「ふむ、やはり自由というのは心地いいな。しばらく縛られるのは懲り懲りだ」
「できればしばらくじゃなくて一生だといいんだけど」
拘束が解かれて自由になった体の調子を確認する先生にボソッとつっこむ。タルタロスにくるなんて相性はいいとはいえほとんど博打みたいなものだし、できれば二度ときたくない。殺風景すぎて頭がおかしくなりそうだし。
「そうだ、直接会うのは初めましてになるのかな。弔と凶夜の先生だ。よろしく、マスキュラー」
「ってことは頭のおかしいやつってことか。よろしく頼む」
「一度力の上下ってのをわからせてやる必要があるらしい」
「上に立つ者なら余裕を持たなきゃダメじゃない?」
うるせぇ、と言って小突かれてしまった。いつになっても子どもみたいなところは直らない。男なんていつでも子どもだっていう言葉をよく聞くけど、こういうことではない気がする。
少し機嫌が悪くなった弔くんを宥めながら廊下に出た。他の独房に入っている囚人を解放しなきゃならないし、今は感動の再会に浸っている場合じゃない。幸い、弔くんと先生は問題なく扉をこじ開けられるしそこまで時間はかからないだろう。
「そういえば弔、凶夜。ここにいる全員を解放するのかい?」
ある独房の前で立ち止まり、先生が聞いてくる。僕と弔くんは顔を見合わせて首を傾げ、代表して弔くんが答えた。
「こうした方がいい、とは言わないんだな」
「敵連合の長は君たちだろう?なら、僕は君たちに従うまでだ」
先生は肩を回して、年甲斐もなく無邪気に笑う。
「こうして助けられた恩もあることだしね」
「先生が恩の話すんのかよ」
「嫌味ととられても文句言えないよ?それ」
呆れを装いながらも僕と弔くんは頬を緩ませた。だって、今の先生のセリフは「上に立つ僕たち」を認めてくれたということだから。先生の中ではやはりもう僕たちは先生の下を卒業したという扱いらしい。それにしたって僕たちに従うって、割り切り過ぎだとは思うけど。
弔くんは「まぁいい」と首を横に振ると、少し早口で答えた。
「もちろん全員解放する。自由を主張する俺たちがここにいるやつら全員を自由にしなくてどうするんだ」
「もし解放したそのときに牙を剥かれたら?」
「別にいいよ。こんなこと言うのはなんだけど、僕は敵連合のみんなが僕に牙を剥いたって文句は言わない。それがやりたいことなら仕方ないし」
「お?ならいいか?」
「まぁ抵抗はするけど」
僕の肩に置かれたマスキュラーさんの手を死ぬほどビビりながらどかす。言った傍から牙を剥かれるなんて思ってもいなかった。そういえばマスキュラーさん戦闘狂の癖があったんだった。あのとき僕に手を出す気はないって言ってたけど、気が変わったのかな?
「それほど成長したということさ」
「心読まないでよ」
「顔に出やすいんだよ、お前」
弔くんに言われ、そうかな?と頬をむにむにする。しばらくしてからこういうところかと気づいたときにはもう遅かった。マスキュラーさんは爆笑し、僕の背中をバシバシ叩いている。悔しい。
「ま、そういうことだ。だから、こいつも例外なく解放する」
あまり時間がないことを気にしてか、弔くんが会話を切り上げて独房の扉に触れた。タルタロスの地図は頭の中に叩き込んでるはずだから、もちろんここにいる人のことも知っているはずだ。僕は知らないから結構ドキドキする。知った顔かもしれないし。
そんなドキドキを抱えた僕の視線の先には、知った顔がいた。みんなが集まる前に手を組んだヒーロー殺し。
「……騒がしいと思ったら、お前らか」
「騒がしい=僕らってバカにされてる気分だね」
「実際にされてるんだよ。主にお前だけな」
「どっちもどっちだと思うがなぁ」
「ちなみに僕は褒めてたつもりだよ」
騒がしいという褒め方なんてあるのだろうか。賑やかですねと言っても悪口と捉えられる世の中だから、騒がしいなんてド級の悪口だと思うんだけど。賑やかと違っていいイメージがまったくないし。
弔くんは僕らと先輩の間を阻む障害物をすべて崩壊させながら、無警戒に近づいて行く。先輩は拘束されてるから警戒のしようがないけど、万が一ってこともあるし。血液の経口摂取で個性が発動するから、どんな状態であろうと油断は禁物だ。流石に武器は持っていないだろうけど、噛まれたら一発だし。
「よし、行くか」
なんていう心配を他所に、弔くんは本当に無警戒で先輩の拘束を解いた。一度利害が一致して協力しあった仲とはいえ、本来先輩は僕たちのことが大嫌いなはずだから、話し合ってから解放したほうがよかったと思うんだけど。
まぁ、それじゃ平等じゃないからこれでいいのか。
「どういうつもりだ」
拘束が解かれた人が口にするセリフ第一位「どういうつもりだ」。僕も一回言ってみたい。年貢の納め時だな、とかそういうセリフ憧れるよね。僕だけではないはずだ。人間誰しもカッコいいものには惹かれる性質を持っているんだから。
拘束を解かれた先輩は座ったまま弔くんを睨みつけて、返答を待っている。流石にすぐ暴れることはしないか。外の状況もわかっていないだろうし、この状況で暴れて無事で済むと思えるほど楽観的な思考じゃない。僕なら暴れるけど。
「どういうつもりもなにも、俺は仲間を助けにきたつもりだ」
「手を組んだだけだ。お前たちからすれば、俺という存在は面倒なものだと思っていたが」
確かに面倒だ。この問答も面倒だし。
「今外では敵が暴れまわっている。ヒーローが平和を守れるか、俺たちが平和を壊すかの競争さ。手っ取り早いと思わないか?」
「何?」
弔くんは訝し気な表情をする先輩を見て口元を邪悪に歪ませた。
「こういう状況でこそ正義ってもんが生まれるんだ。追い詰められれば人間の本性ってのが浮き彫りになる。プチプチとスライムばっか倒してちゃ見れねぇ景色だ」
「それと俺を解放すること、何の関係がある?」
「真の英雄はみんな救っちまうんだよ」
弔くんは強引に先輩を引っ張り上げて立たせ、軽く胸を叩いた。
「だから俺たちは自由を謳うんだ。後は自分で考えろ」
それだけ言って、先輩に背を向けた。ざっくり言うと、「お前は自由だ」みたいなことだろう。それっぽいことを言う弔くんの言葉はわかりやすいようでわかりにくい。言い回しの飾り付けが派手すぎるんだよ。僕もテンション上がったらそんな感じになっちゃうけど。
歩を進める弔くんに続く。マスキュラーさんは先輩の方を指さして僕に視線を向けてくるが、黙って首を横に振っておいた。ちなみに、マスキュラーさんのジェスチャーの意味は「戦ってもいいか?」である。「放っておいてもいいのか?」みたいなことではない。
このままではマスキュラーさんが我慢できず襲い掛かってしまうので急いで出ようと僕が歩を速めた瞬間、先輩が待ったをかけた。振り向くと、何やら意志の込められた瞳を僕たちに向けている。
「暴れるというのは、別にどの立場で暴れてもいいわけだな?」
「自分で考えろって言わなかったか?鈍ってんのか、先輩」
へらへら笑って答えた弔くんに、先輩もニヤリと笑っていた。
タルタロスの下層でそんなやり取りが行われている一方で、上空には状況を伝えるためのヘリが飛んでいた。一度ジャックされた程度ではめげない不屈の根性である。
しかし、一般市民に情報を伝えるためにはテレビ、ラジオを通すのが一番早い。言うなれば、根性で安心を届けているのである。
「御覧ください!今真下にある大監獄タルタロス!この内部に主犯格である敵連合がいるという情報が入りました!唯一入れる手段である橋も敵連合の手によって壊され、完全な孤島となっております!」
リポーターがヘリから身を乗り出し、現場の状況を伝える。ボロボロに壊された橋、倒れている看守たち。安心を届けるはずが、見事に不安を届けてしまっていた。これでは、敵連合がタルタロスを破ったと言っていることと同じである。
それでも、この情報を届けないという選択肢はない。ヒーローたちは様々な情報を欲しがっており、いち早く事態を収束させようと駆けまわっている。敵連合を追うということは、解決への一番の近道なのだ。
そのような根性のもと構えているカメラの中に、なにやら動きが見えた。タルタロスの屋根の上に立ち、大きな旗を掲げている。
「あそこ!カメラ寄って!」
それを目敏く見つけたリポーターがカメラに指示を出し、ヘリが下降してカメラがズームする。そして、その旗がはっきり見えた。
その旗には、こう書かれていた。
「敵連合、参上……?」
シルクハットを被ったマジシャン風の仮面の男と全身ラバースーツにマスクをつけた男が持っている旗には、確かにそう書かれていた。
「お、見つけたみたいだぜ!見んなよ!」
「エンターテイナーとしてはこういう目立つ行為、ゾクゾクするなぁ」
旗を掲げていたコンプレスとトゥワイスは呑気に座りながら空を眺めていた。とても日本を大変なことにしている集団とは思えない態度である。
「つか、俺働きすぎじゃね?橋壊すのに死柄木出したし、その前には三人。次は何したらいい?」
「戦闘が起きなきゃ何もしなくてもいいぜ。まぁ飛行能力持ったヒーローなんて早々いねぇから大丈夫だろ」
手の中で球を転がしながらぼんやりと空を見上げる。この『敵連合参上!』は敵連合がこういうことをしていますよ、と伝えるためのパフォーマンスだ。タルタロス内のことは他のメンバーがやってくれている以上、この二人の役目は既に終わったものとみていい。
「街中で暴れてるチンピラども、どれくらいで鎮圧されると思う?」
「どうかねぇ。救助がどれくらい必要かによるが、そこらへんはチンピラの腕の見せ所だな。俺たちがどれだけヒーローの気を引くかにもよる」
トゥワイスはマスクを半分脱ぎ、タバコを咥えて火をつけた。
「あと不満があるんだけどよ」
「タバコ税についてか?」
「それもあるが」
トゥワイスは紫煙を吐き、流れていくそれを見つめながら、
「ヒーロー側の勝利条件よ」
「あー」
二人は旗を裏返して、裏面に書かれている文字をカメラに見せた。
『勝利条件は、死柄木弔か月無凶夜をブッ倒すこと!』
「これ、俺たち全員がブッ倒されたらでよくね?」
「こういうところがらしさなんだろ。だからあいつらがトップなんだ」
だよなぁ、と同意する声はどこか投げやりだった。