「やぁ久しぶり、元気にしてた?僕は女の子を連れてデートするくらいには元気さ」
バレたことは確実。なら、騒がれる前にこちらのペースに持っていけばいい。殴る蹴るは向いていないが、自分のペースに引きずり込むのは得意だ。自称だけど。
ポイントは、バレたことに動じずここにいるのが当たり前のように振る舞うこと。それでいて気安い態度をとること。相手の意識の隙に潜り込み、掻っ攫う。まともに生きていれば到底できない技術だ。もちろんこれは自前のものではなく、先生から教えてもらったものである。でも、僕には元々そういう才能があったらしい。嬉しくない。
偶然出くわした友人を装って近寄る僕に、相手の二人は一瞬呆けた顔をした。この一瞬で僕はヒミコちゃんとアイコンタクト。いつの間にか近寄る技術なら、敵連合で僕とヒミコちゃんがツートップだろう。あ、個性の使用はなしでね。
一瞬で触れることのできる範囲まで接近した僕たちにはっとするが、もう遅い。僕は男の子と肩を組み、ヒミコちゃんは女の子と手をつないだ。袖から小型のナイフを出すオプションつきで。
「被害を出したくないなら、騒がず大人しくしておくべきだ。僕たちと君たちは友だち。それでいこう」
「見逃せるわけないだろ」
「今の一瞬で殺したってよかったんだよ?優位と劣位がわからないわけないよね雄英生」
そういえばこの子、一度ここで会ったことがある。まともな会話をかわしたわけではないけど、確か靴屋にいた子だ。あのときはメガネの子と女の子たちの印象が強すぎて記憶に残らなかったけど今思い出した。この子とはここにくれば会えるの?イベントキャラかよ。
「あなたたちの個性は把握しています。その上で近づいたことの意味、教えた方がいいですか?」
「……大人しくしていれば何もしないんだね?」
にこにこと、本当に友だちと話しているように笑うヒミコちゃんに、苦い顔をする女の子。その耳たぶ気になるなぁ。触ってもいいのかな?ダメか。ダメだよね。そんなことをした瞬間一気に戦闘が始まるに違いない。なんとなくだけどヒミコちゃんも敵に回る気がする。世界の敵改め女の敵。面白くねぇよ。
「約束するよ。だってさ」
そこで言葉を切って、僕とヒミコちゃんが二人から離れる。相手に何かをしてほしい時は、基本的に対等でなければならない。あんな物騒な距離でお話ししてても気を張り詰めるだけで楽しくないからね。
「今日は折角の日曜日なんだから。楽しくいこうぜ」
そう、折角の日曜日を台無しにしてしまうようなバカはいない。そんなの日曜日に失礼だし、ここにきているみんなにも申し訳ない。それに、エリちゃんもいるしね。
僕とヒミコちゃんはさっきと同じようにエリちゃんの手を握ると、またも呆ける二人を先導して言った。
「歩きながら話そうよ。ダブルデートでもしようじゃないか」
「……ウチらに背を向けてもいいの?」
「言ったでしょ」
振り向いて、訝し気な表情を浮かべる女の子にウインクしながら茶目っ気たっぷりに。
「僕たちは友だちだって」
「オッケー。耳郎、ダブルデートしようぜ!」
見るからにノリがよさそうな男の子はこの状況に乗ることにしたらしい。女の子……耳郎ちゃんの手を勢いよく握って、溌剌と笑顔を浮かべた。
ただ、手を握った瞬間個性で攻撃されていたのでダブルデートというわけではないらしい。仲良さそうに見えたんだけどなぁ。
「それで、二人はどうしてここにきたの?」
やっぱりデート?と聞くと、耳郎ちゃんが表情を無にして首を横に振った。そういうのって必要以上に相手の男の子を傷つけるからやめた方がいいんだよ。僕まで胸が痛くなった。男の子……上鳴くんはサムズアップをかましてるから、この子に対してはそういう態度でいいのかもしれないけど。
「一か月後に文化祭があってね。そこでウチらが演奏するんだけど、このバカがさ」
「カッコよくキマるようなアクセサリー欲しくてよ。イケメンとギターが合わされば最強だろ!」
「イケメンは置いておいて、ギターできるのはカッコイイですね」
「そう?上鳴くんイケメンだと思うけどなぁ」
「男に言われても嬉しくねー」
肩を落とす上鳴くんに、呆れたように笑いながら肩を叩く耳郎ちゃん。僕から見れば上鳴くんはイケメンなんだけど、女の子からすると何か変なオーラが見えてしまってそれがマイナス印象を与えるのかもしれない。そのオーラの正体は僕にもわからないけど。
というかヒミコちゃん、ギターできるのはカッコいいって?これは僕も始めるしかない。ギター買おう。そして弔くんにやらせようとして「あ、五本指で持ったら崩壊しちゃうんだったね、ごめんね!」と言って煽ってやろう。と思ったが、殺されるのでやめておくことにした。絶対キレるよ。
「僕も始めようかなー。耳郎ちゃん、今度教えてよ」
「凶夜サマが弦で指切って血だらけになるとこ見たいです!」
「やっぱいいや。ごめんね」
「や、どっちにしろ教えらんないけど……」
耳郎ちゃんから突き刺さる同情の視線が痛い。いや、ヒミコちゃんはいい子なんだよ?ただちょっと性癖が歪んじゃってるだけで、それも立派な個性だ。僕が当事者になりたいかどうかは別として。
僕があり得るかもしれない未来に震えていると、エリちゃんが僕の手をくいっと引っ張った。エリちゃんを見ると、そこには期待の眼差し。
「やらないの?」
……あれか。エリちゃんもギターができるとカッコいいって思う感じ?といっても僕音楽に触れてきたことがほとんどないからなぁ。先生が聴かせてくれたのはよくわからないものばっかだったし。精神安定とか能率向上とかそういう系統のやつ。
そんな僕にギターができるとは思えない。別にヒミコちゃんの期待通りになりたくないからとかそういうわけではなく、ただできるとは思えないからやらないだけで、本当にそういうことはない。ないのである。
「やっぱり教えてください……!」
やはりエリちゃんの期待の眼差しには勝てなかった。子どもの期待に応えたいと思うのが年長者だと僕は思う。なんでもかんでもはいはい言うことを聞いていたらとんでもなくわがままになってしまう気もするが、エリちゃんはそんなことないだろう。なんたってエリちゃんだから。敵連合には僕よりもしっかりしている人がいるしね。
絞りだしたような声を出す僕に、耳郎ちゃんはもはや僕を見るときに定番化されているともいえる同情の視線を送った。
「だから無理だって。アンタと私の関係思い出してみなよ」
「恋人」
「うぇっ、マジ!?」
「通報するよ?」
素直に頭を下げておいた。勢いでいけるかと思ったんだけど、無理だったらしい。折角穏便に済んでいるのに戦場に早変わりするところだった。
僕を非難する意味か、エリちゃんが僕の腕に頭突きをかます。地味に痛いな。
「そういえば、アクセサリー買うなら一人でもよかったんじゃないですか?やっぱりデートだったりするんです?」
「違う。なんでウチがこいつとデートしなきゃなんないの」
言いながら、上鳴くんの頬をコード状になっている耳たぶについているプラグでつつく耳郎ちゃん。そういうことするから勘違いされるってことを自覚した方がいい。男女間に友情は成立する説を推しているから「あぁ、気安い友だち関係なんだな」って思うけどさ。
楽しそうに笑っている上鳴くんはいいが、耳郎ちゃんが困っていそうだったので面白そうに二人を見るヒミコちゃんから解放するために助け船を出すことにした。
「それはほら。女の子にもてたいからでしょ」
ね?と上鳴くんにパスを出すと、上鳴くんは耳郎ちゃんの肩を軽くぽん、と叩いた。
「おう。やっぱ女の子の意見があった方がいいしな。キメたつもりで外したらダセェし」
それは耳郎ちゃんのセンスで上鳴くんに似合うものを選ぶっていうことなんだけど、そこらへんわかってるのかな。そうなるとその上鳴くんをカッコいいと思うのは耳郎ちゃんだけになるかもしれないんだけど。というかこれ助け船じゃなくて泥船じゃない?
まさかそんな。と思いながらヒミコちゃんを見ると、目を輝かせていた。少し顔を赤くして上鳴くんの手を払いのけた耳郎ちゃんがツボだったらしい。わかるぜ。だから変に突っつかずに見守ることにしよう。というアイコンタクトを送るとしっかり頷いてくれた。めちゃくちゃ複雑な内容をアイコンタクトで伝えることができるのは、僕たち敵連合の特技である。ウソだけど。
「あの二人仲いいね。見てるとほわほわするの」
別の角度からの恥ずかしさが耳郎ちゃんを襲った。こんな小さい子に和まれる関係って、それはそれでものすごくいい関係だと思う。だからそんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。これは僕でもものすごく恥ずかしくなると思うけど。だって子どもに微笑ましく思われるなんて、思春期の高校生にはそれはそれは恥ずかしいことだろう。上鳴くんは「サンキュー!」とエリちゃんにお礼を言っているが。どういうつもりなんだこの金髪は?
「できればそっとしておいてあげてね。それに僕とヒミコちゃんもあの二人に負けないくらい仲いいよ」
「種類が違うと思う。凶夜さんとヒミコちゃんは見てるとわくわくする」
わくわくってなんだ。それはあれでしょ、面白いってことでしょ。どうしたってギャグにしかならないってことでしょ。まぁ自覚はある。僕にヒロインなんて一生存在しないんだ。来世あたりではいるかもしれないけど。僕に来世があるかどうかは別として。
「大変なんだね」
「わかってくれる?でもこういうわかりやすい平和って、ものすごく貴重なんだぜ」
ふっ、とカッコよく笑いながら言った僕は、ふと視線の先に小さな男の子が泣いているのを捉えた。ショッピングモールで迷子って、そんなこと本当にあるんだなーと思いつつ向かっていく足。ダメだダメだ。折角の日曜日なんだから笑顔じゃなきゃ。
男の子のところに辿り着くと、目線を合わせるためにしゃがみこんで頭にぽん、と軽く手を置いた。不思議そうに僕を見る男の子にできるだけ柔らかく笑みを浮かべる。不安がっている子はまず安心させないといけない。幸い僕は弔くんみたいに怖い見た目をしていないので、こういうのは適役というやつだろう。
「どうしたの?」
首を傾げながら聞くと、男の子は泣きながらも途切れ途切れに母親とはぐれたことを伝えてくれた。こういうときに泣いてばかりではなくきちんと喋れるのはほんとに偉いと思う。僕よりもよっぽど。や、僕は偉くないんだけど。
まだ泣き続けている男の子を安心させるために、僕が安心できるフレーズを口にした。僕が安心できるっていうところが安心できない要素だけど、気にしないことにしよう。
「よし、なら僕たちと一緒に見つけよう。もう大丈夫だ。僕がいる」
そして、エリちゃんとつないでいる手とは逆の手を男の子へと伸ばした。それを掴んだのを確認すると、後ろにいる上鳴くんと耳郎ちゃんに向かって一言。
「ごめん、手伝って」
「アンタねぇ……いや、いいけど」
「ヒーローだしな!断るわけねぇって」
ありがとうとお礼を言うとともに、男の子に飴玉を渡した。糖分は脳にいいのである。