コンプレスさんがやってくれたらしく、オールマイトは掻き消えた。オールマイトが一度全快してからは捉えきることができず、偽物でも流石オールマイトと言ったところか。僕と轟くんは満身創痍だった。出久くんはエリちゃんを背負っているからまったく堪えていない様子である。ずるいぞ。
なにはともあれ、オールマイトを撃退?したのは事実。普通の友だちみたいに三人でハイタッチし、出久くんが背負っているエリちゃんともハイタッチしていると、空から爆音が聞こえてきた。新たな敵かと目を向けると、そこにはエンデヴァーと爆豪くん。
その二人を見て、そういえば僕たち捕まえられてもおかしくないよね、ということに気づいた。
「まずい!」
出久くんと轟くんもそのことに気づいたのか、僕から距離をとる。まずいって、そんな僕が何かするみたいに言うなよ。さっきまで一緒に戦ってたのに悲しいなぁ。まぁ正しい反応なんだけど。正直さっきまでの様子の方が大分おかしい。僕としては好ましい。
エンデヴァーと爆豪くんが降り立つと同時、死穢八斎會のときにみたヒーロー……ルミリオンが地中からぬっと現れた。四面楚歌か?
「お疲れ、月無。ところでどうする?」
そして僕の隣に立って肩を叩くのはコンプレスさん。
「うーん、きびしい」
無理でしょ。轟くんの優秀さは知ってるし、一度スカウトした爆豪くんのすごさも知っている。出久くんはエリちゃんを背負っている以上とんでもないパワーが出るし……とはいってもエリちゃんが個性を使わなければいい話なんだけど。ただ、そうでなくてもエンデヴァーと若頭を瞬殺したルミリオンもいる。ナイトアイだって油断できないし、もしかしたら僕の未来を見られるかもしれない。正直言って最悪だ。
でも、エリちゃんを置いていくなんて選択肢はない。出久くんの隙をついてエリちゃんが個性を発動すれば抜け出すことは可能だろうから、その一瞬が大事だ。エリちゃん以外の人を不幸にすればそれは可能だろう。多分。不幸を取り除いた僕は、一瞬だけ幸福が勝るから。
ただ、マズいことが一つある。
「コンプレスさん」
「ん?……あぁ、なるほどね」
僕の呼びかけに、コンプレスさんは一瞬首を傾げたが、僕が一瞬向けた視線の先を見て納得した。その先には、テレビのカメラがある。そりゃあれだけ暴れたんだから、きていてもおかしくない。
じゃあ何が問題かって、エリちゃんの立場だ。お優しいヒーローのことだから、エリちゃんは誘拐された扱いになっているはず。でもこの場面で、エリちゃんが望んで僕たちのところにくるとしたら、それはマズい。その映像が出回ればエリちゃんは立派な敵だ。別に僕たちの仲間じゃないって言ってるわけじゃないけど、できれば敵なんてものをエリちゃんに背負わせたくはない。
だとしたら、エリちゃんをヒーローに引き取ってもらう?いやいやそれはナンセンス、ありえない。それは弔くんやみんなを見捨てるのと一緒だ。そんなことをしたら下手をすればみんなに殺されかねない。
「月無凶夜、Mr.コンプレス……いや、望月豊優と迫圧紘と言った方が早いか?」
どうしようかな、と考えている僕たちに痺れを切らしたのか、エンデヴァーが口火を切る。コンプレスさんはともかく、僕の本名もバレているのか。調べてわかることなら何故僕は前まで知らなかったのか。恥ずかしい。
「今は月無凶夜でお願い。その名前は敵の僕に相応しくないから」
「そうか?いい名前だと思うぜ」
「ありがとう、迫さん」
「俺はMr.コンプレスだ」
「そういうことだよ」
やられた、と大げさな動作でおどけてみせるコンプレスさんを見てクスクス笑っていると、エンデヴァーが呆れたように小さく息を吐いた。いけないいけない、すぐにふざけてしまうのは僕たちの悪い癖だ。真面目にふざけてるんだけど。
「大人しくしてくれれば少なくともこの場では悪いようにはしない。抵抗せず投降してくれると嬉しいが……」
「や、敵相手にそれはないでしょ。無理無理」
「だろうな。これで投降するならそもそもやっていない」
言って、エンデヴァーはその手に炎を灯す。最近炎ばっか目にするな。ニュート然り、轟くん然り、エンデヴァー然り。炎の個性が多すぎるんだ。僕がトラウマになってたらどうする。
なんてことを考えている暇はない。時間稼ぎの策を。ヒーローからすれば時間稼ぎとわかっていても、僕たちに手が出せないようなそんな策を。
……実は結構前に思いついてたけど、あまりというかまったく気が進まない。でも、やるしかない。あとでエリちゃんとみんなに謝るとして、気が進まないとしてもやるしかない。テレビカメラがあることだしね。
僕はコンプレスさんを弱い力で叩き、視線を送ってから一歩前に出た。ヒーローが身構えるが、できるだけ柔らかく笑って警戒を解いてもらうように尽力する。無理だけど。
これから言う言葉は最低で畜生極まりない言葉だ。もしかしたら僕が嫌われてしまうかもしれないけど、それもいいかもしれない。いや、よくない。黒霧さんどうせ見てるなら早くきてほしいなぁ。今きたらやられるから出ないんだろうけど。
そんなことを考えても仕方ないので、短く息を吸って、それから言葉を吐いた。
「別に、このまま帰ったっていいんだけどさ。僕としてはそれはありえないというか、ねぇ、出久くん」
僕に名前を呼ばれた出久くんは表情を強張らせた。そんなに警戒することかな?することか。
「エリちゃん、返してよ。僕たちに必要なんだ、その子……というよりは、その個性か」
「なっ……」
あのテレビカメラが音を拾うかはわからないが、実際にあれがある以上、エリちゃんを完全な味方だと思わせてはいけない。あくまで僕たちはエリちゃんの個性が必要だから欲していると思わせる。人としてではなく物としての価値。そう思い込ませることによってエリちゃんの立場を綺麗なものにする。僕は今うまい表情ができているだろうか。この時ばかりは僕の不幸な人生が嫌になり、助かる思いもある。
出久くんと轟くんは、なぜだか知らないがショックを受けていた。爆豪くんも片方の眉を吊り上げ、訝し気に僕を見る。僕がそんなことを言うとは思ってなかったのかな?僕も思ってなかったさ。オールマイトに勝つためとはいえ、エリちゃんを気軽に預けすぎた。必死になって後を考えていなかったのは反省点だ。
「いい個性だよね。死穢八斎會も上手い商売をしたもんだ。個性を破壊する弾、知ってるよね。そんないいものを作れる個性を持っている子、わざわざ手放すのはバカだと思わない?」
「……ただの外道ではないと思っていたが、勘違いだったか?」
エンデヴァーが出久くんの前に出て僕を睨む。エリちゃんを気遣ってのことか。カッコいいじゃん。惚れるぜエンデヴァー。
「さぁ?感じ方は人それぞれでしょ。エンデヴァーがそう思うならそうだし、そう思わないならそう。さて、エリちゃんはどうかな?」
ここからが勝負の分かれ目。エリちゃんが僕を拒否したのなら、僕がエリちゃんの個性を意図的に暴走させて出久くんから引きはがし、そのままみんな不幸にしてエリちゃんを抱え、コンプレスさんに圧縮してもらう。そこから黒霧さんのところへダイブだ。エリちゃんが賢ければ、自分で個性を使って引きはがし、僕らのところへきてくれるだろう。それは虫が良すぎるか。最低だ、死ね僕。
「おじさん、どいて」
エンデヴァーの背後から、聞きなれた可愛らしい声が聞こえた。その声は震えていて、それだけで罪悪感に押しつぶされそうになる。あれ、僕やはり死んだ方がいいのでは?
エンデヴァーは少し考えた後、出久くんの前からどいた。おじさんと言われたときにピクリと眉を動かしていたのは気のせいだろう。エンデヴァーはその程度で動じない。
エリちゃんは出久くんの背中からぴょこっと頭を出して僕を見ていた。僕の目がおかしくなければ、エリちゃんの目は確かに潤んでいた。ヒーローたちからは見えないようにコンプレスさんが僕の背中を叩く。痛いが、仕方ない。
「月無さん」
「……なにかな?」
さて、出てくる言葉は拒絶か、それとも個性の発動による逃亡か。どちらにしろ土下座案件だ。
「私ね、知ってるよ。月無さんが優しいってこと」
「……?」
あれ、おかしいぞ?僕の作戦にはない反応が返ってきた。
出久くんの肩をぎゅっと掴むエリちゃんを気遣うように出久くんがエリちゃんの手をぽんぽんしている。
「だからね、さっき月無さんがあぁ言った理由も、わかるよ。私を敵にしたくないからなんだよね」
「……感じ方は人それぞれだって言ったよ。そういう捉え方もあるかもね」
「でも、それは悲しいよ。……私は、みんなのことが大好き、月無さんのことが、大好き!あの場所が、あったかいあの場所が大好き!だから、いいの。立場がなんだって、例え世界が敵になったって!私はあの場所がいいの、あの場所じゃなきゃ嫌なの!前に言ったよね、私にとって、月無さんは」
「っ、それ以上は」
「ナイトアイ!」
エリちゃんの言葉を止めに入ろうとしたナイトアイを、出久くんが叫んで、止めた。出久くんは歯を食いしばって、ぎりぎりと拳を握っている。
「言わせないなんて、それはないでしょう……!」
今の出久くんの行動は、ヒーローとしては正しくないかもしれない。ただ、なんだろう。出久くんがエリちゃんを想ってくれているというのが伝わって、すごくうれしい。ただ、それ以上に。
「私にとって、月無さんはヒーローなの!だから、そんなこと言わないでよ!バカ!」
「……ふふ」
バカか。確かに。僕はものすごくバカだった。さっきの僕の言葉はそれ以上ないエリちゃんへの侮辱だっただろう。勝手にエリちゃんを守らなければいけないと決めつけて、自己満足の塊でしかなかった。本当はこんなに強い女の子なのに。
僕の背中を、今度はヒーローからも見えるようにバシン、とコンプレスさんが強く叩いた。
「さ、行こうぜバカ。このままじゃダセェ枯れ木で終わっちまう」
コンプレスさんが僕の隣に立ち、仮面を圧縮してウインクした。
「花咲かせんのがエンターテイナーだろ?」
「ふふっ、キザだなぁ」
僕は自分の頬を思い切り叩いた。うん、目が覚めた。僕はバカだった。ずっとバカだったけど、さっきは特に。でももうバカにはならない。さっさと帰って、さっさと怒られよう。それが僕たちらしい。きっとエリちゃんも、そういうところが好きなんだ。だって、僕も好きだから。
「エリちゃん、個性!」
僕の言葉とともに、エリちゃんが個性を発動する。ただそれは想定内だったのか、出久くんが拳を振りかぶっていた。恐らく、拳圧で僕たちを吹き飛ばす気だろう。でもそれも想定内。
「解除!」
僕は横に跳びながら叫んだ。それと同時にエリちゃんの個性が解除され、出久くんの一撃が放たれる。調整なし、最大力の一撃を放った出久くんの腕は当然ズタズタになる。
「いってぇぇええ!!」
「ごめんなさい!」
痛みに苦しむ出久くんを蹴り飛ばし、エリちゃんが僕の下へ走ってくる。同じようにエリちゃんの下へ走りながら、譲渡によって不幸をヒーローたちへプレゼントした。
「不幸のプレゼントだ!遠距離攻撃すると不幸にも暴走して色んな人巻き込んじゃうかもね!」
そして、言葉による牽制。これで一瞬の隙は作れる。その間にエリちゃんを抱いて、あとは帰るだけだ。
「確か、渡す相手は見えてないとダメだったんだよね!」
聞こえてきたのは、足元から。そういえば僕の視界に入っていなかった人が一人いた。迂闊すぎだろ!やっぱバカだ僕は!
後悔もそこそこに、ルミリオンに殴り飛ばされエリちゃんとの距離を空けられた。マズい、この間にエリちゃんを取られたら次はどうしようもない。
「黒霧きたぞ月無!サポートするにも限界だ!できれば早く決めてくれ!」
コンプレスさんが銃を乱射したり、圧縮していた岩を放り投げたりして嫌がらせの限りを尽くしている。エンデヴァーと轟くんがいるから、あちらも時間の問題だろう。
ルミリオンにボコボコにされながら考えていると、突然エリちゃんとヒーローたちを隔てるように青い炎の壁が現れた。青い炎といえば、僕が知る限り一人しかいない。
「わりぃ、遅くなった」
「荼毘!エンターテイナーかお前は!」
「?それはお前だろ、Mr.」
言いながら、荼毘くんは空から僕めがけて飛んできた。加勢してくれるんだろうけど、今はこっちじゃない。
「エリちゃんをお願い!僕はいいから!」
「っ、させない!」
ルミリオンは僕を蹴飛ばし、エリちゃんの下へ向かった。ルミリオンの個性は移動に適している。荼毘くんより速いのは間違いない。ただ、エリちゃんに触れると個性が発動……いや、エリちゃんはしないか。エリちゃんは人を消すような真似はしない。万が一があるが、どちらにしろさせてはいけない。
「不幸の譲渡を……!」
体を起こしてルミリオンを見ようとしたその時、僕の頭に、優しくて大きな手がぽん、と乗せられた。
「凶夜くん、そんなに人を不幸にする必要はないわ。どこまでも優しいあなたが素敵なんだもの」
大きな棒磁石を担ぎ、それに引き寄せられるのは今まさにルミリオンに取られようとしていたエリちゃん。荼毘くんはそれを見て、進路を変えて僕たちの方へ飛んできた。
やがてその人の腕にエリちゃんがぽすんと納まると、茶目っ気たっぷりにウインクして言った。
「エリちゃんに戻してもらってから決めてたの。次誰かに個性を使うときは、あなたたちのために使おうって」
「マグ姉ぇええええ!!」
「感動ほのぼのは後だ!早くしねぇとトンでも集団が追ってくるぞ!」
コンプレスさんの言葉に慌てて黒霧さんの下へ向かう。本当にごめんなさい、黒霧さん。いつも助かってます。
黒霧さんのワープゲートに半身を埋め、炎の壁を突っ切って向かってくるヒーローたちへ手を振った。
「また会おうね!敵連合の月無凶夜とエリちゃんをよろしく!」
調子のいいことを言って、慣れた黒へと飛び込んだ。