【完結】僕の『敵連合』   作:とりがら016

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第82話 敵連合トガヒミコ(1)

 不幸だ不幸だといいつつ、実はちっとも自分のことを不幸だと思ってないんだろうな、と感じる人がいる。きっとあの人にとって不幸は当たり前のことで、あの人にとっての普通だからそう感じるのだろう。私が好きな人の血を啜って生きるように、あの人は不幸を笑って生きていく。

 

「人の気持ち?」

 

 人の気持ちってわかるものなのかな、と問いかけると、あの人は小さく首を傾げた。もう十六にもなるはずなのにどこか少年的で可愛らしく思えるのは、童顔だからだろう。「僕としてはもっとハンサムだと嬉しかったんだけど」と言っていたのを覚えている。童顔な方がらしくていいのに。

 

「ある程度読むことはできるとは思う。なんせ僕らみたいな生活してると、相手の思考を読むって言うのは必須といってもいいからね。……や、でも思考と気持ちは違うか。うーん、例えば、僕がヒミコちゃんのことが好きっていうのはわかる?」

 

 いつもの通り呼吸をするかのように告白してくるあの人に、私は一つ頷いた。あれだけ好きだ可愛いだと言ってくれているのにそれを疑うなんてできるはずもない。

 

「うん。で、それは僕の言動や行動から推測できること。でも、その理由まではわかんないよね?理由は僕の気持ちに起因してくるもので、それを理解するっていうのはものすごく難しい。僕ですら親友の弔くんの気持ちもあんまりわかんないのに」

 

 そうかな、と今度は私が首を傾げた。弔くんはあの人と話している時が一番楽し気で、一番笑っていると思う。それはお互いがお互いの気持ちを理解して、その時々のタイミングにあった会話をして、リアクションをして。そういうことができる人たちがお互いの気持ちを理解し合っていないと言われると、やはり疑問だ。

 

 首を傾げる私をあの人はくすくす笑う。

 

「まぁ、気持ちを理解するなら相手のことを好きになること。これが一番じゃないかな?僕みたいなやつが何言ってんだって思うかもしれないけど」

 

「?誰かが誰かを好きになることって変なことなの?」

 

「その気持ちに嘘偽りがなければ変なことじゃない。素晴らしいことさ。ところでヒミコちゃん。どうだい今夜?よかったら僕と一緒に……」

 

「盛ってんじゃねぇぞカス。エリもいるんだからやめとけ」

 

「わかったよママ」

 

 追いかけっこをし始めた二人を見てくすくす笑う。

 

 あの人たちにとっての普通は居心地がいい。敵だってヒーローだって、普段のあの人たちを見てくれればきっと好きになってくれるはずだ。だって、好きになるっていう気持ちはみんな一緒で、私がこんなにも好きなんだから。

 

 

 

 

 

「右、左、正面」

 

 声に出しながら二人の攻撃を避けていく。凶夜サマに「妖精のダンスみたいだ!」と褒めてもらった回避スキルでひらひらと。こうして避けていると相手のことが理解できているようで嬉しくなる。

 

「前にポインター、着地点にテープ」

 

 わかっていれば簡単だ。ポインターが放たれる前に動き出し、ひらりとテープをかわす。スカートもひらり。あら、これはダメです。女の子として。でも今服装以外は耳郎ちゃんだから、二人は嬉しかったりするのかな?

 

「クソッ、未来でも見えてんのかあの子!ぜひ俺の未来の彼女でも見てもらいたいな!」

 

「見てるのは未来じゃないよ」

 

 まだ余裕があるのか、軽口を叩く瀬呂くんに肉薄する。人の意識の隙間に入り込むスキル。凶夜サマと弔くんとお揃いみたいで少し嬉しいと思ったのは内緒だ。

 

「気持ちを見てるのです」

 

 驚愕に目を見開く瀬呂くんに注射器をぷすり。そしてチウチウ。こうすると相手の気持ちがもっとわかる。そしてもっと好きになる。誰にでも人を想う心はあるんだから。耳郎ちゃんが上鳴くんと瀬呂くんのことを、瀬呂くんが上鳴くんと耳郎ちゃんのことを想う心。その気持ち。

 

「瀬呂!」

 

 上鳴くんがこちらへ向けて何かを飛ばしてくる。いや、何かではなくポインターだったか。上鳴くんは電気を操れないが、あのポインターを設置すればそこへ向けて一直線に電気を走らせることができるらしい。お友だちなら装備のことまで知ってるんだね。仲良しで微笑ましい。

 

「っと」

 

 微笑ましいと思っている場合じゃない。テープを伸ばしてきた瀬呂くんの脇を潜り抜け、その勢いのまま首を掴む。ぐえっ、という潰れた声が聞こえたのは瀬呂くんの喉が圧迫された証拠だろう。ごめんね。でも私はあまり力がないから、積極的に急所を狙っていくしかない。

 

「それ!」

 

 そのまま上鳴くんに向かって投げ飛ばす。上鳴くんは近くに味方がいると個性を使い辛い。そしてポインターを使わなければ基本的には範囲攻撃。なら上鳴くんの攻撃がヤバいと思ったら瀬呂くんの近くに行くか、今みたいに瀬呂くんを投げ飛ばす。もしくは動けない耳郎ちゃんのところに行く。あと不用意に距離はつめないし、とらない。だよね?耳郎ちゃん。

 

「瀬呂!大丈夫か!?」

 

「っぶねぇ!首!首!ナイフじゃなくてよかった!」

 

 油断なくこっちを見ながら構える二人に、私は余裕そうにへらへら笑ってみせる。実のところ、ああやってこっちに注目されているだけなら私はやることがない。一人の意識の隙間に入り込むのならともかく、二人となれば話は別。高い拘束能力と範囲攻撃を持つ相手に、正面きってこっちから仕掛けるつもりはまったくない。狙うなら、向こうから仕掛けてきてそれが崩れたとき。さっきのがその例だ。

 

「殺す気がないとか?元々殺す気なら耳郎だってやられてただろうし」

 

「それか上鳴を警戒してのことかもな。上鳴に味方を気にさせることで個性を制限させる、みたいな」

 

 ほとんど正解。別に上鳴くんを一人にしても瀬呂くんか耳郎ちゃんを盾にすればいいんだけど、殺す気がないのは本当。おかげで決定打がなくて困っている。締め上げても一対二という状況ではもう一人に邪魔される。さてどうしよう。

 

「……なら」

 

「どうにかしてポインターを私につけようとしてます?」

 

 それをされたら私は負ける。電撃に対する防御力なんてかよわい女の子である私にあるわけがないから。ポインターを避ける自信はあるけど。ただ、ポインターを避けた後にポインターがどこにくっついたかを覚えておける自信があまりない。

 

「なんでポインターのことを?」

 

「耳郎ちゃんと瀬呂くんが教えてくれました」

 

「瀬呂!」

 

「いや、教えてねぇって!どこに教えるタイミングがあったんだよ!」

 

 ついさっき、と言えば混乱するだろうか。いや、雄英に通う二人のことだから私の個性の正体を見破るかもしれない。凶夜サマには初見で見破られたし、案外簡単なのかも?なぜわかったのか聞いた時は「愛がなせる技さ」と言っていたから、見破られたらその人は私のことが好きということだろうか。照れる。

 

「まぁバレてるんならしゃーねー!バレても問題ないくらいバラまいたらぁ!」

 

「少しは考えて設置しろよ?」

 

 呆れたように瀬呂くんが言うが、何気にそれが一番マズい。私はわかっていても避けられないものには滅法弱い。弔くんのようにわかっているから壊すということができればいいのだが、私はチウチウすることとわかること以外はちょっと身軽なだけの女の子。ごり押しには弱いのだ。

 

 となれば、早めに勝負を決めるのが吉。それか、凶夜サマのように口で足止め。

 

「二人はさ」

 

 気づけば私は後者を選択していた。なぜかは自分にもわからない。でも、きっと私がそっちの方が好きだって感じたからだと思う。なぜ好きだと思ったかは少し恥ずかしくて言えないけど。

 

「何かを好きになることって、どう思います?」

 

「何かを?」

 

「例えば、血」

 

 私はストックしてある血からとっておきを取り出し、口に含んだ。すると可愛い可愛い耳郎ちゃんから可愛くてカッコいい凶夜サマへと姿が変わる。凶夜サマになると頭がガンガンするからあまりならないようにしてるけど、今は特別だ。

 

「私は、その人を感じられる血が好き。凶夜サマが女の子を抱きたいって言うのと同じように、私は好きな人の血を啜るのが好き」

 

 あぁ、本当に凶夜サマは考えていることがわからない。頭の中に浮かんでくるのは「耳郎ちゃんの脚っていいよね」という欲望が一番。「上鳴くんってカッコいいよね」という羨望が二番。「瀬呂くんのテープのとこって骨あるのかな?」という疑問が三番。この人はその場の状況のことは頭の隅に置いておく程度で、自分が興味を持ったことに忠実なようだ。子どもみたい。

 

「血、か……普通じゃないとは思うけど、人の好きなモンにダメって言うわけにはいかねぇしなぁ」

 

「人殺しと比べたら血が好きなのは可愛いもんだよな」

 

「比べるモンがエグイ」

 

「人殺しが好きでもダメなの?」

 

 ぎょっとした目で二人が()を見る。あれ、いや、私をみる。すごいなぁ凶夜サマ。自分が強いというか、ブレないというか、このままじゃ私が危ない気がする。

 

 でも、心地良い。

 

「ただ単に人殺しをするのはどうかと思うけど、それが好きなら仕方ないよね?その人が好きすぎて殺しちゃうのかもしれないし。ほら、()たちが愛を確かめるのにキスをするのと同じでさ。ほら、そう考えただけで何かとても尊いものに感じてこない?()なら殺されたいね。それも飛び切り可愛い子にっ、ゲホッ」

 

 これ以上はダメだと脳が判断したのか、私から凶夜サマが溶けていく。せっかくいい気持ちだったのに。また凶夜サマを理解できた気がして。

 

「ふふ」

 

 凶夜サマが溶け切って、私が笑う。まったく、これだから。

 

「人を好きになるって、気持ちいぃねぇ!」

 

 人の意識の隙間。凶夜サマが意図的に作れるって言ってたのは本当だったようだ。だって、こうして二人が隙間を見せてくれている。やっぱり凶夜サマはすごい。

 

 ほら、もっと好きになった。

 

 

 

 

 

「わお」

 

 ビルの屋上について出た第一声はおまぬけなそれだった。でも仕方ないと思う。だって。

 

「お、二人ともいいところに!助けてくれ!」

 

 コンプレスさんと黒霧さんがイレイザーたちから逃げ回っていたから。

 

「うーん、下手に戦って拘束されるよりはマシなのかな?」

 

「イレイザーの個性は厄介だから仕方ない。安心しろ!コンプレス、黒霧!」

 

 弔くんは声を張り上げてから悪い笑みを浮かべて、地面に両手をつけた。

 

「……く、黒霧さん!黒霧さぁん!?」

 

「助けてやるよ」

 

 慌てたようにゲートを伸ばす黒霧さんと捕縛武器を伸ばすイレイザーを視界に入れながら、僕たちがいたビルはあっけなく崩れ去った。




ヒミコちゃんは私自身書いていてわけわかんなくなるというところがポイントです。

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