当たり前だけど死体は見つからなかった。
十分ほど歩いて着いた駅前。大通りの向こう側に見えるバスロータリーに赤色灯を回したパトカーが数台、停車していたから何事かはあったのかもしれない。
これといって野次馬根性を持ち合わせていない僕たちは、物々しい雰囲気の駅前を横目に大通りを道なりに進む。先を歩くのは僕。
「どこに行くの?」と女の子。
その手を引く僕は「着いてからのお楽しみ」少し勿体ぶってみる。
「変な所じゃないよね?」
「どうだろう? でも、きっと気に入ると思うよ」
古びたアーケードがかかった通り。ほとんどの商店は既に営業を終えて、所々が錆びたシャッターを下ろしている。冷えた空気が相まってどこか物悲しさを感じさせる。古びた煙草屋の看板に隣に、二十四時間営業の飲食店の無遠慮な光がアンバランス。ガードレールの向こうで車が絶え間なく行き交う。
数年前に一度、連れてこられただけなのに不思議とそこに至る道のりは忘れていなかった。
五分くらい歩いた。アーケードが途切れる寸前、一階にチェーンの居酒屋のが入っている雑居ビルの前で僕は足を止める。確か、ここだった。
「着いたよ」
「ご飯?」
「それはまだ」
僕は女の子の手を引いて、居酒屋の横をすり抜けてエレベーターホールに向かう。エレベーターを待つ間、すぐ横に備え付けられた共同ポストを、ちらり盗み見る。確か三階がスナックで……。良かった。ここで間違っていない。
僕たちはさっさとエレベーターに乗り込んで、目的の四階のボタンを押した。
ーーーー
四階で降りた僕たちを迎えたのは、コンクリート打ちっぱなしの壁にはいささか不似合な、温もりを感じさせる木製の扉だった。目線の位置に掛けられたプレートには『OPEN』の文字。幸いまだ閉店していなかったらしい。良く磨かれた真鍮のドアノブを引いて、僕たちは店内に足を踏み入れる。
わぁ……。背後の女の子が声を漏らすのが聞こえた。
都心の小さなコンビニと大して変わらない手狭な店内。少し暑いくらいに暖房されていて、ぱっと見ただけで加湿器が三台ほど稼働している。床は一面グレーのカーペットで覆われて、その上にはスタンドに立て掛けられたアコースティックギターが、樹木のように立ち並ぶ。壁にもギターが所狭しと飾られる。落ち着いた曲調のインストゥルメンタルが、風が葉を揺らす音の代わりに流れて、まるで人工の森だ。
「いらっしゃいませ」と奥にある、猫の額ほどの小さなカウンターから声。僕らは声の主に小さく会釈する。
幾重に深い皺の刻まれた顔に、柔和な笑みを浮かべる白髪頭の店主は、以前に訪れたときと全く変わっていないように見える。「ごゆっくり」店主は言うとノートPCに視線を落とす。
カウンターの横には、狭いスペースに硝子張りのショーケースがどうにか収まっていて、中には三本のギターが飾られている。
するり。女の子は僕の横を夢遊病患者みたいな足取りですり抜けて、無数にあるギターに視線を巡らせる。その瞳に星が躍っているように見えた。
女の子に習って、僕も手近のギターに視線をやるけれどなるほど、何がどう違うのか全く分からない。同じ形、同じ色なのに値段が数万円も違うのは何故なのだろう?木材と僅かばかりの金属の塊がどうして数十万もするのだろう?これなら、ウサギの方がわかりやすいように思える。
「……ここ、凄い」女の子がため息交じりに呟く。
「気に入った?」
視線はギターに固定したまま、女の子は頷いた。
「お兄さん、ギタリストだったの?」
「……今まで僕がギターを弾いたことなんてあった?」
「でも、ここのこと知ってた」
女の子の視線がこちらを向く。なんとなく期待が篭っているような気がして居たたまれない。僕はギターなんて少しも弾けない。女の子が家に住み着く様にようになってから、たまに触らせてもらったくらい。
「星を見に行ったときのこと覚えてる?」
「うん」
「車でホテルカリフォルニアを聴いたでしょ。そのCDをくれた先輩に連れてこられたんだ」
入社一年目。確か冬のボーナスが支給されたその日に連れてこられた。僕にしきりにギターを勧めて来たけれど結局、購入したのは先輩だけ。
雀の涙と嘆いていたボーナスを豪快に吹き飛ばして少年のような笑顔を浮かべる先輩に、呆れながらも内心に羨望の念を抱いたことを、なんとなく覚えている。
「お兄さんの先輩はギター上手かった?」
僕は少し考えるふりをして「どうだろう。ちゃんと聴いたことが無かったから」
「そっか」女の子はギターに視線を戻す。
先輩のギターをちゃんと聴いたことが無いというのは本当のことで、だけどほんの少し聴いたことがある。この店でギターを購入する際の試し弾きで。素人目にも、その腕前はなかなかに酷かったと思う。女の子のギターを知った今は尚更。
確か、先輩があの時弾いたのもイーグルスだったはず。帰り道に教えて貰った曲名を、今はもう思い出せそうにない。