両手両足を拘束され、頭を押さえつけられている僕。僕を押さえつけている百ちゃん。その隣に立っている泡瀬くんと、圧縮した常闇くんと障子くんを持つコンプレスさん。状況で言えば人質一人と人質二人。でもその人質は敵連合の核……世界の敵を自称するとんでもないバカと、ヒーローの卵二人。常闇くんの方はコンプレスさんが欲しがってたけど、別にいなくてもいい。世間から見ればどうするべきかなんて、どうした方がいいかなんて明らかだ。
でも、百ちゃんと泡瀬くんは常闇くんと障子くんを見捨てるなんてこと、できないだろう。ヒーローの卵はそこまで冷徹になれないはずだ。極論を言えば常闇くんたちを無視して僕を完全に捕らえたって、誰も文句は言わないだろう。だって、明らかな被害を出している敵と、どんな未来があるかわからないヒーローの卵。どっちが重い?口ではどう言おうと内心は僕を捕まえてほしい、というのが普通だろう。一般の人からすれば。
痛いところはついていく。交渉や舌戦、戦闘ではこれが重要だ。
偉そうに語っている僕は人質なわけだけど。口と思考は達者だけど基本的に情けない僕は月無凶夜です。よろしくお願いします。
「そうだな……俺としては、いや、俺たちとしては、そこのバカはどうしても失いたくないんだよ。正直に言うと」
なんで痛いところを晒してるの?どうしてもなんて言ったら百ちゃんたち勘違いしちゃうじゃん。優位に立てるって思っちゃうじゃん。……いや、百ちゃんたちからすれば常闇くんたちも失いたくないからなのか?とんとんにする意味なんてある?ないでしょ。少なくとも今の言葉がなければ優位に立っていたのはコンプレスさんなんだから。
「俺はこの二人と月無とじゃ釣り合わないと思ってる。だから、この二人を投げるから月無の上からどいてくれ。いいな?」
ええ!?どいちゃうの!?やめてよ!なんてことするんだコンプレスさん!裏切者!裏切者?
「……そんなうまい話あるか?お前、何を考えてる」
「言っただろう。この二人と月無じゃ、そもそも釣り合わない。そう思ってるからこそ、すんなり返すことで誠意を示そうとしてるんじゃないか」
人質をとった人が誠意なんて言葉口にするんじゃないよ。敵だってこと忘れてない?でもまずいぞ。このままじゃ僕の上から柔らかさが消えてしまう。今のうちに堪能しておこう。
「わかりました。ですが、投げるのではなくその場に置いてください。そしてその場から離れて下されば、私も拘束を解きますわ」
「オッケー、感謝する。聞き分けのいい子で助かった」
あぁ助かるけど助かりたくない。何がとは言わないけどこんなダイナマイト、二度とないかもしれないのに。泣くぞ僕。
「じゃあ、ほらよ」
「なっ!?」
あれ、百ちゃんがどいた。その場に置くって話じゃないの?ていうかなんで拘束したままなの?
芋虫みたいに立ち上がって状況を確認しようとすると、コンプレスさんが僕の隣を走って通り過ぎる。何してんの?……いや、そういうことか。コンプレスさん、その場に置かずに二人を投げたんだ。百ちゃんたちの後ろに。解放条件もわからないから見失うわけにもいかないし、第一お友だちが投げられて無視できるわけがない。一瞬の出来事に混乱して、僕の上をどいたのか。でもなんで百ちゃんたちの方に行くの?
「言っただろ」
両手両足を拘束されたままなんとか立ち上がると、コンプレスさんが百ちゃんと泡瀬くんに手を向けていた。
「月無と二人じゃ
か、かっこいい!コンプレスさん百ちゃんと泡瀬くんも圧縮する気だったんだ!流石エンターテイナー!観客全員いなくなるけど!あ、でも。
「コンプレスさん!しゃがんで!」
コンプレスさんは賢い人だ。言葉の意味はわからなくても、必要なことと必要ないことの区別はつく。今回は必要なことと判断してくれたみたいで、泡瀬くんを圧縮した後、近くに転がっていた玉……常闇くんか障子くんかのどちらかをしゃがみながら回収していた。しゃがむ動作だけでどんだけ仕事するんだよ。
そのしゃがんだコンプレスさんの上を、跳び蹴りの体勢の出久くんが通り過ぎて行った。
「緑谷さん!」
「危ない危ない。助かった、月無」
「僕のセリフだよ、コンプレスさん」
出久くんの攻撃を避けたコンプレスさんは、すぐに僕の所へ戻ってきた。出久くんは近くにあった木を蹴って、地面に着地している。忍者かよ。
「このまま離脱する。途中まで圧縮して運ぶぞ」
「お願い」
出久くんとお話できないのは残念だけど、これは仕方ない。爆豪くんを探さないといけないし、出久くんが優先殺害対象とはいえ、流石に殺すなんて時間がかかること、本来の目的を後回しにしてやることじゃない。コンプレスさんは捕まえるのがうまいからね。逆に直接的な戦闘能力はあまりないから、ここは逃げた方がいい。
「ではごきげんよう!そっちの子どもは解放してやるから、許してくれ!」
「待て!返せよ!」
僕が圧縮される前に見たのは、必死の形相でこちらを見る、ボロボロな出久くんだった。
いやー、焦った。危なかった。本当に捕まるかと思った。コンプレスさんには頭が上がらない……と、さっきまで思ってた。
まさか、途中で落とされるなんて。
落としたことに気づいて解除してくれたみたいだけど、如何せん森の中。道にでなければちゃんとした方角はわからない。
『これ、僕がわかりやすい場所に出た方がいいよね』
『月無が俺のところにたどり着ける確証がないからな。同じようにわかりやすい場所にいけるかどうかもわからないが、騒ぎを起こしてくれるならそれでいい。悪いな、月無』
『いいよ。多分これはコンプレスさんが悪いわけじゃないから』
とは思いつつも、コンプレスさんに対して何か思わざるを得ない。だって、僕が普通に歩いてて崖から落ちちゃうっていうならわかるけど、圧縮されて自由が奪われた状態で落ちるなんて、明らかにコンプレスさんのドジだ。僕のせいじゃない。きっと。でも多分、ぼくのせいなんだろうなぁ。
わかりやすい場所を探して、とりあえず音が聞こえる方に行こうと思って耳をすませると、何かを刻む音、何かを削る音が聞こえる。
木をすり抜け、その音が聞こえる方に移動しながらコンプレスさんに連絡した。
『刻んだり削ったりする音が聞こえるから、多分ムーンフィッシュさんがいる。コンプレスさんもその音が聞こえるならそっちに移動してほしい』
『了解。それなら俺も聞こえてる』
僕を落としたとはいえ、そこまで距離は離れていないはずだ。聞こえてる可能性は高いと思ってたけど、聞こえていたみたいでよかった。思ったより早く合流できそうだ。
それにしても両手両足を拘束されていると動きにくい。なんでぴょんぴょんしながら移動しないといけないの?みじめすぎない?みじめがデフォルトみたいなものだけど、流石に地味すぎて悲しい。僕何か悪いことした?してたね。ごめんなさい。
しばらくぴょんぴょんしながら移動していると、視界が開けてきた。どうやら何らかの広場か道に出たみたいだと思ってぴょんぴょんすると、そこには。
氷の壁と、宙を裂く無数の刃。そして、今まさに無数の刃にさらされようとしていたのが。
轟くんと、爆豪くん。あとなんか轟くんに背負われてる子。
「いや」
僕は脚に力を込めて、全力で跳躍した。拘束されている分あまり力が入らないが、十分だ。十分届く距離。
「殺しちゃダメでしょ」
跳んで目に映ったのは、刃の雨。凶器の嵐。
体が硬いとか、対抗する個性を僕が持っているわけもなく、僕の体は刃の雨にさらされた。腕が千切れ、脚が千切れ、顔が裂けて胸や腹が貫かれる。轟くんたちは一瞬緩んだ刃を見て、瞬時に回避できる位置に移動したみたいだ。よかった。
僕をズタズタにした刃が引き抜かれると、僕は重力に逆らうことなく地面に叩きつけられた。肉の鈍い音と血の水音が混ざったそれは、人の不快感を煽りに煽る絶望的なまでに気持ち悪い音だった。と、思う。耳は聞こえてないからわからない。
ただ、命が消える直前に、ムーンフィッシュさんの位置だけは確認できた。ごめんね。無差別にするわけにはいかないから。無差別になると、多分、弔くんの命令、組織としての第一目標。その爆豪くんが死んでしまう。轟くんも怪しいけど、今は多分爆豪くんだ。きっと。
だから、ごめんね。生まれてきてごめんなさい。せめて僕の肉面を手向けに、受け取って。
「
かすれた声で言うと、忌々しいことに僕の体は綺麗に戻り、腕と脚が千切れたからか、拘束も解けていた。ということは、成功だ。僕の後ろからは悲鳴が聞こえないし、僕の押し付けは任意の正しい形で成功した。僕は立ち上がると、氷の壁を静かに見てから、轟くんたちを探す。氷の壁の向こうでは、きっと、ある意味氷よりも冷たい死体があるはずだ。
轟くんたちはすぐに見つかった。あの短時間で長い距離を移動できるはずないし、当然だけど。
「月無……お前」
『お仕事だよ、コンプレスさん。爆豪くんが見つかった』
『……あぁ、俺にも見えてたよ。さっきのは、ムーンフィッシュが悪かった』
爆豪くんの話をしてるのに、コンプレスさんはなぜかムーンフィッシュさんの話をしてきた。離れてた数分で日本語が通じなくなったのかな?コンプレスさん、あんなにいい人だったのに……。今も変わらずいい人みたいだけど。
「久しぶり、轟くん。元気にしてた?」
「あぁ、会えてよかった。月無」
口では何と言いつつも、わかってた。いつだって、どんなときだって、悪いのは僕なんだって。
「お前は、絶対に捕まえないといけないからな」
「……知ってるよ」
右手を構える轟くんを見て、僕は笑いながら言った。
だって、僕は敵なんだから。