飯田と切島と芦戸の三人はどこかもわからない山の中にいた。先ほどまで見ていた空とあまり変わらないことから日本であることは間違いないが、それ以上の情報はない。むしろ敵があふれかえっている街中よりは安全かと思われたが、むしろどこかわからない山の中の方が危険だ。帰れるかどうかもわからない。
「圏外……だよねー」
「クソッ、正面から戦わねぇなんて漢らしくねぇ」
「まだ敵がいないと決まったわけではない。警戒して行こう」
とりあえずといったように山を下っていく。途中で木に印をつけておくことで来た道をわかりやすくしながら下りていくも、当然景色は変わらない。
「これは、少し精神が削られるな」
「正面切って出てきてくれりゃあちょっとは楽なのによ」
「周りから音すら聞こえないし、妙っていうか」
三人が話しながら歩いていた、その瞬間。
突然、正面から無数の刃が飛んできた。
「っ、下がれ!」
それを見た切島が個性によって硬化しつつ前に出て刃を受け止める。硬化の壁を突き破れなかった刃は弾かれて地面に落ちるが、そのうちの数本が足元のワイヤーを切断した。すると、
「な、丸太!?」
「マンガでよくみるやつ!」
三人の後方からどこかにつるされた巨大な丸太が振り子のように振り下ろされてきた。あらかじめ用意されていたかのようなトラップに驚愕しつつも、回避行動をとる。
「切島くん!後ろから丸太だ!」
「どっちも受け止める!」
前方からはいまだに刃が飛んできており、迂闊には動けない。切島は、前方からの刃と後方からの丸太、どちらも受け止めるという選択をした。
しかし、ここは斜面。いくら受け止めるだけの硬さがあるとはいえ、その衝撃を吸収しきれるわけではない。
結果。
「ぐっ」
後方から振り下ろされた丸太の衝撃で切島の体は宙に浮いた。それと同時に前方からの刃も止む。
「わ、飛んだ!」
「落下地点へ急ぐぞ!……いや、まて、なんだ!?」
飯田は、見上げた先の切島の上に現れた人影に気づいた。その影は様々な武器がまとめられた一振りの巨大な凶器を振りかぶっている。どこからどう見ても敵だった。
「切島くん、上だ!」
「上!?」
「遅い」
そして、切島が振り向く前にその凶器は振り下ろされた。
何かを削る音は、切島の硬化を削る音だろうか。やがてそれはぶち、と肉が裂ける音になり、それと同時。
飯田と芦戸の頭上で鮮血が舞った。
「切島!」
「貴様!」
切島を叩き切ったその影は危なげなく着地すると、凶器を地面に突き立てた。
「わかるか」
小さく呟いたはずのその言葉は、やけにその場に響いた。辛うじて意識を保っている切島の耳にもその言葉は届き、得体のしれない威圧感に身を震わせる。
「今の一瞬、俺は誰でもやれた。つまり、硬いこいつではなく貴様らのうちのどちらかをやっていれば、一人死んでいたということだ」
切島が生きているのは、硬化の恩恵によるものが大きい。もし硬化がなければ最初の一振りで全身引き裂かれていたに違いなく、まさに硬化に助けられたと言っていい。
それを聞いた三人は、顔を青ざめさせた。もしかしたら今、誰かが欠けていたのかもしれないという事実に。
「俺はスピナー」
地面に突き立てられた凶器を抜き、静かに構える。倒れていた切島がゆっくりと立ち上がるのを見て、薄っすらと笑みを浮かべた。
「貴様らの正義、見せてもらおうか」
とある廃ビルの中。
爆豪は、敵連合の一人と対峙していた。
「また会ったわね、私の事覚えてる?」
「知らんわクソオカマ!」
「まぁ乱暴!」
いやんいやんと体をくねらせるのは敵連合のマグネ。爆豪をここへと引き寄せた張本人である。
「でもワイルドなのも素敵よ。どう?私と熱いひと時を過ごさない?」
「焦げ死ね」
「いやん!焦げるほど熱くさせてくれるのね!」
困っちゃう!とまたも体をくねらせるマグネに我慢の限界がきたのか、爆豪は爆破による空中機動でマグネに接近する。
「さっさとやられろや!」
「あらせっかちさん」
爆豪の強みはその類稀なるセンスと恵まれた個性。ある程度までなら見てから反応できるその反射神経と、戦闘であれば初見の相手に遅れはとらないスキルを持っている。
しかし、マグネの個性は接近してくる相手ならばかなり自由度の高い強さを誇る。
「ぎっ!?」
爆豪の体は突然後方へ引っ張られ、そのまま後ろにある柱に激突した。途中で方向を変えることすらできないほどの速度で打ち付けられ、肺の空気が一気に吐き出される。
「うーん、燃えちゃう!きっとあなたは何度突き放しても私のところにきてくれるんでしょうね!やだどうしよう!」
「テ、メェ……」
巨大な棒磁石に抱きついてくねくねするマグネに青筋を立ててキレかける爆豪。それをみたマグネはウインクとともに明るい調子で言った。
「さ、お姉さんを捕まえてみなさい」
「上等ォ!!」
ブチィ、と何かがキレる音がした。
「真っ暗」
上鳴と耳郎と瀬呂の三人はここがどこかすら全く分からない暗闇の中にいた。
「上鳴が帯電すりゃ電灯代わりになるんじゃね?」
「なんか気が進まねぇなそれ。やるけど」
バチッ、と弾ける音とともに上鳴が帯電し、その周囲だけがぼんやりと明るくなる。しかしそれだけで、この場所の情報がわかるほど明るくはならず、ただ上鳴が明るくなっただけだった。
「なんかアホっぽいねそれ」
「あんまり役に立たないのな」
「んだよ!真っ暗よりはマシだろ!」
確かに暗闇よりはマシにはなったが、それだけである。どちらかといえば真っ暗なところに上鳴だけがピカピカと光りながら現れ、相当間抜けな絵になっていると言っていい。
明かりとしてそこまで期待できそうにないので、耳郎は個性で周囲を警戒し始めた。こういう暗闇では耳郎の個性が役に立つ。視覚が役に立たないのであれば聴覚だ。いくら暗闇であろうと、音が消えるわけではない。
「……まって」
「ん?どうした」
すると、耳郎の耳が音を拾った。かすかに聞こえる、個性がなければ聞こえなかったような音が。
「もう一人、誰かいる」
「マジか」
「位置は?」
「ちょっとま、むぐっ!?」
耳郎が音を聞いて報告したその瞬間。何者かに口が塞がれ、それと同時に耳郎の声が聞こえなくなった。口が塞がれようとも騒ぐくらいはできるはずなのに。
「耳郎!?おい、耳郎!どうした!」
「上鳴、放電……は耳郎に当たるかもしれねぇし、ダメか!」
音もなく攫う敵に、警戒心と緊張感が一気に上がっていく。が、
突然、明かりが灯った。
「まぶしっ」
「んだいきな、り……」
そして、上鳴と瀬呂は見た。
そこは、なにもない殺風景な一室。正方形で、縦と横それぞれ十五メートルほどだろうか。その中央に、それはあった。
ピンク色の悪趣味な十字架に縛られた血濡れの耳郎と、そのすぐ下に立つもう一人の耳郎。
そのもう一人の耳郎は二人を見るとにっこり笑った。
「あれ、二人ともどうしたの?そんな驚いた顔して」
自然に振る舞うその姿が二人に恐怖を植え付けた。まるで十字架に縛られている耳郎が存在していないかのように。いや、存在していてもそれが当たり前だというように。
「な、あ……お前、誰だ」
辛うじて上鳴の口から出たのはそんな言葉。笑っている耳郎が絶対に耳郎ではないと確信して。
誰だ、と言われたもう一人の耳郎は首を傾げた。
「誰って、耳郎だよ耳郎。アホ過ぎて忘れちゃった?」
「なら、その縛られてる耳郎は?」
瀬呂に言われ、振り向いたその瞬間。
「ふふっ」
もう一人の耳郎が笑った。
「うふふ、ふふっ、ふふふふふ!」
くるりくるりと、その場で回りだす。
「ふふっ!だめ、だめだめだめだめ!我慢できません!耳郎ちゃん可愛いね!痛がってる表情が真っ暗な時にしか見れなかったのが残念だけど、ふふ。こうしてみると、本当に可愛い」
くるり。上鳴と瀬呂に向かい合う位置で止まり、首を傾げてにっこり笑った。
「ね、可愛いよね。そう思いません?」
だからねだからね、ともう一人の耳郎は物々しい注射器とナイフを取り出した。
「一緒にカッコよくしてあげるね!」
「女の子からのアプローチがここまで怖いと思ったのは初めてだ」
「俺もだよ」
敵連合トガヒミコ。好みのタイプは血の香りがしてボロボロな人。
ジジ、とタバコが燃え、灰が床に落ちる。
「で、俺の相手はお前らってことでいいのか」
「そのようだな」
「別に戦わなくてもいいんだぜ!いや、ほんとに」
覚悟を決めて対峙する常闇とは対照的に、峰田は手をぶんぶんと振って説得しようとしていた。平和を訴えるためならどれだけ立派だっただろうか。実際には怖気づいているだけである。
「戦わないならそれが一番さ。それでも戦わねぇといけないときがある」
タバコを律儀に携帯灰皿に入れ、マスクを取り出してぐっと被った。よく見慣れたトゥワイスの完成である。
「俺戦うの好きだけどな!」
「常闇!あいつおかしいって!」
「敵連合はおかしなやつらばかりだった。今更見たところで不思議には思わない」
「今の社会に!」
トゥワイスはメジャーを伸ばしてゴーグルをかける。すると常闇と峰田の身体情報が数値化され、脳内に伝えられた。
「そのおかしなやつらを受け入れるところがどれだけあるか!安心して暮らせるところがどれだけあるか!そんなとこあるわけねぇって?いやあるさ!」
トゥワイスの隣にわきでてきたのは敵連合のボス。崩壊の個性を持つ、死柄木弔。
「敵連合さ!テメェらに敵連合の居心地のよさってのを教えてやるぜ!知らねぇけどな!」
「ラスボスがでた!?」
「狼狽えるな。冷静に行くぞ」
「さぁやろうぜ!一つもやる気ねぇけどな!」