「ぶへぇ」
ワープゲートに放り出されて、バーの床に転がされる。思いのほか楽しかったのでそのままごろごろしていると、弔くんに足で止められてしまった。もうちょっと丁寧に扱ってほしい。まぁ僕自身がゴミみたいのごろごろ転がっていたんだけど。
「おかえり。元気そうだな」
「ただいま。残念ながら、元気だよ」
弔くんはしゃがみこんで僕と目を合わせると、おかえりって言ってくれた。最近の弔くんは嫌に素直で、前まではおかえりとかただいまとかあんまり言わなかった。言ったとしても、ぶっきらぼうに視線を合わせず他所を向いたまま。でも、最近は今みたいに目を合わせて言ってくれる。ただ、この後は決まってすぐに目を他所へ向けるんだ。
今回もそうで、僕がただいまと返すと、弔くんは僕から視線を外して立ち上がり、近くの椅子に座ってしまった。できれば起こしてほしかったけど、仕方ない。自分で立ち上がるか、と僕が芋虫のようにもぞもぞしながら立ち上がろうとすると、先に帰っていたマグ姉が僕の脇に手を入れて立ち上がらせてくれた。マグ姉、これ気に入ってるの?
確認のためにマグ姉を見てみると、困ったように眉尻を下げていた。
「凶夜くん、今のはダメよ?」
「?今のって?」
「いいよマグネ。俺たちはこれがいい」
「んまぁ!妬けちゃう!」
マグ姉が弔くんと話したかと思うと、いきなり頬に手を当ててくねくねし始めた。何かの個性にやられたのかな?元気そうだから大丈夫なんだろうけど、ちょっと心配。そう、心配といえば。
「コンプレスさんはまだなの?」
「お前と同タイミングでワープさせてもらったが、大丈夫だ。ワープゲートに半身入ってたから、判断を間違えない限り帰ってくる」
僕がここにくる前、僕はコンプレスさんの仮面がレーザーで飛ばされるのを見た。肌にはまともに直撃していないだろうけど、コンプレスさんは口の中に誘拐した三人を入れていたから、もしかしたら全員取り返されたかもしれない。
コンプレスさんと行動してて迷惑しかかけてなかったから余計に気になる。黒霧さんがいるから大丈夫、と思いたい。
「クッソ、俺のショウが台無しだ!」
大丈夫だった。開闢行動隊で回収地点に集まっていて帰ってきていなかったのがコンプレスさんだけ。あの場所にいたメンバーはみんな無事帰ってこれたということになる。
「無事でよかった、コンプレスさん!」
「無事は嬉しいが、ショウが台無しになったのは嬉しくないな。黒霧のおかげで二つは回収できたが、もう一つは返しちまった」
いやいやいや。十分でしょ。僕はてっきり人数差で押し切られて、全部持っていかれたのかと思ってた。
「よくやってくれたコンプレス。疲れてるだろうが、確認させてくれ」
敵連合のリーダーが板についてきたのか、弔くんは労りの心を忘れない。荼毘くんには一言もなかったけど、多分二人はそういうのがいいんだろう。二人ともなんとなくリーダー気質だから、どことなく通じるところがあるみたいだし。
「あぁ、それについては心配しないでくれ。多分、一番の正解を引き当てた」
コンプレスさんは二つの玉を手のひらで転がした後、ひょいと下手で緩く投げた。およそ人が入っているとは思えないその軽さに、コンプレスさんの個性のすごさを改めて実感する。
「黒霧」
「眠らせる準備はできています」
いきなり暴れられても困るので、明らかに非合法な睡眠薬だけど、攫ってきたその瞬間に眠らせることは決定している。なにしろあの爆豪くんだ。大人しくできるわけがない。
コンプレスさんが投げた玉が床につく直前、コンプレスさんは陽気に「ワン、ツー、スリー!」とマジシャンみたいに言って指をパチン、と鳴らした。それと同時にパッ、と何かが弾ける音がして、それぞれの玉から人が一人出てくる。
「なるほど、確かに一番だね」
「こうならなかったらエンターテイナーの名を返上しようかと思ってた」
現れたのは、爆豪くんと常闇くん。弔くんが攫うよう指示した子と、コンプレスさんが「いい」と思った子だ。
「黒霧」
「はい。お任せを」
黒霧さんは仕事ができる人。ここがどこかわからないといった様子の二人を、不思議な香りで眠らせてしまった。一応勧誘するつもりだから段々眠っていく感じだけど。それでも嗅いだ瞬間自由を奪われるのは間違いない。
「爆豪くんと……もう一人は常闇だったか」
「あぁ。常闇くんの個性がよくてな。暴走し始めたらここにいる全員が勝てるかわからない」
実際、そう言っても言い過ぎじゃないくらい狂暴だった。あの状態の常闇くんを相手にしたら、一生転がされ続けて死んじゃう自信しかない。あれ?僕が死んだら常闇くんに押し付ければいいのか。もしかして僕って強い?いや、クソ弱いけど厄介なのか。
「俺知ってるぜ、そいつの個性!なんだ!?」
「影です。光に弱いらしいです」
「Mr.の話を聞く限り、暗いほど制御しにくくなるみたいだな」
「どうであろうと、最終的にはステインの主張に沿うか否かだ」
「スピナー。この二人は勧誘するんだから、私たちの仲間になるかもしれないのよ?」
思ったより、みんな……と言っていいのか。弔くんからもらった情報を覚えているようだった。あの量を覚えるのは結構きついから、いい個性……気をつけなきゃいけない個性の子だけ覚えてたってだけかもしれないけど。
常闇くんの個性についてはほどほどに、マグ姉が二人を担ぎ上げ、いつの間にか黒霧さんが持ってきていた椅子に座らせると、「ごめんねー」と言いながら二人を拘束する。何か、バカにするわけじゃないんだけど、危険な光景にみえる。いや、普通に危険な光景だったか。だって攫われてるんだもんね。
「目を覚ましたらすぐに?」
「あぁ、こういうのは早い方がいい……とは思うが、状況が状況だ。効果的なニュースが出てからの方がいいだろう」
あー、そういうこと。やらしいなぁ弔くん。爆豪くんは多分無理だろうけど、もしかしたらがあるもんね。自分たちが通っている学校がバッシングされるところを見るのは、中々くるものがあるだろう。僕は敵連合が一般的に悪いとされる集団だってわかってるから、悪く言われるのは嫌だけど、まぁわからなくはない。でも、爆豪くんと常闇くんが通っている雄英は、みんなの味方を育てる学校。だからこそ成功だけを求めているのかもしれないけど、恐らく、生徒に被害がでたこの状況を「よく頑張った」と世間は褒めちゃくれない。正義の方が責められるというおかしな状況が、近々でてくるはずだ。
悪いのは僕たちなのにね。
「じゃあ、その時がくるまで休もうか。みんな疲れただろうし」
「そうだな。全員よくやってくれた。後は各々休んでくれ」
弔くんの言葉を皮切りに、みんなが黒霧さんのところに集まった。人数も多くなったのであまり頻繁に出入りすると誰かに見られるかもしれないということで、可能であれば黒霧さんがそれぞれの住んでいるところ、もしくは弔くんが必要になるだろうと思って用意したこことは別の拠点へ送ってくれることになっている。黒霧さんが大変すぎて泣ける。頑張って。応援してるよ。
慣れたもので、黒霧さんがぶわっとワープゲートを広げると、僕と弔くん以外を包み込んで一気にワープしていった。一気に、ということは拠点に行くことにしたのかな。あそこ、無駄に凝って寝れるようにも生活できるようにもしたから居心地いいんだよね。それに、何かあったときこっちに集まりやすいし。あれ、本拠地向こうの方がいい?ははは、まさかそんな。
「こと、あるかも」
「何がだ」
「ううん。なんでも」
そう、なんでもない。多分みんなにとっては向こうの方がいいかもしれないけど、僕にとってはここ以外本拠地とは言えない。なんとなくだけど、多分弔くんもそう思っているはずだ。思ってなかったら恥ずかしいな。僕いつも恥ずかしがってない?
「そうか……なぁ、月無」
「うん?どうしたの弔くん」
みんながいなくなって椅子が空いたので座ってカウンターにぐでーっとしていると、弔くんがこっちを見ないまま、お酒のボトルを見つめながら言った。
「全員無事とは行かなかったな」
「……うん、そうだね」
マスキュラーさんにマスタードくん、それにムーンフィッシュさん。この三人は恐らく捕まっているか、死んでいる。うち一人は、僕のせいだけど。
「今回だけで三人か。軽くないな」
「僕が言うのもなんだけど、今回は子どもたちを褒めるべきだ。雄英の子ってだけあって、みんな強かった」
「これは想像だが、お前コンプレスにおんぶにだっこだったろ」
「ぎくり」
「口でぎくりって言うやつがいるか」
弔くんはやはり僕がやらかすと思ってコンプレスさんをつけてくれたみたいだ。おかげで助かった。なんで僕を行かせてくれたのかはわからないけど、弔くんには弔くんなりの考えがあるんだろう。役立たずの僕を戦場に出す考え?なんだそれ。
呆れたように笑っている弔くんの目には、強い意志が宿っていた。よく狂気的というか、おかしい光が宿ったりするけど、この目は好ましい色だ。多分一般人だってこの目を見れば敵だなんて思わないんじゃないかな。それは言いすぎた。
「次は、ゼロだ」
ゼロってなんだろうとは流石に言わない。弔くんが言っているのはきっと、いや、絶対に僕たちのこと。リーダーが板についてきた分、弔くんは仲間意識も断然強くなった。いくらイカれた人が多いとはいえ、仲間には変わりない。そう、仲間には、変わりないんだ。
「だから、安心しろ。今度はあいつらがゼロにしてくれる」
いつの間にか弔くんは僕のことを見ていた。意志の宿ってその目で、僕を。
「俺とあいつらを信じろ。俺もお前とあいつらを信じてる」
「……何を今更。僕の方が弔くんより信じてるもんね」
「かもな」
「そこって普通対抗してくるとこじゃない?」
めんどくさいんだ、と笑う弔くんの目からは、結構前に宿っていた濁りが感じられなかった。それがどういうことか僕にはわからないけど、そう思いつつもなんだかわかる気がした。
変化は着々と訪れる。