「ぶへ」
間一髪間に合った黒霧さんのゲートによって拠点に送られた僕は、いつも通りゲートから床に落ちた。いつになれば綺麗にゲートを通り抜けることができるのだろうか。きっと僕が僕である以上一生その日はこないだろう。僕の一生があとどれだけあるかわからないけど。
ゆったりと起き上がりながら、周りを見る。さっき合流した黒霧さんとコンプレスさんに、一緒にいた弔くん。そしてここでずっと待っていた先生とエリちゃん。他のみんなはどうしたんだろうときょろきょろすると、どうやら帰ってきているのは二人だけならしい。見慣れた二人に手をあげ、いつもの調子で声をかけた。
「や!お疲れ!」
「あぁ」
「ごめんねー凶夜くん。負けちゃった!」
なぜか僕の方を見ずに片手をあげて返してくれたスピナーくんと、バクゴーくんつよーい!とくねくねしているマグ姉。となると、帰ってきていないのはヒミコちゃん、トゥワイスさん、荼毘くん、マスキュラーさん、ジェントルさんにラブラバさんか。こう言っちゃうのはなんだけど、なんとも強い人たちが帰ってきていないというか、なんというか。心配なのはヒミコちゃんとジェントルさんくらいだし。
他のみんなのことはとりあえず置いておくとして、マグ姉は負け。となるとスピナーくんはどうだったのだろうか。なんとなく察しはつくが、一応聞いておこう。
「スピナーくんはどうだったの?」
「どうだと思う?」
「弔くん。スピナーくんも負けたらしい」
「だろうな」
「負けたとは言ってないだろ!」
いつの間にか隣にきていたエリちゃんを見ると、スピナーくんを憐みの目で見ていた。負けたからって恥ずかしがることないのに。悔しがることはあるけど。
「でも、スピナーさん頑張ったの」
「そうだねエリちゃん。だから負けたところで気にしないのに。多分三体一くらいだったんじゃない?」
「まぁそうだな。確かに三体一だった」
「数の差なんて負けた理由にしちゃいけないけどね」
ムカつく……!と僕を睨むスピナーくんを無視してエリちゃんを抱き上げ、先生のところに行く。いやぁ最初会った時と比べて随分話しやすくなった。いじりやすいし。弔くんと違って素直に返してくれるし。弔くんはひねくれ過ぎなのだ。めちゃくちゃ。
「ねぇ先生?」
「だからこそ君と弔でちょうどバランスがとれていると思うのだが」
なんで心読んでるの?怖いんだけど。
「いや、なに。君たちのことならある程度はわかるさ。それが僕というものだからね」
「なにそれカッコいい。でも僕だってエリちゃんの気持ちなら大体わかるもんね」
「うそつき」
なぜかエリちゃんに殴られてしまった。ウソは言っていないのに。恐らく。
ソファに座っている先生の対面に座って、一息つく。エンデヴァーと戦ったから結構気持ち的な疲労がすごい。なんだって僕が現No.1と戦わなきゃいけないのさ。僕って一応No.2だから、ここは初めから弔くんが戦った方がよかったんじゃないかな?いや、別に動きたくないとかそういうわけじゃないんだけど。
「で、これからどうするんだい?」
ごちゃごちゃ考えている僕に、先生が聞いてくる。先生には基本僕たちをただ見ておいて、と言っているので、作戦的なものは何も話していない。
「そうだなー。しばらくはゆっくりしていたいけど、こういうのって勢いが大事だし。ちょっと加勢しに行って、アレをやって……弔くん。加勢するなら誰のとこかな?」
偉そうに僕の隣にどさりと座った弔くんに問うと、「そうだなー」と憎たらしくも僕の真似をした弔くんは後ろを指して、
「マスキュラーはまずいらないだろ。帰ってきたし」
「え」
弔くんの指した方を見ると、ヘドロのようなものにまみれながらマスキュラーさんが現れた。目立った傷もなく首をゴキゴキ鳴らしているその姿から予想するに、あまり手応えはなかったらしい。
「いやァ、流石にあんなところで籠ってるとなまっちまうもんだな。負けようがない相手だったってのに随分かかっちまった」
「お疲れさま。いやいや、やっと一勝だよ。別に勝ち負けなんか関係ないんだけど」
「あ?なんだ、俺以外のヤツは負けてんのか?」
意外そうに目を丸くしたマスキュラーさんに、マグ姉は肩を竦め、黒霧さんとコンプレスさんは途中で離脱したことをアピールし、スピナーくんは地団太を踏んだ。めちゃくちゃ悔しがるな、スピナーくん。
「これであとはトガにトゥワイス、荼毘にジェントルとラブラバか。確かジェントルとトガは位置が近かったな?」
「うん。ちょうど加勢に行くならその二人だし。あとは誰が行くかなんだけど、まぁ……」
「あ、俺はマジックのタネがなくなったからパス」
「私は移動手段なので」
「……俺も武器がない」
「私はいってもいいけど、ねぇ?」
「あぁ、だな」
みんなの方を見ると、みんなが見ているのは僕たち二人。どうやら全然行く気がないらしい。いや、これからのことを考えると僕らが行った方がいいっていうのはもちろんそうなんだけど、もうちょっと交戦欲というか、そういうのないのかなぁ?マスキュラーさんとか特に。
「殺したらダメな戦闘はやりにくくてな」
あらそう。
「なら僕たちだね」
「元からそのつもりだ」
あぁエリちゃんが名残惜しい。せっかくゆっくりしようと思っていたのに。こんな大混乱を招いておいて何考えてんだって話だけど。
「凶夜さん、もう行っちゃうの?」
「うん。ごめんねー。ちゃちゃっと終わらせてすぐ帰ってくるから。帰りが遅かったら迎えに来てくれてもいいよ」
「ダメだろ。外は危ないんだぞ」
「ほら、夢だったんだ。誰かに迎えに来てもらうの」
流石にさっきのは冗談だけど、と言いながらエリちゃんを下ろして、二人で黒霧さんのところに向かう。トップ二人がよく働くグループって、結構ホワイト感強くない?部下を休ませて働く上司って素敵だと思うんだよね。その上司が有能かどうかは別として。
「すぐ帰ってきてね」
「うん。僕が約束を破ったことあったかい?」
「嘘ついたことしかないからしらない」
それもそうか、と納得し、ゲートをくぐる弔くんに冷たい目で見られながら僕も黒霧さんのゲートをくぐった。
心の隙間をつく、というのは案外難しい。凶夜サマや弔くんは簡単にやってのけるけど、私はそこへたどり着くのに物凄く苦労した。何せ、私には人の気持ちがわからなかったし、わかろうともしていなかった。相手が私のことをわかろうとしていなかったのと同じように。
「チウ」
ゆらり、と日陰者特有の歩法で二人に近づき、注射器を上鳴くんに刺す。放電されると面倒なので瀬呂くんを盾にしながら。遅れて私に気づいた瀬呂くんが私に気づいたころには血を吸い終えて距離をとっている。うん、これは人をおちょくるときと似たような感覚。すべてが私の掌の上にあるようだ。
「とと」
いけないいけない。調子に乗り過ぎると凶夜サマみたいに痛い目を見る。人の心の隙間をつくには、自分の隙間を見せてはダメだ。わざとならいいけど。ペースはずっとこちらが握っておかないと、私のようなかよわい女の子はすぐに倒されてしまう。
「ふんふんふーん」
先ほど吸い取った上鳴くんの血液を飲み、変身。服装がそのままなのは上鳴くんに申し訳ないが、これはこれでカワイイような気もする。凶夜サマあたりは絶対に嫌な顔をするだろうけど。あの人はいつだって女の子が好きなのだ。
「……まさかそういう趣味だったとは。いや、人の趣味にケチはつけねぇけど」
「本物の俺はこっちだって!にしても俺カッコよくね?ほら、イケメン特有の女装したら似合っちゃうってやつになってね?」
……上鳴くんになったのは失敗だったかもしれない。へらへらした凶夜サマを余計へらへらさせたような思考だ。一言で言うとチャラい。上鳴くんから引き出せる情報はほとんどゼロに近い。
「解除」
それならもう変身する必要はないだろう。この三人のことは大体わかったし、後は翻弄してちょちょいとやっつけるだけ。まったく、殺していいなら早いのに。
「上鳴くん、私の事ちょっと色っぽいなって考えてます?」
「は?はぁ!?そ、そんなことねーし!おい瀬呂、お前もなんか言ってやれ!」
「あの子思考のトレース的なことできるみたいだし、お前の負けだろ」
「俺になんか言ってんじゃねぇよ!」
憤慨する上鳴くんにクスクス笑う。本当に仲がいい。耳郎ちゃんが磔にされているのに、まるでその事実がないみたいに。
凶夜サマが言っていた。「僕が勝つにはまるで戦ってないみたいな状況にするのが一番いいんだよね」と。今ならその意味がよくわかる。戦いの中にある日常。完全におかしいことなのに、まるでおかしいと思わない。そういう状況になると私や凶夜サマみたいな人間は物凄く強くなる。というより、そういう状況にしないと勝てないと言った方が正しいか。
「よっ」
「あぶねっ!」
言い合う二人に向かって当たり前のようにナイフを投げる。流石雄英生と言うべきか、瞬時に気づいてひらりと避けられてしまった。ナイフの投擲には自信があったのに。
「危なかった!秒!秒遅れてたら死んでたぞ俺!」
「上鳴!」
チッ、と舌打ちを一つ。まだ油断がなくなっていなかった上鳴くんに近づいてぐさりといこうと思ったが、瀬呂くんに気づかれてしまった。こちらに伸ばされたテープを避けて、ついでに投げたナイフの回収に向かう。瀬呂くんは地味に優秀で少しやりづらい。
「もうちょっと気ぃ張れよ!ただの女の子じゃないんだぞ!」
「わかってるって」
怒られた上鳴くんはこちらに両手の指を向けた。まるで西部劇のようだ。もしかして電気の弾でも撃つのだろうか?カッコよさそう。
「ただの女の子じゃねぇってことはよ!」
上鳴くんの指先から放たれたのは期待したものとは違って、まっすぐ伸びる電気だった。少し体を逸らすだけで避けられる程度のそれを軽く躱し、にやにや笑う。実際危なかったけど。ポインターの場所なんて覚えられないもの。
「惜しかったねぇ!ポインターの場所がもう少しズレてればビリビリしてた!」
「いや、ベストな位置だぜ」
してやったりな表情の上鳴くんに首を傾げる。もしかして私が気づいていないだけで、本当はもう電気で焼かれているのだろうか。それはカッコよすぎる。凶夜サマが上鳴くんのことをカッコいいと言っていたのはこういうことだったのか。
「──っ!?」
そうして上鳴くんのカッコよさに納得しているところに突如。
鼓膜を揺らすどころか、鼓膜を突き破る程の衝撃が脳を揺らした。
「なっ、に、が……」
いや、驚きつつももう理解している。油断していたのは私の方だ。私の背後には磔にされていた耳郎ちゃんがいて、ということはつまり、上鳴くんが拘束を焼き切ったということだろう。
「ありがと、上鳴。ちょっと焼けたけど」
「うっそ!?ベストじゃないじゃん!」
あぁしてお茶らけているあの男の子は、初めから耳郎ちゃんを助けるために行動していたのか。まったく、男の子というかなんというか。ヒーローというかなんというか。
「よし。拘束はこの瀬呂くんにお任せ!」
倒れる私に、瀬呂くんがテープを伸ばす。拘束されても私は転送されるから意味ないんだけど。ただ、一人も倒せなかったことが残念だ。天下の敵連合の名が泣いてしまう。
私は、伸ばされたテープをじっと見ながら薄く笑った。あの人たちは負けたことを責めはしないだろうけど、できることなら勝って役に立ちたかった。何かに負けることがこれほど悔しく感じるのは、いつ以来だろうか。
迫ってくる敗北を受け入れようと目を閉じる。せめて優しく縛ってくれないかなぁと期待しながら拘束を待つ。
「……?」
が、いつまで経ってもテープが私を縛らない。まさか失敗したのだろうか。この距離で?それともできるだけえっちな拘束の仕方をしようと思案しているのだろうか。だとするとちょっと恥ずかしい。男の子だから仕方ないとは思うけど。
戸惑いつつゆっくり目を開ける。開けた瞬間に拘束するなんていう鬼畜みたいなことはやめてほしいなと思いつつ前を見ると、そこには。
「いち、にぃ、さん……うん、多いな。しかも個性的にキツイ相手だっただろ」
最近優しい顔で笑うようになった、私たちのボス。
「だがまぁ」
その人は黒く染まっていく視界の中、地面に両手をつけてまるで子どもみたいににっかり笑った。
「もう大丈夫だ。俺がいる」
きっとありがとうっていうと照れくさくなって逃げるんだろうなぁと思いながら、私は包み込んでくれる黒に身を任せた。
マスキュラーさんが雄英生を瞬殺する未来以外見えなかったので、尾白くんと障子くんと青山くんには犠牲になってもらいました。ファンの方は申し訳ございません。