ふと気づけば辺りは真っ暗で、所々ひびが入っては直り、ひびが入っては直りを繰り返す空間にいた。なんとなくひびの入り方に見覚えがあるが、多分気のせいだろう。そんなことよりここはどこだ、という話になる。
確か、出久くんと戦おうとしたところでいきなり気を失ったはず。そこからどうなったかはわからないし、どれだけ経ったかもわからない。わかるのは真っ暗でひびが入って直る、ということだけ。随分おかしな空間だ。
もしかして、僕は死んだのだろうか。これからだっていうところだったのに、そんなことある?ダサすぎでしょ、僕。
「……?」
頭を抱えていると、遠くの方で何か音が聞こえた。声?何か苦しむような、そんな声が。ずっとここにいても仕方ないので、とりあえずそちらに向かうことにする。何もかも真っ暗なので音だけを頼りに歩いて行くと、次第に周りに入るひびが多くなっていった。こっちにきて大丈夫なのだろうか。死ぬんじゃないか?いや、死んでるのか?もういいや。それは置いておこう。
歩く、歩く、歩く。ひびが多くなってなかったら前に進んでいるかどうかもわからず頭がおかしくなっていたところだ。ここはひびに感謝するべきだろう。ありがとう、ひび。めちゃくちゃ怖いけど。
「!」
歩いて行くと、男女の背中が見えた。男の方は逞しく、女の方は綺麗。美しい。ただ、いつもなら求婚するのになぜかあの人を見てもそんな気持ちは出てこなかった。何か、懐かしいというか、温かいというか。
「お、きたか」
「あ、ほんとだ」
そして、二人が振り向いた時僕は目が飛び出るくらい驚いた。実際に飛び出ていたかもしれない。瞼を触りつつ、まだ目があることを確認してからもう一度その二人をよく見てみる。
「ん?俺の顔に何かついているか?カッコいい目と鼻と口とか?」
「どっちかっていうと、逞しいかな?」
小さい頃の記憶で朧気だが、間違いない。
「お父さん、お母さん?」
「久しぶり!」
「元気だった?」
死んだはずの、僕の両親だ。
「あれ、っていうことはやっぱり僕死んでるの?」
死んだ両親がここにいるのなら、そう考えるのが自然だ。まさか天国が本当に存在するなんて思ってなかった。天国にしては地獄みたいに不気味な空間だけど、お父さんとお母さんがいるなら天国で間違いない。この二人が悪いことしてるはずないし。……僕はしてるぞ?
「あぁ違う違う。死んでないし、なんなら俺たちも正しく言えばお前の両親じゃないしな」
「?」
「もう、わざと遠回しに言って困らせてるでしょ。悪い癖だよ?」
「ハッハッハ!いやぁついな!」
両親じゃない?両親の姿なのに?で、僕は死んでない?どういうことだ。
「まぁ簡単に言えばここはお前の中で、俺たちは『個性』だな」
「『個性』?」
「『譲渡』と『幸福』、っていえばわかりやすい?」
僕の中で、二人は個性。はぁ。
「ま、細かいことは気にすんな。とりあえずそういうことだって理解しておけばいい」
「えっと、まぁ、死んでないのは死んでないんだよね?」
「うん。それは間違いないよ」
僕のお母さんほんと綺麗だな。お父さんはカッコいいし。僕に二人の遺伝子が受け継がれているのか疑わしくなるくらいだ。僕はカッコいいし可愛いから受け継がれてるんだろうけど、二人には及ばない。
「で、だ。今お前の『不幸』が暴走して街を、日本を壊そうとしている」
「え、嘘?」
「ほんと。で、このひびは豊優のお友だちが助けようとして『不幸』を壊そうとしてるの」
見上げてひびを見る。お友だちってことは弔くんだろう。だから見覚えがあったのか。というか、『不幸』を壊すってどういうことだろうか。
「で、だな。ここでちょっと相談なんだが」
「なに?」
さっきお父さんは自分たちのことを個性だと言っていたが、個性が相談ってどういう状況なのだろうか。『譲渡』と『幸福』は元々は僕の個性じゃないからレアなケース?二人の意思が込められていた、とか?僕は学者じゃないからわからないけど、そういうことで納得しておこう。
「今、『不幸』が殺されようとしてるんだけど、私たちとしては息子みたいなものだから」
「同じ息子のお前に『不幸』を助けてもらおうと思ってな」
「え?」
『不幸』を、助ける?
「何その不思議。個性を助けるってできるの?」
「『不幸』は生きている」
自信満々に言うお父さんに首を傾げた。
「お前の中でずっとな。いつまで経ってもちゃんと制御できなかったのはそういうことだ。お前も生きてる個性には覚えがあるだろう?」
生きてる個性と言えば、常闇くんの黒影。そういえばあの子も個性なのに生きていた。生きているっていうのか?でも、自分の意思を持っているのは間違いない。
「あの子が表に出てない状態、って言えばいいのかな。そもそもそういう個性じゃないから表には出られないんだけど」
「そんな細かいことはどうでもいい。本題は『不幸』を助けてやってくれってだけだ」
「や、それはいいんだけど……いや、いいのかな?『不幸』を助けたら日本終わるんじゃない?」
「『幸福』にしてやればいい」
お父さんはお母さんをぐっと引き寄せて、にかっと笑った。本当に僕の親か?この人。気持ちいい笑い方するなぁ。いや、厳密に言えばこのお父さんは僕のお父さんじゃないんだっけ?個性だもんね。
「豊優にはそれができる。私の『幸福』があるから」
「うーん、親孝行はするものだし、いいよ。その『不幸』はどこにいるの?」
「あぁ、歩くにつれてひびが多くなっていっただろ?恐らく一番ひびが多い場所に『不幸』はいる。お前の友だちが壊そうと張り切ってるからな」
「すごいよね。豊優のためにここまでしてくれるなんて」
すごいでしょ。僕の自慢の友だちだ。やるときはやるんだ、あの男。
「よし、じゃああまり時間もないからな」
「そうだね。まだちょっと混乱してるけど、細かいことは気にしない」
本当に何が起きてるかわからないし、流れに身を任せよう。考えたところで仕方ない。
二人の間を抜けて、ひびの多い方へ向かう。弔くん張り切りすぎじゃない?どんだけ僕のこと好きなんだよ。
「豊優」
弔くんの僕に対する愛を再認識していると、お母さんに呼び止められる。振り向くと、すごく綺麗な笑顔で、それでいて少し泣きそうな顔で手を振っていた。
「いってらっしゃい」
……。
「豊優」
いつも快活に笑っているお父さんが、柔らかく笑った。
「デカくなったな」
「……」
この二人、両親じゃなくて個性だって言ってなかったっけ?なのになんでこんな、こんな。
「ありがとう。いってきます!」
でも、この二人が両親じゃなかったとしても。言えなかったお礼くらいは言ってもいいと思う。自己満足でもなんでもいい。というより、あの二人は絶対僕の両親だ。間違いない。
だって、僕はあの二人の息子だから。
結構歩いた気がする。もう上どころか右、左、足元すらひびが入り始めている。これ、下が割れて落ちたりしないよね?
「わ」
と思っていたら、割れた。真っ暗な中で浮遊感を味わい、そのまま落下していく。これどこまで落ちていくの?めちゃくちゃ怖い。落下点がわからなきゃ受け身もとれないし。
「あだっ!」
幸いそこまで落下せず、すぐ地面についた。受け身はとれずに痛い思いをしたが、骨が折れるほどじゃない。僕にしては珍しい。
「……お」
打ったお尻を擦りながら前を見ると、いた。うずくまっている小さい男の子。十歳にも満たない、四、五歳くらいの。あの子が恐らく『不幸』だろう。というか、あの子……。
「僕?」
「?」
振り向いた顔を見ると、やはりそうだ。あの超絶キューティーな顔は僕以外ありえない。というか、考えてみればそりゃそうだ。『譲渡』がお父さんの姿で『幸福』がお母さんの姿なら、『不幸』は僕以外ないだろう。
「おにーさん、だれ?」
「僕は僕」
「へんなの」
僕もそう思う。やはりこの子は僕らしい。
「こんなところでどうしたの?」
ただ僕がこの子のことが僕だとわかっていても、この子にとっては見知らぬお兄さんだ。僕としてではなく、子どもとして扱って接するべきだろう。目線を同じにするためにしゃがみこんで、返答を待つ。
「死んじゃったんだ」
くしゃ、と『ぼく』の顔が歪んだ。
「おかーさんも、おとーさんも、おじさんもおばさんも、施設のみんなも、みんな死んじゃった」
泣き出しそうな顔をしているのに、一切涙を流さない。『ぼく』は俯いて、ぼそっと呟いた。
「ぼくのせいだ」
「……」
「ぼくのせいで、みんな死んじゃった」
そんなことない、と僕が言えることなのだろうか。『ぼく』は紛れもなく僕で、この子は僕の本当に思っていることを言っているのかもしれない。だとしたら、僕がそんなことないと言えるわけがない。だって、それは嘘になる。
「今だって、ぼくのせいでみんな壊れちゃう」
現実で街が壊れていっているのも把握しているのか。僕は把握できていないのに。
「……ぼく、壊したくない。死にたくない」
ひびが『ぼく』に向かって迫ってきた。
「たすけて」
気づけば体が動いていた。ひびから庇うように『ぼく』を抱きしめて、激痛に耐える。これ、僕が死んだら本当に死ぬ。そりゃそうか。僕は僕だし。
「助けるよ」
安心させるように『ぼく』を撫でて、にかっと笑ってみせた。
「一人で不安だったよね。怖かったよね。でも」
個性を発動する。僕の両親からもらった素敵な個性。『譲渡』と『幸福』。その複合。
「もう大丈夫だ。僕がいる」
『
月無から突然光が溢れたかと思えば、手が勢いよく弾かれた。確かに『不幸』に触れようとしていたのに、何かに邪魔されたような感覚。いや、守られた?一体何に?
「ってか、なんだ、これ」
同時に、傷ついていたはずの腕が治っていく。それだけじゃない。崩壊し始めていた街も直っていき、ヒーロー、敵が負っていた傷も、なにもかも。
「……何が起きてるんだ?」
「私じゃないよ?」
それはわかってる。一瞬そうかと思ったが、エリはここまでとんでもない個性じゃない。……とんでもない個性?
「まさか」
「おはよう」
まさかと思い見てみると、月無が目を開けてにかっと笑っていた。
「ただいま」