【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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 いきなりきます。


第39話 望月豊優:オリジン

 男は全力で走っていた。可愛い一人息子の誕生日、仕事を早めに切り上げたはいいものの、色々あって早めの帰宅ができなくなるかもしれないための全力疾走である。

 

 というのは、この男は困っている人を見捨てられない性質であり、その振る舞いはヒーローのよう。実際にはヒーローではないのだが、家から会社までにいる人たちの間では、ちょっとした有名人だった。曰く、下手なヒーローよりヒーローらしい。

 

 そんな男は、大荷物を抱えて歩道橋の階段を上ろうとしているおばあちゃんというベタな人を見つけ、進行方向を変えておばあちゃんの下へと駆け付けた。

 

「麗しいレディ!お困りのようで」

 

 男の見た目はたくましい大柄な体に、いつでも明るい笑顔を浮かべている男らしく整った顔立ち。恵まれた容姿に、困っている人は見捨てられないという性格。手を差し伸べるその姿は、頼りがいのある男そのものだった。

 

「あら、力渡(りきと)さん。今日も元気そうねぇ」

 

「それが俺である証ですから!ハッハッハ!」

 

 腰に手を当てて胸を張り、大きく笑う男は望月(もちづき)力渡(りきと)。ちょっとした有名人なので、おばあちゃんももちろん力渡のことを知っていた。

 

「ハッ!そういえばお困りのご様子でしたね!何か手伝えることはありますか!」

 

「そうなの。ちょっとこの荷物が重くて、階段を上るのが億劫でねぇ」

 

「そういうことならお任せあれ!」

 

 そう言って力渡が力こぶを作ると、おばあちゃんにたちまち元気と力がわいてくる。この力こそが力渡の個性。

 

 個性:譲渡。自分の力、気力等を誰かに渡すことができる。自分の傷も渡せるが、「渡したい」という気持ちがなければ何も渡すことができないため、渡したことはほとんどない。更に、渡す相手の「成し遂げたい何か」がわかっていれば、それに必要な分の力を渡せるほどの緻密なコントロールも可能。

 

「しかし、俺が荷物を運ぶわけではありません!今日は時間がないので!その代わり力をあげました!これで大丈夫なはずです、頑張って!」

 

 それでは!と手を振りながら再び全力疾走した力渡に、おばあちゃんは優しく笑いながら手を振り返した。誰かに力を渡してもまったくパワーダウンした様子を見せないのが、力渡のすごいところである。

 

 

 

 所変わって望月家。そこには、力渡の嫁である幸と、二人の可愛い息子の少年がいた。幸は男が十人いれば十人振り返るような美人で、スタイル抜群、そして個性のこともあり、まさに完璧と言える女性であった。

 

 個性:幸福。自分が幸福になる。それだけ。それだけだが、その幸福の幅は無限に広がり、金運だけで生活できてしまうほどのものである。訪れるタイミングはランダムだが、個性のおかげで元々幸福。

 

 そんな幸に似たのか、少年は可愛らしい容姿で、父親の影といえば性別と髪質くらいであった。それ以外のパーツはほとんど幸に似ている。力渡は少年が成長する度複雑な気持ちになりながらも、「こりゃ個性も幸寄りか!」と気にしていない風に言って笑っていたという。幸からしてみれば、気にしていることがバレバレであったのだが。

 

 少年は両親が大好きで、今も幸にべったりしている。クーラーで涼みながらも椅子に座る幸の膝の上に座り、自分の腹に回された幸の手を小さな手できゅっきゅっ、と握っていた。暇そうである。

 

「ねー」

 

「んー?なぁに?」

 

 あまりにも暇だったのか、少年が幸の豊かな胸にもたれかかりながら顔をあげ、幸を見る。幸はそんな可愛らしい少年の姿にだらしなく緩みそうになる頬をなんとか我慢して、優しい聖母のような笑みを浮かべて答えた。ご近所さんの前ではいつも素敵な笑顔でいることができるが、夫である力渡と息子の少年の前では色々と綺麗な表情ができなくなってしまうことがある。

 

 少年は幸の笑顔を見てにこーっと笑うと、その可愛らしい笑顔を浮かべたまま話し出した。

 

「おとーさんまだ?」

 

「きっとまたみんなを助けてるんじゃないかな。でも、もう少しだよ」

 

「もう少し?」

 

「そう。おとーさんはいつだって家族が一番だから」

 

 幸は昔のことを思い出した。

 

 力渡が下手なヒーローよりヒーローらしいのは、その実、天下の雄英高校に在籍していたことにも原因がある。力渡は成績優秀で、仮免を取った後はインターン先の活躍でたちまち有名になったが、幸と出会った途端、ヒーローになるのをやめたのだ。なぜかと当時の幸が聞くと、「ヒーローはいつだってみんなを優先しなきゃいけないけど、俺は一番大事な人を優先したいから、ヒーローはダメだ。他の誰かか幸なら、俺は迷いなく幸を選ぶ」とものすごく真面目な顔で言われてしまった。ちなみに、その当時力渡と幸は交際関係ではなかったという。

 

 そして、一番大事な人、人たちを守るために今力渡はヒーローではなく、企業勤めのサラリーマンである。他の誰より大事な人を優先する力渡は、大切な家族行事があれば人助けをそこそこにするため、急いでいる力渡を見る人々の目はものすごく温かい。

 

 今日はそんな大事な人、息子の誕生日。力渡が遅くなるわけがないと、幸は確信していた。

 

「家族が一番なら、なんで夜になるとおとーさんとおかーさんは二人で遊んでるの?僕とおかーさん、同じくらい大事にしなきゃおかしいよ」

 

「んー、それはねぇ」

 

「あ、でもこの前裸で喧嘩してたよね。ダメだよ、喧嘩しちゃ」

 

「んー?それは、ねぇ」

 

 どうしよう、と優しい笑顔を浮かべたまま幸は考えた。少年が言っているのは夫婦としては当然の営みのことで、その行為を通して少年も生まれたわけだが、それを教えるには少々早すぎる。とりあえずとして、「あれは仲良くしてるんだよー」と言ってみると、少年は「僕も仲良くする!」と言ってしまった。「大人にしかできないの。ごめんね」と返すと、「えー、早く大人になりたいなぁ」とのこと。幸は、少年が大人になれば仲良くしなければならないのだろうかとバカなことを考えた。

 

「ううん、きっと、いい人が見つかるはず」

 

 ファイト、と誰に向けているのかわからない言葉に、少年は首を傾げた。

 

 そんなふんわりとした空気の中でふわふわした会話を楽しんでいると、玄関のドアが開く音とともに、一家の大黒柱である力渡の声が家中に響いた。

 

「ただいまぁああああ!!愛しのパパが帰ってきましたよ!」

 

 言葉とともに、廊下を走る音、足音が止んだその時には、力渡が幸たちの目の前に現れていた。

 

「あ!幸のふかふかを独占するとは、我が息子ながら油断ならないやつ!幸をかけて勝負だ!」

 

「おかーさんは渡さないもん!」

 

「ふふ、なにそれ」

 

 一般的?な家庭の幸せな一ページ。

 

 少年の誕生日なので、幸は遊ぶ夫と息子を横目に微笑みつつ、ご馳走の用意をしに席を立った。

 

 

 

 そんな幸せな一ページは、炎で埋め尽くされた。親子川の字で寝静まった頃に火の手があがり、逃げ道が塞がり、少年が虫の息。少年の誕生日が、最悪の形で終わろうとしていた。

 

「なんだってこんな日に……!しっかりしろ!俺より先に死ぬのは許さねぇぞ!」

 

「この子だけ燃えるなんて……!お願い、私より先に死なないで!」

 

 消えゆく命をつなぎとめようと、二人は必死に呼びかける。抱えて逃げる道もなく、あくまで人に力を与えるだけの個性である力渡には、道を開くことはできなかった。同じく幸福であるだけの個性の幸では、自分だけ助かることはできても、息子を助けることはできない。しかし、なぜ幸福という個性があって少年が死にかけているのか、なぜ幸の家が放火されたのか。

 

(この子の、個性……!)

 

「力渡、この子の個性」

 

「幸と逆の個性だろ!だったらなんだ!諦めろってか!?」

 

「違う!力渡の個性、渡せる!?」

 

 幸の言葉を聞いた力渡は、驚愕に目を見開いた。力渡の個性は自分の力を渡すこと。文字にしてみれば可能に見えるが、そんなことができる個性など、力渡は聞いたことがなかった。いや、できたとして、それでどうなるというのか。

 

「その個性を私に渡して!そして私の幸福と力渡の譲渡をこの子に渡すの!そうすればこの子は生き残れる!確か、譲渡って傷とかも渡せるんでしょ!?」

 

「……そりゃあ、そうだが。お前、それは」

 

 力渡が躊躇したのは、子どもに自分たちを殺させるかもしれないということ。優しいこだと知っているから、いざそれを知った時どうなるかと考えたとき。子どもにそれを背負わせるのは果たして正しいのかどうか。

 

 そんな考えは、幸の叫びで消え失せた。

 

「この子なら大丈夫!前を向けるって信じてる!私たちの息子だから!」

 

「……やっぱイイ女だな、幸!」

 

 力渡は幸を抱きしめて、個性を発動する。個性、譲渡。自分の力を誰かに渡す個性。その個性を、幸福の個性を持つ幸に発動し、その個性を渡した。

 

 個性、幸福。自分が幸福になる個性。息子を助けることができる譲渡の個性を貰うことは、幸にとって幸福なことである。

 

「……力渡の、きた」

 

「なんか興奮するな、それ」

 

「ばか」

 

 幸は力渡から離れ、少年を優しく抱きしめた。そして、譲り受けた譲渡の個性でまず自分本来の個性である幸福を渡す。そして、次に譲渡を。

 

 その瞬間、少年の傷が、痛みが、疲労が、幸と力渡の二人を襲った。

 

「二人同時……?どういうことだ、これ」

 

「この子にとって、私たち二人同時にこうなることが、一番不幸だったってことじゃない?」

 

「なるほどな」

 

 途切れそうになる意識をなんとかつなぎ止め、力渡は少年を抱いている幸ごと抱きしめた。

 

「聞こえてるか。多分これが最後だから、伝えておく」

 

 そのまま、優しく語り掛ける。既に、幸の目には涙が浮かんでいた。

 

「お前は優しい子だ。幸みたいに、誰よりも優しくて、誰にでも優しくて」

 

「力渡みたいに、誰かを助けられる。誰かに何かをあげることができる。私たちの幸せは、あなたにもらったものなんだよ」

 

 少年がうっすらと目を開けた。それに喜びながら、力渡は言葉を続ける。

 

「これから先、お前の個性たちがどうなるかわからない。だから、頼れる大人を見つけろ。自分一人で生きていこうとするな」

 

「あなたは誰かにあげることができるんだから、一人なんて絶対ダメ。多くの人に触れて、その優しさをあげてほしい」

 

 少年が二人の服をぎゅっと握った。その手に自分たちの手を添える。

 

「それから、名前」

 

 力渡と幸は目を合わせ、涙を流しながら笑顔で頷いた。

 

「自分のために生きるのは当然だ。その上で、大事にしてほしいことがあったんだ」

 

「人はひとりじゃ生きていけないから。どんな個性を持っていても、どんな性格でも、どんな立場でも。きっと人には支えが必要で、あなたには、優しく、誰かのために、何かをあげられる人になってほしくて……力渡のセンスが悪くて、ごめんね」

 

「なんだよ、いいだろ。シャレが効いてて」

 

 誰かのために、何かをあげられる、豊かな優しさ。

 

豊優(ほうゆう)。for youだけにってね!」

 

「響きはともかく、いい名前だと思うから。大事にしてね。でもでも、自分のことを大切にしてほしいし、えっと、えっと」

 

「落ち着け。豊優が困るだろ」

 

「そう、だね。えっと、うん。色々言うと覚えられないだろうから、これだけは言わなきゃね」

 

 荒く息を吐きながら、ぎゅっと、豊優を抱きしめて、綺麗な笑顔で言った。

 

「ありがとう、愛してるよ。これからも、ずっと」

 

「俺もだ。俺たちは、ずっとお前を愛してる。それだけは、忘れないでくれよ」

 

 優しい子どもの優しい両親。明るくたくましい父親と、笑顔が素敵で綺麗で優しい母親。

 

 そんな二人の命が、消えた。


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