【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第53話 平和の象徴(偽)

 荼毘は個性、能力的に戦闘特化である。操作性が高く高威力の炎、三次元的な動きを可能とするサポートアイテム、滅多なことでは動じない図太い心臓。脳無二体を瞬時に倒してみせたのがそのいい例で、状況判断にも長けているといえる。

 

 そんな状況判断に長けている荼毘だからこそ、サミーは短期決戦で仕留めなければならないと考えていた。未だ個性の詳細がわかっていない相手であり、恐らくアポート、テレポートが行える個性。黒霧のようにモーションが分かりづらいため、放っておくと何をされるかわからない。

 

 そう判断した荼毘は、手始めにサミーを覆いつくす炎を放った。青い炎の波はサミーを焦がすと思われたが、波に覆われる寸前にサミーの姿が消える。これで仕留めきれると思っていなかった荼毘はサポートアイテムから炎を噴かして空を飛ぶ。荼毘の個性の性質上、先ほどのような攻撃をすると相手の姿が見えなくなってしまうため、その攻撃の後は視覚的優位をとるために飛ぶ必要があるのだ。

 

 今はどちらにしろ飛ぶ必要があったのだが。

 

 姿を消したサミーは上空に移動しており、荼毘より少し高い位置にいる。視覚的優位をとろうとして逆にとられるとは、と荼毘は小さく息を吐いた。さして気にしていないが、なんだかんだで癪に障るというやつである。

 

 サミーは吹き上げる風にスカートを揺らしながら、荼毘に向かってウインクした。

 

「今日は気合入れて黒を履いてきたの。あなたいい男だからみてもいいわよ」

 

「燃えりゃ全部一緒だろ」

 

 月無ならば当選確実かと言わんばかりに両手をあげて拝み倒すところを、荼毘は容赦なく炎を放った。「消し炭にするんだから、結局黒だろ」とどうでもいいことを考えつつ放った炎は、やはり転移されて避けられる。

 

 転移先は荼毘の背後。転移したその瞬間に背後から荼毘の顎に指を添え、首元に息を吹きかける。

 

「ねぇ、二人きりでいいことしましょ?」

 

 その言葉とともに、その場から荼毘とサミーの二人が消えた。

 

 

 

 転移した先はとあるビルの屋上。

 

 美女と密着して後ろから息を吹きかけられ、「いいことしましょ?」という必殺コンボを喰らえば、普通の男であれば脳を痺れさせしばらくは身動きがとれなくなることだろう。そんな男の夢を、荼毘は自分を中心に炎を展開し、サミーを遠ざけた。

 

 色仕掛けをしつつもどうせ引っかからないと踏んでいたサミーはその炎を受けることなく、荼毘の数メートル先に転移する。

 

「もう、せっかちさん。そんなすぐにやろうとしなくてもいいじゃない」

 

「わりぃな。お前みたいないい女、こういう状況でなけりゃ色々やってやるんだが」

 

「あら、嬉しい。あなた結構好きなの?」

 

「あぁ、月無は女が好きだからな」

 

「?」

 

「そういうことだよ」

 

 え、どういうこと、とサミーが聞き返す前に、荼毘から膨大な量の炎が溢れ出た。荼毘を中心に渦を巻く青い炎は、周りにある空気すら焼いてみせる。轟々と燃え続ける炎にサミーは頬をひきつらせた。

 

「これを展開し続けてお前に近寄れば焼けんだろ」

 

「嘘でしょ?そんな炎の中心にいるって、あなたが耐えられないはず」

 

「まぁ、そうだな」

 

 荼毘は腰を落として静かに告げる。炎を使うとはいえ、暑いものは暑い。ある程度慣れてはいるが、長い間耐え続けられるかと言えばそれはノーだ。周囲に炎の渦を展開し続けるのはそれだけの操作とそれの維持、それに耐えることが必要になってくる。生半可な練度では行えることではない。

 

 しかし、荼毘には自信があった。テレポートを繰り返す相手に追いつき、燃やす自信が。

 

「鬼ごっこやんのは久しぶりだな」

 

 瞬間、サポートアイテムから炎を噴かし、サミーに向かって飛んだ。サミーは向かってくる脅威に汗を浮かべ、慌てて上空に転移する。瞬時に移り変わる視界に慣れない違和感を覚えつつ、目線を荼毘がいるであろう下に向けた。

 

 そこには、爆発的に膨れ上がる炎の渦があった。

 

「なんでっ!」

 

 荼毘がやったことは単純。転移するであろう瞬間に無差別で炎の渦を広げただけである。燃やせれば嬉しいなくらいの気持ちで。それが運よくサミーを捉えようと襲い掛かっているだけで、特に動きを読んだというわけではない。

 

 しかし、そのことを知らないサミーは焦りから声をあげ、更に上空へ転移する。荼毘と炎の渦が視界に入るような位置に移動し、とりあえず安心しようという思いで転移したサミーは、その視界に荼毘が入っていないことに気づいた。

 

「どこに」

 

「個性は焦ると精度を欠く」

 

 荼毘は、サミーの背後にいた。

 

 荼毘が炎の渦を広げ、サミーが声をあげたその時。荼毘はその声を聞いて、上にいると判断した。そうとわかれば後はサポートアイテムから炎を噴出させ、空へ上がるだけである。転移で視界が一瞬暗転する瞬間をつき、サミーの背後に移動したのだ。

 

 そして、荼毘がサミーの背後をとれた理由。

 

「それが転移っていうなら、精度を欠いた時の選択肢は一つ前の転移と同じ方向へ行くことだ」

 

 個性は初めから完璧に扱えるわけではない。個性のほとんどが精神状態に影響され、焦りは個性の精度を欠く。中には個性の調整ができず大怪我をする者もいれば、いなくなる状態まで巻き戻してしまう者もいる。いくら鍛え上げたとしても、それが精密さを要する個性であれば不測の事態で精度を欠くことは珍しくない。

 

 そこからくる予想。博打に近いそれが、うまくはまった形である。

 

「そんなバカな話……!」

 

「あるんだから仕方ねぇ」

 

 荼毘はサミーの服を掴み、サポートアイテムから炎を噴かせてその場で高速回転する。ただ燃やし、殴るだけでは転移されるかもしれないため、まずまともな思考力を奪うために視界を揺らす。

 

 そして、数回転した後、眼下に広がる炎の渦に向かってサミーを投げ飛ばした。ダメ押しにサミーに向かって炎を放ち、完全に冷静さを奪いきる。

 

 サミーが炎に包まれるのにはそれほど時間はかからなかった。

 

「     !!」

 

 声にならない悲鳴をあげるサミーを上空から眺める荼毘は、ある程度時間が経つと炎を消し、サミーの呼吸を確かめる。辛うじて息をするサミーを確認すると、荼毘は立ち上がってサミーに背を向けた。

 

(別に、殺してもよかったが)

 

 荼毘は、月無のレベルアップについて思い出す。ヒーローの真似事、人助け。となれば、殺していいか悪いかのどちらかなど、考えずともわかることだった。

 

「ヒーローは殺さねぇもんだろ。多分」

 

 誰が聞いているわけでもないのにそう呟き、荼毘はビルの屋上から飛び降りた。

 

 そういやここどこだ、とふわふわ考えたまま。

 

 

 

「うわあああああ!!」

 

「月無がやられた!」

 

 それぞれで戦闘が始まったその瞬間、僕は気持ちいいくらい吹き飛ばされた。風圧だからよかったものの、拳を受けていたらミンチになっていた可能性がある。いや、なっていた。きっとその後オールマイトにハンバーグにして食べられるに違いない。オールマイトって料理できるの?

 

 無様に転がりつつ、そんなことを考える。いつでも平常心、いつも通りに。僕の個性はそれが大事になってくる。暴走したらとんでもないことになるからね。

 

 体勢を立て直して、オールマイトに向かって走り出す。僕が怪我をすることでそれを譲渡することができるから、積極的に戦いに行かないと。やられるために行くって情けなくない?

 

 と、思ったが、僕いらない説が出てきた。目の前にある光景は、エリちゃんを背負いながら何かバチバチして拳を放つ出久くんと、めちゃくちゃ笑顔でヒーローの卵にラッシュをかけるオールマイト。あれにどうやって交ざれって言うのさ。

 

「こうやってだろ」

 

 僕の考えを読んだのか、轟くんが言いながらオールマイトを氷漬けにしようとするが、オールマイトはそれを見てから余裕で避け、その避けた勢いのまま轟くんの下へ移動した。速すぎ。

 

 だけどやらせない。出久くんがオールマイトにたどり着くまでの一瞬、その一瞬時間を稼ぐだけでいい。それなら、僕の個性は最適だ。

 

 オールマイトに不幸を譲渡する。本物なら申し訳なくてできないけど、あれは偽物だからやっていいはず。それでも気が進まないけど。

 

 僕の不幸は譲渡されたその瞬間、なんらかの形で作用する。例えば鉄骨が降ってきたり、猫に噛まれたり、川に流されたり、財布を落としたり。そもそも不幸が起きる原因がなければ大した不幸は訪れないけど、今は戦闘中。そして相手はオールマイト。あのパワーがあれば不幸の原因は途切れることなく溢れ出てくる。

 

 オールマイトが足を踏み出した瞬間、足を滑らした。おっちょこちょいでユニークなオールマイトにありがちなドジである。ドジというか轟くんの氷結で凍った地面で滑ったんだけど。

 

 そして、この明確な隙を出久くんは見逃さない。

 

 出久くんは猛スピードでオールマイトに向かって跳ぶと、その勢いのまま蹴りを放った。だが流石はオールマイトと言うべきか、体勢を崩しながらもその蹴りを腕でガードする。

 

 それでもうまく防げたわけではなかったのか、更に体勢を崩したオールマイトは距離を取ろうと風圧で移動しようとするが、それをする前に轟くんがオールマイトの足を凍らせた。

 

「完璧!轟くん!」

 

「お前がいなきゃ俺がやられてた。お互い様だろ」

 

 どうやら僕がオールマイトに不幸を譲渡したのがばれていたらしい。よく見てるよね、轟くん。

 

 ここまでうまくいっているのは、ほとんど同じ力を持っている出久くんがいるからだろう。出久くんがいなければ、一瞬でみんなやられていたに違いない。それだけの力がオールマイトにはある。

 

 でも、それにしたってちょっと弱くない?このオールマイト。とても平和の象徴と呼ばれていたとは思えない。僕のせいか。

 

 ごちゃごちゃ考えているその間に、出久くんの渾身の一撃がオールマイトに突き刺さる。凍っていたオールマイトの足を破壊し、オールマイトの体を凹ませるその一撃はとてもヒーローの一撃とは思えない。偽物だって割り切りすぎじゃない?

 

「……勝った?」

 

 拳を振り切った状態でぽかんとしている出久くん。信じられないっていうのはわかるよ。だって相手はオールマイトだもの。今この状況を見れば勝ったことは明白だけど。

 

「バリーの個性も記憶を完全に再現するってわけじゃないのかな?誰かから抽出した記憶は弱体化されるとか」

 

「記憶って言う割には随分曖昧だな。倒せたんなら何でもいい……が……」

 

 クールに言う轟くんが、前を見て固まってしまった。その目線の先には、オールマイト。足が砕けて体が凹んだはずのオールマイトが、綺麗な体で立っていた。

 

「……記憶の再現」

 

「どういうことだ?」

 

「怪我のないオールマイトの記憶。それがあれば、治療すら可能ってことじゃない?」

 

「……マジかよ」

 

 味方にとっては安心できる素敵な笑顔。敵にとっては絶望を与える素敵な笑顔。うん、今理解した。オールマイトを相手にするっていうのはこういうことなのか。

 

 平和の象徴は倒れない。こういうことじゃないと思うんだけどなぁ。


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