僕は敵連合拠点の共同スペースにあるソファで、うつ伏せになってだらけていた。僕の上で同じようにエリちゃんがぐでーっとなっているのもご愛敬である。
僕らがこんな状態になっているのにも理由がある。いや、ないといった方が正しいか。つまり、何もすることがなくて暇なのだ。ヒミコちゃんとデート?……デート。に行ってからしばらく経ち、はっきりと秋を感じるようになったこの季節。特にイベントもなく、敵連合は敵とは思えないほどゆったりとしていた。各々鍛錬は欠かすことはないが、それだけである。
弔くんと黒霧さんなんかはあちらこちらから情報を集めているらしいが、その進捗については教えてくれない。そういえばこの前ラブラバさんも手伝っているところを見たから、ジェントルさんは知っているのかもしれない。ラブラバさん、ジェントルさんに対しては口軽そうだし。こういっては失礼か。
何はともあれ、暇である。どれくらい暇かと言えば、僕の上でぐでーっとしているエリちゃんの頬をつつくヒミコちゃん、マグ姉と紅茶を楽しむジェントルさん、ソファの空いたスペースに座って僕の頭を肘掛けにしている荼毘くん、トゥワイスさんにマジックを披露しているコンプレスさん、難しい顔で新聞を読んでいるスピナーくん。
見るからに平和な光景が広がるくらいには暇だ。この場にいない弔くんと黒霧さんとラブラバさんは情報集めに勤しんでいるが、そこだけしか敵っぽくない。どうなっているんだ僕たちの組織は。
「お前、実質No.2みたいなもんなのに、なんでハブられてんだ?」
僕が組織のことを心配していると、僕の頭を肘掛けにしている荼毘くんからそんな言葉が投げかけられた。ハブられてる、とは弔くんたちのことだろう。実質のNo.2なら弔くんたちといて情報集めして然るべきなのに、なぜこうも暇そうにしているのか。
「多分、荼毘くんに肘掛けにされるようなNo.2だからじゃないかな」
「そうか、わりぃ」
悪いと思うなら肘をどけてほしい。いや、痛いとかそういうのは一切ないんだけど、むしろ頭のちょうどいいところに当たって気持ち良かったりもするんだけど、そういうことではないと思う。エリちゃんが真似したらどうするんだ。そういうことでもないのか?
荼毘くんに肘を置かれていて首を傾げられないため、内心で疑問に思っていると、やっと荼毘くんが肘をどけてくれた。それと同時に押し殺した笑い声が聞こえてくる。
笑い声の方を見ると、ジェントルさんが口元に手を当てて笑っていた。僕の視線に気づくと、「いや、失礼」と言ってから紅茶を一口。
「ここまで親しみやすい敵もどうかと思ってね。気を悪くしたのであればすまない」
「僕たちの仲がいいってことでしょ?悪くなんかしないよ」
言うと、ジェントルさんは温かく笑った。なんだ、今の面白かった?知らない間に爆笑ジョークを生み出してしまったのかもしれない。
「そうしていると四人兄妹に見えるものねぇ。一番上が荼毘で、一番下がエリちゃんかしら」
「私は上から何番目ですか?」
「んー、そうね」
マグ姉は人差し指を立てて口元に当てながら、首を傾げて考える。そして僕を見たかと思えば、優しい笑顔で言った。
「上から荼毘、凶夜くん、ヒミコちゃん、エリちゃんかしら」
「異議ありです!私は凶夜サマよりしっかりしている自信があります!」
「異議なし」
「それはどうなんだ、月無」
ヒミコちゃんの異議に賛同すると、荼毘くんに呆れながら言われてしまった。でもそうだと思うんだよね。僕よりしっかりしていない人なんているのだろうか。暇だからといってソファに倒れて肘掛けにされるような人間だよ?肘掛けだから人間ですらないのかもしれない。知らず訪れた人権の危機である。
自身に訪れた人権の危機に身を震わせていると、背中のエリちゃんがもぞもぞと上がってきて、僕の頬をぺちりと叩いた。なんだ、僕悪いことした?
「凶夜さんはしっかりしてないけど、守ってくれるもん」
どこか誇らしげに聞こえるその言葉に、ヒミコちゃんは「カワイイ!」と言ってエリちゃんを抱きしめてしまった。勢いはよくてもエリちゃんが痛がらないその抱き上げ方は流石というか、変なところで技術を使わないでほしい。や、使った方がいいんだけども。
しかし、ヒミコちゃんが妹か。……お兄ちゃんって呼んでくれたりするのだろうか?
「お兄ちゃんって呼んでもらうのって男の夢だよね、荼毘くん」
「それはわからねぇけど、弟は何て呼ぶんだ?おとうちゃん?」
ジェントルさんが紳士らしからぬ勢いで紅茶を噴き出した。ツボだったらしい。
「おとうちゃんは父親に対するものでしょ。弟は普通に名前呼びじゃないの?弟!って呼ぶとなんか距離感じるし」
「不思議とお兄ちゃんは距離感じませんよね、お兄ちゃん!」
「僕は今日死ぬのかもしれない」
「マジか」
思った以上の破壊力だった。スナイパーで脳を撃ち抜かれる感じかなと思っていたが、ミサイルで木っ端微塵にされた気分だ。思わず変な力が入り、市政を正して……姿勢を正してヒミコちゃんへ向き直る。市政を正してどうするんだ。いや、妹ヒミコちゃんのためなら頑張れるかもしれない。しかしそこまで行くと気持ち悪いのでやめておくことにする。
人生なんでも自重が大事なのだ。
「凶夜さん、死んじゃうの……?」
「いやいや死なないよ安心してエリちゃん。僕は愛に生きて愛に死ぬのさ」
「死んでんじゃねぇか」
くすくすとヒミコちゃんの腕の中で笑うエリちゃん。どうやら揶揄われたらしい。演技で涙をためるなんて誰に教わったんだ。まったくもう、と腕を組んでいるとマグ姉が僕にウインクしてきた。あなたですか?
と、いうより。
「エリちゃんはお兄ちゃんって呼んでくれないの?」
この流れなら自然と呼んでくれると思ったんだけど、さっきは凶夜さんだった。このチャンスを逃す手はないと思い切って聞いてみると、エリちゃんは可愛らしく両手の人差し指でばってんを作った。
「凶夜さんは、凶夜さんなのです」
「そうなのですか」
「凶夜サマ、顔がだらしないことになってます」
いけないいけない。年下にだらしない男なんて引かれてもおかしくない。ある程度ならいいが、女の子に「顔がだらしない」なんて言われてしまえば終わりだ。しかもエリちゃんの口調につられて「なのですか」なんて気持ち悪すぎる。
気を引き締めて男前な顔つきを意識すると、ジェントルさんが咳き込んでいた。今の僕そんなに面白いの?僕という人間がもう一人できないだろうか。いや、それはその僕がかわいそうだ。
「まぁでも実際さ」
おかしいところがあるのかと両手で頬をぐにぐにして顔の調子を確かめつつ、言い訳に近い何かを口にする。
「表情が豊かっていいことだと思うんだ。ほら、表情があまりないとモテそうにも……」
そこで言葉を切って、荼毘くんを見た。本人は首を傾げて続きを待っている。
「ない、こともない」
「どっちなんです?」
そういえば荼毘くんはモテるんだった。僕はオスとして荼毘くんに大敗北していた。ということは僕も表情をなくせばチャンスがくるということ?愛嬌の塊ともいえるこの僕が?いや、だからこそそのギャップがいいのかもしれない。
「僕もクールになろう」
「無理してる凶夜さんは見たくない」
無理してるって、まるで僕がクールに振る舞えないみたいじゃないか。クールなんて簡単だ。語尾を「だろ」とか「よな」とかにして笑うときは口角を少しあげればいいんだ。
「そうだろ?」
「凶夜くん、やめなさい」
マグ姉に怒られてしまった。そんな真面目に言わなくてもいいじゃないか。僕だって傷つくんだ。でもまぁいつもの僕がいいと言ってもらえている気がして悪い気はしない。あれ、傷つくのか?僕。
「あぁ、やめた方がいい。お前みたいなバカにクールなんて一生無理だ」
「あ、弔くん」
するっと現れ、弔くんは僕の隣に腰を下ろした。僕をバカにする言葉を添えながらなのは流石である。バカは余計でしょ、バカは。
「クールぶろうとして失敗する癖に」
「クールぶれずに失敗するやつよりはマシだと思うけどな」
言って、僕にデコピンを一発。確かに。これは僕の負けだ。やって失敗よりやれずに失敗のほうが断然劣っている。クールさで負けてしまった。いや、クールでいられないのが僕の持ち味だ。前向いて行こう。
「まぁ、月無がクールかどうかは置いておいて、一つ面白い話を持ってきた」
遅れて、黒霧さんとラブラバさんがやってきた。黒霧さんはもやもやしていてわかりにくいが、ラブラバさんは目に見えて疲れた様子で、あくびをかみ殺している。
そんな中平気そうにしている弔くんはさぼっていたのか、それとも弔くんが特別なのかわからないが、とにかく平気そうに、それでいて楽しそうに弔くんは告げる。
「お前ら、オークションに興味はないか?」
「オークション?」
あれか、出された商品に対して一番いい値を出す人が買える、みたいな。日本で普通に生活していれば恐らく一生経験しないであろうそれ。興味がないと言えば嘘になる。
「オークション、テンション上がるな!落ち込むぜ」
話を聞いていたトゥワイスさんが僕と弔くんの間に割り込んできた。全身でのアピールがすごい。
割り込んできたトゥワイスさんを見て、弔くんは頷き、僕に視線を送った。
「なら、月無とトゥワイス、エリと俺で行くか」
「あれ、弔くんも行くの?というかエリちゃん連れてって大丈夫なの。オークションって大人なイメージだけど」
一瞬大人な恰好をしたエリちゃんを思い浮かべたが、あまりにも似合わなさ過ぎてすぐに記憶から抹消した。忘れることは得意なのである。
「今回は俺が行きたいってのもあるからな。それにエリのことだが、俺が行きたいってことはだ」
弔くんは悪そうな笑みを浮かべて、トゥワイスさんと肩を組んだ。
「ろくでもねぇ集まりってことさ。いいな?」
「やっぱり興味ないかも……」
珍しく弱気になるトゥワイスさんを見て、僕はひしひしと嫌な予感がしていた。ろくでもないオークションに弔くんと行くって、それ、絶対何か起きるでしょ。
ほとんど絶望的ともいえる直近の未来に、僕は深くため息を吐いた。