【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第32話 そのころ

「トガちゃん、もうすぐくるってよ。めんどくせぇな、ワクワクするぜ!」

 

「無能なヤクザさんを手助けするのが私たちのお仕事です。凶夜サマもそういってました」

 

 ぐにゃぐにゃする壁や床に身を預け、呑気に話しているのは敵連合のトガとトゥワイス。自分のやりたいことに関しては積極的に、かつかなりのやる気を持って取り組むのだが、今回に関してはヤクザのお手伝い(やりたくないこと)。二人のテンションは、普段からは信じられないほど低かった。

 

 トガは自分の頬をナイフでぺちぺちしながら、不満げに呟いた。

 

「でも、めんどくさいですね。せっかく凶夜サマと一緒にお仕事できると思ってたのに」

 

「俺じゃ不満か?嬉しいな!」

 

「仁くんと一緒なのが不満なわけじゃないよ。できれば凶夜サマかマグ姉とがよかったけど」

 

 トガの飾らない発現にトゥワイスは崩れ落ちた。凶夜曰く愉快な言動も発さず、ただただうなだれるばかりである。感情がわかりやすいのがトゥワイスという男のいいところであり、悪いところでもあった。そんなわかりやすく落ち込むトゥワイスを見て、トガは口元に手をあててクスクスと笑う。

 

「冗談です。仁くんとのお仕事、嬉しいよ」

 

「妻……!」

 

 落として上げる。使い古された手法にまんまとはまったトゥワイスは、膝をついたまま少量の涙を流した。不幸な凶夜と行動をともにすることが多かったトガは、人を揶揄うスキルを変な形で身に着けた。こうすると、男が喜ぶということを知っているのである。なぜか、と聞かれると答えられないが。

 

「あ、もうそろそろみたいだね。分断、襲撃、お仕事です。仁くん」

 

「嫁に……」

 

 なんとも言えない形で持ち場につくトガとトゥワイス。

 

 そんな二人を見て、地下に入り込んで地形を歪めている死穢八斎會本部長の入中は、ブチ切れかけていた。

 

 

 

 所変わって、死穢八斎會に攻め込んできているヒーローたちは、入中の手で圧殺されようとしていた時、急に広がった空間を見て困惑していた。トガとトゥワイスのお仕事をするための準備なのだが、そんなことを知る由もないヒーローたちはとりあえず現状を確認しようと辺りを見渡す。

 

 その時、ヒーローたちを分断するように壁が出現した。

 

「うわ!」

 

 入中の個性で壁が生まれ、ヒーローたちが分断される。個性:施錠を持つプロヒーローのロックロックは、他とは違ってただ一人の状況となる。となれば、辿り着く答えは一つ。

 

 孤立したロックロックの背後で、気配を消していたトガがナイフを振りかぶっていた。寸前で気づいたロックロックが振り返り、自分の手でナイフを受け止め、施錠を発動する。施錠は、触れたものをその場に固定する個性。その個性を用いて、自分の手に刺さったナイフを固定し、トガが困惑した一瞬の隙をついて拳を放つ。

 

「敵連……!」

 

 分断された味方に襲撃されたこと、襲撃されるかもしれないことを伝えるために拳と放った言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 ロックロックの手を刺したトガは拳を受けるとドロ、と溶け、その背後から本物の(・・・)トガが口を塞いだのだ。それと同時に、腹部を深くえぐるようにナイフを突き立てる。

 

「仁くん」

 

「オッケー、任せとけ!頼るなよ!」

 

 僅かでも叫ばれたからか、トガの音もない襲撃をぼーっと眺めていたトゥワイスは、右手でサムズアップしながらよしてくれ、と言うように左手で手を振る。先ほど溶けたトガは、トゥワイスの個性で作られた偽物。そして、今から作るのも偽物であるが、戦闘力はピカイチのヤクザである。

 

 トガがロックロックに変身し、トガたちがいる空間の壁が割れる音とともに、それは作られた。

 

「やっちまってくだせぇ!乱波の兄貴!」

 

 乱波。個性:強肩を持つ、エグイ肩の回転でかなりの威力を誇る乱打を撃つ鉄砲玉八斎會の一人。トゥワイスによってつくられたその偽物が、壁を割ってきた緑谷と、個性を見ただけで打ち消すことができる個性を持つイレイザーヘッドに、その強肩をもって嵐のような乱打を放つ。しかし、正面からくるそれは、イレイザーヘッドにとって対処は容易いものであった。

 

 イレイザーヘッドはその個性によって強肩を打ち消し、首に巻いた捕縛武器を乱波の脚に巻き付け、バランスを崩させた。そのバランスを崩した乱波に緑谷が蹴りを一閃。本物であれば耐えられるものであったが、この乱波は偽物。蹴りによって吹き飛ばされた後、ドロリと溶けてしまった。

 

「……ヤクザ、つっかえねぇな!」

 

 一瞬でやられた乱波を見て、目を見開いて本心を口にするトゥワイス。そんなトゥワイスに気づかないはずもなく、緑谷が無力化するためにトゥワイスへと駆け出した。

 

「敵連合!大人しく捕まってもらうぞ!」

 

「大人しく捕まるようなやつらが、こんなところにいるかよ!」

 

「っ、まてデク!右だ!」

 

 トガの気配を消し、接近するスキル。変身しても変わらないそれは、トゥワイスに注意を向けている緑谷に近づくには十分なものだった。気づかれたとしても、その姿は味方であるロックロック。反応するには一瞬のラグがある。

 

 個性の性質上緑谷よりスタートが遅れたイレイザーヘッドは、いち早く緑谷に近づくロックロックに気づいた。乱波を転ばせたときに確認した倒れているロックロック、不自然に緑谷へ近づくロックロック。怪しいと思うのは、当然のことだった。

 

 緑谷が右へと視線を向けたとき、トゥワイスは後ろへ走り出し、ロックロックの姿をしたトガはナイフを振りかぶる。と同時に、イレイザーヘッドの個性によって変身が解け、狂気的で狂喜的な笑顔を浮かべたトガが現れた。

 

「トガヒミコ!」

 

「トガ!!そうですトガです、トガヒミコ!また会えるなんて、嬉しいなぁ!だから刺すね!出久くん!」

 

「情熱的だなトガちゃん。もっとホットになってもいいんじゃねぇか!?」

 

 トガの服を回収しつつ、妙に荒い息をたててトゥワイスが言うと、イレイザーヘッドとその他の三人を分断するように壁ができた。二対一の状況になったと理解した緑谷は、トガのナイフを前に走って避け、その勢いのまま壁を蹴破る。

 

「戻るぞトガちゃん!俺たちとあのボサボサ、死ぬほど相性悪い!勝てるけどな!」

 

「不満だけど、仕方ないです。ヤクザさん!」

 

 トガの呼びかけで、再び壁が生まれる。それを追おうとした緑谷だが、ロックロックが倒れていたため、その足を止めた。

 

「なんで、敵連合が……」

 

「接触があったっていう報告はあった。ありえない話じゃない」

 

 ロックロックを担ぎながら言うイレイザーヘッドに、緑谷は恐る恐るといったように、ゆっくりとした調子で言った。

 

「……もしかしたら、月無が」

 

「考えておいた方がいいな。最悪の想定はしておくべきだ」

 

 最悪の想定。その言葉に、緑谷は眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「トガちゃんって着替え早いよな……」

 

「個性で慣れちゃった。裸んぼは恥ずかしいです」

 

 緑谷たちから逃げたトガとトゥワイスは、先ほどまで戦っていたとは思えないほどゆったりしていた。まるでここでの自分たちの仕事は終わったかのような振る舞い。トガはぴっと袖を伸ばし、トゥワイスはどことなく残念そうな表情でそれを見ていた。

 

「ヤクザさんの援護がへたくそだから、恥ずかしいことになっちゃった。使えない人はどうしようもないですね」

 

「それな!最初のやつはともかくとして、後から来たボサボサはありえねぇだろ!分断の仕方考えろよな!」

 

 そしていつものように、なんでもない風に気に入らないやつを攻撃する。

 

「だからせせこましく生きるしかなかったんだよ。誇らしい生き方だな!」

 

「絶滅寸前の天然記念物です。仕方ないよ、仁くん」

 

 気に喰わないやつは、ぶっ壊す。トガは、天井を見て言った。

 

「きっと、寝たきりの組長さんがしようもなかったんだよ」

 

「──!!」

 

 その言葉で、地下を動かしていた入中がキレた。

 

 奇声とともに無差別に動く床や壁。入中の場所がヒーローに割れるのに時間はかからなかった。

 

「そろそろエリちゃんを手に入れてる頃でしょうし」

 

「俺たちは脱出用意しなきゃだから、そういうことで」

 

「「バイ」」

 

 イレイザーヘッドに個性を消され、落ちていく入中に二人は手を振った。

 

 

 

 凶夜たち敵連合ヤクザ組がだらだらしていた時、ある程度の作戦を立てていた。とはいってもそこまで難しいものではなく、あくまで方針的なものである。

 

「僕とマグ姉は多分、逃げづらいよね。若頭の護衛だから」

 

「襲撃に乗じてっていうのは難しそうねぇ。外から黒霧の力を借りないと」

 

「そ。だから、ヒミコちゃんとトゥワイスさんにはその役をお願いしたいんだ」

 

 凶夜はソファーの上で暇を潰すように体を揺らしながら言った。お願いの形式とは程遠いその姿に気を害した様子もなく、トゥワイスは力こぶを作って「任せとけ!」と一言。トガは凶夜の頭に顎を乗せて一緒に揺れながら、「了解です」と短く呟いた。

 

 その答えに満足した凶夜は揺れるのをやめ、頭に当たる感触に集中しつつ、作戦を告げる。

 

「弱い人をつけば、逃げやすくなるはずだよ。例えば、入中さん。襲撃にくると絶対あの人が地下に入って地形を動かすはずだから、逃げるときには入中さんを攻撃してほしい。あ、口でね。キレやすそうだから、あの人」

 

「そんなんで大丈夫なのか?上手くいくだろうけどよ」

 

 ふわふわとした口調で話す凶夜に不安を感じたのか、トゥワイスが疑問を投げかける。その疑問に凶夜はにっこりとして、得意気に返した。

 

「僕の弱さを見抜く目を信じてほしい。ダメかな?」

 

 瞬間、その場にいる全員が「信じる」と言って、頷いた。凶夜は嬉しく思いつつも、どこか微妙な気持ちになったという。


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