「はい、あーん」
「ぶっ殺すぞテメェ!!」
どうやら僕はぶっ殺されてしまうらしい。
あれから一日が経って……とはいっても林間合宿襲撃の夜から一夜明けてその翌日なんだけど。とにかく今日、眠らされていた爆豪くんと常闇くんが目を覚ました。とりあえず目を覚ましたらお水とご飯だと思って用意したご飯をあげようとしたのだが、そうしようとする度に噛みつこうとしてくる。ので、「食べ物を粗末にするなよ。ヒーローだろ?」と言ってはみたものの、「ヒーローが敵から出された飯食うか!」と言われてしまった。そりゃそうか。毒の可能性があるし、そうじゃなくたって何か変な物が入っていると考えた方が自然だ。
「何も変なの入ってないのに……」
「誰が信じられんだよ!」
「常闇くん、爆豪くんがいじめるんだ」
「何故俺に振る……」
常闇くんはなぜだか辟易していた。目を覚ました時僕がご飯を持ってきて、「あ、常闇くんは個性使って食べられるよね」と言ってからずっとこうである。なんでかな?
「なぁ、いいか」
僕が爆豪くんにご飯をあげている姿を黙ってみていた弔くんが、突然僕に声をかけた。どうしたのかな。もしかしたら弔くんも爆豪くんにご飯をあげたいのかも。……いや、ないな。弔くんが「あーん」をしたその瞬間、僕は腹がぐちゃぐちゃになるくらい笑い転げて死ぬ自信がある。結果誰かが腹がぐちゃぐちゃになって死ぬ。なんだその幸せそうな死に方は。
「何?弔くん」
流石に「あーん」をしたいはないだろうが、今この状況について何かいいたいことがあるのは間違いない。だって、呆れた感じの声だ。ということはこの状況に呆れているということだ。きっと僕が爆豪くんにご飯を食べさせることができていないからに違いない。
弔くんはいつものように椅子に座って、頬杖をつきながら言った。
「それ、お前が毒見してみればいいんじゃないか?」
「あ、そっか。いやでも、間接キスになっちゃうし」
「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇ!」
「え、でも爆豪くんそういうの絶対気にするでしょ」
「ったりめぇだろ!テメェの不幸菌がうつるわ!」
「爆豪、幼子のような罵倒はやめろ」
不幸菌、不幸菌か。なんかしっくりくるな。流石雄英体育祭一位。感覚も才能にあふれているのか。そんな未来ある若者を攫ってしまうなんて、僕はなんてことをしてしまったんだ!こういう風に言っておけば油断してくれないかな?してくれないよね。だって敵よりも敵らしい爆豪くんが相手だし、常闇くんも落ち着いてるから疑うことはやめないだろう。実際ご飯一口も口に運んでないし。せっかく便利な個性なのになぁ。
「んー、じゃあどうしようかな……あ!ひらめいた!」
「それ実際に言葉にするとバカに見えるな」
いや、バカだったか。という弔くんの呟きは聞かなかったことにして、爆豪くんに提案してみる。これなら受け入れてくれるはずだ。
「拘束解いてあげるから、ご飯食べてよ!」
「ハァ!?自分で何言ってっかわかってんのか!」
「ご飯食べてよ?」
「前半部分のことだよ!不幸過ぎて思考回路ぶっ飛んでんのか!」
「一理あるな」
「まったくだよ」
「がぁぁぁあああああ!!!」
「落ち着け爆豪!乗せられている!」
爆豪くんが椅子に拘束されながらがたがたと暴れている。何が気に入らないんだろう。僕のすべてか。とりあえず暴れるとご飯が危ないので、爆豪くんの肩を暴れないように抑えると、手に持っていたご飯を落としてしまった。そらそうなる。ちなみに爆豪くんは辛い物が好きそうという偏見から、ご飯は激辛麻婆丼だ。
「っ、
「アイヨ」
このままでは爆豪くんの下半身が激辛になってしまう。どうにかして麻婆丼を救わなければ。が、ここで常闇くんが危険と判断したのか、個性を使って麻婆丼を救いに動いてくれた。なぜか個性の黒影くんの元気がなさそうというか、やる気がなさそうだった。よく考えればそうか。敵の前なのに、麻婆丼をキャッチするために使われたんだから。
黒影くんは麻婆丼に腕、でいいのかな?を伸ばし、見事容器の端をはじくと、そのまま僕の顔目掛けて麻婆丼が飛んできた。ちなみにもう一度言うが激辛だ。その激辛が僕の顔に飛んできた。
「うわぁぁぁああああ!!」
「おい、お前何してるんだ……?」
顔が激辛になった僕の耳に、弔くんの本気で困惑した声が聞こえてきた。
「さて」
弔くんが麻婆丼が入っている袋をたぷたぷさせながら、仕切り直しと言わんばかりに切り出した。僕が片づけするとろくなことがないので、こういう時片づけするのは僕以外の仕事になる。つまり、僕と弔くんしかいないこの状況では自動的に弔くんの仕事になるということだ。本当に申し訳ない。でもこれは爆豪くんが悪いと思う。
「悪かった。このバカが失礼を働いたこと、謝罪する」
弔くんがぺこりと二人に頭を下げた。まさかの僕の尻拭いだった。保護者か。
「呆れすぎてさっきみたいなことになったが、もちろん俺たちはあんなことをしたいわけじゃない」
僕はしたかったんだけど、いや、したかったっていうか、お腹すくとしんどいでしょ?せっかく攫ってきたんだから、丁重に扱わないと。これ間違ってないよね?
「端的に言うと、君たちには俺たちの仲間になってほしい」
「寝言は寝て死ね」
「断る」
弔くんはその返答を聞いて肩を竦めた。「まぁ、今はそこまで期待してない」と言ってゴミ箱に向かうと、悪の象徴である激辛麻婆丼をゴミ箱にぶち込んだ。あれ持ちながら勧誘ってかっこつかないもんね。一回かっこつかないことやっちゃったけど。
弔くんはそのままカウンターの方へ向かい、そこに置いてあった新聞を持って再び二人の前に立つと、ある新聞記事の一面を二人に見せる。そこに書かれていたのは、雄英への誹謗中傷、大失態、実際の被害、そして、二人が攫われたということ。
「これが世間の声だっていうことをまず知ってほしい。正義を責める、平和な社会。誰もかれもが結果しか見ずに、原因に目を向けようとしない。俺たちの行動理念」
言いながら、弔くんは新聞を握りしめた。すると、弔くんの個性によって新聞がボロボロに崩れ、やがて塵になる。社会は『雄英が敵に襲われ被害を出した』事実を責めたて、追及することに躍起になっている。まるで、敵は雄英だといわんばかりに。あの人たちにとっての敵とは誰なんだろうか。それは間違いなく僕たちなんだろうけど、じゃあなんで雄英が一番責められているんだろう。何故責められるかはわかるが、なぜ僕らよりも雄英が注目を集めるのか。それはもちろん簡単、売れるから。
「耳がいいやつはもう聞こえているが、悪いやつは聞こえていない。俺たちが行った社会への警鐘。君たちの目には、今の社会は耳がいいか悪いか、どっちに映った?」
別に新聞がすべてってわけじゃないから何とも言えないけど、何とも言えないだけで、予想はできる。きちんと義務教育を受けて家族の下で育っていれば、尚更予想しやすいだろう。社会の現状ってやつは。
「いつになるかわからないが、きっとわかりやすい形でその答えが見えるはずだ。まぁ、勧誘しといてなんだが、それを見ても君たちの意思は変わらないと思う。だが、少しでも意識を変えることができれば俺はそれでいいと思ってる」
「じゃあ攫うなや!」
「言ったろ。社会への警鐘だ」
弔くんは二人の間に立って、個性が発動しないよう指先でちょん、と二人の肩をつつく。
「ただ、君たちは形は違えど敵連合になれる素質がある。できれば、君たちが色いい返事をしてくれることを願ってるよ」
爆豪くんは社会が決めたヒーロー像に縛られて。常闇くんはそもそもの個性に縛られて。どちらも可能性の話でそうなると決まったわけではないが、今道を示しておくことに意味がある。人間誰しも挫折っていうものがあると思うんだ。僕は。そして、挫折したとき。その挫折がとんでもないものだったとき、ふと僕たちを思い出してくれれば、いつでも僕たちは受け入れる。だって、そのための敵連合だから。
「弔くんがこう言ってるから、僕は今この時は君たちを仲間だと思ってる。だから君たちを気遣うし、弱らすのも嫌だ。でも信頼はしてない。そういう状態だと思っておいて」
「信頼してねぇのに拘束解こうとしたのかよ」
「だってご飯食べられないじゃん」
「支離滅裂……」
そうかな?筋通ってるでしょ。少なくとも僕の中では。コミュニケーションとってるんだから僕の中だけじゃ意味ないのか?反省した。僕は謝ることができる男なので、常闇くんに頭を下げておく。
「支離滅裂を認めるのか……」
「僕は素直なのさ」
「バカってことだろ」
ムカついたので爆豪くんにデコピンしておいた。僕をバカにするとどうなるか思い知れ!
「何すんだテメェ!」
「うるさい!バカって言うから悪いんだ!」
言い争う僕と爆豪くん、辟易する弔くんと常闇くん。そんな訳の分からない空間に入ってきたのは、僕らの黒霧さんだ。そんな黒霧さんは両手にビニールの袋を持って、一言。
「ご飯、買ってきましたよ。私の分も合わせて計五つ」
「……食べさせてあげよっか?」
「また顔面に食らわされてぇのか!」
「黒影は二度とやらんと言っていた」
それはよかった。僕もあれは二度とやらないでほしい。
ちなみにご飯だが、爆豪くんが頑なに食べないので口を開かせた状態で固定し、ぐちゃぐちゃにしたご飯を流し込んで地獄を見せたら、常闇くんは黒影を使って大人しく食べ始めた。爆豪くんはキレた。