「んー、いないですね」
きょろきょろしながら歩くヒミコお姉ちゃんの後ろをちょこちょことついていく。私たちが探しているのは凶夜さんで、今は代表・代表補佐室に向かいながら探している。凶夜さんは基本的にふらふらしているので、おとなしく代表・代表補佐室にいるとは思えないからだ。
「このまま探していても仕方ないから、弔くんのところ行こっか」
「ん」
最近のヒミコお姉ちゃんは本当に綺麗に笑う。女の私も思わず見とれてしまう程だ。弔くんは「お前、まだガキだろ」とバカにしてくるが、女の子の成長は早いのである。私から言わせれば弔くんの方ががきんちょ。
ヒミコお姉ちゃんと一緒にエレベーターに乗り込み、上層四へ向かう。所謂職員エリアというところで、代表・代表補佐室があるのもここだ。管制室に行って凶夜さんの居場所を探してもらうのが一番早いと思うが、それは何かズルしたようで嫌だからやめておこう。
エレベーターが開き、ゆっくりと職員エリアに足を踏み入れる。そのままささーっと流れで代表・代表補佐室に行こうとすると、目の前に見知った人が見えて思わず声をかけた。
「トゥワイスさん」
「ん?あぁエリちゃんか。トガちゃんも。晩飯の時間には早いはずだが」
「これです、仁くん」
言って、ヒミコお姉ちゃんは紙袋を掲げてトゥワイスさんに見せる。それを見たトゥワイスさんは口にくわえた煙草の煙を揺らしながら、ぽん、と手を打った。
「バレンタインか。わざわざ俺に?」
「仁くんの分は黒霧さんに頼んで部屋に置いてもらってます。これは弔くんと凶夜くんの」
「おっと、面と向かって脈ナシはキツいぜ」
「きっといい人が見つかるから大丈夫だよ。ヒミコお姉ちゃんよりはいい人じゃないだろうけど」
「仁くんにとっては私よりいい人ですよ、きっと」
微笑むヒミコお姉ちゃんに、トゥワイスさんは口の端から細く煙を吐き出しながら肩を竦めた。マスクを被っているときのトゥワイスさんはおもしろいけど、マスクを脱ぐと途端に渋くなる。凶夜さんがトゥワイスさんに憧れてタバコを吸おうかなと言っていたのでそれは流石に止めたけど。……こんなことを言ったら凶夜さんは落ち込むから本人には言わないけど、タバコが似合う顔じゃない。コーヒーよりミルク、お酒よりジュースが似合う顔だ。
「ま、いい。月無はいないが、死柄木なら代表・代表補佐室にいるぜ。大量のチョコに文句言ってたが、二人のなら喜んでくれるだろ」
じゃ、また後でな。と言ってからトゥワイスさんは管制室へ消えていった。そういえばラブラバさんが「今日はジェントルと過ごすから!」と息巻いていたので、今トゥワイスさんは大忙しなのではないだろうか。いくら増やせるとは言っても働きすぎだと思う。
管制室へ消えていったトゥワイスさんからは見えないだろうけど一応頭をぺこりと下げ、ヒミコお姉ちゃんの隣に並んで弔くんのところへ向かう。凶夜さんに渡すわけでもないのになぜか緊張してきた。いや、凶夜さんに渡すのが緊張するわけないけど。だって凶夜さんだし。バレンタインデーとかそんなこと関係なく、そう、別に男女のあれこれとかそういうわけではなくて、というかヒミコお姉ちゃんはどうなんだろう。あれ?
「弔くーん。入りますよー」
ぐるぐるぐるぐる。色んなことを考えていると、いつの間にか弔くんがいる部屋に入っていた。弔くんは大量の空き箱を前にげんなりした様子。
「トガに、エリか。残念だが月無はいないぞ」
「弔くんにもチョコを持ってきたので、心配ないです!」
「はっぴーばれんたいん」
緊張のせいか変な感じになってしまった。こちこちになって弔くんの分のチョコが入っている紙袋を差し出す私に、弔くんは優しくふわりと笑ってデスクから立ち上がり、わざわざこちらまできてくれた。ヒミコお姉ちゃんが綺麗に笑うようになったなら、弔くんは思わずドキッとしてしまうほどカッコよく笑うようになった。どこか子どもっぽくて、でも男の人っぽくて、どこか優しくて。
そんな弔くんは私に目線を合わせてからチョコを受け取ると、頭をぽん、と撫でてくれて、「ありがとな」と優しく囁いた。
「……弔くんってそっちの趣味だったんですか?ガキは嫌いだ、なんて言ってたのに」
「バカ言え。なんなら今からお前を抱いてやろうか?」
「弔くんに抱かれるなら凶夜くんの方がいいです。ボロボロになりたくないですし」
すっ、と立ち上がった弔くんはヒミコお姉ちゃんと軽口を交わし、さらっとチョコを受け取った。それが大人な感じがして、さっきの私に対する態度は子ども扱いだということに気づいて、それが気に入らなくてむくれてしまう。別に、女扱いとか大人扱いとかしてほしかったわけじゃないけど。
「ふん。弔くんと凶夜さんの差はこういうところだと思うの」
「確かに、あいつは抱いてやろうか?じゃなくて抱かせてくださいって言うな」
「受け入れてしまえるいやらしさがあります」
「そういうことじゃない!」
二人はいつもこうやって私をからかってくる。嫌じゃないけど、嫌じゃないけど。何か、こう、いいように転がされてるのが凶夜さんみたいで。やっぱり私は凶夜さんの影響を強く受けてるんだなぁって思ってしまうのが恥ずかしい。
「というか、凶夜さんの方がいいってどういう意味!」
「んー?どういう意味だと思います?」
「えっと、そういうのはダメ!あと十年待って!」
「それはそれで月無が犯罪クサくなるな」
どうせ月無さんは敵だから構いはしない、じゃなくて。今ヒミコお姉ちゃんに大人という立場を利用されると私の負けが決定する。そもそもヒミコお姉ちゃんは凶夜さんのことが好きなのかっていうことになるけど。いや私も好きじゃないけど。ほら、感謝的な意味合い?
「私が成長すれば、凶夜さんなんてイチコロ!だし!」
「流石のあいつでも、それはなぁ」
「エリちゃんはぜーったいに可愛くなるけど、それはないんじゃないかなー?って思います」
「……きせーじじつ」
「俺たちの可愛いエリがとんでもないことしようとしてるぞ」
「これは早めに奪ってあげたほうがエリちゃんのためになるのかも……?」
正直、私が成長しても凶夜さんは私をそういう対象としてみないだろう。こんなちんちくりんのときに会っちゃったから、妹とか、下手をすれば娘とかそういう感覚に近いはずだ。なんで私はもっと早く生まれなかったんだろう。
「うー、大人になりたい……」
「大人になるっていうのも、あんまりいいことじゃないよ」
ぼそっと呟いた私の声に、背後から返された。慌てて振り向くと、どこか笑みがぎこちない凶夜さんがいた。
「むしろ子どものままの方が断然いいね。法律上色んな制限があるけど、大人よりは気が楽だ」
「お前は大人になっても気楽だろうけどな」
「どうだろ。今の立場的にそうはいかないとは思うけど……というか、なんでまた大人になりたいなんてこと。弔くんにいじめられた?」
なんで俺だけなんだ?と言う弔くんを無視して、しゃがみこんで私と視線を合わせた凶夜さんはふんわりと笑った。それに答えようとすると、ヒミコお姉ちゃんがするりと凶夜さんの背後に回って首に手を回し、凶夜さんの耳元で囁いた。
「エリちゃんが、そういうことに興味あるんだって」
「ヒミコちゃんエッッッッッッッロ!!!!じゃなくて」
じゃないことにはできないと思う。
「エリちゃんが!?そういうことに!?ダメダメダメ許さないよそんなこと!そんなことが会った日には僕泣いちゃうよ!色んな感情がぐちゃぐちゃになって!十年後あたりなら、まぁ、学生ってそういうものだしいいけど、少なくともそれまではダメ!興味があるのはわかるけど!あと、えっと、そろそろ離れてヒミコちゃん。僕はどうやら女の子からこられると大層弱いみたいだ」
「残念」
ふふ、と妖しげに笑ってヒミコお姉ちゃんが凶夜さんから離れる。いつかからかいすぎて痛い目見ればいい。凶夜さんがそんなことするわけないけど。
「あと、ハッピーバレンタイン、です」
「あ、バレンタインンね?あはは。ありがと。えー、弔くん」
「お前はほんとにダメなやつだな」
ヒミコお姉ちゃんに色々やられてどぎまぎしていた凶夜さんが弔くんに怒られてしまった。普段から女の子に可愛いだとか好きだとか好き勝手言ってるくせに、向こうからこられるとこんなに弱いなんて。私からいってもデレデレはするけど種類が違うし。というか今ヒミコお姉ちゃん女の顔してなかった?
「ほら、エリちゃんも」
「うえっ、えと、その」
女の顔をしていたヒミコお姉ちゃんに言われ、そういえば私もチョコを渡すんだということを思い出す。凶夜さんからすればなんともないんだろうけど、私からすればものすごく緊張することだ。証拠に、私からもらえるとわかったからか凶夜さんは子どもみたいな笑顔でにこにこしながら私を待っている。ヒミコお姉ちゃんからもらった時はそんなんじゃなかったのに。
それがムカついたから、お仕置き。そう、これはお仕置きだ。
しゃがんでいる凶夜さんに近づいて、チョコを渡す。そして、「ありがとう」と凶夜さんが言う前にそっと近づいて。
「……え?」
「日頃の、お礼」
思ったよりも柔らかい感触に恥ずかしくなり、短く告げてから私は部屋を飛び出した。凶夜さんはきっと「子どもって可愛いなぁ」で済ませるんだろうけど。十年後、ぎゃふんと言わせてやる。
「子どもって可愛いなぁ」
エリが出て行ったのを見送った月無は、あろうことかそんなことをほざきだした。まぁ、頬だったからこその言葉なんだろうが、月無なら口でも同じことを言いそうだ。
「んー、ここまでは予想外というか、頑張ったというか、頑張ったのにというか」
「どうしたの?ヒミコちゃん」
「なんでもないです」
恐らく、トガはエリがスムーズに渡すために月無にちょっかいをかけたんだろう。エリの月無に対する感情を知っているなら効果的だ。それが効果的すぎてあぁいうことになったんだが……月無は月無だった。子どもを子ども扱いしてるから普通の感性と言えば普通の感性ではあるんだが、少しは気づいてもいいと思う。
「私はエリちゃんのところに行ってくるので、また後で、です」
「うん。また後で。チョコありがとね」
「ふふ。それ、本命ですよ?」
「え?ハワイ?」
「なんでいきなりどこで結婚式を挙げるかの話になる」
からかうようにくすくす笑いながらトガが出て行って、俺と月無の二人きりになった。……本当に、トガは隠すのと隠れるのがうまいと思う。
「うーん。これはお返しが大変だなぁ。愛の言葉なんてどうだろう?」
「お返しは三倍が基本らしいぞ」
「あぁ、三倍以上は重すぎてダメか」
「お前は本当に幸せなやつだな」
「みんながいるからね」
恥ずかしいことを言う月無に「黙れ」と返してデスクに戻る。本当にこいつはうるさい。十年後、どうなってるか楽しみだ。
十年後も一緒に居るかどうかだが、まぁ、一緒にいるだろ。嬉しそうにハート形のチョコを眺める月無を見て、俺は小さく笑った。