弔くんはめちゃくちゃ強い。敵連合内で弔くんに勝てる人なんていないんじゃないだろうか。なにせ、弔くんの『崩壊』は人体、物に収まらず、液体、気体、更には個性にまで効果範囲が及ぶ。チート過ぎじゃない?と文句を言った時は「お前に言われたくないな」って言われちゃったけど。
そんな弔くんにも弱点がある。弱点と言っていいのかどうか微妙なところだけど、それは手加減が難しいということだ。個性が強力過ぎるからただの手合わせでもうっかり相手を崩壊させちゃうこともありえる。いつも体が鈍らない様にって僕と手合わせした時も何回か崩壊させられちゃったし。僕だから平気だったけど。
つまり、そう。弔くんは僕相手だったから平気で崩壊させていたわけだけど、今回は僕が相手じゃない。うっかり崩壊させちゃったらダメな人たちだ。僕の個性で治すこともできるけど、治せるから崩壊させちゃっていいってわけでもない。僕は、ほら。特別ってやつ?
「優しさに付け入るみたいで申し訳ないわねぇ」
「つっても俺らの攻撃は全部バラされるから、決着がつかねぇんだよな」
「うーん、私が変身しちゃうと凶夜くんを捕まえておけないし……」
「ぜひこのままでお願いします」
「……」
弔くんに睨まれた。だって仕方ないじゃないか。ヒミコちゃんいい匂いするし、柔らかいし、こんなにも幸せなんだ。それを受け入れて何が悪い。いや、エリちゃんのことがあるから開き直るのもちょっと抵抗あるけど、僕は男の子だから仕方ない。ね?
僕の性欲はさておいて、確かにこのままじゃ決着がつかない。弔くんは荼毘くんの炎とマグ姉の個性を崩壊させているだけ。僕の個性は無敵ではあるけど、攻撃性能はほとんどない。『死んだら不幸』という結果を引き起こすことはできるけどやりたくないし、傷ついてほしくもない。……もしかして詰んだ?
「……時間をとられるのだけは避けたいな」
「といっても、どうするの? このままじゃジリ貧だし」
「何、負けを認めさせればいい」
「負けって、なんだ? 俺たちをバラバラにでもすんのか?」
荼毘くんの言葉に弔くんはにやっと笑って、床に手を付けた。するとヒミコちゃんたちが立っていた床がバラバラになって崩れていく。当然その場に立っていた僕たちは重力に従って落下していくが、マグ姉が瞬時に磁力でヒミコちゃん(と僕)と荼毘くんを引き寄せて、荼毘くんが炎を噴かせて安全に着地する。何年も一緒に居るだけあって連携がスムーズだ。誇らしい。
ただ、着地に時間を取られたこの瞬間は弔くんが接近するには十分な時間だ。上の階から飛び降りた弔くんは三人の後ろに立って腕を回し、親指を立てて四本指でそっと肌に触れた。
「あらやだ」
「さっすが弔くん! 降参です」
「もっと優しくできねぇのか?」
「お前ら相手に優しくできる相手なんかいないだろ」
降参、という言葉とともにヒミコちゃんが僕を放す。名残惜しさを感じつつも弔くんの勝利を喜び、弔くんに駆け寄るとビンタされた。なんでさ。
「あっさり捕まってんじゃねぇよアホ。お前は本当に個性の使い方が下手くそだな」
「欲望を我慢してもいいことないよ?」
「今悪いことあったろ」
なかったよ。少なくとも僕の中では。
三人は「頑張って」と僕たちに手を振って去っていった。やけにあっさりしてるなと思いながら弔くんが崩した床……ここから見ると天井を個性で直す。こういう作業的なことならちゃんと使えるんだけど、どうしてもあぁいう状況になってしまったら個性を使うことを躊躇してしまう。
ここは自然エリアの草原。今まで通りならそれぞれのエリアの責任者が僕たちを足止めしにくるはずだから、恐らくスピナーくんとマスキュラーさんと先輩が僕たちを足止めしにくる。あの三人はバチバチの戦闘タイプだから結構苦労しそうな気もするけど、接近してくれるなら弔くんの独壇場だ。むしろ楽かもしれない。
「づっ!?」
と思っていたら、激痛が僕を襲った。多分右腕。多分と言っているのは、右腕が千切れていて感覚がないからだ。激痛に叫ぶ前に、背中から思いきり殴られ、まるでトラックにはねられたような衝撃と、骨が砕けた感触を確かに感じながら面白いくらいに吹き飛んだ。弔くんも狙われたらいけないから、個性で僕の隣に転移させておく。
「……随分容赦がないんだな」
「容赦して勝てる相手ではないからな」
「久しぶりに思いきり暴れられるんだ。手加減なんてつまんねぇことするかよ」
個性で体を治しながら前を見ると、予想通りスピナーくんと先輩とマスキュラーさんがいた。僕を殴り飛ばしたのはマスキュラーさんだとして、僕の右腕を斬ったのは先輩だろう。先輩の持っている刀から血が滴り落ちている。
「ふっつーにひどくない!? 僕たち仲間だよね!?」
「死柄木を狙わなかっただけありがたいと思え」
僕への所業に憤慨しているとスピナーくんが悪びれもなく吐き捨てた。なんて薄情な人間なんだ。確かに僕は死なないけど、死なないからいいってわけじゃないのに。
「まァ、キッズエリアの三人ほど俺たちは甘くねぇってこった」
マスキュラーさんが拳を打ち付けながら好戦的な笑みを浮かべて僕たちを睨みつける。マスキュラーさんは甘いとか甘くないとかじゃなくて、ただ単に戦いたいだけだと思う。目がそう言ってる。正直怖すぎるから戦いたくないんだけど、マスキュラーさんが好きな正面からのぶつかり合いは僕一番向いてないし、弔くんは触れたら終わりだし。
「にしても……月無、貴様、鈍っているんじゃないか?」
刀に滴っている僕の血を舐めながら、僕を見下ろす先輩。それを見てからしまったと思った。先輩の個性は血を舐めとった相手の動きを止める個性。時間制限はあるものの、これで僕は数分間動けなくなった。
「……お前、足引っ張りに来たのか?」
「そんなつもりないよ! 結果的にそうなってるだけであって」
「だから鈍っていると言ってるんだ」
先輩は刀の先を僕たちに向けて、きっと睨んだ。
「貴様を狙っている輩は未だ存在する。そんな貴様がその体たらくで、俺たちが安心できると思うか?」
「僕は安心してるけどね。だって、みんながいるから。僕がだらしないからみんながしっかりしてくれる」
「おい、お前はそれを直す気はないのか?」
呆れる弔くんに僕は個性で先輩の個性の影響から抜け出して、腕をぐるりと回してにかっと笑いかける。
「じゃ、僕が頼れるってところ見せちゃおっかな!?」
僕がやる気を見せると、弔くんに「頼れるところないだろ」と冷たく言われてしまった。あるわ!?
先ほど、トゥワイスさんとマグ姉から「抜けられちゃった!」と連絡がきた。今あの二人は自然エリアでスピナーさん、マスキュラーさん、ステインさんの三人と戦っているはず。弔くんはともかく、凶夜さんが心配だ。腕を斬り落とされて殴り飛ばされていないだろうか。
「暇そうだね、エリ」
「ひ、暇じゃない。ただちょっと心配なだけで」
「へぇそうか。心配か」
言ってからしまったと思った。勝負を吹っ掛けたのにも関わらず相手のことを心配している可愛らしい女の子だと思われてしまう。先生を見ると、私を見て首を傾げていた。ただ、笑い声がくつくつと漏れている。抗議の意を込めて先生を叩くと、先生は手の平でぱちん、と受け止めた。
「いや、やはりエリは優しいなと思ってね。あの二人がぐちゃぐちゃになれと願ってもおかしくないだろうに」
「ぐちゃぐちゃはどうかと思う……。でも、ここまで早いペースで進んでくるのは予想外かも」
私の予想では、フロアごとに十分二十分はかかるはずだった。でも凶夜さんと弔くんは十分で二つのフロアを突破。このままじゃ簡単にここまでたどり着いてしまう。
私の心配をよそに、先生は余裕の態度。私を守る最後の砦なんだからしっかりしてほしい。……先生が戦ったところ見たことあるから、しっかりしていなくても強いってことは知ってるけど、それでもこう、真面目に見えないから気に入らない。先生のこういうところが凶夜さんに似てしまったんだと思う。弔くんはあんなに落ち着いてるのに。
「あの子たちは優秀だからね。僕の生徒だから当然なんだが……ん? いや、今の立場上僕の方が下だから、僕の生徒だって大きい顔はできないのか?」
どうでもいいことで悩むのも凶夜さんが似てしまったところ。凶夜さんと弔くんは先生のことを先生と呼んでるから、自分で自分のことを生徒だと思っているに決まってるのに。今の立場上はそうじゃないかもしれないけど、そこだけは絶対だと思う。凶夜さん、弔くん、先生の三人と一緒に居る時間が長い私は、その変わらない、切れない関係を強く感じている。それを何度羨ましいと思ったことか。成長した今はそう思うことは少なくなったものの、小さい頃はみっともなく嫉妬していた。三人からは「可愛いなぁ」みたいな目で見られてたけど。
とりあえず「凶夜さんと弔くんは先生のこと、ちゃんと先生だと思ってるよ」と伝えると、先生は「だろうね」と私をからかうように答えた。ほんとにこの人は!
「悪いね。エリがあともう少しでここを出ていくと考えると、今のうちに楽しんでおこうかという気になってしまって」
「別に、学校終わりとかに来ればいいし。凶夜さんか黒霧さんがいれば一瞬だもん」
「できればここより学生生活を優先しなさい。友だちは大切だよ」
「いるもん」
「おやおや、いじめすぎてしまったか」
肩を竦める先生にまたパンチ。今度は受け止められることはなく、先生の腰にぽすん、と当たった。わざとらしく痛がる先生に思わず噴き出して、今更ながらここで過ごすのはあと少しだけか、と考える。どうせ私は凶夜さんと弔くんについていくんだろう。私としてはここより狭い空間で凶夜さんと生活するのは緊張するからちょっと不安だ。でも、この空間がなくなるわけじゃないから、やっぱり心配はあまりない。寂しがりやの凶夜さんがいる限り、いつになってもみんなが集められるに決まってるから。
「何か納得してるみたいだけど、今は勝負の途中だからね?」
「……知ってるし!」
やれやれと言いたげな先生に不満を隠さずに言ってから、顔を背けた。先生はいじわるだ、いじわる。