TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐   作:神乃東呉

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知らない母

――私は零門レイ、法学部を経て司法試験に合格した後にZAP法律事務所で怪獣案件を専門とした弁護士として若手ながらも事務所から任されて担当することになったのだが…――

「ふぇえええ~~~!ピグモンじゃだめなのですぅうう!!ピグモンがしっかりしなきゃいけないのに…ピグモンが情けなくて弱虫なばかりにぃい!!」

――怪獣娘さんたちの専門機関“GIRLS”、中でも東京支部は今一番の問題を抱えていた――

「ふぇえええ~~~!なんでわたすじゃダメなのよぉおお!!ユウゴぐんのバガァアア!!スケコマシィイイ!!」

 深夜を迎えたBAR1954では酔いつぶれた二十代越えの怪獣娘たちが酔いに意識を晦ませながら酔っぱらっていたり、内に秘めたる本心が露見したりと混沌と化していた。

「まぁ、まぁ、ウチもゼットンがいつか嫁に出る日を想うと遠い未来かもしれないし、近し将来かもしれない…でもなぁ、ベムラーくん……シンプルにざまぁあ~~ッ!!」

 駆けつけ朗報を耳にするのが早かったGIRLS東京支部長ゼットン(姉)は早速ミオを煽り散らしていた。ちなみに現時点で日本酒数杯飲み干している。

「ムキィイイ!!他人事だと思ってぇえぇ~ッ、お前はアメリカなり、アマゾンなり、アフリカなりとどこへでも好きなGIRLS支部に駐在してやがれ、駄肉中間管理職!」

「ハァアッ!?管理職なめんなぁッ、上からも下からもどこからでも来る圧力に媚びへつらいながら支える縁の下の力持ちなんだよ、この浮浪探偵がッ!!」

 ミオたちの掴みあって取っ組み合う喧嘩をする中、一方の酔い潰れたピグモンに寄り添うようにメルが背中を猫を撫でるかのように優しく摩っていた。

「よしよし、ピグモンは頑張ってるよぉ~、えらいよぉ~」

「もっと感情を込めてくらさい!!」

「無茶言わないの…ただでさえ両手が塞がっているんだから…」

 普段見せないトモミの悪酔いにメルは困り果てるが…

「もぉ~やだぁああ!!毎日毎日、充実も実りもない生活なんて…私に優しくない世界なんて侵略してやるぅうう!!」

「はいはい、バカな事を言ってないで真面目に生きましょうね」

 その反対には人間時の姿のブラック指令が酔い潰れてうわ言を吐き続けていた。

「バカとはなんだ!バカとは!!もっと私を慰めろ!!」

「じゃあ、看護職に戻るか?」

「もっとやだぁああ!!あんな怒られ続ける毎日が恐怖の日々になんか戻りたくない!!」

 悪酔いするブラック指令にメルは呆れ返るも彼女なりにブラック指令の恐怖のツボを心得ているためトモミに比べ扱いは簡単であった。

「それにしても…まさかあのユウナ先生がGIRLSとは切っても切れない深い関係だったとはねぇ~」

 事情をすべて聞き知ったメルは珍しく量の少なめで且つ透き通った透明度の高いクリアなカクテルが注がれたグラスに口を付けて飲み干した。

 空のグラスがバーカウンターに置かれるとメルの手元にはGIRLSの刻印入りのファイルがあった。

「……宮下ユウナ、彼女こそGIRLSにとって無くてはならない存在だ 下手をすればGIRLS発足の立役者である多岐沢博士と並ぶ……いいや、それ以上に私たち怪獣娘に深く関わってくる人物だ」

 ユウナと怪獣娘に関わることを知るゼットン(姉)は腕を組み頷けるほどにユウナの起こした功績から鑑みる所に想うばかりであった。

 事実、ユウナに関する資料としてまとめられたファイルの中にはGIRLS内で登録されている怪獣娘の全怪獣娘たちの出生に携わっていたことが記載されていた。

「先生からも聞いていたけど…半ば冗談半分だと思っていたけど、想像以上だわ…しかも先生が初めて怪獣娘の出産立会い時に生まれたのがよりにもよってアンタとはね、ゼットン支部長」

「そうだ…私にとってユウナさんは命の恩人なんてもんじゃない、そんな人のお子さんが怪獣娘アギラ君だと知った時の私の決断はゆるぎないのだよ」

 ゼットン(姉)にとっては恩人、その恩人の子であるアキをGIRLS東京支部に所属したことも彼女にとっては正に天啓の極みであった。

「アンタに、私、ミオに、ピグモンに、コイツも…ここにいる全員だけじゃ収まらず…ははっ、さすがはユウナさんって感じね」

 宮下ユウナの医療記録を見返すメルは、ふと最後の医療記録の中である手術に関する記録に目が留まった。

「…この手術…私とコイツも参加していたわ」

「なにッ、どういった手術だったんだ!?」

 メルの目に留まった手術記録が気になったゼットン(姉)はメルからファイルを見開いて共に見返した。

「あの時、私とコイツは緊急手術に強制参加させられてねぇ…――」

 メルがゼットン(姉)に語り始めた頃…酔い潰れてバーカウンターに項垂れるブラック指令はボソッと寝言を呟く。

「ううっ…ユウナ…先生ェ…」

―3年前―

 

 その閃光は患者の命の灯火である。

 ピッ、ピッ、ピッ…波形が僅かに波打って繰り返し打ち続ける黄緑色の波線グラフは幼い患者の僅かな心拍波形であった。

「黒子、アピナフリン40ミリ投与」

「メス… Rの電圧を下げて」

「はっ、はい!」

 在りし日のメルもまだブラック指令となる以前の看護師の黒子も彼女たちが研修医や研修生であろうと手術は容赦なく不平等もなくそれぞれに等しく役割を担うチーム医療に投入されていた。

「黒子ッ、バイタル」

「えっ、あっ、はい!…ええっと…」

「黒子ッ!バイタル!」

「…ううっ、ええっと…」

 しかし、研修で実践の手術に関わるにはまだ早すぎたのか黒子の目の前で数値がハッキリと表示されているバイタル画面を見ても視界に捉えた世界を現実と受け入れきれていない故か黒子の頭の中は真っ白であった。

「もういいッ!黒子、アンタは下がりなさい ユウナ、血圧70切ってるわ」

「わかってる!もう少し…もう少しだけ頑張って!!」

 ギリギリまで粘るユウナの手術もいよいよ佳境に差し掛かって来た時だった。

「良し、液化スペシウム480ミリ注入!!」

「液化スペシウム、注入します!」

 仕上げの医療用に用いられる青白く光る液体状の薬品が点滴パックからチューブを通って末梢静脈へと流れていくとバイタルが標準値まで安定し始めた。

「術式終了…みんな、お疲れ様です」

 一連のすべての手術が終わり、手術台の上で呼吸器に繋がれた小さな命が救われた。

(コレが…本物の手術…すごい)

 改めてメルは滴る冷や汗と共に2人の医師への称賛とも取れる眼差しは彼女たちの処置から多くを学ばせてもらった貴重な経験であった。

 一方、手術室の外で女の子の無事を願うトモミたちの中で特にトモミは赤く光るランプを神に祈りを捧げるかの如く強く両手を重ねて念じる。

(神さま…どうか…ハネちゃんが…ハネちゃんが無事でありますように…お願いします)

 願う先は神への懇願、もはやトモミに出来る唯一の行動は神への願掛け以外何もできないからこそソレだけでも精一杯願い続けた。

「……トモミ君ッ」

 その声は同じく児童相談所の職員である空摩から背中へ押される合図が走る。

 顔を挙げて、見上げると『手術中』の赤ランプが消灯して光が消えた…と、同時に自動ドアが開かれて2人の医師とその後ろからストレッチャーで病室まで運ばれていく女の子が出てきたことが見て取れた。

「せっ、先生ッ!…ハネちゃんは…ハネちゃんはどうなったんですか」

「…手術は成功しました…ここまで頑張ってくれたのはあの子の頑張りとあなた方の応援の御かげよ」

 ユウナは自分より身の丈低いトモミに合わせる様に少し膝を曲げて屈み、ソッと手を額に乗せて優しく頭を撫でてあげた。

「うっ…ううっ…せっ、先生ッ…皆さんッ…どうも…ありがとうございました」

 トモミは深々とユウナたちに礼の限りを尽そうと頭が腰よりも低い位置まで手術に関わったすべての人たちへお礼を述べた。

「あっ、あのッ!」

 手術を終えたばかりのユウナに声を掛けたのはトモミたちに事情聴取をしていた若い女性の刑事であった。

「…アナタは……何か?」

「……宮下先生、305号室の患者さんは…」

 突然、声を掛けて来た女性刑事が切り出した『305号室』の患者について尋ねられたことに対してユウナの顔は少し険しめになった。

「…何度も申し上げた通り、305号室の患者は面会謝絶です 意識もまだ戻っていないうちはご家族ご親族であろうと面会はできません」

「お願いです!彼女だけが…彼女だけが“あの事件”の唯一の手掛かりなんです!」

 ユウナが厳しめに告げても食い下がらずに305号室に入院中の患者に合おうとする女性刑事の意思は変わらなかった。

「スズ、今は“あの事件”を調べに来たんじゃないでしょ」

 ユウナを問い詰める女性刑事を諌めるかのように肩に触れたもう一人の女性刑事は彼女をそこまでと止める。

「手術後に失礼しました…こちらの調書は終わりましたので私たちはこれで…」

 そう言ってもう一人の女性刑事がユウナに問い詰めて来た方の女性刑事の手を引いて病院から去ろうとした。

 手を引かれる若い女性刑事はどこか諦めきれない表情をユウナに向けながらも病院通路の階段口から姿は見えなくなった。

「では、我々もここで失礼いたします 先生、後の事はお願いいたします」

「私からも…ハネちゃんを…どうかよろしくお願いします!」

「ええ、病院も全力でサポートを徹底させますのでどうかご安心ください」

 患者の少女に手術後まで付き合い続けた児童相談所の職員であるトモミと上司はユウナに相談所へ戻ることを告げて2人も刑事たちと同じ様に病院を後にした。

「さて…あとはあの子たちね」

 見送った後のユウナは次に待ち受ける病院内での大事に備え、院内のある場所に向かった。

 

―院内・休憩室―

 

 集中治療室での手術後、担当した医師や看護師たちが心に安息をもたらすために設けられた一室…しかし、今そんな安息の一室にはとても休まらない雰囲気が走っていた。

「一体どういうつもり、アナタッ患者を見殺しにしたいワケ!?」

「ヒィッ!…すっ、すみません!!」

 担当医の医師エリカは今日の手術でミスの多かった看護師の黒子に怒鳴り散らしていた。

「お疲れ様、さてさて術後の反省会はどうなってる?」

「…“大”反省会ですよ この様子だと5時間コース行きですね」

 手術後の一服と室内設置のウォーターサーバーから汲み入れた紙コップの水を飲むメルはエリカによる黒子への説教を場外で見物していた。

「ヤダッ、それは困るわ…はいはい、説教タイム終了!エリカ、私たちは後で報告書を作成しないといけないんだから黒子をいじめないの!」

「指摘よッ!私にこんな非効率的なことをさせないでほしいわ…まったく」

 不完全燃焼にまだ怒り切れていない中で止められたことに対してイラつく感情がヒリヒリとエリカからは伝わってくる。しかし、感情を押さえながらも切り時に踏ん切りをつけて頭を抱えながらエリカは休憩室を後にして去って行った。

「…ふぅ、やれやれ怒りん坊がようやく収まったようね」

 重たくなっていた休憩室の空気が軽くなった事にその場に居る全員がホッと息を付けた。特に息つく間もなく早々にユウナに抱き着く者は別であった。

「ユウナぜんぜぇえ~えッ!!」

「あららッ…よしよし、怖かったね…エリカにはもう少しライトな言い方って難しいからああいうしかなかったのよ そんなに怖がらなくても大丈夫よ」

 泣きじゃくる黒子に頭を撫でまわして慰めるユウナにはエリカとは真逆に甘さのある慰め方をしていた。

「それにしても先生…今日は改めて感銘を受けました」

「あら?そうなの…」

「私もどうしたら先生みたいな医師になれるでしょうか」

 同じく医師免許を有して手術に関われる医療従事者同士でありながらユウナとメルとでは医療に対する実践力に大きな差があることを痛感したメルはユウナに問いただす。

「…メルちゃん…なら医師として助言できることを言うなら  “私”にはならないで」

「えっ!?…それはどういう…」

「いい、メルちゃんにはメルちゃんにしかできない事がある 無理に私やエリカみたいに上手な手術が出来る者が医師とは限らないわ 今はやれること、出来る所を極めなさい」

 ユウナはメルに医師の先人として彼女に今一番に必要な助言は“ユウナ”になろうとすることを咎めた。

 それはメルが目指そうとする医師の理想形がユウナばかりになることを危ぐしたからの助言である。

「病院だけじゃなく、この世には多くの医者がいるんだから私やエリカだけでなくもっと多くの視点を広げなさい」

「ユウナ先生…わかりました!」

「うんッ、時には患者にも目を向けなさい…医師は常に勉強あるのみよ」

 ユウナはメルの頭を撫でまわすと休憩室に置かれた袋詰めの簡易アイマスクを取り出した。

「しばらく仮眠取るからアナタたちも休憩終わったら通常業務に戻るのよ」

 休憩室の隣に通じる部屋は仮眠室となっており院内の医師を始め休息に必要な睡眠時間を確保するために設けられたスペースである。

 ユウナは入って早々に診察台ベッドに横になってアイマスクを付けて仮眠を取った。

『……お母さん……』

 自分の意識の中で母の知られざる仕事の中でも大仕事を終えた後の母の横になった姿を見守るアキは…

「うぅ~ん……アキ……ユウゴ……」

 寝言で自分やユウゴの事を心配して口から洩れる母が寝返りを打って右手が上がったまま眠る母の手にアキは両手で触れた。

『お母さん…ごめんね…ボク、お母さんのこと知っているつもりでいたのに…何も知らずに、苦労も知らずに…お母さんのことちゃんと理解してあげられずにごめんなさい』

 アキにはこれが夢の中の世界であることをいち早く気づいていた。否、気づきたくなかったのだろう。その証拠とばかりに触れても触れていない手の感触には母が居ない事を自覚させる自らの神経を悔やんだ。

 その目から零れる大粒の涙は過去の母に伝える事も伝わることも無かった。

―ユウナ…ユウナッ…ユウナッ!―

 ユウナが仮眠について早々に呼びつける声に浅い眠りから覚めたユウナは診察台ベッドに手を付いて起き上がり眠い目を擦りながらフラつく身体をバランスとりながら歩きだした。

「何、誰よ…せっかく寝ていたのに…」

 仮眠室のカーテンコールを横にスライドさせるとソコに立っていたのはエリカであった。

「私よ、さっき手術した患者を引き取りたいって言う人があなたを呼んでほしいと言ってきているわ」

「はぁ?私に…」

 ユウナを通して先ほど手術した少女を引き取ると言う者がわざわざユウナに会いに来たことに眠気が吹き飛んだ。

 

 ユウナの診察室には大きなアンテナ状のツノに額は金色に発光するクリスタル、レディーススーツ姿の様だが人間が着るような衣服の様相ではなく明確に“獣殻(シェル)”、すなわち怪獣娘の2人であった。

「はっ…初めまして、城南児相から連絡を受けて来ました 宮下医師…私“たち”はゼットン、ワケあって本名は明かせませんがお目にかかれて光栄です」

『ゼッ…ゼットンさんッ!?…と、ゼットンさんの…お姉さん?』

 半透明のアキの目には自身が憧れる理想の怪獣娘と敬慕するゼットンと顔合わせたことのないが噂に聞く彼女の姉、ユウナに面会を求めたのはゼットン姉妹であった。

「初めまして…話の大部分はエリカから伺っているわ なんでも先ほど手術した子の身を引き取りたいと…どうして?」

 ユウナは診察の席に座してゼットン姉妹にワケを問うた。

「…宮下医師、私とここにいるゼットンは予てより計画中の『怪獣娘保護プログラム』に参加しております ゆくゆくは国連に認可を得て国際機関を設立する所存です…こちら宜しければ資料の方を拝見していただければ幸いです」

 そう言ってゼットン(姉)がビジネスバックから『怪獣娘保護プログラム』に関する資料をユウナに差し出した。

「噂で聞いた程度だったけど随分と進んでいるのね」

「今はまだ予算確保に複数の財団や財閥からの出資で賄われていますがアメリカ政府を通じて何とか国際的な組織を立ち上げるために元城南大学准教授の多岐沢氏と協議している段階です…延いては現在手術後の新たな怪獣娘さんを国内で医療設備の整った大きな病院へ移すことも出来ます」

 熱を持ってゼットン(姉)はユウナに『怪獣娘保護プログラム』の利点を事細かく語りかけるが…ユウナの視線はどこか険しくも厳しい目線があった。

「……悪いけど、私たちが手術した患者である以上は他所の病院に移す気はないわ」

「どうしてですか!?保証も手当も充実しているのに…なぜッ」

「…何度も言うように私たちが手術したからよ 手術し終えて患者が目を覚ましてから本当の闘いなの…術後はどんな些細なことでも私たち医師は患者を見棄てるつもりはないわ」

「しかしッ…」

 ユウナの頑なにこだわる医師としての信念に反論を呈そうとしたゼットン(姉)だが、彼女の表情から見てとってもこれ以上に何度言葉で訴えてもユウナの返答は変わらないと理解して身を引いた。

「…わかりました…ですが、せめて御教え願いたいです 先生は怪獣能力者がこの世にどれほどいると思われますか?」

 まだゼットン(姉)には諦めきれない疑念点を問いただそうとユウナに告げた。

「私は思うんです…怪獣娘…いや、世間ではまだ認知されても居ない怪獣と酷似、あるいは類似する能力を有する人材がまだこの世界の影に埋もれていると思っています 怪獣娘はその前触れ…3年前の御徴川決壊事件を皮切りに全国あるいは全世界から怪獣の能力を有する少女たちの報告が後を絶たない…にも関わらず、私たち以前からその存在が噂される謎の集団…コードネーム“タイタン”」

 ゼットン(姉)は真相を求めてユウナに問い詰めた。しかし、ユウナが答えることは…

「…申し訳ないけど、私は一介の医者に過ぎないわ アナタが求める答えを出してあげられるほどの物は何も無いの」

「先生ッ、はぐらかさないでください!…私たちには知る権利があります!怪獣の力を有する少女が今まさに日の目にさらされている以上、彼らとて例外ではないはずです」

「…仮にあなたが言う様な連中が居たとして…そういった連中がこれまで世間から話題に上がらずにいる存在が今この時点で現れていない事の意味…アナタは分かっているの?」

 ユウナの言葉にゼットン(姉)は言葉を噤んで身が反れた。前のめりだった半身はまっすぐに背筋を伸ばして首元のネクタイを正した。

「失礼な事を申しました…話が反れましたが、今日はそれ以外に是非とも先生には応えていただきたい事があります」

「…何かしら」

「先生ッ…私たち怪獣娘のための組織に参加していただきたいのです」

 それはゼットン(姉)から後に設立される事となる『GIRLS』への勧誘であったが…

「……申し訳ないけど、ソレも期待に添えないわ」

「なぜ…ですか…」

 切り出したゼットン(姉)は落胆しつつもユウナが断るワケには何となく察しがついていた。

 それはユウナ自身も分かりきっているかのように自然と手がある写真立てを手に取った。

「ご覧の通り、私もお母さんだからよ 誰かの為に何かを為すと言う事は大変に立派なことだけど、私には自分の仕事と家族と向き合う日々で両手がいっぱいなの…今はまだ子供である内の我が子たちを守らなきゃいけない、子供たちのためにも私がこの位置を外れるワケにはいかないの だからアナタの望みに応えてあげられないわ、ごめんなさい」

 切実に子を想う母と言う側面を見せたユウナにゼットン(姉)がそれ以上を言う気は無くなった。それどころか一人の女性としての在り方のこの上ない答えでもあった。

「不躾な申し建ての数々…お詫びいたします わかりました、多岐沢博士も是非にと申しておりましたが先生の御意思のままに博士にはそう御伝えいたします」

 諦めきった表情を浮かべるゼットン(姉)はおもむろに立ち上がって妹のゼットンの傍についてこのまま彼女の能力でこのまま去ろうとした時だった。

「待って…最後に私からも一ついい?」

「えっ、あっ…はい?」

 ユウナから何か返答があるとは思わずに意表を突かれてゼットン(姉)はその場で止まった。

 診察の席から立ち上がってユウナはゼットン(姉)に近づいて来た。

「…背、随分と高くなって…こんな美人さんに育ってくれたのね」

「えっ…あの…」

「…アナタがお母さんのお腹の中にいた頃からこの手で小さかったアナタを受け止めた頃に比べると今のアナタのその成長があなた自身の努力の証よ…よしよし、頑張って元気に育ってくれてありがとう、3489グラムの元気な女の子ちゃん」

 ゼットン(姉)の頭を撫でまわすユウナは覚えていた。出生時の体重4ケタ誤差もなく事細かく暗記していた。

「そっちの子はお姉ちゃんよりも少し大きな子だったわ…4112グラムで生まれた時は全然泣いてくれなくて仮死状態かと思ったわ」

 ゼットン(姉)のみならず妹のゼットンのことまで覚えていていたことにゼットンも動揺したと同時に少し恥ずかしい気持ちで顔が紅潮した。それだけに留まらずゼットンは自然とユウナに向かって飛びつくに腰に手を回して小さな体で彼女に抱き着いた。

「あらら…よしよし、まだまだ身体は小さいけどこれからう~んと大きくなっていくわよ だからしっかり学んで、しっかり食べて、しっかりとした睡眠を取ってね」

「……うんッ」

(ゼットンが…私以外の人に声を発した!?)

 ゼットン(姉)はいままで誰にも心を開かず自分以外に言葉を始めて発した妹のゼットンに驚きを隠せなかった。

「…お父さんとお母さんは元気?」

「……はいッ、今日に私が先生にお会いすると言ったら2人とも『先生には感謝してもしきれない』と申していました」

「そう…それは何よりだわ……ほら、アナタもこっちにおいで」

 ユウナは半身が空いているとばかりにゼットン(姉)を誘い彼女を妹のゼットン同様に大きくも広くゼットン(姉)を受け止めて抱きしめた。

「……この病院にも他の怪獣娘がいるわ、何なら一緒に働く研修医と看護婦の子も怪獣娘よ 良かったらその子たちにも声を掛けて見て、少しでもあなた達の組織の役に立ってくれることを願うわ」

「えっ、あっ…はい、わかりました」

 抱きしめたゼットン(姉)の耳元に小声でユウナは研修医のメルや看護師時代のブラック指令こと黒子も紹介した。

「先生、今日はありがとうございました…同じ怪獣娘の新たな仲間を救っていただいて、怪獣娘を代表してお礼申し上げます」

 ゼットン(姉)は深々と頭を下げて見せ、その横で妹のゼットンも姉に倣って同じく深い礼を尽くした。

「うんッ、二人とも元気でね…風邪には気を付けなさいよ」

「はい…怪獣娘はまだまだ現れ続ける以上、私は彼女たちのためにも頑張ります! 行こうか、ゼットン」

「うんッ」

 そう言ってゼットン(姉)は妹のゼットンの手を引いて彼女の能力の一つテレポートを使ってその場から瞬時に院外のどこかへと去って行った。

「……アンタの事だから自分の患者を部外者に任せるような身勝手なんてしないわよね」

「…何よ、聞いていたの エリカ」

 診察室の裏口で聞き耳を立てていたエリカがいた。

「出来る事なら…今日手術した子よりも、“305号室”の患者を優先的にあの子たちに任せてほしかったわ」

「無茶言わないの…あの子たちの組織ってまだそこまで発達していないし、その分野の科学だって未熟な段階じゃない」

「はぁ…科学なんて、所詮は政治の道具でしかないわよ…父が口うるさく言っていた言葉だけど、あの子たちも結局は国際社会の政治的な道具にされるわよ」

「相変わらずの世間嫌いね…少しは外に目を向けて見なさいよ、世の中は愚者ばかりとは限らないわ」

「性善説論者の戯言よ…世の中そんな好意的とは限らないわ」

 ユウナとエリカでは考え方の違いで常に意見が割れていた。仲の違いはあれど同じ医師として尊重し合うが故に起きる衝突は常にあった。

「今日の私は早上がりだから看護師たちの夜間巡回、あなたに任せるわ」

「はいはい、家族と仲良くバカンスにでも行ってなさいな」

「そんな目的の為に行くんじゃないわよ……あの人の命日だからその日だけは家族と過ごすって決まりなの」

「あっ…そうか、そうよね…もうそんな時期か」

 エリカの夫は子供が生まれる前に亡くしており、今の時期は亡き夫の命日に合わせて彼の故郷である『八之島』へ赴くのが毎年の恒例であった。

「それじゃ、お疲れ様」

「はいはい、家族とごゆっくりぃ~」

 女性医師専用の更衣室で着替えを済ませたエリカが病院を後にして帰宅していく姿を見送ったユウナはふと自分も家族のことを思い返していた。

「…家族か…ウチはちょっと特殊過ぎる家庭事情だから人の事なんて言えないわよね」

 そう言っていつもの診察室へ戻ると席についてふと写真立ての中の自身と幼い子供たち2人の映る写真…しかし、そこには自身の夫、子供たちの父親の姿は無かった。

「父親の居ない家庭の事をとやかく言えた義理も無いわよね」

 そう言ってユウナは目頭を押さえて深めのため息を吐き出した。

『お母さん…』

 思い悩む母に励ましの言葉をかけようにも声はおろか姿形もユウナには伝える術は無く、アキも薄々感づいていたがこれは過去の映像、自分がなぜこのような母の知らない姿を見ているのかまでは理解できないが少なくとも夢の類なのかそうでないのかまではハッキリとしないにしろまるで今この場で起きている事象の1つのようでもあった。

「………―――ッ!?」

 ふと何かの気配を感づいたユウナはおもむろに立ち上がってこの気配がどこから来るものかを探る。

『うっ、何だろう…このざわつく感覚…』

 それはアキも同じく母と感覚を共有するかのように同じ気配を感じていた。

 

 一方その頃、ナースステーションでは夜勤で残っていた夜間巡回当番は…

「お願いだ、一緒に回ってくれぇえ!!」

「私、看護師じゃないし、研修医だし、今日は夜勤じゃないから帰らせろぉお!!」

 巡回したくない一心でメルを引き止めていた。

「コラコラ、何やってんのよ アンタ達」

「あっ、ユウナ先生ッ!黒子、何とかしてください!!」

「私を見棄てて勝手に帰るなぁ薄情者ォオ!!」

「定時帰宅は定められた権利よッ!!」

 必死に黒子から逃げ帰ろうとするメルは彼女を引きずってでも家に帰ろうとしていた。

「はいはい、そこまで…黒子、あなたは始末書まだ完成していないでしょ それ先に済ませちゃいなさい、巡回は私が廻っておくから…」

「本当ですかッ!?」

 自身の代わりに夜間巡回をしてくれるとなった瞬間に黒子の目は煌びやかに涙目だった目は救いの主を見詰めていた。

「またそうやって甘やかして…」

「いいのいいの…どうせ、あなた達じゃ手に負えないからさ」

 ユウナの言っている意味に理解できないメルと黒子は頭にハテナマークを浮かべるが…ユウナにはどうしても自分が代わりに夜の病院内を巡回しなければならないワケがあった。

 

 

―小児科病棟―

 

――ズチャッ…ズチャッ…――

 人の気配はない筈の真夜中の病院順路に水を打ち付けるような湿り気のある音が引きずっていた。

――キキャァアンッ…キュラララッ…――

 その声は金切り声とも違う何処か物悲しい声だった。声の主は何かを探して深夜の小児科病棟をうろついている。

 重々しい足取りはある一室へと脚が止まる。スライド式のドアを禍々しい手先が取っ手に触れてゆっくりと開かれていく…開かれたドアの通路と部屋の境界線を越えてソレはズチャリ…ズチャリ…と生々しい足音を立てながら部屋の中心にある病床に近づいた。

 病床の周りは計器と点滴で繋がれた手術後の幼い少女が眠っていた。

――クゥォロロロォォン…クォォロロロン…――

 ソレは幼い少女の姿を目に捉えるとまるで獲物を品定める様にじっくりと大きな眼が見つめていた。

 その時だった…―ビカッ!!―

――キュワラァアアンッ!?――

「そこで何しているの…」

 病室に侵入してきた怪物にライトを照らす眩い光が怪物の目を眩ませた。

「その子に指一本でも触れようとしたら…もうあなたを救ってあげる事は出来ないわ、蛇塚さん」

 少女が眠る病室に侵入してきた怪物には名前があった。人の苗字らしい名前であるにも関わらず、その人の姿は人間にはあらず。

――キキャァアンッ!キュラララッ!!――

「そうやって何度もウチの病院をうろついても…アナタの子はここにはいないのよ…おとなしく病室に戻って…私に…変身をさせないで…」

 懐中電灯の光を照らした巡回中のユウナは怪物の名前を知っている上にその正体も気づいていた。否、知っていた。

――キュラララッ!!――

 怪物の狂気は幼い少女に牙が向いた。

「そうはさせないッ!バイオライド、アギラゲノムッ!!」

―BIONIZER MONSROAD―

 ユウナが翳したフューチャーフォン型のデバイスが眩い光を放ち、特殊音声が認証を許可してユウナの肉体に変化を促した。

 全身を強い光と共に飛びこむ先は少女に牙をむけようとした怪物に閃光の如く激突して病室のカベ、窓ガラス、諸共“音もなく”破壊して病院外へと飛び出して行った。

―ズガシャァアアンッ!!―

 怪物が落下した先に激突したのは誰かの乗用車のボンネットから陥没させるほどの強い衝撃を受けて車から防犯のサイレンが鳴り響く…が、これだけの騒ぎを起こしても周辺に大きな騒動に発展しても居なかった。

――キキャァアンッ!キュラララッ!!――

 起き上がった怪物は鳴り響く車の防犯サイレンが耳障りに悪いのか頭を抱えだして車に八つ当たりとばかりに破壊の限りを尽くすと車の防犯サイレンを鳴らすスピーカーが壊れたのかサイレン音は収縮して消えた。

―スチャンッ…―

「ガルルルルッ…」

 今度は別の何者かが車のルーフに乗り上げて唸り声を上げながら怪物に対して同じく別の怪物が車を破壊した怪物を見下ろしていた。

――キキャァアンッ!?――

「グルラララッ!!」

 怪物の姿は月夜に照らされてその全容は山羊の様に湾曲したツノ、両肩に二対の蛇、口の中には大きな目のような眼光が照らす…宛らギリシャ神話の『恐ろしいもの』を意味する三人の蛇の姉妹ゴルゴーンの具現的存在であった。

 一方、相対するは大きく太く長い尻尾、頭を覆うフード状の殻に襟巻、額から伸びる大きなツノ、そして…引き締まった肉体に大きな手足、それは言わずもがな覚えのある姿…怪獣娘アギラであった。

『おっ、お母さん…アギラだったのッ!?』

 一番の驚きは当のアギラの現変身者である宮下アキであった。しかし、アキの変身するアギラと違ってユウナが変身するアギラの相違は背中から生える赤く燃え盛るような焔の背ビレが生えていた。




アンバランス小話
『ゼットンは無口?』

 最強の怪獣娘ゼットン、その知名度は知らぬものは居ないと言っていい。怪獣と言えばゼットン、強い怪獣と言えばゼットンと名を挙げればキリがないほどに強さも認知度も非常に高いことで知られる最強の怪獣あり最強の怪獣娘であった。
 しかし、そんな彼女にも悩みがあった。
 久方ぶりにGIRLSに顔を出すとこのような声が曲がり角から聞こえてくる。
●GIRLS所属 Mさん(16)
「ゼットンさんって凄いっすよねぇ~、一兆度の火球とか出せるし…――」
 この“一兆度の火球”とよく聞くが…ゼットンの額のクリスタルから発射される火球の温度の事をさすが…
 そんな温度は出ているわけがない。そもそも一兆度を示す1テラケルビンとは瞬間的にその温度が発生すれば忽ち地球上はおろか太陽系諸共影響を及ぼす温度である。
 元々は大怪獣ファイトの実況フレーズとして広まったのだが、そんな温度出てたまるか…と言いたくても言えない。
●GIRLS所属 Zさん(中学生)
「そう言えばあたしも聞いたことあるんですけどゼットンさんってアメリカと日本を瞬間移動出来るんですよね」
 またしても出て来た能力の一つとして瞬時にどこにでも現れる事が出来る瞬間移動能力を有しているが…さすがに国を超えて他国に瞬間移動するのは完全なる不法入国である。移動はもちろんGIRLS専用機で飛行機移動か、姉が運転する車、その他公共交通機関も利用する事しばしばであるが公共はさすがに怪獣娘では目立つため変身を解いて人気に紛れて生活している。
 また、瞬間移動には意外と制限があり有視界内で移動したい箇所から現在地までの距離しか移動できない為に特と便利な能力でもないと言いたいが…言えない。
●GIRLS所属 Rさん(年齢不詳)
「アイツはとにかくバリアが強いんだよ!バリア無敵過ぎだろう!アレ張られただけで詰みなんだよ!」
 ゼットンの最大の要は防ぐに長けた完全防御のバリア、このバリアはいかなる攻撃も防げて且つ強度と柔軟性も変えられるためその自由自在さはゼットンの思考次第で幾分にでも変えられる。
 しかし、これもさすがに自他共に認める最強を能力たる所以なのは確かだが…それは守れるだけでそれ以外目立った能力は無く、寧ろ内側は意外と脆い。
 以前、ベーコンを振りまく謎の怪獣からバリア内に異空間を出現させられて侵入してきた無数のベーコンに埋もれて危うく死にかけたことであれ以来ベーコンが苦手な食べ物と化していた。姉が貰い物でいただいたベーコンを見た時はトラウマが過って最火力の青い火球を出しかけたこともあった。
 バリアは守る事に長けていても内側は意外と脆い…そう言いたいが、言えない。

 お気づきであろう、これまで様々な憶測や偏向がなされているゼットンがここまで言いたい放題言われている状態なのは…彼女がコミュニケーションにおいて弊害的な対人コミュニケーション不足、もとい他者とうまくコミュニケーションが取れない俗にいう“コミュ障”であった。
「あっ、ゼットンさん…」
 彼女と唯一会話の出来る人物は限られている。以前から気にかけていた怪獣娘アギラには彼女の方が口数は多いがその分に他の怪獣娘と違って幾分かマシであった。

 しかし、それ以上に多く会話をする相手は…
―ピリリリリリッ!
「はい?もしもし…」
『あっ、ゼットンか?…悪いんだけどテレビの録画ってどうやるんだっけ? お前がいつも見ているテレビ番組録画できないぞ』
 自身の姉であり、対外は上辺作りに長けた人物だが私生活となると何処か抜けているポンコツな姉であった。
「お姉ちゃん…ディスクを入れて録画したい番組を…」
『はいはい…ええっと…あれ?なんか番組消しちゃった…ゴメンね☆』
 後に大騒動に発展するゼットン姉妹最大の大喧嘩『海洋戦士ガマラマン録画消失事件』の発端であった。
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