【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第40話 望月豊優:リスタート

「望月、豊優。僕の、名前」

 

 思い出して、溢れ出したのは、悲しい気持ちと、温かくて優しい気持ち。大好きだった、いや、大好きなお父さんとお母さんとの記憶。

 

「俺は、先生からお前のことを聞かされていてな。全部、知っていた」

 

 弔くんは気遣うように目線を僕から外し、言った。僕の方に差し出されているハンカチは、弔くんの個性とは逆にとても綺麗で、使った形跡なんて見当たらないくらい真っ白だった。僕はそれを受け取って、溢れ出たものを拭きながら言葉を待つ。

 

「お前に話さなかったのは、経験がなかったから。この事実を受け止めるだけの経験。人との触れ合い。お前の個性上、もっとも必要なものだと先生が判断した」

 

 僕の中にある個性は三つ。自分自身の個性、不幸。お父さんの個性、譲渡。お母さんの個性、幸福。全部が人に関わるもので、全部が暴走すると厄介なもの。不幸は僕がめちゃくちゃいい人なら暴走すると周囲がめちゃくちゃになるし、幸福は僕が悪い人ならやはり周囲がめちゃくちゃになる。譲渡は、まさに何が起こるかわからない不幸や幸福を誰かにあげてしまうかもしれない。そして、基本的にその三つは目に見えない。だから、あまり止めようがないから、ショックな出来事を受け止めることができる心がまず必要だって判断したんだろう。先生はすごい。

 

「譲渡に関しては、USJの時に顔を出した。もっとも、お前の不幸の個性のせいで少し歪んだ形になったがな。本来の譲渡としても使えるだろうが、不幸だけが表面化している状況だったから、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)になったんだろう」

 

 譲渡は本来、プラスなものもあげることができる。お父さんもそういう使い方をしていたし、それは間違いない。でも、僕の迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は僕が耐えられないと思ったマイナス要素のみを誰かに押し付けるもの。……となると、もしかしたら。

 

「もしかしたら、僕の不幸……それに幸福も、個性を作り替える可能性がある?」

 

「恐らくな。お前の幸福が表面化すれば、幸福+譲渡でまた別な効果が生まれるかもしれない。あくまで可能性の話だが、迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)がある以上、ない話じゃない」

 

 迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)が譲渡と違うところは、僕が死ぬなら無条件で発動するというところだ。死にたいと思っている僕は不幸のせいで死ねない、なら、その不幸が発動して迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)が発動する。更にそんなギリギリになるまでしか発動できない。譲渡なら、自分が渡したいと思えばどんな状態であれ渡すことができる。

 

 簡単に違うところをまとめると、譲渡は渡したいという意思が必要で、自分の力、傷を渡すことができる。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)は渡したいという意思ではなく対象に選ぶだけでよくて、死ぬ間際に自動発動。そして、渡せるのはどうしようもない傷等と不幸だけ。

 

 このことから考えてみると、不幸は個性をどうしようもないものにする特性があって、譲渡に関して言えば相手にとっても不幸な形の個性になっている。

 

「そういうことだ。お前の中に個性が三つあるとわかった以上、それに対する考察、理解、それを進めていけ。できればあまり考える時間を与えたくなかったが、この際仕方ない」

 

「?なんで時間与えたくなかったの?」

 

「……」

 

 ……?もしかして、心配してくれたのかな?時間を与えすぎるとお父さんとお母さんのことを考えて、沈みこんじゃうかも、みたいな。いや、どうだろう。最近の弔くんならありえるかもしれないけど。

 

 試しに僕はわかってるよ、みたいな感じでにまにま笑ってみると、弔くんが舌打ちした。どうやらそうだったらしい。

 

「ふふ、ありがとう、弔くん。大丈夫だよ。今の僕にはみんながいるから」

 

「……そうか。ならいい」

 

 ひょっとしたら、お母さんからもらった幸福の個性が無意識に働いたのかも。こんないい人、いい人たちに囲まれるなんて、幸せだとしか思えない。……幸せなんて、しばらくというか、ずっと忘れてたなぁ。幸福をもらったってことを思い出して、やっと自覚できた。今の僕、幸せだ。

 

「できれば、早くに幸福を表面化させろ。この話をした以上、不幸だけが表面化していればお前が死ぬ可能性がある」

 

「?あ、そういえば」

 

「そうだ。不幸なお前は、死にたくないって思うと死ぬ。いつになるかはわからないが、そう決まっている」

 

 そうだそうだ。それはいけない。あれ?それはいけないって思ってるってことは、今の僕はそう思ってるってこと?うーん、なんか、あんまりその感覚がわからない。ずっと死にたいって思ってきたし、生きたいって感覚がどんなものなのか。……もしかしたら、その生きたいって感覚が、幸福を呼び起こす何かになるかもしれない。なんとなく、だけど。

 

「……その幸福を呼び起こすための賭けが、お前のレベルアップだ」

 

「賭け?」

 

 弔くんは難しい顔で、僕の目を見て言った。賭けって、どういうことだろう。いつもの僕ならもっと察しがいいんだけど、今は、ちょっとダメだ。なんでかは教えない。

 

「今、いつ死ぬかわからない状況のお前を、あいつらの誰かと、エリとともに外へ行ってもらう。俺たちとエリがお前にとっての幸福だと判断してのことだ」

 

 俺たちって。弔くんがこういう時にさらっと自分を含んでくるとこ、自信家すぎて好きだ。

 

「そして、お前の原点……いや、お前のもう一つのありえたかもしれない未来。そこでお前がやっているであろうことをあいつらと一緒にやってもらう」

 

「……?」

 

 もう一つのありえたかもしれない未来。もう一つって言うからにはそれとは真逆の未来があって、それが今の僕ってこと?ということは……今の僕が敵だから、もう一つっていうと……。

 

「人助けだ。お前の個性、知識を活かして人助けをしてもらう」

 

「人、助け?」

 

 人助け。なんの冗談だろう。今の僕は世界の敵で、名前だけで怖がられるような敵だ。実際にはそんなに怖くないんだけど、そういうイメージが世間に定着している。そんな僕が今更人助け何て、できるのかな。それに、みんなだって指名手配犯だし、そんなに簡単なことじゃないと思う。

 

 弔くんは考え込む僕を見て、小さく笑った。

 

「お前が救ったつもりはなくても、お前に救われたやつはたくさんいる。お前は、それができる人間だ。お前がいつもあいつらが敵なのが信じられないくらいいい人だって思っているように、俺たちもお前のことをそう思ってる」

 

 ……。なんか、弔くんが優しい。いつもなら何かがあるかもって警戒するけど、今回はそんな打算もなにもなく、ただただ弔くん本来の優しさがでてるってわかる。弔くん本来の優しさって、あんまり見えるものじゃないからわかりにくいけど。

 

 そうだ。いつもより声色が柔らかいっていうか、そもそも表情がものすごく優しくて、なんか、安心する。弔くん、いつの間にそんなスキル身に着けたの?

 

「大丈夫だ、心配しなくていい。お前は、誰かに優しさをあげることができる。それだけの優しさがある。それは、誰よりも俺がわかってる」

 

 僕は思い出していた。お父さんのこと。道を歩いては人助けをして、僕もその人助けのお手伝いをしていた。お父さんの個性、譲渡は僕に人助けができるくらいの力をくれて……信じられないくらいのパワーが出せたとき、自分で言うのもなんだけど賢かった僕はお父さんの力だってわかってた。でも、人助けの後お父さんは決まって言うんだ。「豊優はすごいな!俺より早く困っている人を見つけてた!あの人を助けられたのは、間違いなく豊優の力だ!」って。

 

 今思うと、お父さんは僕を見ておかなきゃいけないのとは逆に、僕は興味のままにきょろきょろできるから見つけられるのは当たり前なんだけど。でも、それって僕の興味が「困っている人」だってことだったのかな?

 

「誰よりも優しいお前なら、誰かを救ったことのあるお前なら、安心しろ。お前は必ず、ヒーローになれる」

 

 幼い頃見ていた夢。僕の夢は、お父さんに憧れたのか、紛れもなくヒーローだった。お父さんみたいにみんなを助けて、他の人と家族がまるごと危なくなってもみんなまとめて救えるような、そんなヒーロー。

 

「できるかな、僕に」

 

 呟いた僕に、弔くんは温かく笑って、言った。

 

「ああ。お前は、幸福になれる」

 

 望月豊優は、どういう子だったんだろう。きっと、みんなに優しくて、誰かに何かを与えられる、そんなとんでもなくいい子。自分のことだとは思えない。でも、自分だ。僕は、望月豊優。

 

 だったら、できる。月無凶夜じゃ救えなかった人でも、望月豊優なら。

 

「まぁ一番の理由は、敵連合に救われた人間がいるってなった時のヒーローの顔が見たいからなんだけどな」

 

「……だと思ったよ。流石弔くん」

 

 うん。僕たちはあくまで敵連合だからそこはブレちゃいけないよね。僕たちの目的は正義とは何かという問い。なんだ。それなら僕がやることはぴったりじゃないか。あれ?弔くん僕を気遣ってじゃなくて計画のために使っただけ?……いや、ないか。

 

 だって、さっきの言葉無駄に早口だったし。きっと、それまでの自分の言葉が恥ずかしくなったんだろう。らしくなかったし。らしかったけど。

 

「ふふ。ありがとね、弔くん」

 

「あ?何がだ」

 

「なんでも。いこ。エリちゃんが待ってる」

 

「……お前、口調変わってないか?」

 

「?そうかな。そんな意識ないけど」

 

「……気のせいかもな」

 

 立ち上がった僕たちは、暇をしてむくれているであろうエリちゃんの部屋へ向かった。

 

 僕のことをヒーローって言ってくれた、エリちゃんのところへ。


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