TITANUS‐THE TITAN MONSTRAS‐ 作:神乃東呉
怪獣娘ガーゴルゴンの裁判を控えたGIRLSは彼女を弁護する為に結成される運びとなったが…もう一人の弁護士の倉田キイロの法律事務所を訪れたアキとベニオは――
「……内容は…改めて拝見させていただきました」
滅多に見られない弁護士同士の弁護案件に対する取り組む姿勢はどこか蛋白とも違う無駄を省いた会話内容が続く。
「率直に申し上げて…この事件は検察側からしてみれば確実に“殺人罪”に持ち込むでしょう」
「やはり、倉田先生もそう思いますか?」
しかし、そんな過酷な司法試験と言う狭き門を潜り抜けた弁護士同士でも難色を示す事件が『ガーゴルゴン事件』でもあった。
「そもそも被害者として立件された人数…これが異様に多すぎます、これでは連続性が確立されてしまっている」
「そうなんですね…そこが問題です」
零門と倉田はガーゴルゴンが起こした事件の裁判概要をまとめた記録資料のプリントをめくり上げては意見を交わし合っても対策が難航していた。
そんな本物の弁護士の会話を余所に若干の蚊帳の外側に置かれてしまっている状態のアキとベニオは――
「…レッドキングさん…御二人の言ってること、わかります?」
「さっぱり分からん…」
会話に入る事すら弁護士の職務を邪魔してしまう気がしてアキとベニオは会話内容が分かり合える弁護士同士に打ち合わせをまかせっきりだった。
「そういえば、レッドキングさんは倉田弁護士と顔見知りみたいですけど…いつからの御知り合いなんですか?」
「んんっ?別にあんなのと知り合いだとか思われたくないんだが…まぁ、オレがGIRLSに入る前に大怪獣ファイトの手続きなんかで世話になった時以来からかなぁ…」
まだ怪獣娘が世間からの市民権を得る前からGIRLSの発足により様々な啓蒙活動で発生する法的な手続きなどを零門や倉田のような弁護士が担うため弁護士と所属怪獣娘が顔を合わせる事も珍しくなかったが…
「…よしッ!これで大分まとまりましたね」
「そうですね…あとは正式に弁護連に申請しましょう」
そうこうアキとベニオが話している内に弁護士同士の打ち合わせも終わった。
「あのぉ、ボクには御二人がどんなことを話し合っていたのかよくわからないんですけど…こんなことを弁護士さんにお聞きするのは申し訳ないんですが、今回の裁判って勝てる裁判何ですか?」
「えっ?…無理だよ」
「「えええええええッ!?」」
被告として立たされる怪獣娘を守るために弁護をするはずの倉田弁護士の口から“無理”と言う言葉に驚かされた。
「どういう事だよッ!そのためのアンタら弁護士だろうがッ!!」
勝てないと決め込んだ倉田弁護士に対してベニオは感情をむき出しにした。
「オマエらなぁ…この国の刑事裁判の有罪率はいくつか解って言っているのか?」
「有罪…率…?それって裁判に負ける確率ですか?」
「はぁ~…レイ先生、この子たちに教えて無いんですか?」
「申し訳ない、私の説明不足でしたね…倉田先生が仰る刑事裁判の有罪率は“99パーセント”なんです」
「「きゅ…99パーセントッ!?」」
初めて知らされたこの日本での刑事裁判の有罪率の高さはただ高いと言うレベルの話ではなかった。ほぼ100パーセントに近しい数値を叩き出している事にアキとベニオは驚かされた。
「ただでさえ刑事裁判を担当する弁護士は勝てない前提で弁護を進めるのが流れになっているのに“勝たなきゃいけない刑事裁判”なんて若手ベテラン問わず誰もやりたがらないに決まっているだろ…常識的に考えて…」
今にも『お前の常識基準で話を進めるな』とベニオの怒りの拳を押さえるアキは『ダメですよ、レッドキングさん!暴力はさすがにダメですって!!』と彼女の腕にしがみつき全体重で引き留めた。
「でっ、でも…そのうちの1パーセントは冤罪の可能性もあるんですよねッ!?」
「滅多に多くは在りませんけど、前例はもちろんありますが…そこまで漕ぎつけるのに数年を有したり、弁護費用で破産したり、最悪は検察の控訴によって有利に運ばれて有罪判決を受ける事になるので弁護士にとって刑事裁判とは“国”との闘いなんですよ」
ソコにはこの国が抱える法治の実情が見えた。
立件されればほぼ有罪と言う現実問題は無知で未成年のアキですら理解できる話であった。
「じゃあ…このまま闘ってもガーゴルゴンさんは罪に問われてしまうんですか?」
「それだけで済む話しではありません…今回のこの裁判にもし有罪判決が確定してしまえば『怪獣娘でも有罪にできる』と言う実績事実を作り、法律にも怪獣能力者を取り締まる新法の制定にまで影響を及ぼします」
「…だから、勝たなきゃいけない裁判…何だな」
「そういう事だ…だが、この裁判には勝つための秘訣がある」
倉田弁護士が語る今回の刑事裁判には何やら重大な勝ち筋が彼にはあった。
「それは…一体、なんですか?」
「それはだねぇ……この俺に、君たちが女の子を紹介してくれることだッ!!」
――ボカンッ!!――
秘訣と言っておきながら倉田弁護士の節操のなさがベニオの沸点に限界を迎えてとうとう鉄拳制裁が下された。
「真面目に言えッ!!」
「レッドキングさんッ!!ダメですって!!」
「暴力はいけませんってッ!!」
憤慨するベニオを押さえようとアキと零門は左右から彼女の腕を絡めて宥めるが…
「コイツのこういう軽率な所が昔っからオレは嫌いなんだよッ!だから弁護士としても、人間としても信用できねぇんだッ!!」
「いってて…お前、いつか提訴してやるから覚悟しときやがれッ!弁護士に牙を向くとどうなるか思い知らせてやるッ!」
「上等だッ!!こっちだってお前みたいな弁護士なんかいるかッ!…レイ先生、こんなヤツを頼らなくても勝てますよねッ!?」
「ええぇー…いやぁ、それは…どうでしょう…」
互いに険悪な状況の中、自分に振られても困ると言いたげな零門だった。
「いっつつぅ~…これから別の案件があるのに、思いっきり殴りやがって…レイ先生、俺の顔 腫れてませんよねぇ?」
「う~ん…口は少し切れていますけど、腫れは今のところ特に目立ってはいませんよ」
殴られても身だしなみに拘り続ける倉田弁護士の気力と度胸に並々ならぬ不屈の精神力に驚かされる。
「そういえば倉田先生、別の案件と言うのは…」
「んっ?…あぁ、そうでした…ソレも含めてお呼びしたんでした 例の開示請求の件です」
「開示請求…?」
またしても弁護士の仕事でしか聞かないような言葉が聞こえてアキの首は傾く。
「もうそろそろ、着く頃なんだが…」
――ガチャッ…
応接のテーブルの上を挟んで双方の名刺交換で互いの名刺同士が受け渡された。
「改めまして、カツシカエンターテインメント取締役代表の葛飾エイと申します そして、こちらがウチの所属声優タレントの…」
「シルバーブルー三奈…です」
メッシュのシルバーブルーカラーに特徴的な長い髪形をしたレディーススーツ姿の女性を前に…アキとベニオは何故かその女性に対してやたらジロジロと穴が開くほど目にしてくる。
「……なぁ、あんた…」
「ボクたちとどこかで会った事ない?」
「ひぇっ……さっ、さぁ~…何の事でしょうか…?」
何故かどこかで見た気がするアキとベニオは首を傾げながらもやたら冷や汗が滴るシルバーブルー三奈に違和感を抱くが…
「お嬢さん方、ウチのタレントに…何か?」
「あっ、いえ…すみません…どこかで会ったような気がしてつい…」
事務所代表の葛飾の眼鏡の奥の鋭い眼光に睨まれたアキとベニオは『すみません…』と謝って一歩後ろに下がった。
「ええーっ…それで、ご依頼内容の開示請求なんですが…――」
「はいッ、こちらの“すべて”をお願いいたします」
応接のテーブルの上にドサッ!と重みを感じさせるほどの紙の束…アキとベニオが見たままに思う事はただ1つ、『多ッ!?』であった。
「…えーッと…こちらすべてがカツシカエンターテインメントに所属されているシルバーブルー三奈さんに対するSNSでの“誹謗中傷”被害と見てよろしいですね」
わざわざ弁護士事務所にまで依頼する事とはシルバーブルー三奈と言う芸能事務所の所属声優タレントに対する悪口をインターネット上のソーシャル系サイトに書き込まれていた内容ばかりを集めたものだった。
「わかりました では、請求にあたってお聞きしたいのですが…いつからこのような事態に発展した経緯は御教えいただけますか?」
「…事態が発覚したのは今季新シリーズを迎えるアニメ『お前にピットイン』の第5期シリーズに弊社の三奈が新キャラクターの起用声優に抜擢してからが事の発端でした」
それはアキも知る『アッ!ウインちゃんの好きなアニメの…』と認識するほどに有名なアニメの起用声優だったことに目を丸くした。
「あたし、業界内では新人声優なのでSNSを使った告知投稿を使って番組宣伝なんかも行うので結構頻繁に利用するサイトは事務所も投稿内容をチェックした上で発信しているんですけど…」
「何故か、このような誹謗中傷に遭い始めたと…なるほど、確かに書き込みには目立って個人やアニメ制作会社にアニメそのものを誹謗中傷した内容ばかりですね」
芸能事務所の力でかき集められるだけ集めたと思われる書き込みを収めたプリントの束には確かにそれらしい文面の内容ばかりであった。
「御起用されるアニメ内のキャラクターに炎上要素は?」
「ありません 三奈もオーディションを経て起用を得たキャラクターですし、告知発表直後まではこのような書き込みは見られなかったのですが…」
「放送が始まり、話数が進むにつれてエスカートし始めて…家に帰る時も、ブラックちゃ…じゃなくて、知り合いの家に行くときもネット上の書き込みが恐くなって…」
「書き込みを見なくても何かを書き込まれていると思い怖くなってしまう…精神的な負担ですね」
倉田弁護士は依頼人の三奈がこのような書き込みに疲弊しきっている様子に理解を示すが…
「弊社もSNS発信を所属タレントの躍進や認知向上のためにと思っていたのですが…このままですと起用声優の変更にまで発展するので早急に対処するべくここにまとめた誹謗中傷アカウントだけでも事務所として対処したい所存です」
「…わかりました、早急に手を打ちましょう と、言う事で…」
倉田弁護士は手渡された紙の束をクルッと回ってアキたちに差し出す。
「えっ…ボク?」
「そうだよ、そのためにあんたらを呼んだんじゃないか」
手伝いとは…正にこの膨大な誹謗中傷アカウントの仕分けかと改めて理解した。
「なんでオレたちまでアンタの仕事を手伝わなきゃ成んないんだよッ!いい加減、ひと雇えよッ!!」
「だって、俺も、アンタらも、重大な裁判を控えている身なんだから…みんなでやれば早く終わるだろ?」
「そのために人を雇えッつてんだよ!!」
「弁護士の雇用って難しいんだよ…ウチは新設の個人事務所だからまだまだ事務員まで雇う余裕無いんだわ」
何故か人手不足に開き直ってまで他事務所の零門やGIRLSのアキとベニオに手伝わされる羽目になってしまった。
「では、よろしくお願いいたします…三奈はこれよりアテレコ収録がありますので私たちはこれにて」
「よっ…よろしくお願いします」
そう言って後の事を倉田弁護士含めアキたちに任せて葛飾と三奈は別の収録現場へと向かうため法律事務所を去って行った。
「さて、まずはアカウントのすり合わせをしましょう」
「アカウントのすり合わせ?」
アキとベニオの手も借りて行う作業は依頼人から受け取った膨大な誹謗中傷の書き込みからいくつかをまとめて仕分ける作業だった。
「SNSでの誹謗中傷の多くは不特定多数による書き込みの様に思われても、中には一つのスマートフォンやパソコンのみでいくつものアカウントを所持するケースも多いんです」
「逆に複数のアカウントをいくつものデバイスで保有する人間もいる…だが、書き込む人間は常に同じ人物だったりもする」
SNSトラブルに起きる典型的なケースは1人の人間がいくつものアカウントやデバイスを所持して別々のそれぞれという複数性をある場合が多い。
その場合、相手方に慰謝料請求を行っても訴訟側がマイナスを受けるケースもあったりする。
「でも、これだけの1アカウントを一人にカウントしても結構な人数と裁判することになるんですね」
「いえ、この開示請求の場合なら裁判はしませんよ」
「えっ!?裁判をするのが弁護士の仕事じゃないのか!?」
「弁護士が常日頃から裁判に出廷しているワケじゃねぇよ…今回のこういったケースは“示談”に持ち込むことになる」
おしえてレイ先生『裁判と示談の違い』
【弁護士の多くは裁判を経て法廷で争うと言うイメージの方が強いと思われますが…実際の民事訴訟法は“示談交渉”が主な弁護業務になります。民事での裁判は最終中の最終手段、相手側が『示談には応じない、主張は不当、争います』と言う意思表示と共に弁護人を双方立てて争うので裁判は長期化するケースが殆どです。正直、裁判は物凄く費用が掛かる上に時間を労するのに時には相手側に支払い請求分の支払い能力がないケースもあるので弁護士は極力裁判よりも示談をして双方の和解を成立させます】
法的トラブルはお近くの法律事務所までご相談ください。
「なんか今、ミニコーナーみたいなのが始まってなかったか?」
「さぁ…?」
――piriririri…
何やら着信音に気付いたアキはどこからこの音が鳴っているのか辺りを見わたして見ると…
「あれ?…これって…」
それは可愛らしい黒シルエットのキャラクターエンブレムと思われるシールが貼られたスマートフォン型のデバイスであった。位置的にも先ほどまで着席していた声優タレントのシルバーブルー三奈の忘れ物だと思われた。
「さっきの人…忘れていったのかな?」
忘れ物のデバイスになり続ける画面の受話ボタンを押して代わりにアキが通話に出た。
『あっ、もしもし!もしかしてさっきの法律事務所に置き忘れてました?』
「あっ、さっきの声優さん…やっぱりあなたのですよね、コレ」
『そうなの~ッ!悪いんだけどソレ今から収録が始まる前に届けて来てくれないかなぁ?場所は―――』
なにやら大事なもの故に今すぐに届けないと安心できない様子だが…
「うん、それならボクが向かいますから安心してください…すぐに届けに行きます」
『ありがと~ッ!誰だか知らないけど急いで来てぇえ!!』―ピッ!…
急遽、忘れ物のデバイスを届けに行くことになったアキだが…
「すみません、先ほどの人が携帯忘れて行ったみたいなので届けに行ってきます」
「本当か、それは大変だ!ここはオレたちにまかせていいからアギラはその人に携帯届けていってやれ」
「わかりました すみません、急いで届けてきます」
そう言ってアキは法律事務所の外へ出て、下り会談を押していく最中に…
「アッ、どうせなら怪獣娘に変身してジャンプしながら行った方が早いよね」
前にベニオことレッドキングが事件現場に早く駆けつける手段として用いる怪獣娘の超常的な跳躍力を生かした姿を見ていたのを思い出した。
「前からボクも練習はしているけど…もしかしたらその方が早いかなぁ?」
雑居ビル 屋上
既に場所は聞かされているためどこからどう行けば近いかまで知るアキはこのまま屋上に上がってアギラの力のみで向かう絶好の機会であった。
「そうとしたら、さっそく…ソウルライドッ!!」
アキはソウルライザーの画面に指をタップさせるといつもの様に変身できるものだと…思っていた。
「・・・・・・あれッ?」
何故かいつものソウルライザーの反応はなく、いつものアーカライトからの光の輝きや変わり始める自身の姿の変化の実感もない。
「なんだろう?まだ一時的に緊急用のソウルライザーを使っているからかなぁ?」
今現在のアキは無くしてしまったソウルライザーの代わりに新人の怪獣娘などに一時的な貸し出しをする『緊急用ソウルライザー』を使用しているのだが…これまで難なく変身できたはずなのにここへ来て変身が出来なくなっていた。
「なんでぇ~こんな時にィイ!!」
急ぎ忘れ物のデバイスを三奈に手渡しに行かなければならないはずなのに怪獣娘として致命的な怪獣娘になれないと言う事態が起きていた。…しかし――
「あれぇ~~?…もう着いたの!?」
「ふぇッ?」
何故か近くに先ほどの声優タレントシルバーブルー三奈がいた、と言うよりもアキが今いる場所は…三奈が教えてくれた収録現場のスタジオであった。
「えっ?ええっ?…ボク、いつの間にここへ付いていたの!?」
「あたしもビックリだよ~!長くても1時間くらいかかるかと思ったのに…5分もせずに着いちゃうなんて、タクシーでも使ったの?」
そんなはずはない。女子高生のアキが乗れて電車かバス以外の公共交通は自分1人で使うはずもない。使ったとしても覚えている筈なのだったが…
「ボクも…よくわかんないけど、はいッ コレ」
「わぁ~!ありがとうッ!!これ友達と共有のアイテムだから無くすとノーバちゃん怒るからさぁ!」
「ノーバちゃん…?」
事情は良く知らないがとても大切なモノのようだ。早急に届いて、三奈も喜んでいる姿を見てアキもなんだか安心しきって笑顔が零れた。
「三奈、そろそろ出番よ!」
「あっ、はい!…ねぇ、あなた名前は?」
「ふぇ?ボクは…アキ…宮下アキだけどGIRLSで怪獣娘をやっているからみんなからは怪獣名のアギラからとってアギって呼ばれているよ」
「へぇ~、アギちゃんか…何だか可愛くて面白い名前だね」
「三奈、急いで!」
「あっ、は~い! ねぇ、よかったら収録見て行ってくれない?…コレ、届けて来てくれたお礼に!」
「えっ?…ボクが…声優さんの現場を?」
突然の誘いにアキは困惑するが滅多に無い機会だしアニメオタクのウインダムことレイカであれば『アギさんだけズルいッ!』と羨ましがられる経験を提案してくれた三奈の誘いにアキは…
「う~ん…せっかくだし、御願いしようかな?」
「ホントッ!?…よかった~、今日の収録は緊張しててさぁ…普段は知り合いのペガちゃんとか連れてくるんだけど学校の行事かなんかで急遽来れないって言われてさぁ~」
提案に承諾してくれたアキの手を引いて三奈に連れていかれるとスタジオのゲートを通り過ぎて入館を済ませると内部は正にテレビ局さながらの音声機材や映像機器やらで溢れかえった所謂映像会社の製作現場であった。
「ふわぁ~~…ほへぇ~~…ここで…アニメとかを作るんだぁ~」
「う~ん、ちょっと違うかなぁ~…そっちはさっきの法律事務所でも話した『おまえにピットイン』などの作画を手掛ける同じ企業の子会社だよ」
今日の三奈の収録は別の作品の音声アテレコ、たまたま製作現場のビルにテナントが併設しあっているだけに過ぎなかった。
「ええっと…三奈ちゃんって呼んでいいかな?」
「いいよ、最も芸名は本名じゃないけどね…」
「そうなんだ……じゃぁ、三奈ちゃん…アテレコって確か音声の無い映像に音声を入れる作業の事だよね」
以前、レイカから教えてもらったアニメのことを解説してもらって少しは名前を知っている程度であったが…
「そうだよ、でも今回は特撮番組の収録だからアテレコの方、アニメだとアフレコって言い方が変わるけど…あたしも違いは分かんないんだけど、どちらも絵や動画に音声を吹き込むのがお仕事なんだよ」
「ほへぇ~」
プロの声優の教え方の方がわかりやすかった。レイカの場合であったら、そこから数時間は解説に喋り倒すためゴモラことミカヅキのマシンガントークよりも疲弊して殆ど寝ていたことが記憶に新しかった。
「三奈さん、シーン13、ブース入りお願いします」
「あっ、は~い!…それじゃアギちゃん、行って来るね」
三奈はそのまま次のシーンのブースにスタンバイを始め、同じシーンで顔合わせる声優や俳優に挨拶をする。
中には『あっ、JJさん…お久しぶりです』と以前の現場で会った事のある人物に挨拶を交わすも…『あれ?あの人…どこかで…?』とアキにも見覚えのある人物もアテレコに参加していた。
~数分後~
『おまたせしました~!館山水族館ガマクジラのガマちゃんによる――』―ペラッ…
『三奈さん、ペーパーノイズです』
シーンも進んで大分経つがここへ来て三奈のミスが目立つようになってきた。
「やっぱ三奈ちゃん、仲良くしていた声優の子が引退してからミスが増えてきていない?大丈夫なの、あの子?」
「大変申し訳ございません…三奈の方にはもう少し頑張れるよう相談してみますので」
恐らくこの番組のプロデューサーと思われる人物に三奈の事務所代表の葛飾が頭を下げている様子を見てアキは映像作品を作る大変さや声を当てる仕事の難しさ、更にはその裏のやり取りまですべて見えてしますこの現場内の空気感が製作業界の苦労を実感させられた。
『一旦、休憩入りま~す』
音声進行の休憩合図に声優一同のしばしの休息にブースからゾロゾロと出て来ては各自が各々のセリフの復習だったり、演技の違いを変えたり、喉をケアするため水分補給を行う者もいた。
「お疲れ様、三奈…このあとラストシーンよ」
「はっ…はい…」
作品に対して並々ならぬプロの現場の実態に脱帽させられるアキは三奈の休息を邪魔しない程度にソッと寄り添ってあげた。
「お疲れ…三奈ちゃん」
「あっ、アギちゃん…ありがとう」
「声優さん…大変みたいだね」
「まぁね…でも、あたしがやりたくて入って行ったこの世界だけど、なんやかんやで楽しいよ 批判されることもあるし、心無い事も言われることも多々ある…だけどさぁ、あたしの声をそのキャラの声だと思って見てくれるこの作品を見た視聴者さんが『あ~、このキャラはこんな声なんだなぁ~』って思ってくれていると思うと、一番うれしいんだ」
もっとすごいのはシルバーブルー三奈と言う声優さんの方だった。
「本当はさぁ…あたし名前なんて覚えてもらってほしくないんだよねぇ~」
「えっ?なんで…?」
「例えばもし今この作品のキャラの声をキャラクター名ではなく声優名で覚えられちゃうとさぁ…自分の声はそのキャラ、あるいはキャラより自分が有名になっちゃうと他の作品に声を当てづらくなっちゃうんの」
彼女は間違いなくプロの声優さんだ。声優として作品を第一に考え、自らの知名度よりも作品を完成させることに重きを置いている。
「…この前ね、同期の声優の子が業界を引退しちゃって…その子、あたしよりも先に売れちゃったんだけど…ちっともうれしそうじゃなかった 本人に聞いたら『声優をやっているよりも、操り人形をやらされている気分だ』って、最終的には一般人に戻って行っちゃったけどあたしだっていつかそうなるかもしれないし今もなりつつあるのかもしれない」
「…三奈ちゃん…」
「それでもさぁ…あたしには声を当てるしかないからさぁ、作品を作っている一人として頑張るしかないよね 詰まんない愚痴を聞いてくれてありがとう、アギちゃん」
「三奈さん、シーン32再開します」
そうこうしていると次なる本番が始まり、三奈は再びブースに向かう中…
「ねぇ、やっぱシーン32さぁ…イルカ役の音声取れないの?」
「無理ですよ…急に代役を建てられるワケないじゃないですか…」
そのシーンのイルカ役は三奈と同期の声優が起用されていたものの…突然の引退によって未だ代役が建てられずプロデューサーも困っていた。
「……あの、もしよかったら代役って今から連れて来てもいいですか?」
「えっ?どういうこと…三奈ちゃん?」
突然の三奈の提案に驚くプロデューサーは一体誰がイルカの声に当てられるのか尋ねた。
「ちょっと失礼…彼女が、当てます」
「うん?…んんっ?……エッ、ボクゥッ!?」
その白羽の矢が立ったのはあろうことかただ見学しているアキであった。
「この子、ウチの事務所の期待の新人でたまたま今日見学に来ていたんです!」
ちゃっかりプロデューサーへの説明は三奈の同じ事務所の新人声優として紹介した。
「ちょっ、三奈ちゃんッ!ボクに声優さんの真似事なんてッ――」
「…大丈夫だよ、シーン32はイルカの声はこの『(イルカの声)』のみしか無いんだから…」
よりにもよって声優のアドリブ性を求められる部分がアキの当てる部分だった。
「大丈夫よッ!前収録の時も、なんか『きゅぅきゅぅ~』って感じの声を当ててたからイケる、イケる!」
何を持ってイケると思ったのか…各自の様々なプロフェッショナル達が突然の事にアキの方に視線が向く中…
「ふむ…ふむふむ…ふむふむ……決まりね、いいわ!収録再開!キャスト追加でシーン32、『新メンバー、イルカライド』のアテレコ始めるわよ」
「ええええ~~ッ!?」
ものの一瞬の即決で起用が決まり、宮下アキは急遽声優デビューを半ば強制的にさせられるのであった。
―ブース内―
「タガール大臣ッ!! これ以上の海洋哺乳動物コレクション計画もここまでだ!!」
「コォ~コッコッコッ…愚かなり、ガマラマン…貴様一人で何が出来る…」
「侮るな、この海の平和を愛する者がいる限る…私は一人ではないッ!!」
いよいよアキの声当ての出番が迫ってくる頃に合わせて三奈が合図としてスカート部分を叩く合図を出すが…
「来いッ!イルカライドッ!!」
そして、アキの番…
「ううっ…」
――『(イルカの声)』――
「キュゥキュゥ~ウッ!!」
その声は…ブース内の声優陣も、ブース外の音声も、様々なスタッフやディレクター、アシスタントも…驚愕させる声であった。
アキもアキなりに精一杯の声当てをするつもりだったのに…緊張のあまり声が裏返って酷く枯れ弾けたイルカの断末魔のような声になってしまった。
――…パンッ…パンッパンパンパチパチパチパチッ――
『素晴らしい…素晴らしいわッ!!なんてリアリティのあるイルカボイスなのッ!?あえてデスボイス調に合わせてくるなんて…あなたトンデモない逸材よ!!』
「えっ?…えっ?はっ…はいぃ?」
『え~、これにて全シーンの収録終了でーす』
何故かアキのいたたまれない声が本来求められていたイルカの声と合致したのかプロデューサーのみに絶賛であった。
「よっ、…良かったね、アギちゃん!プロデューサーもああ言ってるし、やっぱアギちゃんには声優さんの才があるんだよ!…きっと…――」
「……無理に励まそうとしないで……」
無理して称賛する三奈からの褒めは悲しき励ましであった。
ブースを出てぞろぞろと退出する声優陣の中でもアキだけが一際の視線集中を浴びる中…
「フッ、おれの目に狂いはなかったようね…あなた、ウチで声優を正式にやって見ない コレはウチの事務所の名刺よ」
唐突の男口調に眼鏡の中の瞳すら反射で見えなくなった葛飾はアキに自身の事務所に来ないかと勧誘してきた。この気配は『好きなアニメトップ50』をエンドレス5時間も語り続けたレイカと同じ気配をアキに感じさせた。
「いや、ボクにはGIRLSに既に入っておりまして…」
「何ッ、既に他事務所に入っているだと!ならばウチはソコの3、いや5倍は約束するよ!」
「いや、ボクの一存では決めかねなくて…」
ズイズイと勧誘を勧める葛飾の圧に押される中…背後からもガシッとアキの両肩が掴まれた。
「おエ~イちゃ~ん♡ついでにイルカライド全音声の取り直しにこの子を起用しても構わなくて~ぇ♡」
「ええええッ!?」
「構わなくてよ!どうやらこの子は声優界の新たなる原石…でも原石は原石のままでは価値のない石ころッ、ここで甘えを削ぎ落して磨かせてダイヤモンドにして差し上げてッ!」
「オッケェ~~~ッ!! 全スタッフに通達ッ!全編全収録のイルカライドの取り直し!!さらに追加収録するわよぉお~~~!!」
「うわぁ~~~!!なんでぇええ~~~!!」
アキのイルカボイスに感銘を受けたプロデューサーのクリエイティブに火が入り、アキの声だけで作品内のイルカ役の音声をすべて取り直す上に新規収録と言う収録は継続してアキだけ続投させられた。
――piriririri…
「…はい、葛飾です…」
『あっ、葛飾さん…イエロー・グランデ法律事務所の倉田です 例の誹謗中傷による開示請求の整理が整いましたのでご報告させていただきます』
その連絡は先ほどの法律事務所での所属声優の三奈に対する“誹謗中傷”を弁護する担当の倉田弁護士からであった。
『え~、葛飾さんが御持参していただきました誹謗中傷の内容を拝見した所、いずれの全てのアカウントが『おまえにピットイン』を作画製作するアニメ会社のアニメーターである事がわかりました』
「おや…そうですか…」
『……驚かれないんですね、自身の所属する声優を誹謗中傷する相手が担当するアニメを作るアニメ会社のアニメーターだと言うのに… 葛飾さん…いや、おエイさん…アンタだろう、この誹謗中傷にアニメーターたちを扇動したのは?』
「さぁ…なんのことやら……」
その電話の内容は自身の所属する声優を誹謗中傷するアニメーターたちを裏で糸を引いていたのは葛飾であることを倉田弁護士や追求してきた。
『おかしいと思いましたよ…誹謗中傷する内容と言ってもその多くは声優本人と言うよりも声優が担当するアニメを制作する会社をうまく批判しているような内容 寧ろこのアニメキャラを担当してから誹謗中傷が始まったと仰った時から違和感があった』
倉田弁護士の見解はこうである…『シルバーブルー三奈の今度から担当するアニメ、オワコンだろ』と一見はシルバーブルー三奈と言う声優を批判しているように見せかけ彼女が関わるアニメ“自体”を否定していた。
『他にもいくつか文言は違えど、一概に三奈さんを批判している様に見せかけ、『アニメタイトル』『アニメ制作会社名』『アニメ制作会社の個人名』も含む投稿も散見される…ここまでハッキリとアニメを作る側のことを声優を巻き込んでまで巧妙に中傷する…“元”同業のおエイさんなら存じておりますでしょ?コレは三奈さんに対する誹謗中傷なんかじゃない、アニメーターによる集団ストライキだ』
「……倉田先生…若手アニメーターの平均収入はいくらかわかりますか? 万もいかない千ケタ台なんてザラ、下手をしたら都の平均収入よりも下の時もあります…『やりがい』だの『偉業』だの『良作画』だのと世間には耳障りの良い事だけを吹聴する連中は製作する人間への正当な対価を支払わない…時には未払いだって少なくはありません」
元々アニメーターとして勤めて実感し、独立して芸事務所まで立ち上げた葛飾だからこそ彼女が憂うアニメ業界にメスを入れる行為だった。
「今より示談内容の変更を伝えます…『本件、弊社の当該所属声優に対する誹謗中傷者に対し、所属するアニメ制作会社からの離職を条件に和解を成立したものとする』」
『……わかりました ではそのような内容で示談交渉を進めます…条件に当てはまる誹謗中傷を行ったアニメーターの皆さんはどうなさるおつもりで?』
「さぁ…ウチの事務所の子会社『カツシカアニメーション』と言うアニメ制作会社があるのですが、その会社に“たまたま”同名のアニメーターが居ても不思議じゃありませんから…なにぶんアニメ業界は狭い世界ですので…」
『…その会社は…他のアニメ制作会社とは違うと思いますか?』
「それも分かりません…何せ、アニメはお金がかかるので自由になんでも作れるは不自由なまでにお金がかかると同意ですから……でも、おれならそんな食えない仕事なんてさせません」
『おっ…おれ?』
「おっと、失礼…今ちょっと興奮気味でして 久しぶりに1000年に1人の逸材を前にしているので…それでは…」
葛飾は倉田弁護士からの連絡を切ってアキの強制収録を再び目に焼き付けるのであった。
「…アギちゃん…ゴメンッ!」
自分から誘っておいて収録無限地獄に拘束されるアキに両手を合わせて聞こえぬ謝罪を三奈は送るのであった。
「シーン45 イルカボイス3連発でーす」
『ふぇええ~~!!もう声優はこりごりだァアアッ!!』
「今の録った!?第32環『タガールCEOのアサイン アニメーションで撮ったDO~!!』で使えるわよ!!」
何を言ってもセリフ映えするためアキの収録は延長に次ぐ延長を重ね、その後ベニオがスタジオまで迎えに来るまで解放されなかった。
・
・
・
GIRLS日比谷支部
「…よぉ、帰ったぜ…」
アキを自宅まで送り届けたベニオは再度日比谷支部に1人で戻っていた。
「お帰りなさいなのです、レッドン」
「あぁ…ったく、最悪な気分だったぜ」
支部に戻っても既に夜も近いため帰宅時間にそれぞれの怪獣娘は帰った後でトモミのみが残業中であった。
「あらあら、そんなにキイロンさんと久しぶりに会えてうれしかったのですか?」
「あぁッ!?誰があんなヤツ…あんの女タラシ弁護士、おれとレイ先生だけ残して自分は他の女のトコに行きやがったからなッ!!」
ベニオは倉田弁護士の法律事務所で起きたことを恨みを込めて語る中…
「おう、それよりも…コレを見てくれよ」
「んっ?…コレは…アギアギッ?」
それはベニオのソウルライザーに記録されていたアキの身に起きたとある“異変”が動画に納められていた。
「アギアギ…コレは…屋上ですか?」
「シィー…この次の瞬間だ」
次の瞬間…映像にはアキがアギラに変身を遂げた瞬間に背中の一筋に赤い線が光ったと同時に映像内のアギラは消えていた。
「なぁ、これって…ここ最近のアイツの身に起きているおかしな事象と関連あるのかなぁ?」
「う~んッ…確かに、レッドンはこのところのアギアギをどう思われているのですか?」
「……何だか、アギラが別の何かに変わろうとしているってオレは思う…でもそれはアイツが望んでいる通りのことなのか俺にはわからねぇ」
GIRLS先輩としてアキの異変には気づけても本人に告げて何かが変わること…否、変わってしまう事を恐れている節もあった。
事実、この映像内の巻き戻されて数秒前の場面に映るアギラの背中は赤い背ビレのようなものが僅かながらに輪郭を帯びていた。
「一度…支部長に相談してみましょう」
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BAR1954
「あっ、アギちゃんが…真っ白になっている!?」
まるでにこやかに笑いながら何もかもを出し尽くしたボクサーの如く全身の配色を失ってすべてが白と黒に変わってしまったアキだけが世界線が違い過ぎる事にミクは驚かされた。
「“燃え尽きたぜ…真っ白にな…”ってかんじやなッ!」
それを見てミカヅキはセリフをアテレコして面白可笑しくからかった。
「笑い事じゃないよッ!!大変だったんだからね!!」
「まぁ、まぁ…なにわともあれ、おもろい話やん…なんで弁護士先生の事務所を手伝いに行ってそない事になんねんッ!おかしゅうて笑いが止まらんわ~!!」
「アギちゃんもとうとう声優デビューかぁ~…どうなっているのか見て見たいなぁ~」
「絶対に見せないし、教えない…アレはボクの中で封印して墓場まで持っていくッ!」
アキは急遽自分が代役になったイルカの声などGIRLSのみんなに聞かせたら一生の笑いものになると考え、深く、深く、自分の心の奥底に封印して何もなかったこととした。
「はははッ…まぁまぁ、アギちゃんが大変だったのはよ~分かったけど… あっちはもっと大変な事になっとるんやけどね」
アキより大変な目に遭っている者がバーカウンター側に居るとミカヅキは指さす先で…
「ヴィぇええええッえぐッエブッエヒンッ!!…ずわぁざああああんッ!!」
確かにもっと酷い目に遭っているとしか言えない状態の泣きじゃくるレイカがバーカウンターでニュースアプリが開かれたソウルライザーを握り閉める。
【大人気アニメ『おまえにピット!』第5シリーズ 放送休止 制作会社のアニメーター大量離職により製作が留まり、制作会社は破産及び倒産手続きに入ったか】
それは全おまえにピットインファンを絶望させるニュースだった。
「大丈夫…ウインちゃん…」
「ごれがだいじょうぶにみえまずがぁああッ!!おまピットがッ…おまピトがぁああ~~!!」
大好きなアニメが放送休止になって自暴自棄に陥ったレイカは顔を涙で濡れすぎて目元は真っ赤に腫れ上がっていた。
「あ~あ、はいはい…大変なことだねぇ~…」
「ビィエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
泣きつかれたミクはレイカの頭を優しく撫でても撫でれば撫でるほどに哀哭が増すばかりであった。
「店の中で騒ぐな…」
「ごめんなさい、ユウゴさん…でも、見ての通りアギちゃんもウインちゃんもこんな状態だから心配で…」
「ていうか、ウチもユウちゃんに言いたいことがあんねんッ!!彼女と付き合ってたまでは許せても、婚約したってどういう事やねんッ!!」
ミカヅキはユウゴがアイカと婚約を交わしていたことに憤慨してカウンターテーブルにバンバンと両手を叩きつけて怒りを訴えた。
「教えてェな!!ユウちゃんとウチの仲やんけぇ~水臭いやんけ」
「なんでお前らにいちいち言う必要がある…」
まるで旧知の仲同士とばかりにおちゃらけるミカヅキだがユウゴからは微塵も優先順位に入っていなかった。
――カランカランッ…
そんなBAR1954に新たな客が訪れてきた。
「どうも…こちらに岡田トモミさんはおりますか?」
訪れたのは先ほどまでベニオと倉田弁護士と共に法律事務所での手伝いをしていた零門だった。
「ピグちゃん?…まだ日比谷支部ちゃう?」
「それが伺ったんですけど誰も居なくて…ご本人にコレをお渡しする筈でしたのに…」
その手には何やら英語表記のプリントアウトされた印刷物のようであった。
「…ふえっ?……――ッ!?」
ミクとミカヅキがその紙を目にしているさ中…後ろから覗き見たアキはその紙に記載された何かに感づいて奪うように紙を小さく折りたたんだ。
「あぁ~!何すんねん、アギちゃん…」
ミカヅキの声など意にも返さず一目散にドアへ向かおうとするアキだったが…
「どこへ行く…アキ」―ピッ…
―ウィ~ンガチャンッ…
「ウワッ!?なんで開かないのッ!?」
「最近は何かと物騒だからな…用心のためのオートロックだ」
ユウゴのその手にはボタン一つでドアが自動的にロックされる仕組みのリモコンがあった。
いつの間にか入口を改造されて引いても押しても開かないドアの前でアキは逃げ場を失った。
「今、隠したヤツ…俺に見せろ」
「ダッ、ダメだよッ!!コレはGIRLSの機密文書だからッ…」
「機密文書ならなんでわざわざ部外の俺の店にまで弁護士先生が店に来る…」
「…ッ――違くて…そう言うのじゃなくて…いや…ダメッ!あぁ~!!」
必死に抵抗しても虚しく力負けしたアキは手元から先ほど隠した紙がユウゴに渡った。
「んで、結局…あの紙は何なん?レイにい…」
「うん…新たに3人目の弁護士からオーストラリアより連絡が入ってな 外務省を通じて国際弁護士の手配が済んだことを知らせる一報なんだけど」
それは三人目の弁護士に関する情報と現在オーストラリア国内での裁判を終了した後に日本での『ガーゴルゴン事件』を担当する事となる弁護士の名前が記載されていた。
「その人の事ならボクだって知っている、いや…一番誰よりも知っているよ 名前は『敷島ソウジロウ』…ボクとお兄ちゃんの…」
その紙を注意深く最後まで読み進めたユウゴは先ほどまで自分が拭き取って綺麗にしたワイングラスが彼の異様なオーラで次々とパリンッ!パリンッ!パリンッ!と割れ始めた。
「叔父さん…なんだ」
アンバランス小話
『ヒーローショー』
「いくぞ!タガール男爵ッ!!」
「こいッ!ガマラマンッ!!」
都内の遊園地で開かれた海洋戦士ガマラマンのヒーローショーは近年のテレビ番組人気が急上昇して子供向けのショーイベントが開催されるまでになった。
「みんな~ッ!ピンチのガマラマンに大きな声援を送ろォオオ!!」
そして、ショーイベントのナレーションを務めるのは声優業界でもまだまだ新人のシルバーブルー三奈の役割であった。
ショーが終わると子供たちがヒーローに握手をして、そのお母さん方は俳優との出会い目的で握手に回ると言うイベントスケジュールだった。もちろん三奈も握手を交わす。
「はぁ~い、来てくれてありがとうね…」
しかし、そんなシルバーブルー三奈の裏には別の顔があった。
(フフフッ、ブラックちゃんが侵略資金の為に働けってことでこの声優業をしているけど…なんやかんやでブラックちゃんのアルバイト稼ぎより高くついてるのは黙っとこ~…それに声優もなんやかんやで楽しいし…)
リア充に対する恨みとGIRLSに対する嫉妬心で結成した(ことになっている)侵略組織ブラックスターズのメンバーことシルバーブルーメなのだが、なんやかんやで続けていたらソコソコの声優職が板について事務所にまで所属している始末であった。
「次の人~ッ」
シルバーブルー三奈と握手を交わす相手は小さな子供たちとは限らず、そこそこ大きめの人も居た。
「いつも…応援…しています」
「わぁ~、ありがとう!(この人、毎回ショーの度に来てくれるけど…あたし、この人とどっかであった気がする?)」
どこかで見覚えのあるロング黒髪に目深なハンチング帽子と黒ぶち眼鏡、所謂ガチ勢と言う方もいた。
「……ソウル…ライド…ゼットン…」
――シュンッ…
そして、その黒髪のガチ勢は決まってどこかに消えるのであった。
「あれ?…さっきの人、どこに行ったんだろう?」