第25話 それぞれ
先生の逮捕、平和の象徴の喪失、敵連合の完全な周知化。当然世の中は緊張状態で、平和の象徴の存在によって成り立っていた平和は、少しずつ崩れていっている感じがした。とはいっても先生のような災害ともいえる力を持つ敵が出てきたというわけではなく、オールマイトの存在によって機能していた鎖が、その喪失によって引きちぎれた、というだけで。喪失以前と以後で強盗等の犯罪率は増加していた。それも、敵同士が徒党を組む形で。
これは大物ブローカー義爛さんから聞いた話だが、僕たち敵連合は敵たちのカリスマのような存在らしい。あの雄英に襲撃して連日世間を騒がせたのだから当然といえば当然なのかもしれないが、僕らの真似をして徒党を組まれるのは、少しくすぐったくて、少しバカらしい。だって、僕たちは僕たちだからあの結果になったわけで、オールマイトに縛られて行動をせず、今強盗なんて『ただの犯罪』をしている敵は、僕たちに憧れようとただの敵にしかなれない。ただ暴れたいだけだ。じゃあ信念があれば暴れてもいいのかと言われると、そうでもないんだけど。少なくとも、世間から見れば。
そんなこんなで。各地で起こる犯罪でヒーローや警察が対応に追われる中、あまり大々的に動けない僕たちは、勢力拡大のために各地へ散らばっていた。散らばっていた、とはいっても実際はずっと会っていないわけじゃなくて、定期連絡に加えて週に何回かは必ず今の本拠地に集まっている。「つながりは大事だろ」というのが弔くん談。移動時間の関係で勢力拡大の効率は悪くなるが、そこは黒霧さんの個性でカバー。黒霧さんの負担が大きいが、文句も言わずやってくれている。おかげで余計に頭が上がらない。
みんなが各地で勢力拡大に精を出す中、弔くんと僕はずっと本拠地にいる。といっても何もやらないわけではなく、情報を漁って気になる敵を探り、目星をつける作業。普段のニュース、ネットに転がっている情報以外にも、各地に散らばっているみんなの情報も元にできるので、結構毎日やることがある。気になるな、からその人たちの有用性、目的、行動パターン。それらを判断して、いいと判断したらスカウトに動く。残念ながら、今動いている敵でスカウトしたいと思った人はいないんだけど。いや、いたにはいたのか。
死穢八斎會。指定敵団体で、簡単にいうとヤクザさん。そこの若頭の写真は先生に見せてもらったことがあり、その目的はわからないけど、今まで見てきた中ではまともな部類だと感じた。ここでのまともの意味は、イカれてるっていう意味だ。
ただ、弔くんはどちらかがどちらかの傘下になることはないと言っている。「先生の生徒が誰かの下にって、何の冗談だ?」って言ってたし、僕もそう思う。傘下になることに、先生の期待があるとは思えない。「あって同盟、いや、協力だな」と、弔くんがくだらなさそうに言っていた。今のところそうするメリットはないからね。勢力拡大といえば勢力拡大だけど、結局いつ裏切るのかもわからないし、僕らの『敵連合』という名前を向こうに持っていかれるかもしれない。
「結構難しいんだね、勢力拡大ってやつは」
「やることがやることだからな」
弔くんはパソコンのキーボードを規則的な速さで叩きながら、僕の言葉にぼそりと呟いて返した。僕はといえば、ここ最近の新聞記事をみて、とりあえず気になると判断した記事、敵の情報を抜き出している。この作業を続けすぎて、僕は文字が嫌いになりそうだった。最近は目を閉じても瞼の裏で文字が躍る。僕の瞼は文字たちのパーティ会場となっていた。人の瞼で勝手に楽しそうにされると腹が立つ。
「義爛さんに頼むのが一番よさそうなんだけど」
「俺たちの目で見るのが一番いい。恐らく、形にこだわれるのは今だけだからな」
オールマイトがいないときに畳み掛ける。そういうのもありだと思うけど、きちんとした象徴がいないときに僕たちが攻めても意味はあるのかと考えたとき、それは微妙としか言えなかった。僕たちはただ支配したいわけじゃなくて、正義が何なのかって言いたいんだ。偉そうな言い方をするけど、僕たちが手を出す時じゃない。だから、こだわるなら今なんだろう。
「あんまりこういうこと言うのってよくないと思うんだけど、ちょっと気が滅入るよね」
「仕方ない。惹かれるような行動をしないザコどもが悪いと思っておこう」
ひどい言い方だ。いや、その通りなんだけど。きっとみんなオールマイトがいなくなってハイになってるだけなんだ。そして、そうやってハイになる人は僕たちのお眼鏡にかなう人ではない。はず。今が実際そうだから。
「荼毘くんも『腹立ったから何人か燃やしちまった、すまん』って言ってたしねぇ」
「目立つ行動はさけて欲しかったんだが……きっととんでもないバカだったんだろうな」
敵連合の話をしようと思ったら「気持ち悪い顔」って言われたとか。それは怒ってもいい。燃やしちゃっても仕方ない。荼毘くん、かっこいいもんね。この前気分転換に外に出たとき女の子の敵たちに会ったんだけど、その子たちは荼毘くんのファンらしかった。ちょくちょく街中や路地裏で見かけて、クールで強い姿に惚れちゃったらしい。僕は?と聞いてみたら「なし」と即答されたので、とぼとぼと帰ったのを覚えている。
僕が一番有名だと思うんだけど、なぜかファンがいない。いや、いないわけじゃないのか。ヒミコちゃんをファンって呼んでいいなら、だけど。
「あ」
「どうした?」
そういえば、と思い出した。そろそろあれがあるんじゃなかったかな。
「ヒーローの仮免試験、もうすぐじゃなかった?」
「あー……忘れてたな。そういやそうか。で、それが?」
弔くんがぼーっとした目で僕を見る。ずっと情報を辿って、パソコンに張り付いていたから疲れてるんだろう。みんなに何があるかわからないし、連絡のときは起きなきゃいけないしね。
お疲れ様、と心の中で言いつつ、僕は考えたことを口にした。
「や、ヒミコちゃんならって思ってさ」
「……なるほど」
ぼーっとしていた弔くんの目が少し開いた。最近の弔くんは興味を持つとこうやって目を開く。もっとも、あまり目を開いたところは見たことないけど。
「確かに、トガならいけるかもな。ただ、間に合うか?結構ギリギリだろ、日にち的に」
「うーん、どうかなぁ。多分、こんな世の中になったから雄英一年も仮免試験受けると思うんだけど」
だったらヒミコちゃんにはぜひ雄英の子の血をとってきてほしい。雄英にはいろんな種をまいてるから、尚更ね。
僕がうんうん言ってると、連絡用のスマホがぶるぶると震えた。画面を見ると、ヒミコちゃんという文字。僕と弔くんはまさかと顔を見合わせて、とりあえずと僕がスマホを取った。
「もしもし。僕だよ」
『あ、凶夜サマ!聞いてください』
電話の向こうのヒミコちゃんは、ぴょんぴょんと跳ねそうなくらい喜んでいる様子だった。まるで褒めて褒めてかと言っているように。いい敵でも見つけたのかな?それとも、そういうことかな。
「どうしたの?」
『士傑の人の血、ゲットしました!仮免試験行ってきてもいい?行くね!』
「ヒミコちゃん大好きだ!」
なんていい子なんだ。かわいくて仕事ができるなんてとんでもない超人。天使。僕はヒミコちゃんのために生まれてきたと言ってもいい。言い過ぎた。許してほしい。
ヒミコちゃんの声が聞こえていたのか、弔くんは静かに頷いた。オッケーサインだ。
「お願い、ヒミコちゃん。できれば雄英の子の血とってきてほしいな」
『任せてください凶夜サマ!ご褒美待ってるね!』
「え?いいの?」
しまった。欲望が前面に出すぎて「いいの?」と言ってしまった。女の子にご褒美をあげられることに舞い上がってしまった。バレてないかな。
『貰うの私なのに、変です凶夜サマ!結構ヨユーないので、もう切るね。弔くんにもよろしく言っておいてください!』
また、です!と言ってヒミコちゃんは電話を切ってしまった。いつも思うけど、女の子との電話は声が近くていけない気分になる。いけないいけない。いけない気分になるのはいけない。うん?いけないいけない?いけない。何言ってるんだ僕は。おかしくなってしまったのか。
「トガがうちにいてくれてよかった。こんなこと言いたくはないが、俺たちと敵対していたらと思うと、ゾッとするな」
「ほんとだね。あんなに可愛い子が僕たちの仲間じゃないって思うと、ゾッとするよ」
「お前はズレていることを自覚しろ」
「?」
ごめんね、自覚してるんだ。ズレてるの。自覚してこれなんだから世話ないね。
「あ、そういえば弔くん」
「なんだ?」
「ヒミコちゃんがよろしくだって」
「お前のことをか?」
「違うよ!多分」
いや、違わない方がいいのか?だって、僕のことをよろしくってことは僕はヒミコちゃんと特別な関係ということになる。そっちの方がいいんじゃないか?
「やっぱりそうかも」
「は?やだよ。トガに断るって連絡入れとけ」
「つれないなぁ」
弔くんは表情で冗談がわかりやすいのがいいと思う。真面目な顔で冗談言うと本気で受け取っちゃう人がいるからね。みんな弔くんを見習うべきだ。僕はほとんど冗談と思われるんだけど、なんでかな?
「なーんか、こういうのいいね。遠くにいてもつながってるって感じ」
「連絡してるだけだろ?」
「それがいいの」
「そういうもんか。……いや、そうだな」
だって、僕たちみたいな人間が、ちゃんと連絡して、ちゃんと集まれる。すごいことだと思わない?こういうところを見れば、何で世間からはみだしたのかわからないくらいちゃんとしてるのに。
「恵まれてるよ。何だかんだで」
「だねぇ」
僕が恵まれてるって、どういうことかわからないけど。これがいいことなのか悪いことなのか、今の僕にはわからなかった。