【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第74話 1-A、離散

「次に期待する身としては」

 

 死柄木は和やかに遊んでいるオールフォーワンとエリを横目で見つつ呟いた。

 

「やっぱり縁のある雄英1-Aだよな」

 

 月無がエンデヴァーと接敵している中、自分たちも動かなければいけない。となれば、自分たちが負けても次が残るような相手と戦い、種を植えておかなければならない。

 

(もう俺たちだけの敵連合じゃないし)

 

 今度は横目ではなく、しっかりとエリに目を向ける。視線に気づいたエリが手を振ってくるのを適当な感じでひらひらと返し、さて、と腰を上げた。

 

「今から街にいる雄英生に喧嘩売りに行くが、くるやついるか?」

 

 反応は様々だった。恍惚とした笑みを浮かべる者、静かに頷く者、紅茶をこぼす者、首を傾げる者、両手を合わせる者、サムズアップする者、すっと隣にくる者。

 

 全員を見て、死柄木は薄っすら笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「さぁ次はどうしやしょう治崎のアニキ!」

 

「どんなやつでも潰して見せますぜ!」

 

 妙なことになった、と治崎はため息を吐いた。

 

 自分の部下が襲撃対策のためにタルタロスへ移されていて、だからこそ自分が囮になり元々部下がいた留置所へ向かったのはいい。あとは暴れていれば部下たちが戻ってきて、形だけでも死穢八斎會再始動、というのが治崎の思い描いていたものだった。

 

「敵連合同盟、死穢八斎會若頭治崎のアニキのお通りだ!」

 

「死にたくなけりゃ股開いてワンと吠えるかケツ向けてヒヒーンと鳴いてみろや!」

 

 部下たち以外の明らかにガラの悪い連中が治崎に従うようになっているのはどういうことだろうか。頭を悩ませつつも、どうせ敵連合のせいだろうと治崎は高を括っている。

 

(まぁザコを片づけてくれるのは正直助かるが)

 

 いきなりワープゲートから現れたこのチンピラたちは確かに強く、戦力になるものだった。タルタロスにいたとなればそれもそのはずだが、人の下につくイメージがなかったのも事実。従ってくれているのであればそのままにしておいても問題ないが、これからも執着されるかと思うとため息ものである。治崎は実際にずっとため息を吐いている。

 

 そこで、と気になることを聞いてみることにした。隣にいる音本に耳打ちして、周りのチンピラに質問させる。音本の個性は問いかけた相手に本心を悟らせる真実吐き。こういう状況であれば重宝する個性だ。

 

「聞かせてくれ。若を、オーバーホールを慕う理由は何だ?」

 

「んなもん簡単!敵連合の同盟とくれば恩人の同盟と同じこと!」

 

「監獄から助け出されたその時!俺たちは敵連合に忠誠を誓うと決めたのさ!」

 

 なるほど、と治崎は頷いた。ということは、死穢八斎會までついてくる気はないらしい。同時に、敵連合の、正しくは死柄木弔と月無凶夜のカリスマに恐れに近い何かを抱いた。

 

 タルタロスに捕らえられていたものは死刑すら生ぬるい犯罪を犯した者たちであり、当然クセがある。簡単に人に従うものではなく、大体が自分の思想、若しくは欲望に従っていたものたちであり、今のような誰かに従う状況とういうのはまったく想像できないものだ。

 

(クズでも恩は感じるんだな)

 

 死柄木と月無が特別従いたくなる何かを持っている、と言われればなんとなく納得してしまう自分も大概だが、と治崎は自嘲した。

 

「しかし、困りやしたね。これ明らかに若がリーダーだと思われてやすよ」

 

「まぁ再始動のインパクトにはちょうどいいだろう。あとは」

 

 こいつらにここを任せて、エリを返してもらうだけだ、と誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

 

 

 雄英1-Aは誰一人欠けることなく戦場を駆け抜けていた。学生でありながら場慣れしていたことも手伝って、傷を負ってはいるものの大きな怪我はない。

 

「仮免のときよりマシかもな!」

 

「敵だらけじゃないし、言えてる!」

 

 強がりか軽口か、仮免と比較してなおこの状況をマシと言ってのける上鳴に、珍しく耳郎が同意した。仮免の時は雄英潰しという体育祭で個性が割れており、更に有名校であることから周りの学校から狙われるという状況だったが、今は他のヒーローもいるため敵の数で言えばマシとはいえる。

 

(危険度は断然こっちの方が上だけど)

 

 しかし、そんなことを考えられるくらいに緑谷には余裕があった。現れる敵がチンピラ程度だからだろうか。初めてチンピラを相手にしたUSJの時より成長しているため、その時より余裕があって当然と言うべきか。

 

「そろそろここも少なくなってきたな」

 

 轟の言葉に周りを見渡すと、敵の数はぽつぽつと確認できる程度で、もうここに自分たちの力は必要ないように思える。

 

 緑谷たちはずっとこの戦場にいたわけではなく、段々学校に向けて移動していっている。というのも、仮免があるとはいえ自分たちは戦闘許可が下りたわけではなく、今はただの雄英生でしかないためだ。これでもし重傷、果てには死亡でもしてしまえば、責任をとるのは雄英だ。この状況であれば「帰る」というのが正しい選択肢だろう。

 

 それでいて「助ける」というのも正しいことだ、と満場一致で決定した雄英1-Aは学校に向かいながらその戦場戦場で制圧を繰り返している。

 

「よし、行こうみんな!周りに注意を払いながら帰るんだ!」

 

 委員長の飯田が叫び、後に全員が続く。

 

(悔しさは、みんなあると思う)

 

 雄英のヒーロー科にいる以上、全員がヒーロー志望だ。この街の全員が助けを求めている状況では、学校からの許可関係なく助けに行きたいというのが本音だろう。それでも行かないのは敵連合に襲われた経験があるから。爆豪たちが攫われたとき、結果的に意味はなかったとしても緑谷たちは救出に赴いた。しかも仮免すら所持していなかったときの話だ。

 

 正直、緑谷自身飛び出してしまいたい気持ちがある。なぜなら今回は無視できない敵連合が起こした騒ぎで、月無も出てきている案件だ。それでも。

 

(かっちゃん救出、先生の信頼、寮に入る時のお母さんのこと)

 

 帰らなければ、どの面下げて会えるというのだろうか。

 

「デクくん?」

 

 暗い顔をする緑谷に気づいた麗日が心配そうに顔を覗き込んで名を呼んだ。それに「なんでもないよ」と返して前を向く。ヒーローが下を向いてしまえば、市民がどこを向いていいかわからないから。

 

 そして、前を向いたことで気づいてしまった。鳥を空に飛ばして索敵している口田、個性を使って音を聴く耳郎、複製腕を使っている障子。その三人の警戒を抜けてきた存在に。

 

 目の前に現れたのは黒い渦。それを初めてみたのはUSJの時。

 

 こちらへ広がってくるそれに、飯田が焦った声で叫んだ。

 

「みんな、逃げろ!ゲートに触れてしまえば終わりだ!」

 

 しかし、気づくのが遅かった。そう叫んだときには飯田はゲートに飲み込まれてしまっている。

 

 それに反応したのが切島だった。手を伸ばして飯田を掴む。が、その体を引っ張れることはなく逆に引きずり込まれていく。

 

「切島くん、手を離せ!このままでは君まで」

 

「一人で行くよりマシだろ!」

 

 手を離せと言う飯田に男前な言葉で返す切島。

 

「じゃ」

 

 そんな切島の手を掴む者がいた。

 

「二人より三人のがマシだよね?」

 

「芦戸!?」

 

「まずは、三人」

 

 ずるり、とゲートに三人が飲み込まれていく。

 

「ちくしょう!勝手に送り出したと思ったらまた勝手にどっかに送んのかよ!」

 

 若干涙目になりながら峰田が叫ぶ。無理もない。このワープゲートには何一ついい思い出がないのだ。もはや恐怖を植えつける存在でしかない。

 

「送られっかよ!」

 

 ほとんどが逃げる中、爆豪は飛び出した。経験で黒霧には実体があるとわかっているため、押さえるのが一番だと判断したのだ。このままにしておけば全員どこかへ送られることが目に見えている。

 

 しかし、ゲートから巨大な棒磁石が現れ、爆豪を引き寄せた。

 

「なっ」

 

「うふっ、いらっしゃーい」

 

 爆豪は後ろを見て目を見開きながらゲートに引きずり込まれる。ゲートからはうきうきとした声。緑谷はなぜかその声にゾッとした。

 

「次」

 

 平坦な声でゲートが伸ばされ、そのゲートが捉えたのは。

 

「おわっ」

 

 上鳴。爆豪が動き出した瞬間加勢しようとして一瞬で爆豪が引きずり込まれたため手持無沙汰になったところを狙われた。はっきり言って間抜けである。

 

 先ほどゲートに飲み込まれれば抜け出せないということをわかったため、ほとんど誰も動き出さない。そんな中、上鳴は人生で一番男前な表情をして言った。

 

「なんでもしますので、誰かきてください」

 

「ぶはっ」

 

 顔はいい上鳴がなぜかモテないのはこういうところだろう。どこまでもイケメンになり切れないというか、情けないというか、一言で言えば残念なところ。

 

「クソッ、笑っちまった!しゃあねぇから行ってやるよ、上鳴!」

 

 瀬呂は上鳴にテープを貼りつけてそれを巻き取ることでゲートに向かう。その途中、同じくゲートに向かっているものがいた。

 

「あれ、耳郎?」

 

「……」

 

 瀬呂はゲートから近い距離にいる耳郎を見て首を傾げた。最初からゲートに行こうと思っていなければいられないはずの距離。そこに耳郎がいるということはつまりそういうことで。

 

「おおっ、耳郎!信じてたぜ!お前だけはきてくれるって!」

 

「うっさい!誰かきてくださいって言ってたのみんな知ってんだからね!」

 

 上鳴の調子のいい言葉に即座に叫んで返し、かと思えばそっぽを向いて。

 

「ま、いなくなられても困るし。仕方なくね、仕方なく」

 

 それを見た瀬呂は、変な汗を流して振り向きながら言った。

 

「誰か助けて!ラブコメだこれラブコメ!ヒーローになりたくてもお邪魔虫にはなりたくねぇんだよ!」

 

 いやだぁあああと叫びながら引きずり込まれる瀬呂を、全員が微妙な目で見つめていた。峰田が敬礼しているのは、はたしてどういう理由からだろうか。

 

「敬礼している場合ではないぞ峰田!」

 

「英霊に敬礼しなくてどうすんだ!」

 

「瀬呂は死者ではない!」

 

 ゲートに飲み込まれそうになっていた峰田を常闇が黒影で救出し、そのまま走り出す。しかし、ゲートを広げる黒霧はそれを見逃さない。既に峰田の一部はゲートに飲み込まれ、徐々に体も引きずり込まれていた。

 

「常闇ぃ」

 

「遺憾千万……」

 

 抵抗せず立ち止まる常闇は男前だった。

 

「みんな飲み込まれていく……!どうすれば」

 

「凍らせるしかねぇか」

 

 右半身から冷気を出し、凍らせようと右手を向ける。しかし、それと同時に青い炎がゲートから放たれた。激しい炎に氷が溶かされ、氷結が無効化される。

 

「轟くん!」

 

「チッ」

 

 轟は背を向けることもせず、足を止めた。ゲートから炎が出るのを見た以上、背を向けるわけにはいかない。あれの正体が不明な以上、いつでも対処できる状況でなければならない。さらに、今ゲートの向こうに炎の使い手がいるのであれば自分以上の適任はいないと。

 

「誰もくるなよ。俺一人で十分」

 

「というのはナシですわよ。轟さん」

 

 覚悟を決める轟の三歩後ろに、八百万はいた。

 

「ついていきますけど、いいですわね?」

 

「……あぁ、助かる」

 

 頷きあった二人は、一緒にゲートに飲み込まれた。

 

「瀬呂の二の舞にならなくてよかったぜ……」

 

「うん、俺も行きかけたよ。危なかった」

 

 胸をなでおろす砂藤と尾白。緑谷も内心で頷いていた。轟の言い方は「俺がこの中で一番強いからきても足手まといになる」という言い方に聞こえてしまい、「なんだとコラ」とついて行きたくなってしまうのだ。そこからの八百万に対しての「助かる」は明らかにラブコメである。

 

「この人数なら、もう固まった方がいいかもしれないわね」

 

 蛙吹が隣を走る緑谷を見ながら静かに言った。今残っているのは八人。ここから散らされるよりは固まって同じところに行った方がいいという判断だ。特に口田は生物がいないところで力を発揮できないため、万が一にでも一人になってはいけない。

 

「そうだね、みんな固まって……」

 

 蛙吹の言葉に頷き、全員に伝えようと緑谷が後ろを見たその時。

 

「いや、実際働き過ぎだと思うんだよな、俺」

 

 シルクハットの中に玉を二つ入れながら呟く、トレンチコートを着た仮面の男がいた。

 

 いなくなったのは、砂藤と口田。

 

「ま、訳あって今は戦えねぇから仕方ない。黒霧、帰してくれ」

 

「わかりました」

 

 ゲートに帰ろうとするコンプレスに反応したのは緑谷と青山。青山はレーザーを溜め、緑谷は飛び出そうと体を後ろに向けた。

 

「あかん!」

 

「ダメよ、緑谷ちゃん!」

 

 しかし、緑谷は麗日に後ろから抱かれ、蛙吹にも止められる。なぜ、と思う前に答えは出た。

 

 緑谷の進行方向にゲートが現れたのだ。

 

 ならばと緑谷が青山に視線を送るが、いつまでたっても青山がレーザーを撃たない。

 

 その答えはコンプレスにあった。コンプレスが手に挟んだ二つの玉。あれが砂藤と口田かもしれない以上、レーザーを撃つことができない。

 

「じゃあ。また貰っちゃって悪いね」

 

「許さない☆」

 

 かと思われていた青山が、レーザーを放った。狙いは、

 

「何ッ」

 

「許してほしいなら仮面と帽子を取らないと」

 

 コンプレスの被っていたシルクハットと仮面。「撃てない」ということを刷り込ませてからゲートをくぐる寸前に放ったレーザーは見事にコンプレスの仮面を割り、シルクハットを吹き飛ばした。

 

 そして、そのシルクハットから二つの玉が飛び出す。それを打ち合わせでもしていたかのように尾白と障子の二人が掴みに行った。

 

「クソ、またショウを台無しにしやがって!とでも、言うと思ったか?」

 

 コンプレスが指を鳴らすと、現れたのは折れたステッキ。

 

「では今度こそ、さようなら」

 

 玉を取りに行ったことでゲートに近づいてしまった二人とレーザーを撃つために立ち止まった青山がゲートに飲み込まれているのを笑いつつ、手を振ってコンプレスはゲートに沈んで行った。

 

「……麗日さん、蛙吹さん」

 

「何、デクくん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

「掴まって。二人なら抱えて逃げれるから」

 

 え、どこに。と麗日聞く前に。

 

 緑谷は麗日をすっと抱き上げた。俗にいうお姫様抱っこというやつである。

 

「え、えぇ!?」

 

「梅雨ちゃんは背中に掴まって!」

 

「梅雨ちゃんと……呼んでるわね。わかったわ、緑谷ちゃん」

 

 慌てる麗日と冷静な蛙吹という正反対な二人を前と後ろに抱え、緑谷は走り出した。

 

「しっかり掴まって!」

 

 個性を発動し、常識外のパワーでゲートを振り切る。見てから判断できるその脚力は規格外。数回逃したところで、黒霧はゲートで転移させるのを諦めた。

 

「死柄木が一番やりたがっていた相手に逃げられるとは……死柄木の運がいいのか、悪いのか」

 

 既に小さくなった背中を見ながら、黒霧はゲートを開いてどこかへと消えていった。


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