「……おい嘘だろ」
「そんな、まさか」
微かに聞こえてくるその声は、驚愕、はたまた恐れ、いや、やはり俺にはわからない。こういうのは死柄木や月無が得意にしているところだ。感情を読み取る前に燃やしていた俺には理解しようもない。あいつらの感情はなんとなく読み取れるが、親しくもないこいつらの感情なんて読めるのはそれこそあいつらくらいだろう。
俺を凍らせていた氷を溶かしながら、装備を外していく。酷使しすぎたのだろう。妙な音を立てて変形してしまっている。これはあとでどやされるな。安くないんだぞって。
「いい感じに冷えた。相性いいのかもな、俺たち」
「凍った後に内から溶かすって、なんだお前」
「知らねぇが、できたもんは仕方ねぇだろ」
俺自身も驚いている。凍らされた時は負けたと思ったが、まさか凍らされてなお炎を出せるとは。芯まで凍ってたら流石に負けていただろう。そこは轟の殺さないようにという手加減に感謝するべきか。
「さて、どう倒すか。お前の氷って便利だよな。炎は殺さないようにすんのが難しいが、氷は拘束に使える」
羨ましい。俺も炎の質を変えて拘束する、みたいなことができればいいのに。いや、そうなると拘束したところが延々と燃え続けて結局死ぬことになるか。殺さないようにっていうのは本当に難しいな。
「あ、さっきのやつはやめてくれよ。今度ビルから投げ出されたらそのまま落下して死ぬから」
「殺す気はねぇよ」
だろうな。ヒーローだし。俺たちはヒーローじゃないのに殺す気ないけど。本当に敵らしいけど敵らしくないというか、不思議なやつだ。月無も、死柄木も。
『アニキに続けー!』
『うおー!!』
「お」
お互い睨みあって膠着状態に入っていたところ、何やら愉快そうな声が聞こえてきた。見ると、街頭モニターに複数の敵が映し出され、全員笑いながらヒーローと戦っている。そして、敵に担がれているラブラバの姿も見えた。何やってんだアイツ?
「なんですのアレ……」
「局の制圧が完了したってところだろ」
呆けている八百万に答えてやると、二人が目を丸くした。いやいや。
「脅しはしていても殺してはいないはずだ。元々民間人に手は出さねぇようにとは言われてる。それでも手を出してるやつを後で焼くのが俺の仕事でもあるんだが……あぁ、今のは忘れてくれ。どうもあいつと一緒にいるとおしゃべりがうつっていけねぇ」
内緒な、と言いながら『secret』という文字を見せる。これにまた二人は目を丸くした。そんなにこの芸が面白いのだろうか。それなら俺も習得してよかったと思えるものだ。……この気分はMr.のがうつったか?
「お前、何か雰囲気変わったか?」
「ん?頭は冷えたな。それでさっきとは別の余裕が生まれたとか……あとはそうだな」
下の方から聞こえてくる聞きなれた音を感じつつ、背後に開かれたゲートに飛び込みながら、
「実は、もう俺の仕事終わってるんだ」
「なっ、待て!」
俺に手を伸ばす轟だったが、直後バランスを崩した。それもそのはず、このビル自体が崩壊しているから。
ま、後はあいつに任せて俺は帰ろう。八百万はともかく、轟は見るまでもなかった、って報告すりゃいいだろ。多分。
「わー、ラブラバさん!」
「だねぇ。頑張ってるねー」
エリちゃんを膝の上に乗せながら、テレビに映るラブラバさんを一緒に観る。この映像を撮っているのはエリちゃんにとってトラウマともいえる人なのだが、それを気にしていないのは強くなったのか、はたまたあの人に影響されて歪んでしまったのか、どちらにせよ怯えないというのはいい傾向、かな?
「ヒミコ姉、凶夜さんまだかな」
「まだじゃないかなー。あの人、間がいいようで悪いですから」
ヒミコ姉、と呼ばれるたびににやにやしてしまうのは私だけの秘密。随分仲良くなったというか、ここにきた当初と比べて子どもらしくなったな、と思う。一番懐いている凶夜サマが子どもっぽいからというのもあるだろうが、それ以上にエリちゃんが子どもっぽくなれる環境を作った私たちがすごいということで、胸を張ってもいいんじゃないかと思う。
「おい、めちゃくちゃするな、死柄木のやつ」
「あ、荼毘くんおかえりです」
「おかえりなさい」
エリちゃんを可愛がりながらテレビを観ていると、黒霧さんのゲートから荼毘くんが帰ってきた。あまり怪我がないことから、戦いの途中で帰ってきたっぽい。不完全燃焼ですって顔してるし。
「あれね、出て行くついでに私を助けてくれたの。カッコよかったよ?」
「本当に働き者だな、うちのツートップは」
言いながら、私の隣に座った荼毘くんは、エリちゃんのほっぺをつんつん突いた。こら、手洗ってないでしょ。
「いけねぇぜ荼毘!外から帰ってきたらまずは手洗いうがい!いつも綺麗にしてるな!」
その光景を見ていた仁くんがすぐに咎める。まったく、エリちゃんに菌がうつって病気になったらどうするの。そんなことになったら凶夜サマが動揺して使いものにならなくなるに決まってる。
「あぁ、悪い。大役を任せられてるから緊張してるかと思ってな。ほぐすつもりだった」
「それなら俺がやっといたぜ。筋肉繊維うんていだっつって呑気に遊んでやがった。間違いなく月無の影響を受けてやがる」
こちらも不完全燃焼のマスキュラーさん。さっきエリちゃんと遊んでいたのはものすごく意外、というか何やら犯罪臭がした。エリちゃんが楽しそうにしていたのはマスキュラーさんの言う通り凶夜サマの影響だろう。だって、普通の子ならマスキュラーさんは怖いに決まってる。
「ほんと逞しくなったわよねぇ。もう凶夜くんよりしっかりしてるもの」
「確かにな。合宿襲撃の時は苦労したぜ」
「俺はあいつをサポートしきる自信ないな……」
マグ姉とコンプレスさんとスピナーくんもやってきて、遠回しに凶夜サマの悪口を言う。本当に悪く言ってるわけじゃないけど、本人が聞いたら拗ねそうだ。結構繊細だし。面倒くさいって言うのかな?
「あの子は誰かに何かを与えるのが得意だからね。苦労もそのうちの一つさ」
「七割苦労な気がしますよ、一体どのような教育を?」
「さて、あの子が勝手に育ったからね」
先生と黒霧さんも合流して、今ここにいる全員が揃った。みんな暇なのかな。まぁしばらくは仕事がないし、私も暇だから人の事言えないけど。
「これでもあの子たちの成長には喜んでるんだ。まさか弔があんなこと言うなんて思っても……いや、不思議ではないか」
「死柄木にとって月無は特別ですからね」
「弔くんはみんなのことも特別だと思ってるよ?」
黒霧さんの言葉に、首を傾げたエリちゃんが返す。うん、それはそうなんだけど、なんというか。あの二人は同じ方向を向いているようで向いていないというか、その状況で弔くんが同じ方向を向かせようとしているというか、うまく言えないけどそういう意味で特別。はじめから同じ方向を向いている私たちを向かせる必要はないもんね。
「特別っちゃ特別だろうが、ま、こんな規模で利用されちゃあな」
「同じラインではないわよねぇ」
それは私も思う。あの二人もう親友すら超えてるんじゃないかと思うことが多々ある。通じ合っているというわけではないけど、お互いがお互いの人生の一部になってるというか、うーん、うまく言い表せないのがあの二人のいいところ、というまとめ方をしておこう。
「全部終わった後、あいつはどういう気持ちなんだろうな」
「さぁ?怒るかもしれねぇし、笑うかもしれねぇし、泣くかもしれねぇし。こればっかりは予想もできねぇ」
「きっと笑ってます」
色々予想するみんなに、自信を持って告げる。だって、
「それが私たちですから」
荼毘、と言いつつほとんど荼毘じゃない。
最後のは「何言ってるんだ?」と思って頂ければ。