オールマイト。あのとんでもない先生に勝つくらいとんでもないヒーロー。ヒーローを志す者なら大抵の人は憧れる最高で最強のヒーロー。
そんな存在が、今僕たちの前にいた。平和の象徴が、今まさに牙を剥こうとしている。
「オールマイトの強さってのはあんまりイメージしにくくてな。記憶にはあってもそれは不完全なもので、俺の記憶を参照して作ると木偶の坊にしかならなかったんだが……」
バリーはデクくんを見て、にやりと笑った。人を見透かすような、自分が優位に立っていると信じて疑わないような笑顔。色んな種類の笑顔を見てきたけど、あそこまで趣味の悪い笑顔は初めてだ。弔くんだってもっとマシに笑う。
「デクくんは、随分しっかりしたオールマイトのイメージがあるんだなぁ」
「ヒーローに憧れていたから。分析は得意な方なんだ」
「俺もそうなんだけどな。個性柄、観察と分析は得意なんだよ。実際、脳無は木偶の坊にはならなかったしな……まぁ、実力差的には木偶の坊と変わらなかったが」
会話を聞く限り、出久くんはとんでもないオールマイトオタクってこと?それとも、オールマイトの秘密について知っているっていうことかな。オールマイトの個性ってずっと誤魔化され続けてきたし、案外そこらへんのことを記憶を覗いて知っちゃったのかもしれない。
まぁ、そんなことは関係ない。僕の知ったことではないし、今気にしなきゃいけないのはとんでもない脅威が目の前にあるってこと。というかほとんど詰みじゃない?オールマイトに勝てるのなんて先生くらいでしょ。負けたけど。
もし、勝てるとすれば。
「バリーを無力化すればオールマイトは消える。つまり優先的に倒さなきゃいけないのはバリーだ」
僕を思考から掬い上げるように、出久くんが言った。優先的に倒すべきはバリー。それはみんなわかっていることだろう。今更言うまでもない。ということはほかに言いたいことがあるってことだ。多分。
「もう一人の個性も厄介だ。だから、オールマイトの足止めが三人で、あとはひとりずつあいつらを倒すっていう分け方が一番いいと思う」
それは僕もそう思う。サミーの個性はものすごく鬱陶しいし、それにできることがまだはっきりわかっていない。アポートだけじゃなくてテレポートもできるかもしれないし、まだまだ未知数だ。だからこそ、自由にしちゃいけない。オールマイトの相手をしていたらいつの間にか、って感じでやられるかもしれない。
出久くんは僕に視線を寄越して、それからみんなを見回した。
「月無、分けるとしたら、誰を誰にあてる?」
本来は敵である僕の意見を聞くのか。いや、共闘しようとは言ったけど、ここまで協力的になってくれるなんていちいちびっくりする。
そうだな、サミーがアポート、テレポート系の個性である以上、近接はダメだ。下手をすれば近づけないまま終わる。となると、遠距離は荼毘くんと轟くん、用意があればコンプレスさんなわけだからこの三人のうちの誰かになる。
バリーは個性はわかってるけどその限界がわからない。だから、一撃必殺が望ましい。僕たちの中で一撃必殺、もしくはそれに近いものを持っているのは出久くん、コンプレスさんの二人。荼毘くんと轟くんも一撃必殺と言えば一撃必殺だけど、確実性に欠ける。
そして、オールマイト。確実に出久くんがいる。オールマイトに追いつけるのは出久くんしかいない。コンプレスさんが圧縮してもいいけど、捉えることができないだろうし。無力化って意味では轟くんもいいかもしれない。オールマイトでも氷には耐えられない、はず。耐えられないよね?
よし、決まった。周りが優秀だと助かる。全員何かできるってとても素晴らしいことだと思うんだよね。
「荼毘くんがサミーで、コンプレスさんがバリー。僕と轟くんと出久くんがオールマイト。これでいこう」
「俺責任重大だな。信頼だと嬉しいんだが、適材適所ってやつか?」
「コンプレスさんは積極的に圧縮を狙ってほしい。コンプレスさんのことだから遠距離にも対応できるように準備はあると思うし、立ち回りに関しては多分この中で一番上手いから」
エンターテイナーは身のこなしも華麗でなくてはならない。前にコンプレスさんが言っていたことだ。その言葉に嘘はなく、スピナーくんと鍛錬しているときの攻撃を受ける回数はものすごく少ない。鍛錬が実際の戦闘なら僕だと数十回死んでいるであろうところを、コンプレスさんは軽傷ですんでいる。僕が弱いのかコンプレスさんがすごいのかどっちだ?
「荼毘くんはアポートされたとしても、空中で移動ができるし、移動に一番自由が利く。ああいう個性相手には適任じゃないかな」
「すぐに焼けたらあのバリーとかいう野郎を焼けばいいのか?」
「うん。お願い」
荼毘くんはこの中で唯一空中を移動できる。出久くんももしかしたら、轟くんも氷を使えばいけるかもしれないが、荼毘くんほどスマートにはいかない。それに、炎の精度というか、個性の精度はこの中で一番と言っていい。なんだかんだ努力の人なのだ。
「出久くんはオールマイトに対抗できるんだよね?君の個性とバリーとのやり取りを見る限り、オールマイトに近いものがあるのは間違いないだろうし」
「……今のでわかるのか。うん、間違いないよ。でも、オールマイトに近い威力を出すと大怪我しちゃうけど」
なるほど、大怪我。個性が体に合ってないのかな?出久くんが個性を使うと必ず怪我をするわけではないから、個性の条件が怪我ってわけでもないだろうし。多分、一定以上の出力で個性を使うと怪我しちゃうのかな?
「轟くんは、オールマイトの拘束を狙ってほしい。あと出久くんのサポート。オールマイトの動きは目で追えないだろうから、予測に予測を重ねて。できそう?」
「やる。緑谷……今はデクだったか。デクならその隙作れるだろ」
「期待が重い……でも、任せて。足止め程度なら大怪我しなくてすむかもしれないし」
轟くんの氷結はすごく速い。オールマイトが動くより早く氷結すれば、多分ちょうどいいタイミングで凍らせることができるんじゃないかな。それが難しいんだけど。出久くんがいなかったら絶対できないレベルのことだ。職人技といってもいい。
「よし、行こう。ここまで待ってくれていたバリーをブッ倒すんだ。余裕ぶりやがって!そういうやつは絶対に倒されるって決まってるんだぞ!」
「余裕ぶっているっていう意味なら、月無もそうだと思うけど……」
「ぶっては見えるけど、余裕ではないよ。あと出久くん、ほい」
軽い言葉とともに、エリちゃんを抱き上げて出久くんに背負わせた。大怪我をするっていうなら、エリちゃんは適任だ。巻き戻す個性と出久くんの大怪我。出久くんの口ぶりからすると、怪我が大きいほど威力が増すみたいだし。
「エリちゃん、出久くんは僕の友だちなんだ。エリちゃんの個性で助けてほしいんだけど、いいかな?」
「えー……月無さんと一緒がいい」
「帰ったらいっぱい遊ぼう。それで許してくれる?」
僕の服をぎゅっと握るエリちゃんを優しく撫でると、少ししたら小さく頷いてそっと離してくれた。懐いてくれるのは嬉しいけど、最近ますますべったりになっている気がする。僕が悪いのかな?僕が悪いんだろう。あと弔くんは弔くんって呼んでるのに、なんで僕は月無さんなんだ。
「エリちゃんの個性は巻き戻す個性。あとはわかるよね」
「……大怪我し続ける。これならいけるかもしれない。でも、エリちゃんの力を借りるのは……危ないよ」
「確かにね。でも、守るのがヒーローの仕事じゃない?」
「サミーとバリーがいる以上、僕が背負っている方が安全っていうのもわかるけど、オールマイトが相手な以上守れるかどうか」
「エリちゃんは幸福だから、大丈夫だよ。攻撃を受けるなら出久くんだけだ、それに」
僕は一歩前に進んで振り返り、出久くんを見て笑う。
「今守られてるのは君だぜ。君が守って初めてフェアでしょ」
助ける助けられるに立場は関係ないしね。持論だけど。
「君は本当に口が上手いというか、物は言いようというか」
「おい月無。あいつ待たされすぎてブチ切れかけてるぞ。早くいこう。待たせんのはよくねぇ」
出久くんの呆れと、轟くんのどこかズレた発言を背にオールマイトを目指す。一緒に戦うのは敵連合のみんなではなく、なぜかヒーローの卵である雄英の子となのがどこかおかしく、そしてなぜか嬉しい気持ちになり、思わず少し笑ってしまった。
「なんか仲いいな、あいつら」
荼毘は緑谷と話している月無を見てぽつりと呟いた。誰に呟いたわけでもないそれは、隣にいたエンターテイナーに面白そうな顔をして拾われる。
「なんだ、嫉妬か?おじさんに話してみろよ、力になるぜ」
仮面の下で愉快そうに笑うコンプレスに、荼毘は月無を見たまま特に表情を変えることもなくまたぽつりと呟いた。
「かもな」
おや、とコンプレスは荼毘の反応を意外に思う。どうせ「なんだそれ」と冷たくあしらわれるかと思っていたため、肩を竦める準備をしていたコンプレスは竦める肩を失ってしまった。誤魔化す必要はないのだが、コンプレスは一応肩をぐるりと回して荼毘の言葉を待つ。
荼毘としては今の返事で会話は終わりだと思っていたのだが、コンプレスからの視線を感じ、仕方なくゆるりと口を開いた。放っておくとつつかれるのはわかっているのだ。
「どうもな。敵じゃねぇ月無の姿を見せつけられた気がしてよ」
「……なるほどね」
敵じゃない月無。月無の言う先生、最悪の敵も言っていた可能性の話。もしも、月無が個性の譲渡を自身の個性が発現するよりも早くされていれば。もしも、助けてくれたのがオールマイトであれば。
そのもしもの人生を月無が歩んでいればと思うと、きっと今よりろくでもないことになっていただろうな、と荼毘は勝手に想像する。
コンプレスは荼毘の言葉を自分の中で咀嚼して、敵連合全員の共通認識を吐き出した。
「んなの、頻繁に見てるだろ。今更さ」
コンプレスは今度こそ肩を竦め、ポケットの中で何かを圧縮した玉を転がしながらバリーの下へ向かった。