【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第66話 日常とその裏

 若頭は潔癖症だ。

 

 まず僕たちと触れ合うことはものすごく嫌がるし、部屋を作ってからは一歩も部屋に入らせてくれない。弔くんは部屋に入れているあたり、部屋を汚しそうな人間と汚さない人間でわけているんだろう。僕は一切汚さないのに。

 

 ただ、そんな潔癖なところがある若頭も敵連合にはすぐに馴染んだ。誰でも受け入れられるのが敵連合の特性というか、なんとなくものすごく気遣いの上手い人たちばかりだと思う。僕も含めて。むしろ僕が気遣いのできる男世界一である。

 

 馴染んだとは言っても、完全な身内感はない。弔くんはあくまで若頭とは「いい関係」だと言っているし、僕らもそれに従っている状況。仲間というよりは同盟、みたいな。若頭が仲間を救出したその瞬間に僕らへ牙を剥くこともありえるからね。若頭は賢いからすぐには牙を剥かないとは思うけど。

 

 そんな若頭は弔くん、黒霧さん、ラブラバさんと怪しい会話をしている。弔くんは僕らのリーダーで、黒霧さんは座標さえわかっていればどこへでもワープゲートをつなぐことができる。そしてラブラバさんはハッキングのプロ。この組み合わせで考えられるのは、捕まっている仲間の解放についての話し合い、辺りだろうか。捕まっているとなると思い出す人がいるが、あの人は出られる状況になっても出てこないような気もする。出てきても一生大人しくしていそうだ。

 

 さて、そういう話し合いをしているということはもうそろそろ大きく動き出す頃ということだろうか。若頭が入念に打ち合わせをしたいから何度も話し合いをしているということもあるかもしれないけど、多分弔くんは早く動き出そうと考えているはずだ。なぜなら、今はNo.1ヒーロー、所謂平和の象徴が不在の状況だからだ。叩くなら今で、今だからこそ社会の脆さみたいなものがでてくる。この状況でエンデヴァーにめちゃくちゃカッコいいことされたらこっちが大打撃受けるかもしれないけど。

 

 エンデヴァーといえば。最近会っていない轟くんのことを思い出す。耳郎ちゃんと上鳴くんに僕の個性の事がバレたし、轟くんも知っていることだろう。ただ、僕の個性のややこしさを本当に理解しているかはわからないけど。

 

「うーん、僕いつあたりに死ぬのかなぁ」

 

「いきなり物騒なことを言うな」

 

 テーブルに突っ伏しながらボソッと呟くと、対面に座っている荼毘くんに呆れられてしまった。敵連合っていう敵の象徴みたいな集団が「物騒なことを言うな」っておかしい気がしてならない。

 

「何か悩みがあるのであれば相談してもいいのだよ。紅茶でも淹れよう」

 

 僕の隣で紅茶を楽しんでいたジェントルさんが新たにカップを取り出し、そのカップから少し外れた場所に紅茶を注ぎ始めた。僕の近くに置いたカップから少し外れた場所、そこには当然僕がいる。

 

 頭に降り注ぐ熱に思わず跳び起きた。

 

「あっつ!?」

 

「すまない!つい」

 

「ついの量じゃないでしょ!紅茶をこんなたっぷりかぶったのは初めてだよ!」

 

 紅茶で濡れて重くなった髪をあらかじめこうなると予想していたとしか思えないタイミングで荼毘くんがくれたタオルで拭く。よく考えると紅茶を飲んでいるジェントルさんの隣で突っ伏していたらこうなるに決まっていた。もしかしたら僕が悪いのかもしれない。

 

「いや、すまない。こんなこともあろうかとお風呂を沸かしておいた。入ってくるといいよ」

 

「僕に紅茶をかけるつもりで隣に座ったってこと?めちゃくちゃバカなの?」

 

「いい勝負してるぞ」

 

「うるさいよ!」

 

 のほほんとしている荼毘くんにもなぜかキレそうになりつつ、僕はお風呂場へ向かった。髪を紅茶で濡れたままにはしておけない。僕の綺麗な髪が傷つくことは世界にとってもよくない。それは言いすぎた。

 

「あれ、確か今風呂に……」

 

「荼毘。たまには月無くんもいい思いをしてもいいだろう?」

 

 背後でかわされた会話も無視して、共同生活スペースのドアを開けた。そして風呂場のドアを開けると、そこには。

 

「あら」

 

 エリちゃんを抱いたマグ姉がいた。そして二人とも完全な裸である。

 

「ごめんなさいね。本当ならヒミコちゃんがエリちゃんと入る予定だったんだけど、お洗濯代わってくれるって言ってくれたから」

 

「なにそれ。それってもしかして今マグ姉がいるところにはヒミコちゃんがいたかもしれないってこと?」

 

「だからごめんなさいって言ったの。それはそうと、凶夜くんも一緒に入る?」

 

「いや、いいです」

 

 人生で一番心が無になった瞬間かもしれない。いや、別に一緒に入りたくないわけじゃないけど、不甲斐ないことにマグ姉に甘やかされて腑抜けになる自信がある。この人は母性が半端ないのだ。

 

 というわけで背を向けて風呂場から出ようとしたとき。

 

「でてって」

 

「え?」

 

「でてって!!」

 

「僕出ていこうとしてるよね!?」

 

 怒るエリちゃんの声を背に、急いで風呂場から飛び出した。エリちゃんも女の子だから恥ずかしかったのかもしれない。僕が入った時にマグ姉が体でエリちゃんを隠していたけど、それでも。うーん、僕には女の子がわからない。

 

「あれ、凶夜サマ。エリちゃんのおっきな声が聞こえたんですけど、どうしたんです?」

 

 紅茶に濡れた髪をどうしようかと悩んでいると、気配を消していたヒミコちゃんに隣から話しかけられた。ここでびっくりして焦るとダサいので、あくまで気づいていましたという風にヒミコちゃんに顔を向けた。

 

「紅茶の香り?香水なんて持ってましたっけ」

 

 どうやら今の僕は何をしてもダサくなるらしい。紅茶を頭からかぶるなんてダサいにもほどがある。「え、凶夜サマって頭で紅茶を飲むんですか?」と言って笑われかねない。いや、ヒミコちゃんが笑ってくれるならいいのか?

 

「や、ちょっとエリちゃんたちが入ってるって知らなくて僕が入っちゃってね」

 

 とはいえやはり恥ずかしいので、話をそらすために初めの質問に答えた。参った参ったと頭の後ろに手を回すと、手に紅茶が付いた。許さんぞジェントル。

 

「わ。ダメですよそれ。後で謝らなきゃですね」

 

 私も一緒に謝ってあげます。とウインクするヒミコちゃんの可愛さに思わず死にかけた。思わずで死ぬやつなんているのか。恐らく世界中で僕だけだろう。死因はどうなるんだろう。ウインク?ガガンボでも死なねぇよ。

 

「ヒミコちゃんは謝らなくてもいいでしょ。エリちゃんも困っちゃうよ」

 

「いえ、本当なら私が一緒に入っているはずだったので」

 

 それでなんでヒミコちゃんが謝るんだろう。もしかしたら「凶夜サマが私にくぎ付けになるから」っていう理由だろうか。可愛すぎて抱きたくなるかもしれない。

 

「そうなっていれば記憶を失うくらいぐちゃぐちゃにできました」

 

 マグ姉は優しすぎるんです。そう呟くヒミコちゃんの笑顔は輝いて見えた。あぁいや、僕が期待したところで無駄だってことはわかっていたけど。

 

「まぁでも」

 

 ヒミコちゃんは輝く笑顔を引っ込めてふんわりと柔らかい笑みを浮かべると、そっと僕の手を両手で握った。紅茶がついた方の手とは逆の手だったことに安心しつつヒミコちゃんを見ると、どこか色気すら感じる表情でこう言った。

 

「凶夜サマがかわいそうなので、お風呂、私と一緒に入ります?」

 

 少し頬を赤くして首を傾げるヒミコちゃん。もちろん答えは一つ。

 

「お願いしま――」

 

「ふぅ、いい鍛錬だった」

 

「スピナーは飛び回り過ぎなんだよ!俺と戦い方被ってるし」

 

 覚悟を決めて世界一イケメンな顔で答えようとしたその時、鍛錬を終えたであろうスピナーくんとトゥワイスさんがピンクの空気をぶち壊しながらやってきた。スピナーくんは相変わらず体を動かしていないと落ち着かないらしく、度々誰かを鍛錬に誘っている。そういえばさっきトゥワイスさんを連れ出していたのを見かけた。

 

「なんでこのタイミングで!?」

 

「いや、すまん。気を遣って待っていたんだが、荼毘が行け、と」

 

「待ってたんだ……」

 

「まぁまぁ、結果的に助かったんだからよしとしようぜ」

 

 助かった?どういうことだろう。もしかして僕がものすごくヘタレだからヒミコちゃんといざお風呂に入ろうとしたときにとんでもなく恥をかくから、ということだろうか。ありえる。

 

 首を傾げていると、スピナーくんがヒミコちゃんを一瞥して、小さく息を吐いた。

 

「その、なんだ。人は裸のとき無防備になる、といえばいいのか」

 

「あ、それってもしかしてヒミコちゃんが僕をぐちゃぐちゃにしようとしてたってこと?」

 

 ヒミコちゃんを見ると、ものすごくいい笑顔をしていた。

 

「でもヒミコちゃんの裸見れるならいいか」

 

「ふふ、ではお断りします」

 

「お願いだから結婚して……」

 

「おい、お前おかしいんじゃねぇか?」

 

 身も蓋もないトゥワイスさんの言葉は聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 特殊拘置所タルタロス。海にあり、周囲を高い壁に覆われ、そこまで渡る手段は一本の橋のみ。その橋ですら厳重なセキュリティがあり、大きな罪を犯した者だけが収容される監獄。

 

 そこに捕らえられている人物に、元平和の象徴であるオールマイトが面会にきていた。以前も面会にきたことがあり、そのときはオールマイトがもやもやしたものを抱えさせられたまま面会が終了した。

 

 面会相手は、ある者からすれば悪の象徴。ある者からすれば先生。

 

 オール・フォー・ワン。無数の個性を持つ最強で最恐の敵である。

 

「……おや、また会いに来てくれたのか、オールマイト」

 

 オール・フォー・ワンは一切身動きせず、何の抑揚もない平坦な調子で言った。感情を一切悟らせないその声は、興味が惹かれない話は一切しないという意思を感じさせられる。オール・フォー・ワンは内心でそんな話をしにくるわけがないと思っているのだが、一応巨悪で通っているため格好つけのために平坦な調子を演じていた。演じるという生き抜く術は、ある教え子に必要なものだった。

 

「あの子たちは貴様の手を離れたと言ったな」

 

「あぁ、言ったね」

 

 あの子たち。死柄木と月無。オール・フォー・ワンを先生と呼ぶ二人で、敵連合のトップツー。オール・フォー・ワンの下を離れた二人は着々と勝つための準備を進めている。

 

 そして、オールマイトがここにきたのはその準備に関すること。

 

「死穢八斎會の若頭を取り込んだ。近々大きい動きを見せるんじゃないかと厳重な警戒状態が続いている」

 

「……はは、そうか」

 

 そこで初めて、オール・フォー・ワンは感情を見せた。喜怒哀楽のどれかで言えば、それは。

 

「なら、今度は外で会えるかもしれないな」


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