「にしても、若頭。ちとうまく行き過ぎとは思わねぇ?」
街中が敵の暴動で荒れている頃、トゥワイス、マグネ、治崎の三人は留置所にいた。正確には留置所の看守室。
そう、別に捕まっているわけではなく、死穢八斎會の組員解放のために動き出し、看守室を制圧していたところだった。手順としては簡単であり、トゥワイスの個性で看守を増やし場を混乱させ、更にマグネの個性で看守たちを飛ばしに飛ばし、トドメに治崎が強引に看守室までの道を切り開いただけである。
治崎が綿密に打ち合わせをした結果、死柄木からの「うちにはスニーキングミッションができるやつなんてほとんどいない」という言葉によって、今回正面突破することになったのである。
(まぁ、他へのデカいアピールにはなるだろうが)
わかりやすい力によって牽制程度にはなるだろうと考えながら、治崎は看守から牢屋の鍵を探り当て、あらゆる機器をぶち壊しながら話しかけてきたトゥワイスに鍵を放り投げた。
「拍子抜けはしたな。三人相手にこうも簡単に破れる牢獄ってのはどうなんだ?」
「だから、罠かもしれねぇって話」
鍵の束を目の前で揺らして眉を顰めるトゥワイス。留置所を襲撃するバカが今までいなかったからここまでザルなのか、自分たちが強いのか、それともこの状況が罠にかかっている状況なのか。このどれかだと推測し、トゥワイスは妙な危機感を感じていた。
「罠って?」
巨大な棒磁石を担ぎなおし、マグネが問いかける。何も危惧していない風に問いかけてはいるが、マグネも順調すぎる現状に違和感を持っていた。今までうまく生きてきた者特有の、日陰者が感じる何か。
このような感覚は、生きていくのに役に立つと二人は経験則で知っていた。
それは治崎も同じで、牢屋のある方へ向かう足は止めないまま考えた。
「罠、か」
小さく呟きながら牢屋の前に立った治崎は、二人の方へ振り向いて一つ、舌打ちを落とした。
「やられたな。空だ」
「あらやだ」
「マジ?」
この留置所には死穢八斎會のメンバーのほとんどが捕まっており、その情報を掴んでの襲撃だったのだが肝心のメンバーがいない。となれば、偶然他の所へ護送されたか、あるいは先ほど危惧されていた罠の可能性を考えるべきだろう。
「偶然とは考えにくいな」
となるとやはり罠。囮ということだろう。しかしここで治崎が引っかかったのは、タイミングが良すぎるということ。今回起こした暴動の前兆はほとんどなく、襲撃を予測する要素はほとんどなかったはずだった。そんな中、こうしてしてやられたというこの状況。まるで襲撃されるのがわかっていたかのような……。
「あ」
そこでトゥワイスがポン、と手の平を打った。
「確か、サー・ナイトアイって」
「トゥワイス!」
直後、トゥワイスを無数の押印が襲った。周囲を警戒していたマグネは間一髪個性でトゥワイスを引き寄せると、押印が飛んできた方を睨みつける。押印というユニークなアイテムで攻撃してくる人物と言えば一人しかいない。
どこからどうみてもサラリーマンにしか見えないが、その実『予知』という個性を持った立派なヒーロー。
「どうも、死穢八斎會とは縁があるらしいな」
サー・ナイトアイその人である。
「……大方、看守の未来を見たってとこか」
「その通り。察しが早くて助かる」
焦った様子もなく、治崎はため息を吐いた。サー・ナイトアイがヒーロー側にいる時点でこのような状況は予測できたため、然程驚くこともないのである。とはいってもできればこうなるのは避けたかったというのが本音だが。
「君ならここにくると思ってね。悪いがはめさせて貰った」
「組員はどこへやった?」
「さぁ。教える必要はない」
「今のさぁってサーとかけてんのかな?」
「しっ、静かに!」
一触即発の空気の中、緊張感のないいつもの敵連合がいた。「だってユーモアが大事らしいし……」となぜか涙目になるトゥワイスをこれまたなぜかマグネが「ごめんね」と宥めている。治崎は心の中でこの二人と組んだことを後悔していた。
しかし、ここでマグネからナイトアイに質問が投げかけられる。
「ちょっといい?罠にしては、看守たちがやられてからくるのって違和感あるんだけど」
鋭い質問に、治崎が感心したようにほう、と息を吐く。
サー・ナイトアイはヒーローである。その事実は疑うところはなく、死柄木弔が敵であることと同じ程度信頼できる事実。ここで疑問になってくるのが、ヒーローがやられるとわかっている看守を見殺しにするだろうか。予知した結果やられるとわかったのであれば、やられる前に三人を拘束するように動けばよかったのではないのか。
「あー、確かに。あれか。見た未来は変えられないとかそういうやつ?」
ゴーグル越しにナイトアイを見ながら、フック付きのメジャーを伸ばす。アホそうにびよんびよんと伸ばしているが、その言葉は的を射ていた。
「あぁ、なるほど。それで看守たちが倒れた後にのこのこやってきたのか」
あえて挑発するような言葉を選んで投げかける治崎。倒れている看守を踏みつけながら言うその姿は、なるほど若頭であり、トゥワイスは軽く引いていた。「そんなことしなくても……」と眉尻を下げている。
投げかけられたナイトアイはと言えば大して気にした様子もなく肩を竦めている。
「未来は変えられない。そう決まっている」
「えー、つまんねー」
どこか諦観を感じさせるナイトアイの物言いに、トゥワイスはシンプルな言葉で反論する。やりたいことをやり、物事を捻じ曲げることが得意な敵連合のトゥワイスだからこそ、未来は変えられないという言葉はとてつもなくつまらなく感じた。
「そこはほら、どうにかして違う未来にしたいってならねぇ?」
「だから、できないと言っている」
「ははーん、さてはお前、国語が苦手だな?俺は苦手だけどな!」
唇の先を尖らせ、眉をあげて目で弧を描くというやたらと鬱陶しい表情でバカにしたように言うトゥワイスに、流石のナイトアイも眉を顰めた。何しろ味方であるはずのマグネと治崎も嫌そうな顔をするほどである。その鬱陶しい表情を直接向けられているナイトアイはたまったものではないだろう。
トゥワイスは鬱陶しい表情のまま指をチッチッチ、と揺らして、得意気に言った。
「俺はしたいってならねぇ?って言ったのに、できないはおかしいだろ。この場合はやりたいかやりたくないかで答えねぇと。俺はやりたいぜ!」
「やったところで確実にできないとわかっているから」
「だからさー」
ふぅ、とあきれたようにため息を吐くトゥワイスに、マグネはとうとう手を出そうかと握りこぶしを作った。
「いつかはできるかもしれないだろ。そう思ってやり続けた方がきっと楽しいって」
「ま、できないできないっていうのは窮屈でしょうし」
握りこぶしをそっと解き、マグネは賛同した。
敵連合はそこに所属する人間のやりたいことを決して止めない。好きなようにやりたいことをやって生きる。そういうことができる組織で、そんな敵連合を所属している全員が居心地よく感じている。誰かのせいで少しお茶らけた面が目立つが、それも居心地を良くするのを手助けしている。
そして、思うのだ。最初から社会が敵連合のようであれば、と。日陰にいるという選択を取らずに済んだのではないかと。
「俺は知ってるぜ!」
トゥワイスは胸を張って、高らかに叫んだ。
「何かに縛られながらも自由に生きてる面白いやつを!俺たちにとってのヒーローさ!俺の方が自由だけどな!」
「やつっていうより、やつらかしらね」
サムズアップするトゥワイスに、肩を竦めるマグネ。二人が思い浮かべるのは、悪の組織のトップとは思えないほど仲のいいトップ2。まるで置き去りにしてきた青春時代を今過ごしているかのような二人。種類は違えど、圧倒的なカリスマを持つ二人のこと。
「誰であろうが構わないが」
穏やかな表情の二人にナイトアイは押印を構えることで応え、地面を足でトン、と叩いた。
「敵のやりたいことをさせないのがヒーローだ」
その音を合図に、治崎の背後から人影が飛び出した。
ナイトアイが受け入れているインターン生。最も平和の象徴に近い男。
「また会ったな、治崎!」
通形ミリオ。ヒーロー名ルミリオン。かつて治崎を一方的に破った男。
「若頭!」
焦ったようにトゥワイスが叫ぶが、もう遅い。
ルミリオンの拳は治崎の背に突き刺さり。
治崎の姿が泥のように崩れて消えた。
「なっ」
「これは……!」
「なんちゃって」
崩れた治崎を見て驚くナイトアイとルミリオンを頬をパンパンに膨らませてトゥワイスがバカにする。
治崎が崩れた理由は簡単。治崎はトゥワイスの個性で作り出されたものであり、衝撃が与えられたため崩れてしまった、というだけである。
そう、留置所を襲撃した三人はここに死穢八斎會の組員がいないことなどわかっていた。つまり、厄介なヒーローを引きつけるための囮である。
「さて種明かし」
「実は私たちもそうなの」
言って、トゥワイスとマグネはお互いを小突くと、二人の姿も崩れて消え去った。
「やられた……!」
(この部屋にいる看守の姿を見るべきだった……!)
ナイトアイが未来を見たのは、確実に襲撃を知ることができる牢を見回る看守の未来。その看守が看守室にいないため、襲撃にきた三人が偽物であるという情報をつかみ損ねた。
「いや、サー!俺たちがこうして釣られたということは、他で何かデカいことをしようとしているってことじゃないですか!?」
「デカいこと……留置所関係でデカいことと言えば」
大犯罪を犯した者が投獄される大監獄。
「タル、タロス」
「さてと」
僕は広がるワープゲートを前に気合を入れて、不安で瞳を揺らしているエリちゃんに優しく言った。
「じゃ、パパっとやって帰ってくるから、待っててね」
「……ぜったい」
「ん、絶対」
エリちゃんの小さな小指と僕の小指をきゅっと結び、約束する。さっきは泣かれちゃって大変だったけど、今は我慢してくれているみたいだ。小さい子に我慢させるなんてどれだけ恥ずかしい人間なんだ、僕。
「ジェントルさんとラブラバさんは僕たちからの連絡がきた後に。みんなは状況に応じてね」
「あぁ、わかってるよ」
「しくじるんじゃないわよ!」
ジェントルさんの頼もしい頷きと、ラブラバさんの激励に頷きで返すと、ワープゲートに半身を沈めた。
「よし、行こう。弔くん」
「あぁ、頼む。黒霧」
「えぇ、分かりました。行きましょう。死柄木、月無」
今から行くのは僕らの恩人も捕まっている大監獄。敵にとっての不自由の象徴。
タルタロス。
次回、『敵連合、タルタロス』です。