ウサギ小屋からは出られない   作:ペンギン13

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いらない。すき焼き。ワイン。

 それから程なくして、コンビニ袋を片手に店主は戻ってきた。

 試し弾きのお礼を言う女の子に、購入を勧めるでもなく「またいつでも遊びにおいで」と穏やかに笑って、エレベーターの所まで見送ってくれた。

 一階に着いてエレベーターの扉が開く。流れ込んできた外気にぶるり。店内が温かかったから外の空気が随分と冷たく感じる。チェーン居酒屋の橙色の灯りが酷く魅力的だったけれど、女の子の希望はすき焼きだから我慢。通り過ぎる。

 

「あのギター欲しかった?」

 

 歩きながらマフラーを巻き直す女の子に僕は訊ねる。 

 

「ううん」女の子は首を振って「いらない」

 

「そっか」

 

 そう言うと思った。なんとなく。

 

「すき焼きだったよね?」僕はポケットからスマートフォンを取り出しながら言う。マフラーに顔を半分埋めた女の子が頷く。何処かいい店が無いか調べていると「お兄さんの家で食べたいな」と、突然の注文。

 

「……家、すき焼きの鍋? とか無いよ?」

 

「駅前のデパートで売ってるんじゃない?」

 

 多分、女の子の言う『駅前』は僕の家の最寄りの方を指している。僕は腕時計を見て「着くころには閉まってるんじゃない?」

 

「急げば間に合うよ」

 

 手を掴まれる。ゾッとするほど冷たい手に引かれて速足。徐々に駆け足。風が頬を撫でる。女の子の揺れる黒髪を目で追っていたら転びそうになった。

 

 

ーーーーー

 

 

 人身事故があったらしい。電車は遅延していた。帰宅の途につく客で混雑した車内はアルコールと煙草の臭いがして、忘年会の時期だということを思い出させた。

 電光掲示よりも十分程遅れて、電車が最寄り駅に着いた頃には、僕は少しぐったり。女の子の方はまだまだ元気らしく「デパート閉まっちゃうよ」と、僕を急かす。

 なんとか間に合って、無事にすき焼き鍋を購入。黒い鉄製のズシリと重いやつ。地下の食品売り場で野菜ほどほどに、肉は奮発して一番上等なやつを買い込んだ。お酒は普段だったらまず買わない、とびきり高価なワイン。折角の誕生日だから。ふたり、重たい買い物袋手にぶら下げてデパートを出ると、背後で蛍の光が流れ始めるのが聞こえた。

 帰宅してすぐに夕飯の準備に取り掛かる。一息入れたら、そのまま寝てしまいそうだから。調理を始めて直ぐに深刻な問題に直面した。僕も女の子も、すき焼きの作り方を知らなかった。

 僕のスマートフォンを見ながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤して、どうにか完成したすき焼きは、具材の大きさがバラバラで、やたらと味が濃かった。あまりの脂の多さに、僕が数枚でギブアップした霜降りが派手な牛肉は、女の子がぺろりと平らげた。

 鍋の中身が無くなるころには、ワインのボトルが1本空いて、2本目も半分くらいまで減っていた。女の子のグラスが空いていたから、お代わりを注いであげると、両手で景気よくグラスを傾ける。なんだか今日はペースが速い。一気に半分ほど飲み干して、女の子は緩く笑った。頬に差した紅が色っぽい。

 

「大丈夫?」

 

「なにが?」

 

「結構酔ってるみたいだから」

 

「大丈夫。楽しいから」

 

 それは大丈夫なのだろうか。こんな風に、わかりやすく酔っぱらう女の子は珍しくて、少し面白い。じっと見ていると、女の子はグラスを持ったまま床を這って、ソファに座る僕の隣に腰を降ろす。体温が妙に熱く感じるのはきっと酒のせい。

 女の子が「はい」と差し出すのは自分のグラス。「見てたから。飲みたいんでしょ?」

 グラスを見てたわけじゃないんだけど……。説明するのが面倒だったから、大人しく「ありがとう」中身が半分だけのグラスを受け取って、グイと飲み干す。アルコールが喉を焼く感覚。鼻を抜ける葡萄の風味。少し頭がぼんやりする。

 

「お兄さんも酔ってる?」

 

「そうみたい」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫。楽しいから」

 

「お揃いだ」女の子は上機嫌に言うと、空いたグラスにワインを注ぐ。並々と注がれた赤い液体は少し零れてカーペットの床に染みを作った。

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