【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第45話 信念

 個性に必要なのは明確なイメージ。諸説あるが、一般的にはそうとされている。自分の向き不向き、できること、その認識。それが個性使用には必要とされる。

 

 ニュートの場合、そのイメージがしっかりしていた。燃え上がるテンションの象徴を腕とし、テンションが最高潮のときにそれを顕現させる。そして、ニュートの個性上テンションが高い状態で保たれていれば、その炎は消えることはない。その結果現れるのは、高い操作性を持つ炎の腕。

 

「燃え上がろうぜ!スピナーさんよぉ!」

 

 放たれるのは炎の腕。炎でありながらスピナーを握りつぶそうとするそれを、スピナーは余裕をもって右に跳んで避ける。くらえばひとたまりもないものであっても、腕という形で現れている以上初動を見ることができる。スピナーにとっては、腕が現れる前の方が幾分厄介であった。

 

 避けたスピナーを追うように炎が伸びてくるのを見るまでは。

 

「っ!」

 

 伸びた炎はスピナーの左腕を捉えた。肌が焼ける感覚に顔を歪めるが、足を止めることなくそのままニュートのもとへ向かう。

 

(武器が半分千切れた以上、遠距離で戦う術はほぼない。それに加えあの炎の腕がある以上、距離をとっていれば成す術なくやられる)

 

 感覚がなくなりかけている左腕を垂らして走りながら、右手で持つ武器を二本の連結刃に変形させ、一本の柄を歯で噛み、もう一本を右手で持った。炎の腕で続けて攻撃してくるのであれば、恐らく。

 

(横なぎの攻撃)

 

 スピナーの予想通り辺りを一掃するように炎の腕が振るわれた。予想していたスピナーは連結刃を天井に刺して跳びあがり回避する。そして天井から連結刃を外すと、一瞬連結刃を手放して懐にあるナイフを取り出し、ニュートに向かって投げた。

 

「あぶねっ」

 

 胴体に向かって投げられたそれを大げさな動作で回避するのを予測していたスピナーは連結刃をその回避先に放った。一撃必殺を狙い心臓を狙ったそれはしかし、左腕が使えない分忙しくなった右手が影響したのか、少し外れる。

 

「ぐっ」

 

 連結刃はニュートの左肩を捉え、深く突き刺さる。スピナーはニュートがひるんでいる隙に着地し、連結刃をニュートから引き抜いて再び二本の連結刃を一つの武器にした。狙いが外れたことに舌打ちしつつも、その行動を止めることはない。

 

 戦場で動きを止めることは死に直結する。それをレベルアップで体にしみ込ませてきたスピナーは、確実に戦士として完成され始めていた。

 

「ホット!すばしっこい!上がるなぁオイ!」

 

 肩に刃を受けてなお余裕を見せるニュートに、スピナーは妙な警戒心を抱いた。腕は恐らく間に合わない。いや、腕を解除して普通に炎を放ってくるかもしれない。そんな考えをニュートは一瞬のうちにして吹き飛ばした。

 

「燃え上がれよ!スピナー!」

 

 ニュートは叫ぶと右腕の巨大な炎の腕をかき消し、左肩に受けた傷口から新たに巨大な炎の腕を生やした。傷口から伸びるその腕はニュートの傷口を焼き、正面にいるスピナーをも燃やそうとその腕を伸ばす。

 

 自らが抱いた警戒心に従い回避体勢に入っていたスピナーは右に勢いよく跳んで避けようとするが、予想外の勢いで伸びてきた腕に再び左腕を焼かれ、完全に焼き焦げた。それでも、スピナーの目はニュートを射抜いている。

 

(……!)

 

 そこでスピナーは気づいた。ニュートの炎の腕があった、その右腕。

 

「お前、まさか自分の腕を」

 

「言ったろ。俺が一番上がる瞬間は、俺が俺自身を燃やすとき!」

 

 ニュートの右腕はスピナーの左腕と同じく焼き焦げていた。それが意味するのは、あの炎の腕は使用者すら燃やすということ。そして、その行為はニュートのテンションを高く保ち続ける。

 

(自分のテンションを保つために、自分を燃やしているのか!)

 

 いくらそれで強くなるとはいえ、狂気的な行動。しかしそこにあるのは自分の炎に対する絶対的な信頼。

 

 ニュートの個性は本来、高くなったテンションを炎という形にして放出する。テンションが高いほど威力が高くなるが、その関係上、一度放出するとその分テンションが低くなる。しかし現在出している炎の腕。これはニュート自身を燃やし続けることによって、炎を高威力に保ったままにすることができる。

 

 自分を燃やすことが好きだから。一番テンションが上がる方法がそれだから。

 

 言葉にするのは簡単だが、それがどれだけ狂気的なことか。体が燃えるというのは想像を絶する痛みを伴うはずで、いつ意識が途切れてもおかしくはない。

 

 ないのだが、ニュートが浮かべているのは変わらず獰猛な笑み。

 

「……その情熱を、正しさに向けようと思ったことはないのか?」

 

 ふと沸いた疑問を、ニュートにぶつける。燃やすことに関してここまで一直線であれば、その情熱、熱さを他に向けることはできなかったのか。燃やすという形は何も一つではない。

 

 疑問をぶつけられたニュートはおかしそうに笑い、自分の傷を、体を燃やしながらはっきりと言った。

 

「正しさってなんだよ!人を燃やすのが間違ってんのか?自分を燃やすのが間違ってんのか!?」

 

「正しさとは、正義だ。お前の個性なら、性格なら、いいヒーローになれただろう」

 

 熱さというのは、時に鬱陶しく、時に人を惹きつける。今のニュートからおかしさを差し引けば、きっといいリーダーとなる。更に、炎というのはわかりやすく、それがテンションによって左右されるというのだからなおさらだ。

 

 しかし、ニュートはスピナーの言葉を笑い飛ばす。

 

「ハハッ、敵がヒーローを語んのか!だったらなんでテメェはヒーローになってねぇんだよ!敵が理想語ったって何も聞いちゃくれねぇぜ!」

 

「ヒーローもよかったかもしれないな。だが」

 

 スピナーは入り口の方を一瞥して、武器を構えて言った。

 

「ついていきたいと思ったやつが敵だった。俺が正しいと思った信念を持つやつが敵だった。正しさにヒーローも敵もない」

 

「熱いなぁオイ!ならよ、他人の好きなこと否定すんのは正しいのかよ!好きなことしてんのは正しくねぇのかよ!」

 

「時と場を選べ。正しさとは自分だけで成り立つものではなく、必ず他がいて成り立つものだ。お前の押し付ける正しさは、孤立している」

 

 スピナーはゆっくりと歩き始める。決着をつけるために。

 

「そんなご立派なご高説をたれるくらいだ。よっぽどな信念を掲げてるんだろうな」

 

「よっぽど、だが」

 

 スピナーはそこで初めて、そこが日常であるかのように笑った。

 

「偉そうなことを言ったが、俺も、俺たちも、正しさを押し付けるクチでな。お前との違いは孤立しているかいないか、というだけかもしれない」

 

「……なーんか、羨ましくなっちまったなぁ。お前ら、最高にアツそうだ」

 

 言うと、ニュートは炎の腕を消し、背中から一対の炎の翼を生やした。

 

「イケてるだろ?」

 

「飛べるのか?」

 

「飛べるといいけどなぁ」

 

 今までハイテンションを貫いてきたニュートが、ふと自嘲気味に言ったそれに、スピナーは勢いよく地を蹴って笑いながら言った。

 

「飛ぶために戦っているのが、敵連合だ」

 

「かっけぇなぁ、上がるぜ!オイ!!」

 

 翼とは、空とは自由の象徴。ある男が「僕にとっては空も危険まみれだから自由でもないかもね」と言っていたのを思い出し、スピナーは勢いよく振るわれた炎の翼が振り下ろされる前に笑いながら突っ込んだ。

 

「ハハッ、嘘だろ!」

 

 人体の限界かと思うほどの加速で炎の翼を突き破り、それでもなお背中に火傷を負いながら向かってくるスピナーに思わず笑うニュート。そのスピナーは武器を振りかぶり、笑う。

 

「少なくとも」

 

 思い出すのは、敵連合内での日常。本当に敵なのかと思えるほど楽しく明るいあの空間。確かな正しさを感じるあの空間。

 

「俺たちが自由じゃないのは、正しくないと思ってる」

 

「……なんだよ」

 

 ニュートは語るスピナーの表情を見て、小さく吹き出した。

 

「テメェも、好きなことやってんじゃねぇか」

 

 言葉が終わると同時に、命を刈り取る一振りが放たれた。

 

 

 

 強がってみせたジェントルだが、実はかなり危険な状態にいた。音を拾わない聴覚に、ふらつく体、揺れる視界。いくら弾性という個性を持つとはいえ、自分の意思とは関係なく揺れる視界への耐性は持っていなかった。

 

(参った。想像以上に強いな)

 

 ジェントルは心の中で弱音を吐く。それは精一杯の強がりで、カメラを回している愛する女性を心配させないがためのものだった。それに、あそこまでキメたのにその直後に弱音を吐くなんてカッコ悪い、という気持ちもある。

 

「謝るよ、潰しがいがないって言ったこと。聞こえないだろうけど」

 

「ありがとう。聞こえはしないが、ある種の称賛であることは伝わるよ」

 

「かっけぇ」

 

 ガストは思わず漏れた言葉にハッとすると、首を横に振ってその思いを吹き飛ばし、ジェントルを正面から睨んだ。

 

「だから、加減せずに潰すよ。潰しがいがある人、好きなんだ」

 

 そう言って、ガストは三メートルほどに巨大化し、ジェントルに向かって走り出す。

 

 巨大化すると、その体を動かす感覚は当然通常の身長のときとは異なる。よって、個性を使うにあたってガストはそれぞれのサイズで体の動かし方に慣れる必要があった。その中でたどり着いたのが、結局部分的に巨大化した方が虚をつける上に強いということ。そして更にその中でたどり着いたのが、今の状態。

 

 最も通常の身長と近い三メートルという巨体で動き、さらに部分的に巨大化する、というスタイル。

 

 ガストはジェントルに拳を向け、腕を巨大化させた。先ほどまでのことで学んだのか、ジェントルは空中ではなく横に避ける。ならばと、ガストは腕を元に戻し、足払いをかけるように脚を横なぎに振るいながら巨大化させる。ただ単に巨大化させた腕とは違い、力をかけながらの巨大化なため体が持っていかれるが、潰すためと言い聞かせて気にしない。相手を潰すことに情熱をかけるのがガストである。

 

 避けたと思ったら潰されかけているこの状況にジェントルは目を剥きつつも、床に弾性を付与して跳びあがる。次に備えて空中に弾性を付与していると、案の定ガストが次を放つ準備に入っていた。

 

 崩した体勢から無理やり腕をジェントルに向け、そのまま巨大化。その動作を見ていたジェントルは小さく上に跳ね、巨大化をあざ笑うかのようにその腕に乗る。

 

「僕を踏むなよ!小さいくせにさぁ!」

 

 わかりやすく腹を立てたガストは腕を元に戻すと、ジェントルはそれを待っていたかのように空中に弾性を付与し、一直線にガストのもとへ跳ねた。決めるなら不意打ちに近い形で。ガストの個性上、やろうと思えば延々と巨大化と元に戻るのを繰り返し、ヒット&アウェイに似た戦法で一方的にやられてしまう。

 

(チャンスは逃すべきではない、やるなら速攻!)

 

 弾性を付与し続け、それを使い跳ねることで加速を重ね、三メートルの巨体に拳を放つ。

 

 しかしそれは、ガストに突き刺さることはなかった。

 

 ジェントルの拳が当たる直前、全身を更に巨大化させることでジェントルを弾き飛ばした。突然の衝撃と加速の勢いが重なり、かなりの衝撃がジェントルを襲う。

 

「自分から壁にぶつかりにくるようなものだよ、それ。体勢崩してるの見て安心した?」

 

(私としたことが油断した……!かなり戦闘に慣れている)

 

 床をゴロゴロと転がり、荒い息を吐きながら考える。息をつかせない攻撃をすると思えば、突然隙を見せてそれを利用したカウンター。いとも簡単にひっかかってしまったことに恥を覚えつつ、息を整えて立ち上がる。

 

(正直、見逃してほしいくらい勝てるかわからない)

 

「だが、私はここで倒れるわけにはいかんのだよ……!」

 

「気持ちは立派だけどさ、震えてるよ」

 

 いつの間にか三メートルの巨体に戻っているガストに指摘されたジェントルは、度重なる打撃によって全身を震えさせていた。一撃一撃が全身を打つものなため蓄積されるダメージは相当なものである。実際、今ジェントルが立っているのは意地に近い。

 

 自分の名を後世に残すため。歴史に名を刻むため。その道への進歩ともいえるべき敵連合への加入を前に倒れるのはありえない。

 

「私には、成すべきことがある。貫くべき信念がある。それを潰されるにはあまりにも早い」

 

 それに、と続け、ラブラバを見る。

 

「いつか。もしかすると今。私の生き様に救われる者がいるかもしれない。私の信念が、意志が、誰かを救うかもしれない。もう私が名を残したいからというだけではない」

 

 ジェントルの震えが止まった。凛々しく立ったままラブラバに微笑んだ後、ガストをきっと睨みつける。

 

「偉そうなことを言うようですまない。大きさに関する個性のようだが……」

 

「ジェントル、愛してるわ。だから」

 

 勝って!というラブラバの叫びとともに、ジェントルの内側から膨大な力が湧いてくる。それは個性の力と言ってしまえばそれまでだが、その実は少し異なるもの。

 

 言うなれば、想いの力。

 

「想いの大きさというものは、知っているかね?」

 

 ラブラバ、個性:愛。愛を囁くことで、愛する者ただ一人だけを短時間パワーアップさせる。その力は、何十倍にも膨れ上がる。

 

 ジェントルは床に弾性を付与し、今までとは比較にならない速さでガストのもとへ跳んだ。その速さは、ガストが接近に気が付かず、まさしく消えたと思うほど。そして、そう思ったときには既にジェントルの拳が腹に突き刺さっていた。

 

「げぇっ……」

 

「まだだ」

 

 空中に弾性を付与し、また一撃。更に繰り返し一撃。空中を跳ね続け、加速と純粋な力が乗った連撃をガストの巨体にあびせていく。ジェントルはガストの顎を蹴り上げ、そのままガストの真上に行くと、弾性を付与した空気を限界まで伸ばし、勢いをつけた。

 

「君の敗因は一つ。紳士的ではなかったということだ」

 

「ば、かにしやがってぇぇえええ!!」

 

 ガストは吠えるが、もはやジェントルがどこにいるのかわかっていない。攻撃されている場所はわかっても、動きを目で追えていなかった。それを可能にしているのは、ラブラバの個性。ジェントル曰く、想いの大きさ。

 

 そして、敵連合としてのデビュー戦を終えるべく。

 

 ジェントルが跳んだ。


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