【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第73話 月無、エンデヴァー

「ひえー早い。流石エンデヴァー、事件解決だけはお手の物か」

 

 ビルの屋上、そこから見える街の光景は阿鼻叫喚。ではなく、燃え盛るヒーローによって暴れていた敵たちが鎮圧されているところだった。

 

 そのヒーローとは現No.1ヒーローであるエンデヴァー。確かにそこらのチンピラでは歯が立たない。敵連合のメンバーですら勝てる人はいないのではないだろうか。連係すればもしかしたらいけるかもしれないが、そのもしかしたらで誰かがやられたらいけない。

 

 というわけで、僕が駆り出されたわけである。先生にエリちゃんを奪われるかもしれない瀬戸際で、なぜこんなことをしなければいけないのか。

 

「エンデヴァーの相手なら荼毘くんを当てたらものすごく面白いと思うのに。勝てるかどうかは別として。ねぇコンプレスさん」

 

 駆り出されたのは僕だけではなく、コンプレスさんも一緒だ。とはいってもコンプレスさんはそこまで手をだすわけではなく、あくまで僕を送り届け、僕を回収する役、もしくは状況を伝える役である。つまり、場合によってはものすごく楽な仕事だ。

 

「勝てるかどうかがわからん、というか勝てない可能性の方が高いから当てないんだろ」

 

 そう答えながらシルクハットを指先でくるくる回す。

 

 それはわかってるけど、なんというか、僕の役割だけめちゃくちゃ重くない?一応僕がやられると暴動を止めるって言ってるのに現No.1を僕が相手するっておかしいと思うんだ。信頼の証ともとれるけど、こんな信頼の仕方よくないよ。隠し玉があるとはいっても無茶が過ぎる。

 

「まぁ、一対多なら負けることはないと思うけど。相手がヒーローなら尚更ね」

 

「勝てることもないだろ」

 

 それはわからない。勝てるかどうかは完全に運任せだ。僕が運任せってのは皮肉なもんだけど。

 

「よし、じゃあ初見殺し行ってきます」

 

「自分で死にかけねぇと殺せないって不便だよなぁ」

 

 不便なんて、生まれてちょっとしてからずっと思ってたことさ。

 

 コンプレスさんに手を振って、ビルの屋上から身を乗り出す。そしてそのまま躊躇することなくダイブした。こうして飛び降りるのは何度目だろうか。何度か自殺しようとしたことはあるけど、しばらくぶりな気がする。

 

 ただ、今回は死ぬためではなく攻撃のためのダイブだ。落下のインパクトの瞬間に不幸を譲渡することで一瞬だけ幸福が不幸を上回る。そうすれば僕は即死ではなく瀕死になれるわけで、その怪我を譲渡すれば初見殺しの必殺技が完成するわけだ。

 

 頭の中でプランを組み立てながら落下。地面に叩きつけられるもはや心地よい感覚とともに聞こえてきたのはエンデヴァーの焦った声。

 

「お前ら、今すぐここから離れろ!」

 

 やはり勘がいいらしい。この中の誰かが僕の手によってぐちゃぐちゃにされるのを一瞬で理解したようだ。しかし、もう遅い。僕がぐちゃぐちゃになった時点で逃げても無駄だ。

 

「ぐおあああああああっ!?」

 

 エンデヴァーのサイドキックらしいヒーローが悲鳴をあげてぐちゃぐちゃになる。そして無事になるのは僕の体。

 

 残りはエンデヴァー合わせて三人。意外と少ないのは日本中大変なことになっているからだろうか。

 

「受け取っていただいてありがとうございます。迷惑な押し付け(サプライズプレゼント)、いかがでしたか?」

 

「月無凶夜……!」

 

 ヒーローがする顔じゃないでしょ、それ。泣く子も黙るどころか泣く子を殺す表情だ。怖すぎて。実際僕もちびりかけたし。かけただけだ。決してちびってはいない。

 

「全員そいつを連れて逃げろ!相手が悪すぎる!」

 

「いえ、しかし!」

 

「お喋りしてる暇あるの?」

 

 もめている間にエンデヴァーの下へ走り出す。意識をずらす、呼吸をずらすのは得意だから、走るのが速くなくても自然と肉薄できる。

 

「くそっ」

 

「できても倒せるわけじゃないんだけどね」

 

 肉弾戦は普通の人よりはできる程度なので、プロヒーロー相手だと簡単に止められる。ただ、こうやって腕を掴まれたなら無理やり抜け出すことができるわけだ。僕の個性ならノーダメージだからね。

 

「ダメだよエンデヴァー、僕に怪我さしちゃ!」

 

「させるつもりはない」

 

 無理やり体をひねって腕を折ろうとしたとき、それを察知していたエンデヴァーは腕を離した。それはそれでやりようはあるんだけど。

 

 自由になった体をその勢いのままサイドキックたちの方へ向け、一気に走り出す。今の状態でエンデヴァーとやりあったところで勝負がつかないのは目に見えている。なら、人質役であるサイドキックをこの場に止まらせるべきだ。

 

 サイドキックは僕に手を向ける。恐らく個性を使うつもりなのだろうが、殺傷能力のある個性であれば好都合だ。エンデヴァーにでも押しつければ勝手に自責の念で自滅してくれるだろう。

 

「そいつを傷つけるな!さっき一人やられたのを見ていなかったのか!」

 

「ま、そうはいかないよね」

 

 叫ぶエンデヴァーの声を背に、動揺したサイドキックの隙をついて胸に蹴りを入れる。そうして動きを鈍らせてから足を潰そうとしたところで、他のサイドキックがこちらへくる姿と、後ろからエンデヴァーがくる気配を察知し、僕は迷わず胸を押さえているサイドキックを引き寄せて盾にした。

 

「あ、個性を使うと暴発するのは確実なのでよろしく」

 

「悪者らしい行動だな!」

 

「おいおい、悪者なんて言うなよ。僕らからすれば君たちは悪者なんだぜ?だってそうだろ」

 

 エンデヴァーの方へ盾にしていたサイドキックを蹴飛ばし、僕を悪者と言ってきたサイドキックへ向き直る。

 

「みんなが敵対する相手のことを悪者扱いするのさ。言い換えればみんなが自分を正義だと思ってる。それを区別するのはナンセンスだ。違うかい?」

 

 言いながら、ポケットにあるものを握りしめ、相手の目に向けて放り投げた。舞うのは細かい砂、石。こざかしい目つぶしのために採取していたものだ。

 

 当然ヒーローであれば個性を使って防いだり、そもそも目つぶしなんてものともしない個性だったりするのだろう。しかし今は個性を封じられている状態。であれば取る行動は限られてくる。

 

 サイドキックは腕で目を庇った。それは不正解。

 

「この場合は下を向くか後ろに下がった方が賢明だと思うけど」

 

 目を庇ったことでがら空きになった胴体に蹴りを入れる。個性で派手なパフォーマンスとともに敵退治やレスキューなどをしていたからこういう泥臭い戦いは苦手なのだろうか。いや、ヒーロー全体に言える話ではないだろうが。

 

「だってエンデヴァーはそうじゃないみたいだ、し!」

 

「ちっ、気づいたか」

 

 僕を拘束しようと後ろから伸ばされていた腕を転がって避け、エンデヴァーから距離をとる。あれは体ごと拘束する気だったに違いない。かわいい僕を抱きしめてぎちぎちに縛るつもりだったんだ。変態さんめ、そうはさせない。

 

「んー、サイドキックの人たちはどうにかできそうな気はするけど、やっぱりエンデヴァーが相手だとそうはいかないか」

 

「お前に慣れるのも時間の問題だ。個性を使えなくとも、ただのチンピラを相手にするのとなんら変わりはない」

 

 それはちょっと違うんだけど、ただのチンピラと戦闘力自体は変わらないというのは否定しない。だって僕普通に弱いし。

 

「たーだ、そろそろそこの人連れて行った方がよくない?待ってるから、サイドキックのお二人さん連れて行ってあげてよ」

 

「信じられると思うか?」

 

「信じる信じないより、連れて行かなきゃダメじゃない?死んじゃうじゃん」

 

「あぁそうだな、例え手を出そうとも俺が止めればいいだけの話」

 

 言って、エンデヴァーは腰を落として腕を広げる。ああやってやられると抜くのは難しそうだ。これがカバディで僕がレイダーならゼロポイントで帰ることになるだろう。逃がす気はなかったのに、逃がすことになってしまうとは。めちゃくちゃダサいじゃん。

 

 とはいえ、他の人がいる状況は個性縛りという点でめちゃくちゃデカい。今のうちにエンデヴァーを仕留めないと少々マズい。

 

 というわけで僕が脚にぐっと力を込めた時、エンデヴァーが静かに口を開いた。

 

「知っているか」

 

 何を?と首を傾げる。質問の仕方を知らないのだろうか。知っているか、だけでは答えようがない。

 

「数百数千に上る被害。怪我人も少なくない。そしてヒーローは敵の対処に駆り出され、医療機関もパンクする状態だ。そんな中で一瞬が命を左右する状況の人間が生き残れるのは簡単なことだと思うか?」

 

「難しいんじゃないかな。その一瞬が潰される状況なんだから」

 

「そうだな。それで、知っているか?」

 

「だから何をさ」

 

「この事件で亡くなった人々の数をだ」

 

 僕は実際に被害状況をこの目でちゃんと見たわけではないから知るはずもない。そもそも数えられるわけがない。日本全国に目を向けられる人なんているのだろうか。先生ならいけそうだけど。

 

「重要なのは今守らなきゃいけない人の数でしょ。亡くなった人のことを悔やんでいる間にまた死んじゃったら元も子もないし」

 

「あぁ、だがこんな状況ではその数すら数えるのもままならない」

 

 そして、燃え盛る火炎。そこで初めてサイドキックが逃げるまでの時間稼ぎをされていたことに気が付いた。お喋りが好きだからつい乗ってしまった。なんという策士。

 

「だから、俺はここでお前を倒す。確か、お前か死柄木を倒せばこの状況は収まるんだったな?」

 

「うん、約束するよ。僕たちの正義に誓って」

 

 さて、どうしよう。僕を倒したいと思っているエンデヴァーを不幸にすれば僕に攻撃が当たらないのはわかってるけど、彼くらい個性の扱いがうまいならそのタイミングが掴みづらい。一歩間違えれば攻撃をくらってしまう。譲渡を発動しなければ幸福か不幸のどちらかがランダムで発動するから、不幸を引き当ててしまえばもう一撃で終わる可能性だってある。拘束だって同じことだ。

 

 うん、ここからはほとんど運勝負だ。僕らしいと言えば僕らしいじゃないか。

 

「信じよう。お前たちの正義を」

 

「嬉しいような、嬉しくないような」

 

 でもやっぱり嬉しい気はする。このまま無事に帰れたら。


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