【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第34話 帰宅

「ぐっ、なんだ!?」

 

「エリちゃんの巻き戻す個性!離さないとなくなるよ!」

 

 エリちゃんの言葉を聞いた僕は、考えるよりも先に走り出していた。エリちゃんの個性で苦しみ、一瞬緩んだヒーローの腕から抜けるために、エリちゃんはヒーローの胸を蹴って走っている僕に向かって跳んでくる。

 

「みんな、サポートお願い!」

 

「エンターテイナー使いが荒いな!」

 

「増援行きますよ!マグネは月無の近くで援護を!」

 

「ええ、任せて!」

 

 腕を広げる僕とエリちゃん。エリちゃんの個性が発動してしまう可能性がある以上、ヒーローはエリちゃんに触れられない。ぼさぼさの人の個性はみんなが壁になって発動しないようにしてくれている。いつの間にかヒミコちゃんとトゥワイスさんもきてるし。パーティかな?

 

「月無さん!」

 

「行こう、エリちゃん!」

 

「させるか!!」

 

 僕がエリちゃんを受け止める直前、出久くんがものすごい速さで跳んできた。だが、僕はそちらを一瞥もせず、エリちゃんを受け止めることだけに集中する。僕は僕がしなきゃいけないことだけをすればいい。

 

 出久くんが僕らのところに来る前に、出久くんは横から飛んできた棒磁石が直撃して、弾き飛ばされた。

 

「やらせないわよ!」

 

「ナイスだマグ姉!さぁ行け荼毘!炎で囲め!」

 

「何だこの状況。やるけどよ」

 

 声とともに、僕とエリちゃんを囲む青い炎。荼毘くんもきてたの?いや、トゥワイスさんの個性か。便利すぎでしょ。炎によって囲まれた僕たちは、個性で邪魔されることはなくなった。警戒すべきヒーローはひとりいるけど、気にしなくていい。もう僕の腕の中にはすでにエリちゃんがいる。そして、黒霧さんも炎の内側にきてくれている。

 

 僕はエリちゃんを抱えたままワープゲートに飛び込み、地面から出てきたヒーローに向かって、炎の外にいるであろうヒーローに向けて、言った。

 

「君が、君たちがヒーローなら、僕からエリちゃんを救ってみせろ!どうせ僕が勝つけどな!ザマァみろ!」

 

 少なくとも、今回は僕の勝ちだ。恐らく。みんなが帰ってきてくれれば、だけど。

 

 

 

「核の子は確保しました!帰りますよ!」

 

「いいけどよ!あのボサボサとリーマン鬱陶しいぜ!楽勝だけどな!」

 

「俺の個性で圧縮しようとしても、的確に俺を見て個性を消してきやがる!やらしいったらありゃしねぇ!」

 

 黒霧の報告を聞いて、敵連合がヒーローから距離をとる。イレイザーヘッドの視界を遮ることができればよかったため、そこまで近い距離ではなかったが、見るだけで個性を消す、遠距離でも機能する捕縛武器、更にナイトアイが動きを読んでいるかのように投げてくる押印によって、敵連合は好きに動けないでいた。

 

「帰れる人から行きますよ!トガ!」

 

「うー、役に立てなくてごめんね!またあとでね!」

 

 そんな中、ヒーローと一番遠いところにいたトガがワープゲートを通る。役に立てなくてとは言ったが、棒磁石に弾き飛ばされた緑谷に気配を消して近づき、襲撃を繰り返していたため、緑谷の意識をロックする役割は果たしていた。

 

「逃がす、かっ!?」

 

「女の子におイタはダメよ!」

 

 ワープゲートを通るトガを逃がすまいと走り出した緑谷だったが、マントヒーロー……ルミリオンの攻撃から逃げていたマグネが緑谷の腕に飛びつき、そのまま引き倒す。無理な体勢で引っ張ったため自身もバランスを崩すが、トガは無事ワープゲートを通れた。

 

「行くなら今だな!とっておきのマジックだ、受け取れよ!」

 

 トガがワープゲートを通ったのを見て、コンプレスがイレイザーヘッドとナイトアイに向かって小さな球体を複数投げる。二人の目がそれへつられた瞬間、コンプレスとトゥワイスが背後に開かれたワープゲートに飛び込んだ。それと同時にコンプレスが指を鳴らすと、大量の岩が出現する。押しつぶされまいとイレイザーヘッドは捕縛武器を飛ばしつつ、ナイトアイは押印を投げながら前進した。

 

 トゥワイスが捕縛武器に捕らえられ、コンプレスに押印が直撃するかと思われたその時、それぞれの体が沈むワープゲートから、腕が伸びてきた。

 

 トゥワイスのワープゲートから伸びてきた腕が捕縛武器を掴むと、たちまち崩壊していき、コンプレスのワープゲートから伸びてきた腕はナイトアイごと焼き尽くすかのように青い炎を放った。

 

「っ、サー!」

 

 頭上からの落石、前方からの炎。避けられないと判断したルミリオンは、その個性を使ってナイトアイの救出に向かう。緑谷はマグネを拘束していたが、コンプレスとトゥワイスがワープゲートを通ると同時、マグネの真下にワープゲートが開いた。

 

 マグネとともに落ちていく緑谷を見て、イレイザーヘッドが短くなった捕縛武器を伸ばして、緑谷を掬い上げる。

 

「先生!敵が!」

 

「いい!お前が向こうへ行くよりマシだ!」

 

 でも、と出かけた言葉を、緑谷はぐっと飲み込んだ。

 

 ここにいる全員がわかっていた。負けたということ。ヤクザは逮捕できるだろうが、この場に現れた敵連合全員を取り逃がし、保護対象は連れ去られる……いや、連れ去られるという表現も間違っているかもしれない。なぜなら、保護対象のエリは、敵連合の凶夜とともに行くことを自ら望んでいた。

 

 あの「ヒーローは月無さん」という言葉。あの言葉に、全員が動揺していた。敵がヒーローと呼ばれること。ヒーローの手を払いのけたこと。

 

(僕たちは間に合わなかった……そして、月無は間に合った)

 

 全身を襲う敗北感。ただ、緑谷は心のどこかで納得していた。納得してしまっていた。

 

 心のどこかで、緑谷は、「月無は人を救うのに向いている」と思ってしまっていたのだ。ルミリオンが凶夜の目に何かを感じたように、誰かに何かを感じさせることができる人間なのだと。

 

 

 

「おかえりマグ姉!」

 

「あらあら、どうしたの?甘えんぼさんね!」

 

 僕は最後に帰ってきたマグ姉に飛びついた。そのまま受け止めてもらって、くるくるとその場で回る。よかった。最後まで帰ってこなかったから、もしかしたらって考えちゃってた。だって、僕のせいでマグ姉の個性が、なくなっちゃったから。

 

 回るのをやめてその場に下ろしてもらうと、僕はしっかりと頭を下げて謝った。

 

「ごめんなさい。僕のせいで、マグ姉の」

 

「ストーップ」

 

 ぷにゅ、と。言い切る前に、僕の頬をマグ姉の大きな手が挟んできた。そのまま無理やり前を向かされると、目の前には優しい顔をしたマグ姉。そんなマグ姉は、首をゆっくり横に振りながら言った。

 

「あなたは納得しないでしょうけど、いいの。私は、あなたが優しいコだって知ってるから」

 

 そして、ゆっくりと頭を撫でてくれる。お母さんかよ。なんで、僕はこんないい人を……いや。

 

 僕は小走りで近づいてきたエリちゃんを抱き上げて、エリちゃんに頬をぺちぺちされながら言った。

 

「でも、ごめんなさい。そして、生きててくれて、帰ってきてくれてありがとう。僕のせいって思うことはやめないけど、今は引くよ。困らせたくないから」

 

「はーい。こちらこそ、帰る場所をくれてありがとね」

 

 どこまでいい人なの?というかなんでみんなはニヤニヤしながら見てるの?恥ずかしいんだけど。疲れてるだろうから部屋に戻っていいんだよ?面白いものでもないでしょ。面白いから見てるのか。趣味悪いぞコラ。

 

「月無さん、大丈夫?」

 

「……ホントにいい子だね、エリちゃん」

 

 純度100%の良心は心にくる。僕はエリちゃんを撫でながら、にこーっと笑った。心配させちゃいけない。楽しいところに連れてくるって言ったんだからね。

 

 そんな僕に、弔くんがこれまたニヤニヤと憎たらしく笑いながら言った。

 

「随分と懐かれてるな。洗脳の個性でも持ってたのか?」

 

「失礼な。ちゃんとお話ししてきたんだよ」

 

「だろうな、知ってるよ」

 

 そう言った弔くんの表情は満足気だった。元々の目的はエリちゃんを連れてくることだったからかな。多分そこまで期待してなかったんだろう。弔くんとしては、僕たちが好き勝手ヤクザを掻きまわすことができればそれでいいと思っていたはず。弔くんは、僕に期待しないことで有名だからね。敵連合の中で。

 

「手?」

 

 弔くんを見て、エリちゃんが不思議そうに首を傾げた。そりゃ顔に手をつけてる人なんて見たことないだろうからね。それにしたって「手」って言うだけなのはどうかと思うけど。

 

 手、と言われた弔くんは少し眉間に皺を寄せた後、らしくもなく手を小さく振った。

 

「初めまして、俺は死柄木弔。こいつらのリーダーってことになるが、気にしなくていい。きたばかりだから部屋はやれないが、できるまでは月無と一緒に生活してくれ」

 

「お、一緒にだって。やったね!」

 

「ありがとう!死柄木さん!」

 

「……あぁ」

 

「慣れないことしたから、照れてます」

 

 にこにこと楽しそうに笑いながら弔くんを揶揄うヒミコちゃんは、「トガヒミコです。よろしくねー」とエリちゃんの小さい手を握って自己紹介をしていた。エリちゃんを可愛がりたいって言ってたから、本当に嬉しそうにしている。というか、僕がエリちゃんを抱っこしてるからものすごくヒミコちゃんが近い。ずっと抱っこしておこう。

 

「俺はトゥワイス!よろしく!」

 

 僕の背後からぬっと現れて自己紹介するトゥワイスさん。エリちゃんはそれに驚きつつ、ぺこりと頭を下げた。トゥワイスさんは面白い人だから、すぐに仲良くなれると思う。自分の番は終わったと、トゥワイスさんは弔くんの隣に立って肩を叩いていた。揶揄ってるのかな?

 

「スピナーだ」

 

 スピナーくんは、少し離れた所から名前だけを言った。こういうのに慣れてないんだろう。子どもとの距離の取り方がわからないっていうか、そもそも自己紹介が苦手っていうか。そんな不愛想なスピナーくんに、エリちゃんはしっかり頭を下げて「宜しくお願いします」と言った。エリちゃんのが大人じゃない?

 

「エリちゃん初めまして。私はマグネ。凶夜くんたちからはマグ姉って呼ばれてるから、そう呼んでほしいな」

 

「マグ姉?」

 

「はーい」

 

 マグ姉の優しい雰囲気を感じ取ってか、エリちゃんの反応が良かった。マグ姉と手を合わせて首を傾げる姿は、何というかめちゃくちゃ和む。こういう可愛らしさを持ってる人って、僕らの中にはいなかったからなぁ。や、ヒミコちゃんも可愛いんだけど。

 

「荼毘だ。俺の顔平気か?」

 

「うん、大丈夫」

 

 意外にも、エリちゃんにしっかり目線を合わせて自己紹介する荼毘くん。どっちかというとスピナーくんのタイプかと思ってたから、びっくりした。あと自分の顔が怖いかどうかを確認したのも。子どもを気遣える人だったんだ。スピナーくんが隅の方で「何……!?」と言って固まるくらい意外。……スピナーくんも荼毘くんのこと自分側だと思ってたんだ。

 

「ハイどうぞ、お嬢さん」

 

「わ」

 

 コンプレスさんが前に出て、圧縮していた花をポン、とエリちゃんの前で咲かせた。びっくりしているエリちゃんの表情は、子供らしくて微笑ましい。

 

「おじさんはMr.コンプレス。気軽にコンプレスさんって呼んでくれ」

 

 自慢のハットを脱いで仮面を外し、ウインクしながら言うコンプレスさんに、エリちゃんは花を受け取りながら少し笑って頷いていた。エンターテイナーなコンプレスさんは、エリちゃんと相性がいいかもしれない。というか、マジックを見て喜んでくれる人との相性が抜群ってだけか。マジックに見せかけた個性なんだけど。

 

「最後は私ですね。黒霧です」

 

「もやもやだ」

 

 黒霧さんを見て、エリちゃんは不思議そうに言った。このままだともやもやさんと呼ばれることになるかもしれないので、「黒霧さんだよ」としっかり教えておく。

 

「……やっと終わったか」

 

 トゥワイスさんに肩を組まれながら、鬱陶しそうな表情をした弔くんが、疲労の色を込めた声で言った。トゥワイスさんに何かやられたのか、いつもより髪がぼさぼさになっている。

 

「今日からここがお前の……エリの家だ。好きな時に好きなことをして、好きに過ごせ。ここはエリの自由を奪わない。誰にでも存分に甘えていい。……まずは、そうだな」

 

 弔くんは共同生活スペースの方を見てから僕とエリちゃんを見た。

 

「俺たちは用事があるから、先に風呂入っとけ。月無と一緒にな」

 

「お、いいの?実はちょうど入りたかったんだ」

 

「あら、なら私も入ろうかしら。女の子の髪は繊細だもの」

 

「月無さんとマグ姉と一緒?」

 

「……らしいね」

 

 後から聞くと、なぜか僕は苦い顔をしていたらしい。


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