ウサギ小屋からは出られない   作:ペンギン13

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子供たち。冊子。

 正午前。駅前の公園には子供たちの遊ぶ姿があった。遊具の類がないから三人の子供は柔らかそうな素材の青いボールを投げ合って遊んでいる。端の方にあるベンチで母親らしい女がふたり談笑している。公園の中央に設えられた噴水は冬季は稼働していないためコンクリートのオブジェと化していて、空の水槽には枯葉や砂埃が吹き溜まっている。

 母親たちのところから最も離れたベンチに僕は腰掛けた。木製のベンチは冷たかった。曇り空の切れ間から日光が差して春の訪れを感じさせるけれど、時たま吹く風は未だ冷たい。途中のコンビニで買ってきたコーヒーを啜る。苦くて熱い液体が食道から胃に落ちると多少、気持ちが落ち着いたように思えた。一緒に買ってきたサンドイッチを口に運びながら、僕はコンビニの入口のマガジンラックにあった無料の求人情報誌を広げた。

 飲食業。接客・サービス業。運送業。営業職。介護職。一ページ一ページ、特に給与の項目に注目して頁を捲っていく。薄っぺらい冊子は直ぐに読み終わった。サンドイッチの残りのひとかけらを口に放ってコーヒーで流し込んだ。溜息を吐く。変声期前の子供の甲高い声が響く。ボールを投げ合っていた子供たちはいつの間にか鬼ごっこを始めていた。海外のスポーツブランドのロゴが入った赤いトレーナーを着た身体の大きい女児が、小柄なふたりの男児を追いまわしている。

 僕は通帳の預金残高を思い出しながら頭の中で算盤を弾く。月々の生活費や奨学金の返済。各種税金。車のローン。……貯金がもつのは良くて半年くらいだろうか。求人情報誌に少なくとも現在の生活を維持できそうな職は掲載されていなかった。酷い労働環境だったけれど賃金だけはそれなりに出ていたらしい。そうでなければ人を繋ぎ止められないか。

 追いかけられていた男児のひとりが転んだ。少しの間を置いて泣き声が大きく響く。女児がすぐに駆け寄って転んだ男児を助け起こした。だいじょうぶ? と言っているように見える。今にも泣きだしそうな顔だ。泣き声を聞きつけた母親たちは慌てて駆け寄って、泣きわめく男児を抱き上げた。泣き声は次第に小さくなっていった。吹いた風に揺れた木の枝の音が啜り泣く声のように聞こえた。風でいつの間にかこちらに転がってきていた青いボールを、僕は母親たちの方にそっと転がした。それに気付いた母親のひとりが会釈を寄越した。ボールを拾い上げた女児がありがとう、と手を振ったから僕は小さく手を振り返した。

 僕はベンチに座り直して、ジャケットのポケットの封筒を取り出して中身の紙切れに目を落とす。当たり前だけど内容は会議室で見たときから何も変わっていない。転んだ男児を抱きかかえたまま、公園から去っていく母親たちの背中を見ながら僕は大きく息を吐いた。

 

 大阪か……。

 

 よりにもよって。女の子が聞いたらなんて言うだろう。女の子のバンドのポピパが壊れた要因のひとつにメンバーとの別離があった。たしか、そう。りみさん。その人の行先も大阪だったはず。

 ……少なくとも一週間は考える時間がある。とてもじゃないけれど今すぐに女の子にこのことを話す勇気は僕にはなかった。

 

 

***

 

 

 翌朝、僕はいつもと変わらない会社に向かう時と同じ時間に家を出た。昨日遅い時間までアルバイトだったらしい女の子はよく眠っていた。交わした言葉は疲れた「おやすみ」と、寝ぼけた「いってらっしゃい」だけ。会話の最中にうっかり異動の話をしてしまう心配があったから、僕は内心で安堵した。

 家を出た僕は駅を通り過ぎてシャッターの降りた繁華街を歩いた。良く晴れた朝だ。麗らかな朝の日が、全国チェーンの居酒屋の電源の切れた看板や、店の前に出された所々が割れて色の褪せた青いポリバケツや、路肩の半乾きの吐瀉物を、柔らかく照らしている。繁華街の中ほどにある喫茶店に入ってモーニングを食べて時間を潰してから、僕は駅前に戻ってバスに乗り込んだ。

 

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