僕は結構自分の感情に正直だ。カッコいいからカッコいい、可愛いから可愛い、面白いから面白い。自分が感じたことを素直に受け止めて、なぜそう感じるのかと考えることはあまりない。
ただ、最近感じていることに関しては、ものすごく考えているというか、その感情を疑っている。僕らしくもなく、また僕らしいともいえる疑っているその感情の名前は、幸福。幼いころから自分を不幸だと決めつけて生きてきたのに、最近になって自分が『幸福』を持っているということを知り、でも不幸じゃなかったわけじゃなくて。色々ごちゃごちゃしてるからこの感じている『幸福』が果たしてなんなのか、僕にはまったくわからなかった。信じていいものなのか、どうなのか。
「うーん、流石雄英生。強いな」
「轟くんの軽く打ち消しといて、よく言うよ」
「これでも手は痛いんだぜ?そういうお前は、結構辛そうだな」
手だけがボロボロな弔くんと、体中ボロボロな僕が出久くんと轟くんを前にして笑いあう。
信じたい、と思えるようになったのは自然だった。みんなといる日常は楽しいし、面白いし、ただ、『生きたい』と自分が願っているのかどうかが僕にはわからなかった。今まで死にたがりだった僕が、そんないきなり『生きたい』なんて、そういう感覚がわからない。
「アレだ、お得意の譲渡で押し付けりゃいいだろ。その傷」
「うーん、そうなんだけど、ね」
二対二と言いつつも、僕は轟くんに手を出さないし、弔くんは出久くんに手を出さない。お互いが「まぁ大丈夫だろう」と思っているから、だろうか。こういうのも信頼って言うのかな?
「ぶっ」
ものすごい速さで打ち出される出久くんの拳や蹴りをいなしていると、反射神経の限界が訪れたのか顔面にモロで入ってしまった。ものすごく痛い。優しそうな顔してこんなことするんだもん。いやぁ、侮れない。
「ふー。強いね、出久くん」
「……月無こそ」
「僕が?僕は、弱いでしょ」
僕を強いというのなら、世界中の人間はみんな強い。僕なんか最底辺だろう。僕より下なんてそうそういない。これは自己評価だから、周りから見ればそうじゃないって言ってくれるかもしれないけど。
立ち上がりつつ、周りを見る。ヒーローと敵が大集合して戦っている光景は、不思議と心が躍るものだった。全員が必死で、まさに『生きてる』というか、『生きてる』ってこういうことかと実感させられるような、そんな感じ。
「ねぇ出久くん、不思議だと思わない?」
「何が」
伸びをして、体がバキバキと音を鳴らすのを楽しみながら問いかける。ここで油断しないのも出久くんのいいところだ。実にヒーローっぽい。
「基本的に
ここにいるみんなは僕たちについてきてくれると言ってくれて、実際にこうして助けに来てくれた。今まで自分のことだけを考えて悪いことをし続けてきたはずなのに、実は誰かのために動ける人たちだった。こんな僕に従ってくれているというのは少し申し訳なく感じるけど、同時にありがたくも思う。
「助けるとか、誰かのためにとか、そういうところはヒーローも敵も同じだと思うんだよね」
「でも、悪いことをしていいってわけじゃない」
「悪いこと、ね。もう僕には何が悪くて何が正しいのかなんてほとんどわからないよ」
自分の好きなことをして、例えばそれが犯罪だったとして。好きなことを好きなだけするのは正しいとも言えるし正しくないとも言える。それは立場によって様々な見方ができて、ただ外面だけ見て判断していいことじゃないことでもある。例えば、そう。ヒーローが助けてくれれば敵にならずにすんだのに、助けなかったヒーローがその敵になったやつを倒して勝ち誇る。これは正しいのか正しくないのか。
僕みたいな人間が生きたいと願うことは、正しいのか正しくないのか。いや、もう自分自身でもわかってる。多分僕は、生きたいって願ってる。でも、それは幸福なのか不幸なのか。
それは、
「生きたいと願うことって、幸せなんだと思ってた」
振るった腕は止められて、逆に殴られる。
「でもさ、違ったんだ。だって、普通の人は『生きたい』って願う必要がないから」
ぐっと踏ん張って、襟をつかんだ。そのまま勢いをつけて上半身を捻り、頭突き。個性がある時代に、なんて昔の喧嘩をしてるんだ、僕。
「だから、僕はどこまでいっても不幸なのさ。これって悪いことなのかな?正しくないことなのかな?」
このまま傷を譲渡すればまた楽になれるんだろう。僕の戦い方的にはそうあるべきで、そうするべきだ。でも、なぜかそれをしたくないというか。
頭突きをくらった額を抑えながら出久くんが僕を睨みつける。怖いなぁ。僕そんな睨みつけられるようなことしたっけ?したか。したな。
「……それが悪いとか悪くないとか、正しいとか正しくないとか」
ちょっと脳が揺れただろうに、すぐ僕に向かって攻撃してくる。呆れたタフネス。意地ってやつか?それともヒーローってそうなんだろうか。何があっても立ち向かえるってものすごくカッコいいよね。
「僕に決めることはできない、けど」
出久くんの腕を弾いて、顔を殴る。クリーンヒットしたのはさっきの頭突きを合わせてこれで二回目だ。ちょっと体力なくなってきたのかな?
「あ」
違った。これさっきの仕返しだ。僕の襟を掴む出久くんの手を見て冷や汗が出る。
「お前は、バカだ!!」
単純な罵倒とともに頭突きをくらった。頭が割れそうだ。プロレスか?これ。もっと文明人らしい戦いをしようよ。いや、先に仕掛けたのは僕なんだけども。
「さっき、自分で言ってただろ。『ここに集まってるみんなは僕たちのために戦ってくれてる』って」
襟を離さなかった出久くんは続けて僕を殴る。僕を殺す気なのだろうか。出久くんのパワーで連続攻撃されたら人は死ぬでしょ。……いや、個性を使ってない?
「誰かがお前のために動きたいって思うんだ、思えるんだ。そんなやつが不幸だなんて僕は思わない」
「月無」
ふらついて倒れそうになった僕の後ろに、氷の壁が現れる。こんなことができるのは轟くんしかいないと思ってそっちを見ると、弔くんがポケットに手を突っ込んでサボっていた。おい、戦えや。
「自分のために誰かが動いてくれるって、想われてるって証拠じゃねぇのか?それ、幸せだろ。俺でもわかるぞ」
言い終わると同時、弔くんが氷の壁を崩壊させた。慌てて体勢を整えながら、揺れる視界に出久くんと轟くんの姿を捉える。
幸せか。生きたいと願うことが?僕にはそう思えないんだけど。だって、普通の人は生きたいって願うことなんてないじゃないか。そう願うときは大体死にかけてるときで、死にたくないときで、そういうときは大抵不幸なときだ。つまり、僕は不幸なんだ。
「難しいことじゃないと思う。だって」
体勢を整えたが体に限界がきていたのか、バランスを崩して倒れそうになった僕の腕を出久くんが掴んで、しっかりと支えてくれた。
「月無は、今生きてる」
「……」
「今、生きてるんだ」
なぁ出久くん。君、ボロボロじゃないか。一体何で?僕みたいなザコと君みたいなのが戦えば無傷で済んだだろうに。あれか。譲渡しない僕を見て、出久くんも個性使うのやめたとか?それ舐めプって言うんじゃない?
……でも、嫌いじゃない。多分出久くんは対等にいようとしてくれたんだろう。こんな僕と、対等に。
「そうか、今生きてるから幸せか。なるほど」
生きたいと願う必要がないのは、今生きてるから。めちゃくちゃ簡単なことだ。なんで僕は気づかなかったんだろう。
「出久くん、轟くん」
名前を呼ぶと、戦っていた轟くんが攻撃するのをやめて、弔くんがポケットに手を突っ込んだ。君、実は余裕でしょ。
「もしも、もしも僕の歩む道が今と違っていれば、今と違う出会い方をしていれば。僕たち、いい友だちになれたと思うんだ」
僕、ヒーロー好きだし。二人ともいい人だし。これでいい友だちにならない理由がない。あれ、でもそうなると僕が雄英に入らないといけなくなるのか。そりゃ無理だ。いや、でも歩む道が違った僕は最強かもしれない。今と違って。
今が嫌っていう意味じゃないんだけどね。
「でも、だからこそ、勝ちたい」
出久くんの手を振り払って、構える。和やかに終われそうだったけど、それじゃだめだ。今の僕は敵連合の月無凶夜。勝つか負けるかの勝負の途中。
「君たちとの未来より、今から歩む弔くんたちとの未来の方が幸せだって、胸を張って言えるように」
敵同士だけど、ありがとうと心の中で呟く。僕に生きたいと、幸せだと思わせてくれてありがとう、と。
おかげで僕は、本当の意味で幸せになれ、
「……?」
突然、全身から力が抜けた。そして、体中を表現できないほどの痛みが襲い。
周りの地面が、建物が、不自然に崩壊を始めたと同時に、僕は意識を失った。