「今どれくらい時間経った?」
「なんだかんだ30分くらいだな。結構やばい」
「あちゃー。ヒミコちゃんのとこで時間取られ過ぎたね」
「誰のせいだろうな?」
弔くんがなぜか僕を見て文句を言いたそうにしていたので笑顔で首を傾げると容赦なく蹴られてしまった。いやでもほら、アレは仕方ないじゃん。だって、ね? ほら、弔くん。ね?
今僕たちはエレベーターに乗って上層一階に向かっている。次は黒霧さん、コンプレスさん、ジェントルさんの三人だろう。当たり前だけどみんな強い。黒霧さんはゲートに弔くんが触れてしまえばそれで終わりだからあんまり警戒することはないけど、コンプレスさんとジェントルさんはマズい。ジェントルさんは空気のどこに弾性を付与してるのかがわからないし、コンプレスさんは触るだけで圧縮だ。とんでもない。黒霧さんも相性勝ちしてるだけでめちゃくちゃ強いのに。
もしかしたら、スピナーくんたちよりも強いかもしれない。これは気を引き締めていかないと。僕はエレベーターが開いたのを見て、ものすごくイケメンに顔を引き締めてエレベーターを降りようとした。のに。
「ぶへっ!」
何かに弾かれてエレベーターの中に戻されてしまった。これは……。
「ジェントリー・エレベータープリズン! いかがかな?」
エレベーターの外でジェントルさんが恭しく礼をしていた。僕を弾いたのは、ジェントルさんが弾性を付与した空気。まさか気合いを入れてすぐやられるなんて、情けないにもほどがある。
「下らねぇ」
弔くんは僕に呆れた目を向けた後、そっとジェントルさんが弾性を付与した空気に触れる。すると、何かが崩れ去る音が聞こえた。あぁ、僕が無様に弾かれたというのに、弔くんは簡単に崩壊させてしまうなんて。スマートさが違う。なんで僕と弔くんにこんな差が生まれたんだ?
「No.1とNo.2だからか」
「あ?」
「なんでもないよ」
納得いってなさそうな弔くんと一緒にエレベーターを降りる。前を見ると、よく見ればジェントルさんだけじゃなくてコンプレスさんと黒霧さんがいた。
「ようこそ、『ジェントリー・ラビリンス』へ!」
「ジェントリー・ラビリンス?」
そう! とジェントルさんは意気揚々とマントを翻し、僕たちに指をさした。
「君たちは今、迷宮の中にいる! そう、ジェントリー・ラビリンスに!」
「あぁ、弾性が付与された空気に囲まれてるってこと?」
「なんだ、俺が触れていけば解決じゃねぇか」
「ナンセンス!」
弔くんが手を伸ばして手当たり次第空気を崩壊させようとしたその時、頭上に黒霧さんのワープゲートが現れ、そこから無数の小さな玉が降ってきた。これは、コンプレスさんの?
「ショータイム!」
案の定コンプレスさんの個性らしいそれらは、コンプレスさんが指を鳴らした瞬間解除され、岩、ナイフ、薔薇が僕らに降り注いできた。薔薇?
「これぞ『ジェントリー・シャワー』!」
「俺と黒霧の力なんだけどな」
「まぁいいではないですか」
僕たちに降り注ぐジェントリー・シャワーに、焦りは一切感じなかった。弔くんも僕を見るだけで、岩やナイフなどには目もくれない。それだけ信頼してくれてるってことだろう。なら、それに応えなきゃ嘘だ。
僕たち目掛けて降り注ぐ凶器は、幸福なことに一切僕たちに当たらずすべて地面に落ちていった。それを見たジェントルさんは呆けた顔で固まっている。
「いやぁ弔くん、幸福だったね。まさか全部僕たちを避けていくなんて」
「あぁ。もうダメかと思ったが、どうやら俺たちはついてるらしい」
「……だから私はやめておいた方がいいって言ったんですがね」
「いや、どちらにせよジェントリー・ラビリンスは抜けられないはずだ! なにせ私しかその抜け出し方は把握できていないのだから!」
「それって逆に、ジェントルさん以外手出しできないってことだよね?」
「……!!」
しまった、という顔をするジェントルさんを哀れに思いながらゆっくりと歩いていく。どこに弾性が付与されているかわからない以上、黒霧さんもコンプレスさんも僕たちに手を出せない。さっきみたいな攻撃も避けられるってわかったから。あとは、弔くんが空気を崩壊させて三人のところにいくだけだ。
「ど、どうする? このまま戦うか?」
「俺はマスキュラーたちみたいに腕をちぎるとかはごめんだぜ」
「私もそこまでする気はないので、これを突破されたらもう次の階に行っていいと思っています」
「それでは時間稼ぎができないではないか!」
最後の空気を崩壊させ、僕たちは三人のところに辿り着いた。どうしようかなと悩んでいると、すっと黒霧さんが僕たちの前に出てきて、ワープゲートを広げる。
「私が次の階へ連れて行きましょう。罠ではありませんよ」
「……お前らが時間稼ぐ必要がないから連れてってやるってことだろ」
「今まで通りなら、次は絶対そうだもんね」
黒霧さんを疑うこともせず、ワープゲートに入っていく。「頑張れよ」というコンプレスさんの声に手を振って返し、通り抜けた先には。
「おや、もうきたのかい?」
「……はぁ」
「こんにちは、先生。後ろにいるエリちゃん渡してくれない?」
「うーん、それは無理な相談だ」
先生と、エリちゃんがいた。そりゃそうだろうなという思いとともに冷や汗を流す。弔くんに至ってはため息を吐く始末だ。階ごとの担当者が僕たちの相手をするなら、最後は先生だってわかってはいたものの、いざ相手をするとなると気が重い。
「僕はエリに頼まれていてね。今から数十分、君たちからエリを守り通す」
「なぁ先生。俺は先生と戦いたくないっていう美しい心を持ってるんだが、どう思う?」
「知ったこっちゃないでしょ。先生は嫌がらせが大好きなんだから。弔くんと同じで」
「おい、嫌がらせが大好きなのはお前だろ?」
「君たちが僕と同じなのさ」
言葉とともに、僕たちの間を暴風が通り抜けていった。それなのに僕たちは吹き飛ばされもせず、体一つ揺れずに立つことができている。僕たちの後ろにある壁を爆破したみたいに崩壊させることのできる暴風を放っておきながら、僕たちに被害を出さないように調節してみせたんだ。
「嬉しいなぁ。僕が育てた君たちが僕に似るなんて」
言いながら、先生は地面に手をついた。すると僕たちの立っている地面が柔らかくなり、僕たちを飲み込もうと渦を巻く。弔くんが慌てて地面に手をついて先生が地面に対して使っている個性を崩壊させると、地面は渦を描いたまま固定されてしまった。後で直すの僕なんだけど?
「そんな君たちが僕に挑むなんて」
今度は、上から重いものがのしかかってきたかのような感覚が襲い、地面に磔にされた。弔くんも倒れてるから、同じ個性を受けているんだろう。弔くんはなんとか手を動かして自分の体に触れると、すっと立ち上がって、僕に触れた。弔くんが僕にかかっていた個性を崩壊させてくれたからか、一気に体が軽くなる。
「こうして僕の前にいるのに何度も立ち上がるなんて」
先生の周りには、いくつも光の球体が浮かんでいた。先生が一度腕を振ると光の球体は強く発光し、それぞれが光の柱となって僕たちに襲い掛かる。僕は発光した瞬間に弔くんの前に出て、個性を発動させた。光の柱は幸福にも僕たちには当たらず、地面や壁、天井を焼き尽くしていく。焦げた臭いが鼻をつく。僕は、この焦げた臭いが少し苦手だ。
「僕の個性をものともしないなんて」
天井、地面、壁が崩れたことによって生まれた瓦礫が宙に浮かぶ。それらは一瞬空中で停止したかと思うと、一斉に僕たちへ牙を剥いた。でも、僕たちは動かない。それらが僕たちに当たることはないってわかってるから。瓦礫は幸福にも僕たちに一切当たらず互いにぶつかって砕け、明後日の方向に飛んでいき、やがて宙に浮かぶことすらなくなった。
「ふぅ……弔、凶夜」
そして、先生に名前を呼ばれた。怒涛の攻撃を対処するのに精一杯だった僕たちはろくに返事もできず、ただ睨むことしかできなかった。
「君たちは今、真に僕を超えようとしている。僕が頂点の座を明け渡すという形ではなく。正面からぶつかって」
先生は無邪気な子どものように、ショーを行うマジシャンのように楽し気だった。そう楽し気に語りながらゆっくり歩いていた先生は一瞬ふら、と揺れたかと思うと、気づいたときには僕たちの後ろにいて、そっと肩を組んできた。
「僕は今、幸福だ」
そのセリフは優しく温かいもので、僕たちが敬愛する先生からのものなのに。それを聞いた瞬間悪寒が体中を走り抜けた。きっと、弔くんも同じだろう。僕たちは初めて先生を振り払って、敵と対峙するかのように距離を取った。そんな僕たちを見て、先生はやはり笑う。
「最近、平和だったね。だから忘れていたんだろう」
先生を警戒して、常に個性を発動しておく。僕と弔くんに幸福な結果が訪れるように。そうだ、初めからそうしておくべきだったんだ。相手は先生でも今は敵なんだ。それも、とんでもなく厄介で、みんなには申し訳ないけど今までとは比べ物にならないような。
「思い出させてあげよう。不幸を、不条理を、挫折を、様々な悪を」
先生の背後に、渦巻く黒い何かが見えたような気がした。底知れない深い闇。うっかり引きずり込まれそうになる深淵。動こうにも動けない。考えようにも考えられない。……なんだろう、知っている。僕たちは、こうなった僕たちみたいな人を知っている。
「今は忘れるんだ。幸福を、平和を、栄光を、様々な善を」
先生は、ふわりと浮かんだ。まるでそこにいるのが当然かのように宙に浮かぶ先生は、腕を大きく広げて僕たちを見下ろした。先生は、深淵を背負ったままだった。
「月無、わかるか?」
「うん」
弔くんの言葉になんとか返して、一つ頷く。アレは、『僕たち』だった。
「こいよ。僕が
そう言って、先生は笑った。