【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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蛇足編
蛇足編:私の『敵連合』 (1)


 ──月日は過ぎ。ついでに年も過ぎ。激動に激動を重ねた毎日はあっという間。気づけばあの日から九年が過ぎた。僕も大人の仲間入りをとっくに済ませ、一度興味本位で始めた煙草はエリちゃんに嫌がられ、興味本位で始めたお酒もエリちゃんに嫌がられ。でも幸せな毎日を送って。しかし今、大きな問題に直面していた。

 

「……授業、参観?」

 

 僕の手には、『授業参観のおしらせ』と書かれたプリントが一枚。エリちゃんが恥ずかしそうに渡してくれたこれに、僕は頭を悩ませていた。

 

 数年前からめっきり仕事が落ち着き、最近ではものすごく暇そうにしている弔くんがソファに座っている僕の隣に座り、一緒にプリントを見る。僕と同じく、弔くんは眉間に皺を寄せて悩んでいた。

 

「……うーん、参観の後に進路相談か」

 

 僕たちが悩んでいる理由は、立場的なもの。敵連合はさっき言ったように大分落ち着いてきていて、エリちゃんが高校に行くと同時に僕たちはそれぞれ家を持ち、敵連合に出勤するという形にするという計画を立てているが、僕たちが敵だったという事実は変わらない。いまだにそれを気にする親御さんはいるし、エリちゃんには大分苦労させた。エリちゃん自身は「気にしないで。平気だから」と言っていたが、どうだろう。何度か授業参観に行ったが、親御さん数人にすごい目で見られたし。

 

 そう、時期的にピリピリしている親御さんは、僕たちが自分たちの子どもに悪影響を与えるんじゃないかと危惧している。

 

「ったく、テメェらの影響力が俺たちの影響力に負けるなら、そりゃテメェらの責任だろ」

 

「そんな身も蓋もない……」

 

 そういう言葉で片づけられないくらい僕らの影響力が強いということだろう。なんて言ったって天下の敵連合。自分で言うな?

 

 ただ実際、あんな大事件を起こして敵の更生施設を作って、しかもそこのNo.1とNo.2。子どもに対する影響力は計り知れないだろう。『敵』がいいものだと勘違いしてしまうかもしれない。敵代表と言ってもいい僕たちがいい人の振る舞いをしているから、そう思われても不思議じゃない。アレだ。不良がいいことをするとめちゃくちゃいい人に見えるアレと似ている。

 

「でも行くしかないよねぇ。いっそ二人で行く?今まではどっちかが行ってたけど」

 

 今くらい落ち着いてたらいけるはずだ。二人で行けばもし何かあったときお互いがストッパーになれるし、悪くない。エリちゃんに何かあったら僕は間違いなく暴走するから、弔くんにきてもらった方が助かる。

 

 エリちゃんには「プリント見つかったらかってに来ると思ったから、見せただけ。こないでね!」と思春期の娘みたいなこと言われたけど、こんなの見せられたらそりゃ行くでしょ。まったく、エリちゃんは可愛いなぁ。

 

「あぁ、いいかもな。中学最後の授業参観、どっちが行くかで喧嘩したくない」

 

「エリちゃんはくるなって言ってたんだけどね」

 

「いや、行くだろ」

 

 本当に不思議そうな顔で「当たり前だろ」という弔くんに、僕はしっかりと頷いた。僕たちのエリちゃんの授業参観に行かないなんてありえない。進路相談もあるってなったら行くしかない。最近「高校どこ行くの?」って聞いても答えてくれないし、そろそろどうするのか聞いておかないと。エリちゃんのことだから将来に向けてしっかりと何かしらに取り組んでるだろうけど、やっぱり保護者として心配だ。

 

 この前なんか、ヒミコちゃんから「エリちゃん、告白されたみたいですよ」って聞かされたし!なんで僕に教えないの!って憤慨してたら「そうなるからだと思うよ?」と言われてしまった。確かに。エリちゃんのことになると冷静でいられなくなるのは僕の悪い癖だ。

 

 ……でも、告白されたってことは好意的に見られているということで、いじめられているというわけではない。エリちゃんがしてくれる学校の話を疑うわけじゃないけど、やっぱり学校でどういう扱いを受けているかは気になっちゃうから。告白される程度に、男の子からは人気みたいだ。エリちゃん可愛いしね。

 

「月無。そのプリント、日程書き換えてるかもしれないから学校に電話するぞ」

 

「なるほど。エリちゃん賢いもんね」

 

 プリントが見つかったらこられるから渡す。でもこられるのは嫌。だったらプリントに何かしら細工していてもおかしくない。僕の影響を受けて育ったなら何かしらしているはず。むしろ僕を反面教師にして何もしていない可能性もある。いや、エリちゃんはいい子だからその可能性しかない?

 

 弔くんが今学校に確認したところ、日程はプリントに記載されている通りだそうだ。ほら、だからエリちゃんを疑うのはよくないって言ったんだ。反省しろよ弔くん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリのお嬢!本日も大変麗しゅうございますね!」

 

「どんな御用で?」

 

「ごめんなさい。今日は先生に用があるんです」

 

 下層に行き、エレベーターから降りた瞬間頭を下げて迎えてくれたみんなに謝って、先生に会いに行く。凶夜さんと弔くんが私のことを大事にしてくれるから、敵連合にいるみんなが私のことを敬ってしまっている。下層にいる人は大体怖い人ばかりなはずなのに、お嬢なんて呼ばれる始末だ。ちょっと恥ずかしい。

 

 元々敵連合にいたみんなは普通に私を私として接してくれるけど、どうしてもこれは慣れない。こういうところ凶夜さんはすごいと思う。なんだろう、世渡り上手というか、コミュニケーション能力が高いというか、順応するのが早いというか。

 

「先生」

 

「ん?あぁ、エリか」

 

 凶夜さんと弔くんが「あの人いつ死ぬんだ?」とこそこそ話していた先生が私の声に気づき、振り向いて手を振ってくれた。もうそんな歳でもない……とは思っても、先生にとっては私なんて赤ちゃんみたいなものだろう。それは言い過ぎ?

 

「どうしたんだい。君がここにくるなんて珍しい……こともないか。中学に上がってから凶夜たちではなく僕を頼るようになっていたね」

 

 年を取ると記憶が曖昧になっていけない、とわざとらしく首を振る先生。先生の記憶が曖昧になることなんてないでしょ。あんな怖いもの知らずの凶夜さんと弔くんがいまだに怖がっている人だ。とんでもなさすぎるくらいとんでもないのがちょうどいい。

 

 先生に手を振り返しながら「実はね」と切り出す。本当に、先生には中学に入ってから随分お世話になっている。敵連合にきたときからお世話になってるけど、ここ数年は特に。

 

「えっと、授業参観があるんだけど」

 

「へぇ、授業参観。それに凶夜と弔がきてほしくないと」

 

 やっぱり先生は話が早い。頷くと、先生は愉快そうに、だけど渋く声を抑えてくつくつ笑う。それが何か気に入らなくて、頬を膨らませて先生を睨むと降参するように両手をあげた。

 

「いや、ごめんね。可愛らしくて、つい。いいじゃないか。あの子たちはエリが可愛くて仕方ないんだ。ここは少し大人になって、あの子たちがくるのを許してあげてくれないか?」

 

「……わかってる。けど、えっと……」

 

 相談にきたはずが、先生に対しても言いづらい。もじもじする私を不思議に思ったのか、先生は膝を曲げて私と目線を合わせ、首を傾げた。こういうところは凶夜さんと同じ……いや、凶夜さんが先生と同じなのか。安心させてくれるような雰囲気。ものすごく凶悪な敵だったらしい先生は、私にとっては気のいいおじさんだ。

 

 そんな気のいいおじさんは私が「言いたくない」と言えば無理に聞いてこようとしないだろう。それに甘えていてはいけない。いや、相談してる時点で甘えてるって言われたら弱いんだけど。

 

「……その、授業参観でやる内容がね」

 

「うん」

 

「お世話になっている人への、感謝、みたいな」

 

「ほう。なるほど。それはきてほしくないね」

 

 そう、感謝。もっと詳しく言うとこの時代に感謝の手紙を読まされる。高校にあがる前の最後のチャンスだとかなんとかで、ここまで育ててくれた両親に感謝の手紙を書いて、それを発表しようというもの。しかも、何が恥ずかしいって。

 

「でも、クラス全員発表するのかい?それだと時間的に……」

 

「最初は普通に授業して、途中から感謝の手紙になるんだけど……その、まずみんなで回し読みして、投票で発表する人を決めるっていうきちくなシステムで」

 

「それでうっかり選ばれてしまったと」

 

 頷くと、先生はまた声を抑えて笑った。笑い事じゃない。みんなに読まれるのも恥ずかしいのに、それをまた読み上げて、しかもあの二人に聞かれるなんて!

 

「むしろ僕は誇らしいけどね。みんなに選ばれるほどの感謝を綴った手紙をエリが書いてくれたことが。その投票が本当に内容を見て決めたものなら、だけどね」

 

「……んん」

 

 正直、面白がって私に投票した人もいると思う。小学校、中学校入学したての頃はそういうのが多かった。私が敵連合にいるっていうことを親から聞いて、からかってきたり敵だと攻撃してきたり。その度に正面から説き伏せたから今はそんな人はあまりいない。あまり、というだけでいないわけじゃない。一部の女の子から嫌われてるし、人間関係は難しいと思う。

 

 でも、そんな人がいる中でほとんどの人は褒めてくれた。その人たちのことが大好きなんだねとか、大切なんだねとか、あれ?もしかして好きな人が……とか! そんなわけないのに!

 

「そこは、心配しなくてもいいと、思う。ただ凶夜さんと弔くんに聞かれたくないの」

 

「んー、そう、だねぇ。まず間違いなくあの子たちは授業参観には行くと思うよ」

 

「……どうにかできないかな?」

 

 甘えてはいけないと思いつつ甘えてしまう。わ、私のせいじゃないと思う。甘えると先生が嬉しそうにするから、仕方なく甘えてあげてるだけだ。

 

 先生はしばらく考え込むと、いつも私に見せる笑みとは別の、面白いことを思いついたと言わんばかりに口角を凶悪に曲げて笑い、私に一つ提案した。

 

「こういうのはどうだろう。あの子たちと勝負するんだ。」

 

 先生は懐かしむように、

 

「敵連合にいるみんなに協力してもらって、君の『敵連合』と、あの子たちで」

 

 その勝負に勝った方が言うことを聞く、という風にすればいいという先生の提案に、私はすぐに乗った。




蛇足編が終われば、僕の『敵連合』は本当に完結します。

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