エリちゃんの角が発光し、個性が発動する。エリちゃんの個性、巻き戻しは触れた対象を前の状態まで巻き戻す。それは個性が発動している限り働き、発動し続ければあっという間に人を無にしてしまう。
だが、正しく使用すると……正しくという表現があっているかどうかわからないが、怪我をしている人を無傷の状態まで巻き戻すことができる。ちょうど、今エリちゃんがやったみたいに。
エリちゃんの角から発せられる光が収まると、ひどい状態だったヒーローが一人、綺麗な状態まで巻き戻った。薄目を開けているのはあの状態でも意識を保っていたという証拠で、意地というかなんというか、ヒーローの信念のようなものを感じて素直に尊敬する。
「できた……できた!」
個性をちゃんと使えたことに、跳びあがりそうなくらい喜ぶエリちゃん。両手をぎゅっと握って、本当に嬉しそうな笑顔で振り返り、きらきらした目で僕を見る。あまりの喜びように僕の個性でサポートしたことを申し訳なく思う。後で僕がサポートしていたこと教えなきゃ。僕がいないところで個性を使われるとどうなるかわからない。
それでもエリちゃんが個性をちゃんと使えたことに変わりはないので、褒めてオーラを全身から放つエリちゃんをゆっくり撫でる。そうするとエリちゃんは嬉しそうな笑顔を更に嬉しそうなオーラで彩り、まるで幸せが擬人化したみたいだった。人を幸せにする笑顔というのは、エリちゃんの笑顔のようなことを言うんだろう。そういう笑顔。
だが、まだ一人。後三人いることを忘れちゃいけない。
「エリちゃん。後三人助けてあげて」
「任せて!」
私がいる!とついさっきまでの不安な感情はどこへやら。どこかで聞いたようなフレーズを口にして一人ひとり巻き戻していく。
そんな中、一番最初に巻き戻したヒーローが首だけを傾けて僕を見ているのが目に入った。その目は疑念のような、あまりよろしくないような色を含んでいる。まぁ、僕は敵だから当たり前なんだけど。
「どういう、つもりだ」
「何が?」
巻き戻された感覚がまだ掴めていないのか、言葉を途切れさせながら聞いてくるヒーローに疑問で返す。どういうつもりって、どういうことだ?この状況のことを言っているのは間違いないけど。
「お前たち敵が、ヒーローを助ける理由だ。今向こうで戦っている二人も、別に相手をする必要はないはず」
向こうで……スピナーくんとジェントルさんのことか。ニュートとガストは放っておくととんでもない大事件を引き起こしそうだから、僕たちが相手してもおかしくないだろう。普通にヒーロー四人を瞬殺する力があるし。気になるのは、なぜあの二人が一緒にいたかってことだけど。もしかしたら、僕たちみたいな組織に属しているのかもしれない。
「んー、そうだねぇ。僕たちがそうしたかったからそうした、っていう答えで納得できる?」
「なぜそうしたかったのかと聞いている」
それもそうか。さっきのじゃ答えになってるけど、答えになってないようなものだからね。そうしたかった理由、かぁ。そうなると僕たちの目的のためと言うしかないんだけど、あとエリちゃんの個性の練習。でも、こういうことを言っていいのか。
「月無さん!できたよ、できた!」
僕が悩んでいると、エリちゃんが走ってきて僕の胸元に飛び込んできた。落とさないようにしっかり抱きとめると、お疲れ様、とねぎらうように背中をぽんぽんする。
「……お前たち敵は、捕まえるべき相手だ。そう思ってる」
「うん。それが普通だし、そうするべきだと思うよ」
何を言い出すのか、ヒーローが体を起こしながら僕とエリちゃんを交互に見て、倒れている他のヒーローたちを見る。綺麗なその姿に安心したのか、ほっと息を吐くとさっきとは違って穏やかな色を含んだ目で僕を見た。
「だが、お前たちが本当に悪者なのか、わからなくなった。俺たちを助け、敵たちの足を止め、結果的に市民を助けている。助けたかったから、では敵とは思えない」
あー、そうなるのか?ニュートとガストは放っておいたら逃げていった客や店員を焼いて潰していただろうし、今スピナーくんとジェントルさんが相手していることでそういうつもりはなくても助けている、という捉え方をされるのか。確かにそれだけ聞くと敵かどうか怪しいと思うよね。僕でもそう思う。
「君がそう思うなら、それでいいんじゃない?僕たちは僕たちの目的のために助けて、戦ってるだけだから。んー、言っちゃうと、僕たちの目的のためには今ヒーローと市民は殺せないってこと」
「敵なのにか?」
「じゃあ聞くけど、敵って何?」
別に殺さなくても敵は敵だと思う。そういう枠組みがある時点で、僕たちはそうだと決められている。社会のはみ出しもの、不適合者。ジェントルさんみたいな人でも、敵は敵だしね。こうなると正義とは何かっていうのと同じく悪とは何かっていうのも気になるところだ。きっとその二つは似ているんだけど。なんとなくそう思う。
僕の問いに、ヒーローは悩むように唸る。簡単に言えば悪いことをするやつ、で片づけられるんだけど、ヒーローがさっき言っていたように誰かを助ける敵の姿を見てしまったから悩んでいるんだろう。
「……改めて聞かれると、難しいな。考えたこともなかった」
はっきりとした答えは返ってこなかった。まぁ仕方ない。今まさに悩み始めたその瞬間に答えを出せる人なんてそうそういないだろうし。いるとすれば、かなり気持ちのいい性格をしている。
僕に考えさせられたということが屈辱だったのか、ヒーローが俯く。いや、考えすぎで卑屈すぎか。でも、今は俯くべきときではないと思う。偉そうで申し訳ないけど。
「じゃ、そういうことで。他のヒーローつれて病院行った方がいいよ。今動けるの君だけだから」
それとも増援いるのかな。そうなると僕たちがマズいんだけど、これだけ時間が経って増援がこないということはいないと思っておこう。何事もポジティブに。戦場では最悪を考えておくほうがいいって言うけど。
「待ってくれ」
ヒーローに背を向け、スピナーくんたちのところへ向かおうとしていたところに、ヒーローから待ったがかかった。別れの挨拶かな?もしかしたら友だちになりたいのかも。そんなわけないけど。
首だけというのは失礼なので体ごと振り返ると、ヒーローが僕に、僕たちに頭を下げてから言った。
「助けてくれて、ありがとう。お前たちがいなかったら、きっと多くの死者が出ていた。ヒーローだとか敵だとか関係なくお礼を言わせてほしい」
「……ふふ」
少し嬉しくなって、小さく吹き出す。エリちゃんが真似して「ふふー」と言ったのをみて今度こそ声を出して笑うと、いい顔と目をするヒーローと目を合わせた。
「ヒーローからお礼言われちゃった。帰って自慢しよっと」
「……変なやつだな、お前は」
呆れた声に今度こそ背を向けて歩き出す。歩きながらエリちゃんを見ると、ものすごく嬉しそうにニコニコしていた。個性がちゃんと使えたことが嬉しいのかな、と思ったが、エリちゃんはニコニコしたまま僕を見ると、一際笑顔を輝かせて僕の胸に頭をすりすりする。角が当たらないようにしているのは流石、というべきか。
「どうしたの?」
手を離せば飛んで行ってしまいそうなくらいふわふわと嬉しそうなエリちゃんにこっちも嬉しくなり、思わずといったように聞くとエリちゃんは顔をあげてにしし、とエリちゃんにしては珍しい笑い方で笑った。
「お礼言ってもらえてよかったね、月無さん」
「……エリちゃん、ほんと、もう」
にこにこにこにこするエリちゃんがたまらなく可愛くて耐えきれずぎゅっとすると、「わー」と楽しそうな声をあげながら僕の胸にうまる。うまるような胸はないけど。
エリちゃんが喜んでいるのは、嬉しそうなのは、勘違いじゃなければ僕がある種認めてもらえたのが自分のことのように嬉しいから、だと思う。自分で言うのもなんだけど、エリちゃんは僕のことをヒーローと言ってくれるから、そういう風に誰かが認めてくれるっていうのが嬉しくてたまらない。僕も、みんなが褒められると嬉しいし、認めてもらえると嬉しい。
それはその人が好きだっていうことだと思ってる。好きな人が褒められると、自分のことのように嬉しいよね。ということは、エリちゃんは僕の事が好きっていうことか。可愛すぎかよ。
「エリちゃん、ありがとね。君がいなかったら助けられなかった」
「いなかったらっていうの、おもしろくない」
言いながら、てい、と頭で胸をついてくる。本人的には不満を表しているんだろうけど、それが可愛らしくて笑ってしまう。
僕が笑ったことを更に不満に思ったのか、エリちゃんは頬を可愛らしく膨らませて僕の頬をぺちっと叩いた。
「ずっといっしょだもん。いなかったらなんてありえないもん」
わかってんのか、こら。と言いたげな目でぺちぺち叩くエリちゃんに、自分でも引くくらいだらしなく微笑むと軽く頭を下げて謝った。確かに、エリちゃんに対していなかったらとか、不安に感じるような言葉はよくない。でも叩きすぎなので、お返しに頬をつっつく。
そんな僕の指をエリちゃんがにぎにぎし始めたとき、前の方から人が歩いてきた。
「……お前、いつも気を抜いていないか?」
「平和そうでなによりだよ、月無君」
「早く手当ができる場所に!もたもたしないで!」
歩いてきたのは、スピナーくんとジェントルさんとラブラバさんだった。あれだけ大きかったスピナーくんの武器は大分コンパクトになっていて、それだけで戦闘の規模がどれほどのものだったかすぐに予想がつく。ただ、それでもジェントルさんに肩を貸しているタフネスは異常だと思う。よくみたら左腕焦げ焦げだし。
エリちゃんはボロボロなスピナーくんを見て慌てふためいた。僕の腕をぐいぐいしているのは、僕の腕から抜け出してスピナーくんに個性を使おうとしているからなのだろうか。個性がちゃんと使えるようになると、何回も使いたくなっちゃうよね。
「エリちゃん、治すのは帰ってからにしようか。誰かがくるといけないし」
「迎えにきてみればほぼ焼け野原……外出する度心配になりますね」
「そこは、ほら。ご愛敬ってことで頼むよ、黒霧さん」
言って、帰るために見慣れた黒へと飛び込んだ。
スピナーとジェントルと戦ったニュートとガスト。その二人は、決着がつく前にある人物の個性でその人物のもとに飛ばされていた。一般的な一戸建て、そのリビングに燃え上がる男と巨大になる小さな男が転がる。
「だぁぁあああ!!何してくれてんだ!決着つかねぇままって不完全燃焼じゃねぇか!」
「まだ勝てたぞ、僕は!絶対潰せてた!今すぐ戻せ!」
「や、無理だって。結構いいタイミングで呼べたと思ったのに、酷くない?」
負けかけていた、というよりほぼ負けていたボロボロの二人に文句を言われたのは、その二人を個性で呼んだ人物。薄い茶色の髪をふわふわと肩の後ろまで伸ばし、透き通った青い目でじとーっと二人を見るスタイルのいい女。完成されたプロポーションとその美貌に鼻の下を伸ばす男性は少なくないだろう。しかし、そんな女の目の前にいる男二人は痛む体を無視してじたばた暴れながら戻せ戻せと猛抗議する。
「あーあー、上がんねぇー。せっかく楽しかったのによ。いっそのこと燃やすか。ここ」
「潰してからにしよう。お互い幸せにいこうよ」
「やめなさい」
女が手をパン、と叩くと、二人は転がっていた体勢のままいきなり空中に現れ、そのまま落下する。「ぎゃあ!」という悲鳴とともに静かになったのを確認した女は、鼻をふん、と鳴らしてからソファで寝転んでいる男に声をかけた。
「ねぇ、今落とした私が言うのもなんだけど、早く治したげて。結構重傷だわ、二人」
声をかけられた男はのそりと起き上がり、床に転がってぴくりとも動かない二人を見た。
それだけ。それだけで、二人の傷が治り、そればかりか服も元通りになった。
「相変わらず反則くさい個性ね。ていうかこれ、昨日着てた服じゃない?」
「今日会ってないからな。第一そいつらの服なんていちいち見てないから、それで合ってるかもわからん」
「合ってるから今こいつらが服着てるんでしょ。羨ましい記憶力だこと」
「まぁ、記憶力はよくないとな。面白いやつのことも忘れてしまう」
男はにやりと笑って、ある日のことを思い出す。十数年前に人を殺したときのこと。その時に会った子どものこと。
「確か、望月だっけ。ニュートとガストとも会うなんて、運命感じるよなぁ」
「望月?誰それ」
「こっちの話だよ」
あっそ、と聞いておいて興味なさげに返した女に、男は肩を竦めた。