アメリカンスピリット、通称アメスピは普通のタバコより燃えにくいタバコとして有名だ。普通のタバコは燃焼促進剤が葉に配合されているが、アメスピには配合されていない。無添加というやつである。かといって、体に害がないのかと言われればそうでもないのだが。
「タバコを吸うと思考がクリアになるのさ」
いつもつけているマスクをつけず、額に大きい縫合の痕があるトゥワイスさんが吐き出した紫煙を眺めながら言った。タバコを吸う人はすぱすぱと落ち着かない様子で吸っていたり、背中を丸めて情けなく吸っていたりとあまりいいイメージがないが、トゥワイスさんはそのどちらにも当てはまらず、むしろ大人の渋さすら匂わせていた。
トゥワイスさんがレベルアップを終えてからというもの、マスクをつけない頻度がぐんと増えていた。昔に個性で増やした自分の分身に殺されかけたこともあり、マスクをしていないと意識がごちゃまぜになって分裂してしまうというデメリットのようなものがあったが、今はそんな様子は中々見せない。ただ、どうもマスクをつけている状態が慣れてしまったようでつけなくなったというわけではないけど。
トラウマを克服するのはかなりの根気がいるはずだ。なんでもないような顔でタバコを吸っているこの人は、壮絶な訓練をしたに違いない。
「そうでもない。敵連合のためと思ったら苦でもなかった」
口角を吊り上げて笑い、タバコを指ではじいて灰を落とす。僕はあまりタバコが好きではないが、トゥワイスさんが吸うタバコは好きだ。どこか甘い匂いがするのは、ヒミコちゃんに嫌がられたから甘いものに変えたらしい。そこまでして吸いたいものなのだろうかと気になるくらいにはサマになっていた。
「トゥワイスさん、一本くれない?」
「未成年だろ。それにエリちゃんが甘えてくれなくなるかもしれないぜ」
「それは困る」
いくら今甘い匂いがするとはいえ、しみつく臭いは甘くない。タバコの臭さをまとっていたらエリちゃんが近づいてこないと思うと、一生吸わないようにしようと決意した。
「エリちゃんと言えば、遅いな。ドレスアップにしてもかかりすぎじゃないか?」
タバコの火を消して携帯灰皿に入れながら、トゥワイスさんは小さく息を吐いた。
僕たち……僕とトゥワイスさん、それに弔くんとエリちゃんの四人は今からオークションに向かおうとしている。なんでも、公式の場でやるオークションとはまた違った色を持つらしく、人が競売にかけられるのはお手の物、クスリや臓器など様々なものが出品されるらしい。そんなとこにエリちゃんを連れて行くのには当然反対したが、「敵になるんなら遅いか早いかの違いだろ」と無理やり押し切られてしまった。エリちゃん自身も乗り気だったので僕としてはそういうグロいものが出品されていないことを祈るばかりである。
「まぁ女の子だし、仕方ないんじゃない?僕らみたいに見た目を気にせず、というわけにはいかないだろうし」
「バカ言うな。俺は結構気にしてる」
「いつもはラバースーツじゃん」
「イカしてるだろ?あれ」
得意気に言うトゥワイスさんの感性は少しずれていると思う。
見た目を気にせず、とは言ったが、一応オークション。しかも僕たちは敵連合なので、みっともない恰好をするわけにはいかない。だから僕とトゥワイスさんはスーツを着ている。トゥワイスさんは大人なので渋い感じに仕上がっているが、僕はどちらかといえば可愛らしい顔をしているので、スーツに着られている感じだ。マグ姉には抱きつかれて頭を撫でられてしまった。そんな背伸びをしているように見えるのか、僕は。
に、しても。ああは言ったがエリちゃんは遅いと思う。オークションが開催されるビルに僕たちがついたのは二十分前。一緒にゲートを通っていけばいいと思うのだが、なぜか弔くんとエリちゃんは後からくるらしい。開始時間まではまだあるのでそこまで焦る必要はないが、わざわざ分けていく意味がわからなかった。別に別行動をとるわけでもないのに。
「もしかして死柄木がエリちゃんのドレスを崩壊させちまったとか?」
にやりと笑いながらトゥワイスさんが言った。冗談だとしてもここで遅れた原因を弔くんにするあたり、いじる人間をわかっていると思う。女の子を遅れた原因にすると後が怖いからね。どこで誰が聞いているかわからない。まぁ、怖いのは弔くんもなんだけど。
「かも。ダメにした歯ブラシ何本だっけ」
「確か十はいってなかったか?あいつ、朝弱いんだよな」
弔くんは朝起きて歯磨きする時、歯ブラシをぎゅっと握ってしまってダメにすることがある。大抵一緒に磨いているので、それを注意したときの弔くんの表情は子どもっぽくて面白い。こう、やっちゃった!みたいな。普段クールぶってるから余計に。
「いや、二十だな」
弔くんをバカにする流れになっていた僕たちの背後から、弔くん本人の声が聞こえてきた。振り向くと、どう見ても表の人間には見えないスーツ姿の弔くんに、その後ろからひょっこりと顔だけ出しているエリちゃんがいた。顔だけ出しているといっても、ドレスのスカートに動きがあるためか完全に隠れているわけではないが。
「朝もそうだが、寝る前も気が抜けてな。どうも握るのはダメだってことを忘れちまう」
「自分の個性なんだからしっかりしようよ」
「そうだぜ死柄木。敵連合のリーダーが歯ブラシをダメにする人間じゃカッコつかねぇ」
「個性に関してはお前らに言われたくはない」
そう言われてしまうと言葉に詰まるのが僕たちである。弔くんの歯ブラシは全然取返しがつく失敗だが、僕とトゥワイスさんはそんなレベルの失敗ではない。どちらがしっかりしなければいけないかと言われれば、それは僕たちである。
「……それより、エリちゃん。弔くんに隠れてどうしたの?汚いから離れなさい」
「お前」
「言い返せないから仕返ししてるんだろ。何も言わないでやってくれ、死柄木」
味方に図星をつかれると辛いところがある。トゥワイスさんは僕側でしょ。仕方ないなみたいに首を横に振らないでほしい。
エリちゃんは弔くんを見上げて「汚くないよ?」と言って、僕を見て、顔を赤くして弔くんの後ろに縮こまる。何故だ。まさか僕のスーツ姿がカッコよすぎて直視できないとか?わかる。ヒミコちゃんも可愛いって言ってくれたし。可愛いのかよ。
冗談は置いといて、やはり恥ずかしいのだろう。エリちゃんはドレスを着ること自体が初めてなハズだし、それを年が離れているとはいえ、異性に見せるのは恥ずかしい。僕は少し値が張るだけのスーツだから何も恥ずかしくないけど、ドレスははっきりと似合う似合わないがでてしまうから。とはいっても、エリちゃんだから何を着ても似合うに違いない。だから恥ずかしがらなくてもいいのに。
「ほら、エリ。見せてやれよ。月無のことだからきっと『天使だ』って言って褒めてくれるさ」
いやいや、流石に天使とは言わないよ。そりゃエリちゃんは天使だけど、それを口にしたら引かれること間違いなしだ。僕は自重ができる人間である。
エリちゃんの瞳が不安に揺れて、しかし意を決したように弔くんの後ろから出てきた。
子どもっぽさを全面に出すなら、やっぱり温かい色がいいと思う。オレンジとか、ピンクとか。エリちゃんみたいな子なら落ち着いた青系統でもいいと思う。イメージってあるよね。自分が持っているその人のイメージカラーをその人が着ていると似合うと思ってしまうアレである。
しかし、エリちゃんが今着ているドレスは白だった。純白。上品なレースの七分袖に、動きのあるふんわりとしたスカート。ベルトはリボンベルトで、邪魔にならない程度にビジューが煌めいている。
大人らしさの中にある確かな子どもらしさが感じられるドレスで、はっきり言えば天使だった。
「天使だ……」
「ほらな」
なぜか勝ち誇った様子の弔くんは無視して、エリちゃんに微笑んだ。
「本当に綺麗で可愛いよ。こんなに可愛いなら恥ずかしがらなくてもいいのに」
「……うー、だって」
「女心さ。わかれよ月無」
僕の肩に手を置いてやれやれと首を振るトゥワイスさん。女心はどれだけ勉強してもわかる日はこなさそうなので、無理だと首を振っておく。だからモテないのか?
「僕が十年生まれるのが遅ければコロリといってた。なんて凶悪なんだ」
「む」
何がマズかったのか、エリちゃんが可愛らしく頬を膨らませた。わかれよと言われた途端にこれである。やはり女心は一生わかりそうにもない。
エリちゃんは膨れたまま僕の隣までくると、僕の手を胸に抱いた。背丈が一緒であれば、恋人のように見えるであろうそれである。
「なら、十年後にコロリといかせるもん。どうせそれまで独り身だろうし」
「うっ、なんてことを言うんだエリちゃん……」
二十六まで独り身とは、かなり辛いところがある。僕だって人並みに女の子が好きだから、そりゃ彼女だってほしいのだ。環境的に無理かもしれないが。
さっきまで膨れていたエリちゃんが段々上機嫌になっていくのに首を傾げていると、弔くんが「さて」と仕切り直すかのように切り出した。
「そろそろ行くか。トゥワイス、マスク被っとけ。ここでは敵連合として見られた方が都合がいい」
法から外れた場では敵連合の名前は役に立つ。敵連合の名前は大きく、その影響力も計り知れない。それに、あらゆる方面に敵連合の名前を売っておいても損はないはずだ。そのため、トゥワイスさんはマスクをつけた状態の方が知られているため、敵連合としてはそうしてもらった方がいい。
「はいよ。ったく、スーツにこれは似合わないんじゃねぇか?ばっちり決まってるけどな!」
落ち着いた口調から一転して、コミカルな雰囲気へ。あと一応言うとばっちり決まっていない。
トゥワイスさんがマスクをつけたのを確認すると、弔くんは一つ頷いた。
「まず、オークションへ行く前に確認だ。今回の目的は覚えているな?」
弔くんの言葉に僕たちは頷きで返した。
今回はお買い物にきたわけではなく、単純にぶち壊しにきただけである。欲しいもの……人がいないわけではない。ただ、弔くんが「法の外でやってることのルールに則るのはバカらしいだろ」と言ったため、そういうことになった。
ちなみに、欲しい人がいるとは言ったが僕たちは聞かされていない。
「そろそろ教えてよ。欲しい人って誰の事なのさ」
聞くと、弔くんはエリちゃんを一瞥して空を見上げて言った。
「あー……お前らが死穢八斎會から帰ってきたとき、俺が用事あるって言ってでかけたろ。あれの関係だ」
後は見てからのお楽しみな。と特に笑いもせず言う弔くんに、なぜか嫌な予感がした。
多分、僕の勘違いでなければあの人だろうと思う。