【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

34 / 112
第33話 月無凶夜:オリジン

 燃える家、僕を守る両親、力が抜けていく体。それは、ぼく(・・)の終わりの記憶で、始まりの記憶。

 

 

 

「やぁ、元気かな?○○くん」

 

「元気だよ、先生」

 

 あの頃の僕は、生を、死を諦め始めていた頃だった。毎日を先生と共に過ごし、不幸を制御できてきて、勉強も教えてもらって。充実しているように見えて充実していない日々に、何かを得つつも何かを失っていく日々に。時々先生が見せてくれるヒーローの映像だけをキラキラした目で見て、後は生きているのか死んでいるのかわからないような濁った目をしていた。元気かな?っていうのは僕に対する皮肉だったのかもしれない。子どもにやることかよ。

 

「君は本当に国語が好きだね。辞書を読むのが楽しいなんて、あまり聞いたことがない」

 

 僕は本が好きだった。夢に浸れるようで、現実味がない話。現実味がある話も、僕にとっては立派なファンタジーだった。僕が読んでいる物語の中では、僕は幸せな主人公になれた。なぜか感情豊かな僕は、感情移入の鬼というか、物語の登場人物にでさえ感情移入できる。このスキルがむなしいと気づいたのは、しばらくしてからだったけど。

 

 そんな物語を読むためには、確かな語彙力、国語力が必要だった。それを身に着ければ一層物語を楽しめるから。ただ、辞書自体を読むことが楽しみになるなんて思ってもなかったけど。

 

「だって、僕の個性って不幸でしょ?なら、言葉だけでもちゃんとしておかないと。言動がユニークなら、友だちができやすいっていうし」

 

 そのための語彙力、国語力。いくら特殊な環境にいるといっても、僕は子どもだったし、当然友だちが欲しかった。だって話す相手がいつも先生って、何か寂しいし。コミュニケーションの大切さはこの頃から知っていた。他でもない僕だからこそ。まぁ、子どものころはほとんどコミュニケーションをとる機会なんてなかったんだけど。

 

「だからって、君の年齢でそこまで口達者な子はいない。同じ年齢の友だちは逆にでき辛くなってるよ?」

 

「え、うそ」

 

 達者で豊富な語彙力を持っているはずの僕は、このときばかりはそれを発揮できなかった。呆然とする僕に笑顔で頷いて見せた先生は、やはり趣味が悪いと思う。思わず辞書を投げつけようかと思ったが、やめておいた。先生に何かをしても無駄になるだけだって知ってたから。

 

「それに、こんなことを言われて全然沈まないような子は、やはり無理だ」

 

「えー……でも、仕方ないじゃん」

 

「そうだね、仕方ない。君は不幸で、僕に拾われたから」

 

 僕の不幸は、僕の邪魔をする。この頃は基本的にそうだった。まだ不幸とうまく付き合えていなかった僕は、不幸の範囲を制御できていても、自分自身が不幸に振り回されていた。実は持っている辞書、八冊目くらいだったりする。七冊目をダメにしたときなんて「どうにかして辞書をダメにしようと思っていないか?」と先生に言われたくらいだ。そんなわけないじゃないか。ものすごくバリエーションに富んだ方法でダメにしていったけど。僕の不幸を信じてほしい。

 

「……?○○くん、何を書いてるんだい?」

 

 先生は、僕が読んでいる辞書の上に乗っかってある紙を見て、首を傾げた。勉強するなら紙があってもおかしくはないが、そこに書かれていたのがただの漢字が数個という、それだけみれば意味がわからないものだったからだと思う。僕からしてみればうんうん悩んで選んだ漢字なんだけど。

 

「これ?あれだよ。ヒーローネーム?みたいなやつ。○○○○って名前は、不幸になる前の僕の名前だから。捨てなきゃダメなんだ」

 

「両親からもらった名前を?」

 

「だからだよ。不幸な僕は、ぼく(・・)じゃない」

 

 確か、両親からもらった名前は優しい感じのやつだったと思う。漢字二文字で、その意味はみんなに優しく、他人のことを考えて、何かを与えれる人に、みたいなやつ。そんなの不幸な僕には相応しくない。

 

「ヒーローネームか……敵名じゃなくて?」

 

「うーん、今は敵ってわけじゃないし、前向きに考えた方がよくない?」

 

「ははは。敵は後ろ向きか。やはり君は常識人みたいだね」

 

「どうだろ」

 

 僕が常識人なら、多分この世の中は争いもなく平和になっていると思う。少なくとも僕はそう思ってる。だって、個性からして常識があるとは思えない。いや、個性はどっちかっていうと非常識な存在であって常識の存在だから、常識がないとはあんまり言えないのかな?世界中を探せば僕みたいな人がいるかもしれない。いないか。

 

「どうせなら常識人らしく、ユーモアのある名前の方がいいよね」

 

 言いながら、僕はメモしていた漢字を丸で囲んでいった。色々選んだけど、今の僕にはこの名前がぴったりな気がする。

 

「月無凶夜。ツキがないだけにってね!」

 

 何も無くて、ツイてなくて。

 

 燃える家、僕を守る両親、力が抜けていく体。それは、ぼく(・・)の終わりの記憶で、始まりの記憶。終わりの夜で、始まりの夜。

 

 僕がツイてないと思った、初めての夜だった。

 

 

 

「……まだだ」

 

 そうだ。マグ姉は死んでいない。生きてる。まだ終わりじゃない。

 

「マグ姉、後でいくらでも謝るから!ごめん!立てる!?」

 

「、ええ!ちょっと個性がないっていう感覚がつかめなくて。大丈夫よ!」

 

 大丈夫だと僕に伝えるように、大きめの声で言ってくれるマグ姉。何気を遣わせてんだ僕。死ね。ほんと死ね。

 

「大丈夫?月無さん」

 

「……うん、大丈夫。ありがと」

 

 僕の頬を撫でてくれるエリちゃんをぎゅっと抱きながら、お礼を言った。何エリちゃんを心配させてんだ僕。死ね。ほんと死ね。

 

 でも今は、後悔とか反省とかは後だ。今の僕は敵連合の月無凶夜。後ろ向きだけど前向きに。それが僕で、それが僕たちだ。

 

「ヒーローさん!若頭お願いね!」

 

「ごめん!ありがとう、任せろ!」

 

 ヒーローは僕がいなかったら自分がどうなっていたのかを理解していたようで、僕に謝ったあとお礼を言った。いや、ヒーローが敵に謝ってお礼を言うなよ。バカにしてんのか。それとも僕のことを敵と思ってないのか?舐められてる?

 

 そんなことはどうでもいい。僕たちはまず逃げなきゃいけない。できればヒーローが若頭を倒してくれている間に。あのヒーローめちゃくちゃ強いもん。勝てるわけない。前向きに考えたって無理だ。

 

「マグ姉、磁石!」

 

「オッケー。発信!」

 

 落とした棒磁石を拾っていたマグ姉が棒磁石を少しいじると、小さいボタンが棒磁石から出てきた。押したら受信機に向けて信号を放つ発信機。発信が強力すぎる特別製のやつで、これがあればいつでも黒霧さんがきてくれる。手筈通りならヒミコちゃんとトゥワイスさんが近くまで呼んでくれているはずだから、寸分の違いもなく迎えにきてくれるはず。

 

 マグ姉が勢いよくボタンを押そうとしたその時、地面からヒーローがぬっと出てきた。

 

「それはさせない!」

 

「マグ姉!」

 

「やだ!変態!」

 

 マグ姉はヒーローの手から逃れるように後ろに下がり、ボタンをかばいながら押した。ただ、押せたのはいいけどマズい。

 

「若頭もうやられてんの!?役立たずすぎでしょ!」

 

 僕の視界には、倒れている若頭が映っていた。あの一瞬で、あの若頭を倒すなんて。いや、結構ダメージ受けてたけど、そんな早く倒されるなんて思ってなかった。どんだけ強いんだよ!

 

「……呼ばれたからきてみれば、ピンチみたいですね」

 

 発信機の信号を受けて現れた黒霧さんは、出てきた途端にため息を吐く勢いで言った。僕がいるから仕方ないみたいなその言い方、やめろや。

 

「黒霧さん、コンプレスさんをお願い!」

 

「もうきてるぜ。エンターテイナーを舐めるなよ」

 

 流石仕事ができる代表の二人!素敵!抱いてほしくはない!

 

 コンプレスさんは自分のやることをわかっているのか、ワープゲートに半身つっこんだままエリちゃんに手を伸ばした。すると当然、ヒーローはやってくる。

 

「あだっ」

 

「ってぇ!」

 

 コンプレスさんの手が叩き落とされ、僕の顔が思い切り蹴られた。エリちゃんは手放すまいとぎゅっと抱きしめるが、ヒーローの追撃で肩をやられて、腕が緩んだ瞬間にエリちゃんをとられてしまう。

 

「黒霧さん!」

 

「ええ、わかってます」

 

 エリちゃんをとられるわけにはいかないと、黒霧さんを呼ぶと黒霧さんは僕の考えを理解したのか、それとも自分でそうしようと思っていたのか、ヒーローの腕から先をワープゲートで通し、ヒーローの手でだっこされているエリちゃんもワープゲートを通ってコンプレスさんの前に移動した。しかし、ヒーローはそれを見ると自らワープゲートに突っ込み、ワープゲートを通ると、迫りくるコンプレスさんの手を透過して避け、僕たちから距離をとった。

 

 なんだあのヒーロー。すごすぎる。

 

「これは少々……引きますか?月無」

 

「あのコ、とんでもないわね」

 

「俺のショウが始まりもしねぇ!」

 

「……僕たち全員の動きが見えてるみたいだ。漫画かよ」

 

 位置的に僕たち全員は逃げられる位置にいるが、エリちゃんが僕たちのところにいない。ヒーローの保護対象がエリちゃんであるように、僕たちの目的もエリちゃんだ。追いすぎるのはよくないが、エリちゃんとは、約束がある。敵としてはバカらしいけど。大事にしなきゃいけない。僕たちのところに連れて行くって言ったんだ。約束は守るもの。子どもには正しいことを教えなきゃいけない。

 

 でも、どうしよう。あの透過、厄介すぎる。エリちゃんを抱えている限り僕たちから逃げることはできないだろうけど、増援がくるのも時間の問題。早くしなければ。

 

 そんなことを考えているときに、壁が割れた。それと同時に現れるヒーローたち。

 

「……うわぁ」

 

 見覚えのある姿もそこにあり、嬉しく思いつつ絶望的な何かを感じた。

 

「月無!」

 

「思ったよりいるな、敵連合。……というか、敵連合以外やられてるのか?」

 

 マズいマズい。頭を働かせろ。今なら間に合う。今ならみんな逃げることができる。仲間とエリちゃん、どっちが大事だ?どっちも大事だ。だからこそ選ばなきゃいけない。連れていけるかもしれないエリちゃんか、確実に逃げることのできる仲間か。

 

 そんな僕に決断させたのは、他でもないエリちゃんの声だった。

 

「やだ!離して!月無さんと一緒に行くの!」

 

 場の空気を凍らせるエリちゃんの言葉。無垢な子どもが、敵と一緒に行くという、洗脳ととられてもおかしくない言葉。ただ、この言葉はそんなに簡単なものじゃない。エリちゃんのこの発言は、つまり、言ってしまうところまで言ってしまえば「ヒーローが間に合わなかった」ってことだから。

 

「私のヒーローは、月無さんなの!」

 

 その言葉とともに、エリちゃんの角が。

 

 一瞬、光った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。