさぁ~(省略)アギちゃんにビシィッと一発ギャグをかまさせてぇな~(中略)ユウちゃんにちなんでぇ~(以下略)」
「――――??!!」
 会話の殆どが聞き取れないほどにアップテンポな会話が続くゴモラであったが…会話にすら入る余地は無かった。
「ありゃりゃ…ゴモラさんなら行けると思ったんだけどなぁ~」
「どこがよ…思いっきり目を回してるんだけど」
 混乱のあまりメカギラスは眩暈を引き起こして今にも回路がショート寸前であった。

“ホー案”
「…ええっと、メカギラスは…普段どんなことをして過ごしているの?」
「――――――――――」
 GIRLS東京支部内でも人当たりの良い指導課所属のアギラが話しかけてみたがゴモラと違って当たり所は悪くなかったが逆に今度は縮こまって会話が成立しなかった。
「アッ、アギラさんなら…話してくれると、思ったんですけど…」
「これもダメかぁ~」

“ザンドリアス案”
「……あぁ~、ご注文は?」
「―――――――!?」
 場所は変わってBAR1954にてそれまでのゴモラやアギラのような同じ怪獣娘同士での対面であったが今度はユウゴと相対して見たが…急に声を掛けられたことによりビクッ!とメカギラスは怯えたような反応をした。
 ユウゴも気を使って普段聞くことのない注文聞きをしたがそれがかえって逆効果であった。
「ええ~、これでもダメなの?」
 ユウゴと向かい合ってのカウンター席に座るメカギラスとは1席空けてのとなりで様子を伺うザンドリアス達であったがノイズラーからスパァアアンッ!とザンドリアスの頭部にチョップが降り落ちた。
「いったぁ~!何すんのよ!?」
「お前こそ何してんだよ!?アタシらが超えれそうなハードルで様子を見ていたのに…なんでいきなり20段重ねの跳び箱なら行けると思ったんだよ!?」
「お前ら、俺を何だと思ってんだ」
 勝手に話し相手にされておきながら超えられない壁のような扱いをされているユウゴだったが…
「見ろよ!メカギラスがあまりにも慣れない相手に直面したせいでゲームのバグみたいな震え方をしてんじゃん!」
 ただ注文を聞いてあげただけで極端なまでに小刻みな震え方をするメカギラスだったが、ゴモラ、アギラ、そしてユウゴと続いてザンドリアスたちそれぞれが案を持ち寄っても打開には至らなかった。
「――――」
 誰とも喋れないメカギラスは次第に落ち込みつつあったが…――ポンポンッ――
【ディス イズ ライティング】
 手…もといヒレなのか腕なのか分かりずらい部分を差し伸べて来たのはビーコンであった。
 そして、ビーコンの手元にはホワイトボードがあった。
「やっぱ誰かと話すのは無理なのかなぁ…」
 半ば諦めかけていたノイズラーたちだったが、メカギラスはノイズラーの肩を叩いて自分の方に気づかせた。
「んっ、なに?」
【コレ…だったら話、出来る】
「えっ! メカギラス、筆談できるの!?」
「そりゃそうだろう…まぁ、でもこれで意思疎通の通じる会話が出来るならいいんじゃないか」
「メカギラスさんの…字…奇麗で読みやすいです」
 何とか会話の成立した意思疎通が可能となったメカギラスであったが…
【ホントーは喋ってはいるけど…声が小さすぎて誰にも聞いてもらえなかった…】
「そうだったの!?」
 実はこれまで無口で寡黙かと思われていたメカギラスだがその実は喋ってはいるものの誰の耳にも届かない最早超音波レベルの声だったために会話が成立していなかっただけであった。
「俺の耳には聞こえていたが…声を掛けただけでなぜか命乞いをされたがな」
【男の人と喋るの…お父さん以外で初めてだった】
 男性慣れしていないメカギラスにとって結局ユウゴとの会話は高い壁であったようだ。
【筆談…教えてくれてありがとう】
 筆談の提案をしたビーコンはヤケにドヤ顔をキメているとわかりやすい態度で胸を張った。
 そして、いつもの如くベーコンを勧めてきたが…
【いや、ベーコンは結構です】
 筆談でキッパリと断られた事にショックを受けて落ち込んだ。
「アンタはその余計な押し付けさえなければ完璧だったのに…よしよし」
 落ち込むビーコンを宥めてあげようと背中を摩るザンドリアスであったが…―チェリッ―…
「…へぇ?……チャッ…ク?」 
 ザンドリアスが背中に触れた感触は金属的なチャックのような何かが指先にあたる感覚があった。そして…―バチィン!―…
「don't touch me」
「ヒィイイイイッ!?」
 背中からザンドリアスを睨みつける何かがビーコンの中に居た。
「みっ、みんなぁあ!!コイツ、中に誰か居るぅうう!」
「はぁ?…何が?」
 慌てて皆に自分が見た光景を伝えようとしたザンドリアスであったがメカギラスとの筆談に夢中になって見ていなかったノイズラーたちには何の事なのか理解されなかった。
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