雄英高校1-Aではある話題で持ちきりになっていた。
ジェントルと敵連合であるスピナーが、炎の個性を持つ敵ニュートと巨大化の個性を持つ敵ガストと戦う動画。それについてのこと。数日前アップされたこの動画はいくら削除されようと何度もアップされ続け、そのしつこさはステインを彷彿とさせた。
そして、それは世間の流れもそうであり。
動画のコメント欄に敵連合を称賛するようなもの、応援するもの。多くの前向きなコメントがあり、それは敵連合が一般人のファンを得たかもしれないということである。彼らの行動はおよそ敵には見えず、むしろ一般人を守るヒーローに映ってしまっている。そしてそれとは逆に「ヒーローは何してんだ」というヒーローを責めるようなコメントも見受けられる。
(これ、あまりよくないというか。確実にマズい)
緑谷は寮の共同スペースでソファに座り、動画のコメントを確認しながら考える。敵連合という大物敵が受け入れられ始めるというその流れ、警戒心の薄れ。ヒーローたちは警戒を強めるだろうが、一般人からすれば敵らしくない敵は警戒心を抱きにくい。ただでさえヒーローと敵が戦っていれば野次馬と化す一般人が敵らしくない敵と出会えばどうなるか。
恐らく、通報しない。敵連合がいなければ死んでいたという事例が出てしまった以上、あり得ること。更に、このような事例がこれからも起こってしまうと尚更マズい。敵が敵として扱われなくなる。
「また見てんのか、それ」
「轟くん」
動画を熱心に見る緑谷に、背後から轟が声をかけた。ある一件で最近なにかと一緒にいることが多くなったため、緑谷が動画を何度も見ていることを轟は知っていた。そして、それに対する考えも。
「これじゃ、どっちが悪者なんだかわかんねぇな」
言いながら、緑谷の隣に座る。そして動画を覗き込むと、見知った顔に反応した。
「そういや、月無すぐにどっか行ったな。先に逃げたのか?」
月無凶夜。動画の前半部分に出ていたが、戦闘が始まった直後にどこかへ走り去り、それから二度と動画に出てくることはなかった。一見逃げたように見えるそれに、緑谷は「違うと思うよ」と否定する。
「こんな被害があって、ヒーローがこないわけがない。にも関わらずこの動画にはヒーローが映らなかった」
「ヒーローと交戦しに行ったのか?」
「これみて」
轟の疑問に、緑谷はスマホの画面を見せる。そこには、恐らく現場にいたであろう人物の「そういやこいつらが暴れる前にきたヒーローはどこ行ったんだ?」というコメントがあった。
「これは……」
「少なくとも、この戦闘が起こる前にヒーローは現場にいたってことになる」
「んで、この動画にヒーローが出てきてないってことは」
「やられたってことだね。この動画の前に」
そして、緑谷は知っていた。月無とともに走っていく少女のことを。その少女の個性。その個性は、制御できれば怪我人に対して最適な個性と言える。そこから考えられるのはまさかという考え。
「じゃあ、月無は」
「多分、助けに行ったんじゃないかな。やられたヒーローを」
緑谷はこの事件でかけつけたヒーローが現在無事であることを知っている。無事どころか無傷であることも。どれだけ軽傷であっても、この数日で完全に治るということはほとんどありえない。それをマスメディアに指摘されたヒーローが、苦々しい表情でノーコメントを貫いたことも知っている。
緑谷の考察に、轟は一瞬言葉を失った。不幸の象徴、敵連合の一人。どちらかと言えば完全な悪と称される月無が、まさかのヒーロー助け。そのことに驚愕しつつ、同時に危惧する。敵が敵らしくないことをするとろくなことがないというある種の偏見。実際打算があってのヒーロー助けであるため、轟の考えは当たっていた。
「敵連合を捕まえるためにチームアップしたけど、急がないとマズいね。こういうことが何度もあると、いざ捕まえたときにヒーローの立場が危うくなる」
「もしかしたら、第二第三の敵連合が出てくるかもしれねぇってことか」
轟の言葉に、緑谷は意志の宿った目で頷いた。
現段階ではこのようなことはないだろうが、もし、敵連合が人助けを続け、それが世間に周知された場合。ヒーローにとっては敵を捕まえただけなのだが、世間にとってはヒーローがヒーローを捕まえたと同じ事と捉えられかねない。そうなった時、敵連合を捕まえるのが正義なのかという問題が生じてしまう。そうして反発することにより生まれるのが、第二第三の敵連合。反社会勢力。
ただでさえ敵のカリスマ的存在である敵連合が、世間すら味方につけてしまうことの意味。下手をすれば、新たな敵を生み出してしまうかもしれない。
「そういや、ある子どもが月無のことをヒーローって言ったんだったか。実際にそういうことがあった以上、バカらしいとも言えねぇな」
「うん。僕はそうなると思ってる。月無のことを深く知ってるわけじゃないけど、あの影響力を甘く見ちゃいけない」
言いつつ、緑谷は月無に執着に近い何かをさせられていることを自覚する。事実、必ず捕まえなければと考えてもいるし、そう思ったためチームアップの参加にも頷いた。ここで危険なのが、その捕まえなければという考えがブレてしまうということ。
緑谷は月無を思い出す度に考える。敵になるしかなかった、救われなかった結果敵になった相手を、勝ち誇ったように捕まえるのは果たして正義なのか。そうして続けていればまた同じことが繰り返されるだけではないのか。
「緑谷、あんまり考えすぎるな」
「あ、ごめん」
思考の海に溺れていた緑谷を、轟が軽く頭を小突くことで引き上げる。緑谷は元から考えすぎる癖があったが、最近ではその癖がひどくなり、先ほどのような思考を頻繁にするようになった。その度近くにいる者が声をかけて思考から起こすのだが、直らない。いい風に捉えればそれほど真剣に考えているということなのだが。
「月無が何をしようと敵は敵。あとは俺たちがどう変わるかだろ」
「そうだね。うん、その通りだ」
捕まえるということは一貫していなければならない。敵だという考えを曲げてはいけない。それを理解していながらも考えてしまうのだから悪癖といえる。
「つっても、文化祭が一か月後にあるってのにこうも物騒な話が出ると不安になるってのもわからなくはねぇが」
雄英文化祭。体育祭がヒーロー科のためのイベントなら、文化祭は他の科のためのもの。しかし、敵の動きが活発な今、開催するのはやめておいた方がいいのではという声もある。実際に敵連合が雄英に数回襲撃しているため、格好の的になりかねない。
「心配だよね……警戒すべきが敵連合以外もってなると余計に」
「動画を見る限りこいつらヒーローを根絶やしにすんのが目的みたいだからな。むしろ襲撃の可能性のが高いだろ」
「ニュートとガスト……一瞬で被害を出せる個性だから怖いんだ」
轟が、緑谷が雄英に襲撃してくると考えているのは敵連合ではなく、ニュートとガストの方。敵連合が襲撃してくる可能性もなくはないが、最近の動きを見るとその可能性は限りなく低く思える。その上、動画内でのヒーローを殺すという発言がニュートとガストからあがっている以上、警戒すべきはどちらかというのは言うまでもない。
「そういや聞いたか?その関係で雄英周りのパトロールを増やすらしいっての」
「あ、聞いたよ。僕らも一応参加できるんだってね。事情的にやめといた方がいいって言われたけど」
「俺は一件入れたぞ。チームアップに参加する以上、文化祭とかで忙しくても行っとくべきだと思ってな」
「うーん、となると轟くんと合わせた方がいいのかな?」
悩む緑谷に、轟が小さく頷いて肯定する。
「親父がくるらしいから、そうした方がいいな」
「エンデヴァーが?でも、そうなるのか。僕も行くなら先輩がついてきてくれるって言ってたし」
思い出すのは、透過の個性を持つ頼りになる先輩、通形ミリオ。ナイトアイもパトロールに合わせて行っている捜査を中断してくれるらしく、緑谷はそう考えると行くと言い出せない気もしてしまった。性格上、どうしても申し訳なさの方が先に立つ。ただ、ナイトアイとミリオ、エンデヴァーがいればなんとかなるかもしれないと考えてもいる。
「あれ、そうなるとかっちゃんは?」
「誰がテメェと一緒に行くかってブチ切れてた。行くらしいけどな」
「行くんだ……」
かっちゃん、というのは緑谷の幼馴染である爆豪のことで、轟と同じくエンデヴァーの世話になる形でチームアップに参加する。文化祭ではドラムを担当するため忙しいはずなのだが、才能でカバーできるのだから恐ろしい。
「じゃあ行こうかな。こんな簡単に決めていいものじゃないけど……轟くんはいつ?」
「ちょうど二週間後だな」
「うん、なら僕も二週間後で言ってみる。ありがとう」
あぁ、とそっけなく返す轟に、緑谷は薄く笑みを浮かべた。
「イライラする……なんで俺は燃やしてねぇんだ。燃やすか、燃やすか?」
「あー潰したい。ものすごく潰したい。ニュート、潰してみていい?」
「あ、なら燃やさせてくれよ。それからな」
「僕死ぬじゃん」
「俺今テンション低いから死なねぇよ」
「ねぇ、あの二人無気力にもほどがあるんだけど、どうする?」
床にごろごろ転がりながら言い合うニュートとガストに、女が呆れながら男に聞く。どうするって言われてもなぁと男が頭を掻きながら言うと、一つの提案を投げかけた。
「じゃあ、あと二週間したら雄英周りのヒーローぶち殺しに行くか。俺もたまってるし」
「わかってるじゃねぇかバリー!上がってきたぜ!」
「よし、潰すぞ!めためたに潰すぞ!」
「あれ、いいの?二週間後って文化祭が近いけど」
女の言葉にバリーと呼ばれた男は手を振りながら「いいんだよ」と返す。
「今暴れる方が面白いと思わねぇか?サミー」
「……そういうもんかしらねぇ」
二週間後を想像して大盛り上がりをみせるニュートとガストに、サミーは小さくため息を吐いた。