ビルの屋上。真下に見える街中には人影がなく、遠くの方で戦闘音が響いている。
荼毘はフェンスに寄りかかりながら、ゲートから出てきた轟と八百万を見て指先に小さな火を灯した。そのまま指をすべらせると、空中に青い炎で文字が書かれる。『ようこそ』。一般的には歓迎の言葉のはずのそれに、轟は眉間に皺を寄せた。
「ゲートの向こうから炎出してきといて、ようこそはねぇだろ」
「いや、悪いと思ってる。だがお前に来てもらうためにはそうするしかないと思ってな」
荼毘は『ようこそ』の文字をかき消し、次に『Welcome!』と空中に書く。その文字に添えるようもう片方の手で星のマークを描いており、轟にはそれが挑発しているようにしか見えなかった。荼毘自身は決してそのような意図はなく、ただ単純に炎の調子を確かめているだけなのだが。
ここで、八百万は首を傾げた。荼毘の「お前に来てもらうためには」という言葉に引っかかったのである。
「あのゲートは行先を任意に設定できるのでは?」
そうでなければあそこまでピンポイントにA組を襲撃できるはずもない。にも関わらず「来てもらう」という言葉。轟と戦いたいのならば初めからゲートの使い手に頼んでおけばいい。そう考えた八百万が疑問を投げかけると、荼毘は『random!』と空中に書いた。
「別に、誰とどう戦おうがやることは一緒だからな。今回のゲートは完全にランダム、黒霧が勝手にゲート開いて俺たちのところとつないでただけだ」
一拍置いて、荼毘は『success!』と書き、
「ま、俺は狙い通りの相手を連れてくんのに成功したんだが」
ちらり、と八百万に目を向けて、荼毘は首を傾げた。
「まさか、一人でこないとは思わなかった。これ、俺を舐めてるってことでいいのか?」
「お前を舐めてる?二人できたのにか」
「いや」
轟の言葉に短い否定で返し、フェンスから身を離す。そしてフェンスを掴み、そこを起点に炎が溢れだした。荼毘の放った炎は屋上のフェンスを焼き切り、青い炎の壁が出来上がった。その青い炎を背に、見下した視線で二人を見る荼毘は、先ほどまでより低い声で吐き捨てるように言った。
「一人抱えてやりあえると思ってんのかってことだ」
抱える。それはお荷物に対して使う言葉。つまり、荼毘は八百万を『お荷物』と認識しているのだ。
「実際、そう思わないか?俺たちは範囲攻撃が得意だが、お前は巻き込まないように、俺は何も気にすることなく攻撃できる。この時点で明確な差ができるんだ」
それに、と荼毘は続けて、
「緑谷と轟と爆豪と常闇。正直こいつら以外は敵にもならないと思ってる。いてもいなくても同じの有象無象だ」
「戦ったこともねぇくせに、よく言えるな」
「なんつーかな」
荼毘は自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返してから手の平に拳ほどの大きさの炎を灯す。
「別に、侮ってるわけじゃない。ただ、意味がないって思うんだよ」
「意味……?」
反応した八百万を興味がなさそうな目で見て、一つ質問を投げかけた。
「聞くが、燃料にならないとわかってるものをわざわざくべるか?」
「……どれだけお前が強いか知らねぇが、勘違いしてるみたいだな」
轟は荼毘に対抗するように炎を灯し、八百万は一歩前に出た。
「そもそも、あなたに燃料にされるほど私は弱くありませんわ」
「まぁ月無なんかはお前に勝てないだろうな。色んな意味で」
あいつ女好きだし、と頭の中で呟いて今度は空中に『come on!』と書いた。
「ま、そこまで言うなら見せてくれよ。俺が参ったと思ったら謝ってやる」
「謝んのは世間にか?」
「必ず参ったと言わせてみせます」
思ったらって言ったんだけどな、とぼーっと考えながら荼毘は正面に炎を放った。
「メンドクセェ障害物はない方がいい」
尾白、障子、青山の前で拳を打ち付ける大男。趣味の悪い義眼をはめて、好戦的な笑みを浮かべている。
「俺がやりてぇのは真正面からの殺し合い。出てきたばっかだからブランクはあるが、許してくれよ。もしかしたら楽に殺してやれねぇかもしれねぇ」
大男の腕を纏うのは筋線維。これは力をブーストするものであり、体表に纏うことで衝撃に耐えられる防御力を得られるものでもある。
血狂いマスキュラー。格闘戦を主とする尾白と障子との相性は最悪。勝ち目がないと言ってもよかった。
「どう考えても相性が悪い」
「かといって逃げられるとも思えない」
尾白と障子の頭の中には、既に自分は囮だという考えが浮かんでいる。見た限りあの筋線維は衝撃には強いが、青山のレーザーを受け止められるとは思えない。それこそ筋線維の穴を見つければもっと。
「……なら、やるしかないね」
青山はバッ、とマントをはためかせ、マスキュラーを指さして宣言する。
「僕はCan't stop twinkling! 今から君を倒すヒーローの名さ。覚えておいて損はないよ」
「なるほど。お前をブッ潰せば早いってことか」
「それは」
「俺たちがやらせん」
青山を後ろに、前に立つ尾白と障子。
一瞬の選択が命を左右する戦いが始まろうとしていた。
「いやー危ない危ない。スペアの仮面持ってきておいてよかった」
割れた仮面を捨て、新しい仮面をつけながら安堵の息を吐くコンプレスに、隣に立つ黒霧は呆れた目を向けていた。
「その仮面をストックしている暇があれば、武器の一つでも持っておけばどうです?」
「仮面とハットはマジシャンの嗜みさ。わかるだろ?」
シルクハットをくるくると指先で回しながら、もう片方の手で二つの玉を弄ぶ。その中身は砂藤と口田。先ほど手に入れた雄英の生徒だ。
「さて、こいつらどうしようかね。あんまり利用価値はなさそうだし、ポイと捨てんのもありかもな」
「タイミングを見て適当に解除すれば済む話ですしね。むしろ間違って解除しないように手放しておいた方が賢明かもしれません」
コンプレスが圧縮したものは外側からは確認できない。普段は入れるポケットによってその圧縮したものが何かを判断しており、この二つの玉を入れるところはもうないのだ。ポケットのどれかに入れてもいいが、間違って砂藤か口田の入っている玉を取り出してしまえば、たちまち大ピンチになる可能性がある。
「ま、一理あるか。あっちの方にいる月無の護衛とか加勢とかもしなきゃならんし、ここに置いてさっさと」
「行かせはしないがな」
コンプレスの声に気だるそうな、しかし意志が込められた声が割り込んできた。その声の主は灰色の布でコンプレスが持っていた砂藤と口田が入っていた玉をかすめ取り、自らの手元に落とす。
そして、ゴーグル越しにコンプレスを見た。すると、
「うおっ」
「……!!」
「ぎゃー!!」
砂藤と口田の姿が現れ、コンプレスのポケットというポケットから様々な物が溢れだす。花や岩、棺桶などバラエティーに富んだ物が次々に飛び出していく。
「まさか、あなたがくるとは」
コンプレスから遠ざかって避難していた黒霧は乱入者を見て冷や汗を流す。それもそのはず。コンプレスと黒霧では相性が悪すぎるのだ。
「寮にいないかと思えばこんなところにいたか」
その人物は砂藤と口田の前に立ち、首に巻いている灰色の布、捕縛武器を手に持って正面にいる敵二人を睨みつけた。
「他の生徒がどこに行ったかは、あいつが知ってそうだな」
「先生!」
抹消ヒーローイレイザーヘッド。ヒーローの他に雄英高校1-Aクラス担任という側面を持つ、合理性の塊のような男である。
「クソ、マジシャンはびっくり箱みたいなもんだが、実際にびっくり箱になるなんてよ」
「これは少し想定外ですね。いや、実際にマズい」
「さて、拘束させてもらうぞ」
手当たり次第に圧縮しているコンプレスと焦る黒霧に、捕縛武器が伸ばされた。
「ここまでくれば安全かな」
街の大通りで足を止め、抱えていた麗日を下ろして一息つく。辺りを見渡しても人はおらず、どうやらここに現れた敵は全員掴まり、ヒーローたちは他の場所へ移動しているらしいことがわかった。
「あ、ありがとう、デクくん」
「助かったわ、緑谷ちゃん」
「うん、むしろいきなりでごめんね。あの状況でばらけるのはマズいと思って」
お礼を言われた緑谷は照れくさそうに頬を掻いた。実際あの状況を見ると正しい判断なのだが、そこは二人が女の子というところを意識してどうも素直にお礼を受け取れないでいるのだ。
「それより、みんなを探さなきゃ。確か発信機を持ってるのって八百万さんと峰田くんと麗日さんだったよね。受信機は僕が持ってるから……ここからなら八百万さんが一番近いかな?」
1-Aはもしもはぐれたときのために八百万が受信機と発信機を創造していた。発信機は八百万と峰田と麗日が持ち、受信機は戦闘力の高い緑谷と爆豪と轟と常闇が持っている。本来なら受信機を持つ者と発信機を持つ者+数人で分かれて行動するという想定だったが、今のような状況でも助かることに変わりはない。
「なら早く行きましょ。みんなが送られた先、恐らく敵がいるはずよ」
「うん、しかも敵連合だと思う。黒霧が狙ってきたなら多分そうだ」
「癖のある人が多そうやし、早めに助けに行かな」
そう言いつつ受信機を見て走り出そうとしたその時。
緑谷たちの頭上から、一人の人物が飛び降りてきた。
「こーんにちはー!」
その人物は飛び降りてきて着地したかと思うと、なぜか地面がぐにゃりと曲がってその勢いで飛び跳ね、また空中へと戻っていった。見た目は老紳士。一見人のよさそうな姿をしている。
数回飛び跳ねると勢いが弱まっていき、緩い振動とともに地面に着地?した。
「どうも改めてこんにちは。私の名前はジェントル・クリミナル。義賊の紳士改め、敵連合のジェントルさ」
「この人、動画の……!」
燃えるファミレスの中で戦っていたジェントルと名乗る男。あれ以来姿を見せていなかった男が、緑谷たちの前に現れた。
「いかにも!さて、君たちはヒーローの卵で私は敵。ならばどうする?」
「……やろう、麗日さん、梅雨ちゃ」
「ノー!それはナンセンスだ。私たちは会話できる生き物、人間なのだよ?話し合いで解決できるのであればそれが一番じゃないか」
笑いながら指をチッチッチ、と振って煽るように言うジェントルに、緑谷は困惑した。あれ、もしかしていい人なのでは?と。警戒することはやめないが、話を聞いてみるくらいの気持ちにはなった。
そこで、はっと思い直す。確かに話し合うことも大事だが、自分たちにはそんな暇もないことを。
「すみませんが、先を急いでいるんです。話をしている暇もない」
「おや、そんなに急いでどこに行こうというんだい?」
「友だちを助けに」
ジェントルはふむ、と考えた。顎に手をあて、少し首を傾げてみせる。
「うん、ダメだ。恐らくその友だちはこの先にいるのだろう?」
そしてジェントルは八百万たちがいる方向を指さした。居場所を把握していなければできない芸当に警戒心がぐっと跳ね上がる。いや、そもそもジェントルはどうやって緑谷たちを見つけたのか。
「あっとうっかりジェントル。受信機を落としてしまった」
その疑問を持ったところに、ジェントルがわざとらしく機械を落とす。それは、緑谷が持っている受信機と酷似しているもの。
「それ、は……!」
「おや、話を聞く気になったかい?」
(かっちゃんか轟くんか常闇くんがやられた?いや、轟くんは炎の人が相手なはずだから違う。ということはかっちゃんか、常闇くん……)
「いや、よく見れば違う。その受信機、自作?」
「バレた!びっくりジェントル!あぁそうさ。優秀なメカニックがいてね。その発信機を拾える受信機を作ってもらってここにきたのさ」
一組取り逃がしたと聞いてね、とジェントルは首を振った。
「というわけで、君も私を逃がすわけにはいかないだろう?さぁ話し合いをしよう。もっとも、その場合どちらもこの場から動くことができなくなるけどね」
「戦うよ」
「ほう」
「今助けが必要な人たちがいるかもしれないのに、足止めをくらってる暇なんてないんだ。初めから譲る気がないなら、押し通る!」
覚悟を決めた緑谷の目に、ジェントルは口元を歪めて嬉しそうに笑った。
「うん、うん。これはあの二人がおアツになるわけだ。私も君とならいい紅茶が飲めそうだと思ったところだよ。ところで」
そこで言葉を切り、麗日と蛙吹を指さして、
「三対一かい?」
情けなくも、弱気な声でそう言った。