【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第79話 敵連合スピナー(2)

 さて、どうしたものか。正直俺の勝ち筋はほぼないと言っていい。俺にあるのは刀一振りに小刀が数本、閃光玉が一つ、煙玉が一つ。飯田はどうにかなるかもしれんが、切島に耐えられると少々鬱陶しい。流石に鉄のように硬いあいつを刀一振りで削り切るのは至難だ。いつものあの武器であれば可能だったろうが、今アレは使い物にならない。

 

 であれば、先に狙うべきは飯田だろう。切島を倒せる可能性が薄い以上、避けるべきは二対一の状況を長引かせることだ。

 

 俺は油断なく構える二人を見て、小さく笑った。

 

 人が対峙した時、無意識に見るところはどこか。こんな質問をやつがしてきたことがある。俺は迷わず足と答えた。なぜなら人は動くときに必ず足に力を込めねばならず、ということは足を見ていれば自動的に動く方向もわかるということだからだ。

 

 しかし、俺たちのツートップは口を揃えて「表情だ」と言った。なぜか。

 

 人は、人の顔色を窺うようにできているから、らしい。

 

「なっ」

 

 そして、表情の変化を捉えた時、人は小さくとも心が揺れる。表情は感情が一番表れるところであり、感情を読み取るときに見るところだからだ。だからこそ脳は小さな変化であろうともそれを捉え、そこに一瞬の隙ができる。ただ、その隙をつく芸当ができるやつにろくなやつはいない。なぜなら、今まで出会ったやつの中でこれをできるやつらは、皆ろくなやつではなかったからだ。

 

 俺はその一瞬の隙をつき、飯田に肉薄した。もう既に刀は飯田を斬る軌道を描いている。こいつの個性は確かに機動力に優れているが、いきなり後ろに下がれるわけでもない。エンジンの機構がそうすることに向いていない。となれば、前方からの襲撃には攻撃することで対処するか、無理やり脚を捻って離脱するしかない。

 

 では、飯田はどちらを選択するのか。攻撃?飯田の個性ならば大して体勢が整っていなくとも体当たりだけで十分な力を発揮する。ただし、俺は右手に持った刀を左から振っている。つまり、致命傷は必至だ。必ず倒せるわけでもない選択肢なのにも関わらず致命傷を負うのはナンセンス。なくはないが、ほぼないと見ていい。

 

 なら離脱?こっちだろう。そもそも俺の攻撃に飯田の攻撃が間に合うとは思えない。ならば離脱するのが安全策。ならどの方向に?決まっている。

 

「ぐあっ!」

 

 俺は無理に左へ移動した飯田にぴったり張り付いて移動し、その脚を小刀を投げて突き刺した。

 

 あいつらは「人は人の顔色を窺うようにできている」とは言っていたが、俺がそうするという話ではない。俺は人の下半身の動きを見て動きを予測する。

 

「お前は、わかりやすいな」

 

 そして逃げる方向もよくない。本来なら二対一の状況に持ち込むために切島の方へ逃げるべきだった。まぁ俺が左へ逃げるように誘導させたのだが。

 

 事実、切島はすぐに助けに向かえず、飯田をここで仕留めることが、

 

「チッ」

 

 迫りくる気配に俺はその場から引き、一旦距離を取った。今一番してはいけないことが切島に足止めされること。二対一の状況で押し切れる相手ではない。交戦するのは避けるべきだ。

 

 しかし、なぜ切島が間に合ったのか。俺の眼前には飯田を庇うようにして立つ切島の姿があった。

 

「勘がいいのか悪いのか、微妙な奴だ」

 

 いや、勘と言うより俺がついた飯田のような隙が、切島にはそこまでなかったのかもしれない。どちらかというと考えて動くより、感覚で動くタイプのように見える。俺からすればこういうまっすぐな相手は苦手なタイプだ。単純なやつは読みやすく、また読みにくい面もある。

 

「大丈夫か、飯田!」

 

「あぁ、すまない。油断していたわけではないが」

 

 油断なく俺を警戒しながら飯田を気遣う切島。あいつならのほほんと後ろを向いて仲間の安否を確認したことだろう。その隙に攻撃すれば卑怯だと騒ぎだすのだ。まぁ、あいつは後ろに目がついているのかというほど気配に敏感なのだが。

 

 さて、今の状況は少しマズい。正面から切島と睨みあう形なってしまっては、どうしても切島とやりあわなければならない。ならば。

 

 俺は数本の小刀と同時に閃光玉を投げた。その発光と同時、前へと走り出す。切島は手負いの飯田から離れられないはず。視界が奪われたのならば尚更だ。飯田を狙うようにして投げた小刀があるのなら絶対に。であれば視界が晴れる前に最短ルートで飯田を狩るのが最善策。危険を察知した飯田に逃げられる前に。

 

 だが、俺は気づいた時には宙を舞っていた。飯田を仕留めようと前に進んだところで、いきなり顎に衝撃を受け、そのまま。揺れる脳に耐えながら、着地地点に煙玉を投げる。脳が揺れているため不格好な受け身を取り、煙が晴れないうちに身を潜めた。

 

 何が起きたか。一瞬の出来事だったためはっきりとはわからないが、恐らく切島にやられたのだろう。顎を殴られる前の一瞬、小刀を弾きながら前進してくるとんでもないやつの姿を見た。閃光玉をくらっていようがなかろうが、アレはそうすると決めていなければできない動き。つまり、飯田のそばについて飯田を守るという考えではなかったことの証明だ。それでもヒーローか?と思ったのその時。

 

 飯田が木の影に隠れている俺の目の前に現れた。そして個性により勢いを増した蹴りが俺を捉えるその瞬間、俺は片手で容易くその蹴りを受け止めた。

 

「そうか、貴様らはどちらもヒーローだったな」

 

 心のどこかでまだ侮っていたのだろう。自分より実力の低い相手ならば自分の思い通りに動き、詰め将棋のように仕留めることができる、と。そんな芸当ができるのはうちのリーダーだけだ。そういえばNo.2のあいつに言われたことがある。「君、想定外の事態にめちゃくちゃ弱いよね。人生経験足りてないんじゃないの?」と。俺はあれから何も成長していないということか。

 

 飯田の脚を掴んだ手に力を込める。骨が軋む音、苦しむ声。

 

「なんて、力……!」

 

「そんな状態で仕留めに来た度胸は買ってやるが、貴様、俺を舐めすぎじゃないか?」

 

「飯田!」

 

 それは予想できている。飯田が俺を仕留めきれなかった時に切島が近くにいなければ終わりだからな。必ずくると思っていた。

 

 声が聞こえてきた方向から切島の位置を予測し、その方向に飯田を投げる。普段あの鉄の塊を持っている俺からすれば軽いもので、ほとんどまっすぐ切島に向かって飛んで行った。

 

「硬化しろよ」

 

「っ、ワリィ飯田!」

 

 俺の狙いが分かったのか、受け止めた飯田を横に放り捨てて切島が硬化する。受け止めている飯田を斬れればよかったのだが、やはり勘はいいらしい。ここで方向転換して飯田を狙っても、切島に殴られることだろう。残す小刀も一本のみ。これが追い詰められるということか。

 

「こい!」

 

 迎撃体勢に入っている切島を見て、思わず笑ってしまう。俺の先ほどの怪力を見ていなかったのだろうか。アレがあれば刀を使う必要もないというのに。

 

 迫る俺に、切島は右ストレートを打ってくる。ジャブも何もないいきなりの本命に俺は刀を鞘に入れ、切島の右ストレートを避けてその腕を左わきに挟み込む。そして走った勢いのままに木へと押し付けた。硬くなっていようと衝撃を逃がすことはできまい。

 

 更に挟み込んだ右腕を締め上げる。その苦痛から逃れるために右腕を硬化していくが、そんな悠長なことをしていていいのだろうか。すぐに全身を硬化すれば俺は何もできないというのに。それをしないということは。

 

「貴様、今あまり意識がないな?」

 

「!」

 

 意識の薄まりによって個性が上手く発動できず、部分的にしかできないといったところか。ここで最初の攻撃がきいてくるとは、俺も運がいいのか悪いのか。

 

「なら、貴様は後回しだ」

 

「まっ」

 

 待て、だろうか。それを言い終わる前に切島を投げ飛ばし、俺の背後まで近づいてきていた飯田を睨みつける。苦痛に歪む表情は脚の怪我からくるものだろう。個性が脚に関係する以上、それ相応の負荷もかかるはずだ。

 

「よくやる」

 

「今ここで俺が倒れるわけにはいかないからな!」

 

 そして懲りずに蹴り。威力が出るというのはわかるが、腕も使うと選択肢が増えてより一層面倒くさくなるだろうに。惜しいやつだ。

 

「っと」

 

「なにっ!?」

 

 途中で軌道を変えた蹴りを掴むと、飯田が驚愕の表情を浮かべる。何を驚くことがあるというのか。戦闘において一度やったことを繰り返すのはうまくいかないというのが常識だというのに。だからこそやつも常に不可解な行動を……いや、あいつはそんなことを考えてやっていないだろう。個性に踊らされているだけだ。

 

「焦りが見える。戦闘では常に冷静でいることだな」

 

 次に活かせ、と小さく呟き、皮肉のように飯田の顎に蹴りを入れて意識を刈り取る。切島の拳が俺の顎を正確に捉えていれば、俺もこうなっていたことだろう。よくわからないまま殴られたが、経験が咄嗟に当たる位置をずらした、ということか。

 

「さて」

 

 淡々と終わらせ、残すは一人。飯田と戦っている間に割り込んでくるかと思ったが、そうでもないということは気絶したのだろうか。

 

「……そんなはずもないか」

 

「て、めぇ」

 

 息も絶え絶えに、木に手をついて俺を睨みつける切島が現れた。飛んでくる元気もなかったのか、心なしか脚も震えて見える。

 

「思えば、初めに勝負が決まっていたのだろう。俺と相性の悪い貴様に致命傷を与えられた時点で」

 

「まだわかんねぇだろ」

 

「……フン」

 

 まだわからない、か。あいつらも何かゲームをして負けそうになる度「まだわからないだろ!」と鬱陶しく喚き散らしていた。将棋にしても「はいワープー。僕のかちー、君のまけー」とみっともなく煽り倒していた。明らかな反則で褒められた勝ち方ではないが、果たして『敵』と呼ばれる俺たちに褒められた勝ち方は必要なのだろうか?あらゆる意味で、あいつは敵向きだったのかもしれない。

 

 あいつらはとにかく大逆転を好む。見栄えが良く、また相手を突き落とすその瞬間がたまらないそうだ。一人は大逆転をメイキングする力があり、一人は大逆転を無意識に引き寄せる力がある。対して俺は、大逆転のメイキングも、引き寄せる力もない。

 

 どちらかというと。

 

 切島の全身が鎧のような見た目に変わっていく。通常の硬化のもう一段回上、ということだろうか。まったく、アレはできないと踏んでいたのだが、やはり俺は想定外の事態に弱いらしい。

 

「随分と男らしい見た目だな」

 

「案外話がわかるやつだな!でも許さん!」

 

 前が見えているのかどうかも怪しい足取りで俺の方へ進んでくる。アレを放っておいて逃げれば俺は勝てるのだろうが、「あまり意識がないな?」と煽った俺もそこまで意識がはっきりしているわけではない。今の俺がやつに背を向けた時点で、やつは勝負を決めにくるだろう。それを仕留めきれるだけの余力が俺にはない。

 

「おい、一つ聞くぞ」

 

 迫ってくる切島は、俺の声に足を止めた。

 

「貴様にとって正義とは……いや、これはいい」

 

「あ?なんだよ」

 

「切島、負けるのは嫌いか?」

 

 言うと、切島はガチガチになった顔なのにも関わらず器用に間抜け面をしてみせ、しばらくした後拳を打ち合わせた。

 

「当然!」

 

 それが敵に見せる笑顔か、と心の中でツッコミを入れ、背負っていた刀を地面に置いた。そうだろう。負けるのは誰だって嫌いだ。そこに男だとか女だとか、人間だとか動物だとか、ヒーローだとか敵だとか関係ない。

 

「そうか」

 

 それと似たように、同じなんだ。だからこそあいつは日々を笑って過ごしている。誰だって受け入れる。それにどれだけ救われたことか、どれだけ温かさを感じたことか。

 

 笑う切島に俺も笑みを浮かべ、短く、簡潔に返した。

 

「俺もだ」




 遅い上に低クオリティ。お許しを。

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