毎日が楽しいか、と聞かれれば肯定する。初めはステインの意志をまっとうするために入った敵連合に居心地の良さを感じ始めたのはいつからだったか。らしくもなく炎で文字を書けるようになったのは、あいつ、もしくはあいつらの影響だと断言できる。
そもそも、敵とはなぜ敵と呼ばれるのだろうか。犯罪者だから、悪いやつだから。じゃあその背景には何がある?憤り、不満、革命、または不幸。
(そうやって追い詰められてるやつを助けるのがヒーローなんじゃないのか?)
いつも記憶の片隅で誰かが泣いている、とあいつは詩人みたいなことを口にして一人で恥ずかしがっていた。そんなダサいやつでも敵連合のNo.2を名乗れるのだから、世界というものはわからないものだ。
まぁ、実際にはNo.2というのもわからなくはない。戦力を集めているときに会った
チンピラどもは『月無凶夜』を尊敬していた。ところが、そいつらは決まって「上に立つって言うより、友だちみたいな感じ」と口にする。わからなくもない。あいつはいつだって上に立つことはなかった。ただ前を向いて、遅れているやつがいたら自ら戻ってきて引っ張っていくような、そんなやつ。
だからこそ、俺は誰かのために炎で文字を書こうという気持ちが芽生えたんだろう。
「……さて」
俺は『victory』という文字を指先でゆらゆらさせつつ、目の前で膝をついている二人を見る。俺が思っていたよりも早くバテたな。炎の中で戦うっていう訓練は積んでないらしい。もっとも、個性的に轟は戦えてもおかしくないのだが。
「威勢がよかった割には、大したことねぇな」
「……まだだ」
「そりゃそうだ」
返事とともに放たれた氷を炎の壁で受け止める。「殺すな」って言われてるから攻撃は手加減しないとダメだが、防御は全力でやれて気が楽でいい。八百万が大砲か何かを持ちだしたら危険だが、ここがビルの屋上である以上、砲弾が落ちる危険性を考えればそれは使えない。そもそも何かを作る前に牽制して今のところ何一つ作らせていないのだが。轟がサポートしようと放つ炎や氷も簡単に俺の炎で飲み込める。
「お、またか」
「くっ!」
にも関わらず性懲りもなく創造しようとした八百万に向けて炎を一つ。大雑把に炎をまき散らすだけではなく、こういう細かい圧縮した炎を出せるようになったのもあの文字の特訓のおかげか。誰かのためにっていうのも存外悪くない。
「あぁ、そういやエンデヴァーがやられたって知ってるか?」
「なっ」
「はい油断」
一瞬動揺したところに炎を放つ。少し遅れながらも炎で対抗してくるところは流石というべきか、反射神経からして他とは違うらしい。
「メディアが有能ならもう広まってるところだろ。まぁそれをどれだけの人間が聞けてるかわからねぇが」
もっとも、そろそろラブラバがチンピラ引き連れて局にかち込むところだろうから、そうなればエンデヴァーがやられたって事実は瞬く間に広まる。まったく、最初にNo.1をやるってどれだけ大胆なんだ、あいつら。
「ったく、No.1を名乗っておきながら開戦後すぐにやられるって、マジでNo.1か?うちのNo.2でもめちゃくちゃするが流石にやられはしねぇぞ」
「……エンデヴァーがどうとかはどうでもいい」
「お?」
「今は、お前を倒すだけだ」
「言うねぇ。どうせ無理なのに」
といっても俺はあまり長期戦に向いていない。だからできるだけ早めに決着をつけなければと思っているのだが、燃やすという特性上どう加減したところで死ぬ、もしくはなにかしらの後遺症が残る可能性がある。いつもなら躊躇なく燃やすところだが、今回の命令だとそれもよくない。こいつらが諦めるタチでもないだろうし。
「八百万。俺があいつを止めておくから、下がって隙を見て創造してくれ」
「はい!ですが何を」
「任せた」
「……おいおい。そりゃ作戦か?お粗末だな。そういうやつには将棋がいいらしいぜ」
「いや」
八百万が下がったと同時、今までとは桁違いな威力の炎が俺の視界を埋め尽くした。その炎の波に炎をぶつけて相殺する。あいつ、やっぱり足手まといじゃねぇか。
「なるほど。味方が隣にいたんじゃそりゃこの威力は出せないな」
「燃費とか色んなモン無視してでもやらねぇと勝てねぇって思ったから、こうした」
そういや、炎の方はまだ大雑把で慣れてないんだったか。つかなんだ炎の方はって。冷静に考えりゃ氷と炎どっちも使えるっておかしくないか?
「それは光栄。だが、お前が何をしてきても俺は全部防げる自信がある。あとは八百万が何をしてくるかによるが……」
まぁどうせこけしか何かだろう、と思いながら俺の方に飛んできた物体を見ると、やはりこけし。なんだ、あいつこけし好きなのか?
ただ、こけしの中に何が入っているかはまだわからない。スタングレネードか?いや、轟がゴーグル類をつけて対策をしていないことから可能性はゼロじゃないがそうではないと思っていていいだろう。
「お」
しかし中から出てきたのは手榴弾。なんの変哲もない現代兵器。
「ヒーローが使う代物じゃねぇだろ!」
自身を炎で覆って爆発から身を守る。ただでさえ炎を使うと肌が焼けるのにこんなことをすれば余計にひどくなるが、飛散した破片が刺さるよりはマシだ。
……いやちょっと待て。そもそも仲間が近くにいる状況で手榴弾なんか使うか?そういや俺もさっき言ったな。ヒーローが使う代物じゃねぇって。
「やられた!」
「おせぇ」
あいつの間抜けがうつったのか、視界まで塞ぐという愚の骨頂。まんまと罠にはまったことに気づいたときには、俺の体はビルから投げ飛ばされていた。確か膨冷熱波、だったか。こんなとこで使ったら普通の相手なら死ぬぞ。俺でよかったな、本当に。
炎を微調整しながら、轟と八百万のいるビルに戻る。正直体中痛いが、あれだけ余裕ぶった手前何でもない風でいないととてつもなくダサい。……こういう考え方自体、あいつに染まってきている気がして物凄く嫌だ。
「どうした?何か焦げクセェが」
「あぁ、驚いた。まさかここまで自分が間抜けになっているとは」
「そんなおまぬけなあなたに教えて差し上げますわ」
は?と言いながら八百万を見ると、こちらに得意気に掲げているリモコンが一つ。足元にはさっきのこけし。
「それ、リモコン式ですの」
「ちょっと待」
再び衝撃。実物の手榴弾よりは威力を抑えているみたいだが、それでも結構な衝撃だ。当たり前だろう。どれだけ威力が低いと言っても爆発は爆発。すげぇ痛い。
「悪いな」
そして、目の前に迫るのは轟が放つ氷。炎で体勢を整えようとしていた俺はそれに反応できず、
「……全身凍らせてよろしいのですか?」
「ちょっと経ってから溶かせば死にゃしねぇよ」
凍らされてしまった。
「うおー!カメラを持つアニキもナイスだぜ!」
「流石敵連合の同盟の首領!何をしてもサマになる!」
……俺はなぜこんなことをしているのだろうか。エリを取り返すためにやつらの本拠地に行こうとしたところ、周りのチンピラに「助太刀ですね!?」と勘違いされ、あれよあれよという間にラブラバという女と合流。そのまま局を制圧し、なぜかカメラを持たされ、街頭モニターに映るチンピラどもにため息を吐いているのが今。そしてそのチンピラを映しているのが俺だ。
「若」
「何も言うな」
「さぁ行くわよ!戦えない者には戦えない者の戦場があるの!」
はじめは組員が解放された今、敵連合の作戦など知ったことかとカメラをぶち壊してやるつもりでいたが、今それをすると周りのチンピラが鬱陶しい。一人ひとりなら相手にしても問題はないだろうが、こいつらが束になってかかってくるとなれば無事ではすまないだろう。だったら、ここは協力しておいて敵連合との関係が密になったところでエリを取り返すというのが一番だろう。
あいつらのカリスマには感心する。これでは日本全国に敵連合の目があるみたいなものだ。
「あんたたちは邪魔するやつらを片っ端からぶっ飛ばして!あ、殺しちゃダメよ。そういう命令だから」
「了解しやしたラブラバの姉御!」
「伊達にタルタロス入ってませんぜ!」
自慢にもならないことを口走りながら、向かってくるヒーローを迎え撃つチンピラを適当に映しつつ、「結構ノリノリだな、俺」と自分自身を鼻で笑った。短い時間一緒にいただけでここまで影響されるか。とんでもないな、敵連合。
「月無はジェントルのところに向かうらしいわ、好都合よ!ジェントルの雄姿を全国に届けるために、全速力よ!私を担ぎなさい!」
「へい!失礼しやす!」
「オラどけどけ!!ラブラバの姉御と治崎のアニキのお通りだ!」
「ってかオイ!何治崎のアニキにカメラ持たせてんだ!労働させるなんざ恐れ多い!」
「いや、いい。カメラを持つのは敵連合と対等な俺の方がいいだろう」
「そんなお考えがあるとは露知らず!申し訳ございません!」
「怒らないでやってください!どうか俺の首一つで勘弁願えませんか!」
「気にするな」
「アニキー!!」
まったく、騒がしい。本当にこいつらタルタロスに入ってたのか?これも敵連合の影響ってやつか?だとすれば俺はとんでもないやつらを敵に回そうとしているようだ。これならエリを取り返すよりも同盟という立場に落ち着いておくほうがいいかもしれない。
「……あれ、若?」
「なんだ」
ヒーローと戦うチンピラ、なぜか民間人の避難誘導をしているチンピラを映しながら音本に返事をする。何か気になることでもあったのだろうか。
「笑ってます?」
「……」
音本の問いかけに、口元を引き締めて前を見た。まさか、そんなはずはない。いくらなんでもそこまで影響されないはずだ。戦場で笑って、まるで日常であるかのように過ごすなど。
「いやぁ、若のそんな笑顔が見れるなら、案外いいかもしれませんね。敵連合」
「あくまで同盟だ。俺たちは敵連合じゃない」
「わかってますよ」
ならその顔はなんだ、と聞いてやると、「笑ってましたかね?」と返ってきた。